○プラシーヴォ○
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格別見たかったわけでもなかったけれど
なぜか周囲の友人がことごとく 行っていたのと
暇だったので
『奈良美智展』に行ってきた
わっかりにくい場所にある美術館
地元民のくせに
通りすがりのオバちゃんと
高そうなマンションの警備員の人に聞いて ようやっとたどり着いた
思っていたより デカい絵が多く展示されている
パッと見、シンプルな配色
だけれども
そうっと絵を削り取っていくと 思いもよらないような色がわんさか出てきそうな
深い、深〜い色だった
絵のモチーフも 立体も
丸いラインをしているものがほとんどで
とても癒された
1円を惜しんで 少し遠いガソリンスタンドに行ったりする
けれど こういうことには 平気でセンエンを出す
心が何より大事だと
ここにいる人たちは 知っている
『私、○○ちゃんに キスされたことあるんだ〜』
と、同姓にキスや抱擁をされたことを とても誇らしげにいうオンナがいる
私は同姓にも人気があるんだと 暗に言っているつもりなのか
あなたはただキスをされただけで 別に何の特徴もないと思う
視線を向けるべきは キスをした女性の屈託の無さ (場合にもよるけど)
今日で会社を終わる。
部長が送別会を開いてくれた
今までもさんざん言われていたのだが 酔って饒舌になった部長は ことあるごとに私のことを
デブ ブタ 体格がいい
呼ばわりをする
もーやだー と 笑って流すのも限界
コントのように 目の前のビール瓶でなぐってやりたい
このまま、ハム男の家に行くことにした
公衆電話から電話をする (携帯はハム男の家に忘れてきた)
「いいよ、おいでおいで 俺、もう家に帰ってるから」
もしかしたら もしかしたら…
そう思いながら 改札を出る
けれども やっぱりハム男の姿はなかった
歩いて20分ほどかかるのに こんな夜遅いのに ハム男は心配じゃないんだろうか
私はくやしくて 貝になった
ハム男の家でテレビを見ながら 話しかけるハム男に
ハイ イイエ
この二つの返事しか 使わなかった
昔のプリクラを ビデオのリモコンに張ったり
キスをしてきたり
心配だから タイの連絡先を教えろと言ってみたり
私のご機嫌を とろうとする
ふと、 横にある姿見に写る私の姿を見て 愕然とする
お風呂に入って 眉毛もないし
お酒で目も赤いし
こんな女が拗ねて ふくれて 黙ってたって ちっとも可愛くない
もうなにもかもが嫌になって
布団にもぐりこんだ
もうすぐ会社が終わる
本当に居場所が無くなる
私の選んだ道だから 後悔は無い
初めて流れに逆らった気がする
今まで、無職になるたびに いろんな人に誘われて それに抗ったことがなかった
今回は、杭のように 私はとどまった
そして、ぐるりと 方向を変えた
ちょっと自分が誇らしい
けれど、食いぶちを稼がなくてはいけない 自分ひとりくらい 自分で賄わなくちゃ ハム男に会わせる顔がない
『仕事もせずに 自分の面倒も見れないやつが 恋だの愛だの言う資格なんかない』
お金欲しさに殺人強盗を犯した 若者のニュースに コメンテーターが唾を飛ばして 意見していた
まったくそのとおりだ
生きる基本をおろそかにしても 日本という国は 大抵の人がなんとか生きていける
生きようと思って生きてないから 目がドロリと濁ってくる
今、すごくすごく就職したいところに 求人があるかどうか メールで質問をした
答えが怖い
ここがダメだったら
根本から考え直さなくてはならない
ううううう
怖いよう
高速の料金所のおじさんにもらった 簡単な地図を頼りに フラフラと迷いながら なんとかかんとか 姫路セントラルパークに到着した
看板が少ないし小さいので 見つけにくい!!!むき〜!
