Tonight 今夜の気分
去るものは追わず、来るものは少し選んで …

2008年02月29日(金) 若者言葉が流行る理由



「 友人とは、あなたのすべてを知っていて、それでも、あなたを

  好いてくれる人のことである 」

               エルバート・ハバード ( アメリカの作家、工芸家 )

Your friend is the man who knows all about you and still likes you.

                                 Elbert Hubbard



近頃は、顔面が不細工でロン毛の男性を 『 ガンブロン 』 と呼ぶらしい。

程度が甚だしい場合は、『 チョガンブロン ( 超顔面不細工ロン毛 ) 』 だ。


私は 「 若者言葉 」 に関心があるので、若い男女の友達、仕事仲間から、実際の流行り言葉を教えてもらうようにしている。

少し前までは、関東と関西の流行り言葉が大きく異なり、文化圏が違えば通じなかったりしたのだが、ネットの影響からか、最近は伝搬性が早い。

ド派手なメイクの女子に、彼氏が 「 お前、なんか盛ってね? ( 少し化粧が濃いのではありませんか ) 」 などの関東弁を、最近は大阪の子も使う。

逆に、大阪弁から派生した流行り言葉を東京の若者が使うケースもあり、いわゆる若者言葉というのは 「 地域を超越した共通言語 」 のようだ。

そういった言葉が流行る傾向を、「 日本語の乱れ 」 だと嘆かわしく感じる御