さっそく、車のまま周回できる サファリゾーンへ突入
昼間だし、ちょっと暑いこともあって トラもライオンも 太った猫のように スピスピと眠りこんでいる しかも全員固まって
広い敷地の意味なし!
だらしないけれど 広いところでのびのびしてるだけあって 毛色とかが普通の動物園にいるそれよりも 断然きれいで色が濃い
キリンを見に行くと 何故か強風が吹き荒れた
それが嬉しかったのか 空を飛ぶように キリンがダッシュしていた
始めてキリンの全力疾走を見た
駿足が売りのチーターでさえ 歩いてもいなかったのに
そして、ふと立ち止まると 四本の足をハの字に開いて 首を下にぐ〜んと降ろして 足もとの枝を拾って咥えた
そっかあ、キリンってああやって 落ちてるものを拾うのか〜 とハム男と感心していると
にっ
とキリンの目が笑ったような気がした
営業部長…?
すてき
でっかいね〜 可愛いね〜
と小学生ばりの感想を述べながら サファリゾーンを後にした
ハム男は、遊園地のアトラクションに一切乗れない (怖いのと、気持ち悪くなって吐くらしい)
一度、 「これ、ゆりかごみたいに揺れるだけだよ」 と騙してポセイドンに乗せたら 半日ほどグッタリしていた 今だにそのことを根にもっているらしい
そして私はお化け屋敷系統が怖くて入れない
そんな二人なので 遊園地の乗り物で乗れるものがない (ゴーカートぐらいかしら)
だから、セントラルパークの遊園地の方でご飯をたべて すぐに家路についた
帰り道車の中でハム男が急に
「あっ!」
と声を挙げた
忘れ物でもしたのかと 助手席で身を固くしていると
「USJに行けばよかったかな…」
と、私の顔を見る
関西人のくせに 一番身近なレジャースポットの存在を忘れていた 私も、ハム男も…
それにしても この行楽日和にセントラルパークはガラガラだった
パンダとかコアラとか 目玉になる動物がいないからか?
わりと面白かったんだけどなあ 施設は小奇麗だったし…
いったい、何ヶ月ぶりだろう ハム男も私も予定が無い土日なんて…
しかも、土曜日は天気がいいと 気象予報士さんが口を揃えて言っている
頭の中を行きたいところが グルグル廻る
そして一つの景色が パアッと浮かび上がった
白い壁に黒い屋根 スコーンと青い空 広い庭 しっとりとした城内
…姫路城に行きたい!!
私は、桜の季節になると ムショウに姫路城に行きたくなる 広くて人が少なくてホンモノの場所
そうハム男に告げると
「それじゃあ、セントラルパークに 行こうぜ」
とはじけるように私に言った それから一人で
そうだそうだそうしよう
と嬉しそうに反芻する
…まあいいですけどね
デエト
本当に久しぶりの デエトだ
最近見なくなった俳優さんの コメディー映画をテレビで見ながら ハム男に言った
「私ね最近、発情期みたい」
なんじゃそら、
とテレビから目を離さずに ハム男が言った
「ずっとずっとエッチしてたい ハム男の先っちょから 血が出るまで、エッチしたい ハム男はもう、 きっと盛りをすぎちゃったでしょう?」
そんなことない! 俺はまだまだいけるぞう!
と、お湯を入れたコップに 焼酎をとくとくと注ぎながら ハム男が笑った
胸が、すうっとした
自分だけ性欲がありすぎる気がして 恥ずかしいような くやしいような どことなくむずがゆい思いをしていたのだけれど
ハム男に変な目で見られることなく 言えた
そうです 私は今 性欲の塊です
ごめんね 今年はどうしても チョコをあげる気にならなかったの
バレンタインデーの日、 電話の向こうでウキウキした声を出すハム男に 私はそう言った
それは本音だった A型特有のオール オア ナッシング
好きで好きで 果てしなく好きなハム男に 最高のバレンタインデーを 見せてあげたかった
でも、平日だったこともあり 思うように準備ができなくて (もちろん、ちゃんと準備してる人だって 世の中にはゴマンといる 私が不精なだけ)
中途半端なチョコしかあげられないんなら あげたくない
そう思うと もう、私の足はとてもじゃないけれど デパートやケーキ屋に向かう 気力を備えることはできなかった
そんな私の暴言にハム男は
なんじゃそりゃー
と、笑っていた
そして、昨晩、ハム男から電話がかかってきた
「明日、ホワイトデーだね」
「あはは、私、ハム男にバレンタイン あげてないから関係ないね …ごめんね」
「んー、ホワイトチョコかな?」
「は?」
「ホワイトデーって、何をおかえしするんだっけ ホワイト…ホワイト…あ、違う マシマロだっけ?飴ちゃんだっけ?」
「今年からね、プレステ2をおかえしする 決まりになったらしいよ 日本では」
「いや…俺のとこにはそんな 回覧板はまわってきてない とにかく、何か選んでおくよ じゃあね〜」
信じられない これはアメージングですぞ
昔、誕生日プレゼントに買ってくれた枕を 私にケチョンケチョンにけなされてから
「俺、センスないからさ がちゃ子が好きなの選びなよ」
が口グセになってしまったハム男なのに
選んでおくよ おくよ おくよ…(エコー)
はひん(脱力)
その言葉だけで 私のハッピーホワイトディは 無事千秋楽を迎えることができましたわ
ありがとさ〜ん
ついに、抜き打ちハム男のお宅訪問の 時間がやってきました
電話を一本いれれば 気が楽なんだろうけども ハム男を驚かせたいという欲求に勝てず…
19時ころ、ハム男の家につき とりあえずお風呂を洗ってお湯をためる
部屋を見回すと テレビの横にいつも無造作に置いてある アダルトビデオ数本が目に入る
新作が一本まぎれている
そのビデオの女子校生に嫉妬を覚えつつ お風呂に入る
玄関の方から声がする
「うわあ、びっくりした がちゃ子、来てたの?」
とりあえず、女の子や男の子を連れずに 一人で帰って来てくれたのでホッとする
夜、枕を並べながら話していると
「がちゃ子、いくらツアーとはいえ 危険なことは一杯あるんだから 気をつけろよ」
「タイに行くこと? ツアーじゃないよ 航空券買っただけだよ 後は一人でウロウロするの」
アー、そんなんやめろやめろ 行くな行くな 何かあったって 俺、すぐに助けに行ってあげられないやんか パスポートもないのに 中止や、中止
焼酎のせいで真っ赤になった顔を さらに膨張させて ハム男が私につめよる
一週間ほど前にタイに行くことを 告白したときのアッサリとした態度にくらべ
なんだこの急変のしようは
「一人旅を禁止する男は 私を否定しているのも同じだ」
みたいなことを少し前に書いたけれども
やっぱり
心配してくれると
嬉しい
お腹の裏あたりの どうにも手で触れないあたりが くすぐったくってしょうがない
血もつながっていないのに 私を心配してくれる人
ありがとう
歩いて30分弱かかる銀行におつかいを頼まれた
天気がよかったので てくてくと歩いて行った
あー気持ちいー このまま雲になって 流れていきたい
んふふ んふふ
なんて、社会人にあるまじき 笑顔をふりまきながら 歩いていると
『豆専門店』という 歌い文句のお店を発見した
店先に黒板が出してあって、 パン屋さんなら 『〜時 クロワッサン焼き上がり』 とでも書かれるところを、
『〜時 ピーナッツ 挽き上がり』
挽きたてを食べれるのか…
…待ってでも食べたいのか?
でも、外見は 周囲のスタバやシアトルカフェにも 負けないくらい、ポップな色遣いの 可愛らしいお店だ
一階が豆屋さんで 二階がカフェになっているらしい
今、ビタミンEを摂取するために おやつ代わりにアーモンドをボリボリと 食べている私
いつもは、近くのラ○フというスーパーで 購入している
これはこれで結構美味
しかし、店名に『まめ』とつくからには きっと、ここの豆は天下一品なんだろう
おそるおそる自動ドアにタッチして 入ると
ひとっこひとりいませーん
…あたり前か… こんなオフィス街だもんね 普通仕事してる時間だし
けれど、店員さんが
「え…お客様?」
っていう、すんごく驚いた顔で私を見た時 ちょっぴり不安になった
私は、味噌屋さんのように ざるとか籠に豆がむきだしで ズラーリと並んでいるのを想像していたのだが
まるで雑貨店のように かわいくラッピングされた豆達…
私の目当てのアーモンドも なんだかたいそうな厚紙の箱に入って売られていた
200グラムで600円
おう!イクスペンシブ!
震える手でお金を払い、 会社でこっそり食べてみる
口の中に入れた瞬間、 まだ噛んでないのに
「どーもー、アーモンドでーす 僕らもね、頑張っていかなあかんなーいうことでね 今日は名前だけでも覚えて帰ってもらおかなーなんてね」
と、新人漫才コンビのような前のめりな勢いで 香ばしさと、いい匂いが炸裂した
噛むと、今度は甘さがジュワリン、と染み出して 歯の隙間まで おいしさがしみこんでいった
ち…違うぜ、やっぱ
ラ○フで買うやつと違って 味付けが何もしていないのに 美味しい
でもちょっと あの塩味がなつかしい
南京町の豚まんより コンビニの豚まん
寿司で好きなネタは玉子
好きなブランドは かゆくならないやつ(アトピーだから)
安上がりねって
聞き飽きたわ
土曜日、3日ぶりくらいにハム男から電話がかかってきた
着信履歴を見て、かけ直す 後ろで、大勢男性の声がする
「ハム男、仕事中?」
「うん、仕事中」
そっかそっか、と慌てて電話を切る 電話を切る為に、耳から受話器を離した瞬間
「…」
ハム男がまだ何か喋ってる
しまった、と思いながら 指は電話を切ってしまっていた
しばらく待ったけど かかってこなかった
今京都なのかな いつ帰ってくるのかな
そして今は月曜日
ハム男から電話はかかってこない
例えば一日に何通もメールをやりとりしたり 何回も電話をしたり 毎日顔を合わせているにもかかわらず
不安だとか 淋しいだとか
かきつらねる人達がいる
あんた達は 恵まれてる方だよーーー!!
幸せの基準がかなり高いんだろうな
もう、ちょっとやそっとの事じゃ 満足できない体になっちゃったんだろうな
私なんか、テレビのJリーグの試合で ベンチに座っているハム男にそっくりの選手を見るだけで 幸せなんだから
あれ?
私達って、
たしか恋人同士だったよね?
ね、ハム男さん
私はとても平凡な女だと思う
とても人の目を気にして 動いていると思う
私の動きは 私だけの意思では無いと思う
だから、いろんな人の小説や 日記を見て救われる
こんな風に思っているのは私だけじゃないんだ こういうことしてもいいんだ
って、自分の幅がちょっとずつ 広がっていく気がする
時々、その人物像を自分に重ねることがある
そうすることで 本当の自分だったら出来ないようなことも その人になりきることで 出来ちゃったりする
最近、江國香織さんの小説にでてくる
ハナコちゃん
という女性を憑依させることが多い
飄々としていて すっきりしているハナコちゃん
私だったらできないけれど ハナコちゃんならできる
…ある意味 コスプレ?(違う?)
化粧をすると 気が強くなるコギャルや
衣装を着ると滑舌がよくなる コスプレイヤーのように
私は違う人を憑依させる
ハナコちゃんをまとって 今日、ハム男に家に襲撃する
そして 正しい重さで
オカエリ
って言ってあげたい
ハム男の嫌がる顔を想像すると 怖くてたまらないけれど
だったら帰ればいい
だって私は ハナコちゃんだから
起きて、目を開けようとしても なんとなく腫れぼったかった
顔もカピカピに強張っている
昨晩、ドラマを見た後に 泣いて泣いて泣きじゃくって 26歳にして泣き疲れて眠るという状態だった
「私は、彼の遺伝子を残したい」 「子供を生まなきゃ結婚してる意味が無い」
テレビの前で、頭をガツリと殴られた気分だった
そうだ、私の子は ハム男の子でもあったんだと 当たり前のことを『思い出した』のだ
自分の遺伝子が入った子を 「いらない」と言い放った女を どうしてハム男は愛せるんだろう
きっと私は 「心身共に傷ついたのは私なのだから もっと心配してちょうだい」 という目でハム男を見ていたはず
こんな女をどうしてハム男は…?
いや、もしかしたら 既に愛していないのかもしれない
きっと、まだ現場で仕事中であろうハム男に 今すぐ逢いたかった
電車に乗って、京都の果てしなく北の地へ行って
逢って、土下座をして謝りたかった
すぐ泣く女になっちゃってごめんなさい すぐ怒る女でごめんなさい あなたの子供を殺してしまってごめんなさい
でも私は、心底ずるいから ハム男を手放したくない
気兼ねなく子供のことを話せるような 心身ともに健やかな女性が 世の中には山ほどいる
きっとその人たちの方がハム男を幸せにできる
だけどハム男から離れていかない限り 私はハム男を手放したくない
だって、私はハム男を愛してる
週末以外の時間が なんとか早く流れ去ってくれないものかと 思ってしまう
月〜金と、ヨロヨロの足取りで 前のめりに…息も絶え絶えになって 金曜の夜、やっとハム男の胸に倒れ込む
ここしばらく こんな感じだった
仕事が特別辛いとかいうわけでは ないのだけれど
とにかくハム男の顔が見たかった
それを充電として また5日間、なんとか乗り切るのだ
ところが 今週は逢えない
「現場がトラブっちゃってさ〜 オレ、金曜の夜から日曜まで出張だ〜」
と、京都の果てしなく北の地名を言った
そこの地域を 爆破してやりたい気持ちになった
「仕事の合間に電話をするよ」
という蜘蛛の糸のような ハム男の言葉にすがりつく
給水地点を見失ったランナーのように 私は絶望する
カラカラで、シナシナのまま また走り続ける
一週間ほどタイに行くよ、と ハム男に言うと
とても普通に
「あ、そうなん? 気をつけてね」
だってさ
ちょっと目は泳いでたけど すんごくアッサリテイストだった
心配されすぎるのも鬱陶しいけど これってちょっと 放任主義すぎないかい?
と、友人に言うと
「えー!信じられない! 私の彼だったら、絶対許してくれないよ 心配性だも〜ん」
え…彼が止めたら行かないの?
「行かないかもしれな〜い だって、別れるとか言い出しそうだも〜ん」
ホーホーホー あなたの彼はすんごい自信がおありなのですね
「タイに一人旅に行くより 俺と居た方が楽しいぜ 将来、お前のためになるぜ 後悔はさせないぜ」
ってことでしょう?
それって、バカにされてるんじゃないの?
1人で旅にも行けないような女だと 思われてるんじゃないの?
心配してくれてるっていうか 彼のエゴで 彼を楽しませるために側に置いておかれてるんじゃ ないの?
「オレのオンナ」とか 「守ってあげる」とか 「オレがいないとダメだな」とか 「弱いくせして強がって」とか
言われると変な汗が出る
だって、私は私のモノで 強がってないし、 この平和な日本でいったい何から守ってくれるっちゅーの?
あたし言い過ぎ?
ハム男のさらさらの態度に 実は傷ついてる?
「ごめん、もう一回言って」
youちゃんがテーブル越しに 若干私の方へ身を乗り出して尋ねた
可愛い硝子細工に入ったロウソクの炎が ユラリと揺れる
ここはバリ料理の店 室内はやたら薄暗い 自然と声がひそまる客達
私も同様、いつもよりトーンダウンした声で もう一度youちゃんに告げた
「あのね一週間ほどタイに行ってくるんだ」
「…ハム男君、休暇とれたの?」
「ううん、私1人で行くの」
だって、だってがちゃ子 海外旅行一回しか行ったことないのに? 飛行機の乗り方分かるの? タイって日本語通じるの? 治安はどおなの? なんでよりによってタイなの! ツアーじゃないの? どおすんの!
えー、とか、嘘だあとか いろんな単語を織り交ぜながら youちゃんは矢継ぎ早に私に質問をする
しばらくして、クールライムというカクテルを 口に含んだyouちゃんは、呆れたように笑いながら 私の顔をじっと見た
「3月いっぱいで会社を辞めて… そのまま就職活動に流れ込むのが嫌だったの 人生の中で、ハレっていうか 華やかっていうか、後ですぐに思い出せるような 点になる思い出が欲しいのよ」
「タイにでも行こうかなあ」 と思ってから チケットを手配したり ホテルを予約する間の記憶があんまりない
もう1人のアクティブな私が 出不精の私に変わって指示をしているような 不思議な感覚だった
結婚も、旅行も勢いだ
というのを 痛いほど感じた
いや、結婚はマダだけど
旅慣れていない私は 考えれば考えるほど 億劫になって、怖くなって きっとどこにも行けない
考えない
たまにはそれも大事
面倒くさいことは 帰りの飛行機の中で 考えよう
よし、よし!
と小声で声援を送りながら テレビの中のファイター達に夢中のハム男
この試合が始まると ハム男の世界から私はいなくなってしまう
明らかにブーたれ顔になった私に気づき
ベルナルドがどーとか ミルコがこーとか 昨年のチャンピオンだとか
一生懸命選手達の解説をしてくれるのだけれども 私は、胸がだんだんジリジリしてきて 素直に聞いてられなくて ベッドに潜り込み寝たフリをする
もう一度ガバリと身を起こし 台所でマグカップになみなみと ほうじ茶を入れる
玄関からの冷気に ぷるぷる震えながら 少しずつ熱すぎるお茶を流し込む
薄いドアの向こうからは あー、とハム男の声 ひいきの選手がやられたのかな
熱いお茶を飲み干せるだけの時間が経ち ようやくハム男がドアから顔を覗かせる
なんでもないよなんでもない おちゃをのんでただけだよ ええ?ないてないよないてない あくびをしただけだよ
再びベッドに潜り込む私を ハム男が追ってくる
ポロポロ涙を流す私の頭に下に手をいれて
「理由をいいなさい がちゃ子、話をして」
と短いキスを繰り返しながら私に言う
理由を言えない私は ただ首を横に振って ハム男の脇腹に顔をグイグイ押しつける
言えないよ
ハム男が夢中になっている 筋肉隆々の格闘家に 嫉妬しただけだなんて
恥ずかしくってさ
はぁ〜 テレビも無ぇ
ラジオも無ぇ
メールを打っても 返事が無ぇ!
と、元祖ドラゴンアッシュこと 吉幾三さんのラップに 私の今の心境を忍ばせてみました
ほとんど毎日あった電話が 今週は、水曜日に一回あっただけ
「金曜日の夜、 泊まりにいってもイイダスか?」
と、いったい何を強調したくて カタカナにしたんだと つっこんでもらえるようにメールを打ったのに
未だ返事ナッシング! (3月1日 14時現在)
もしかして もしかして
返事したくても 出来ない状況…?
怪我をして指が腫れて どうしてもダイヤルを 2つ同時に押してしまうとか?
道ばたの水たまりで 干からびそうだった金魚を 両手ですくって救出してる 真っ最中とか?
応答願いまーす ハム男さまー
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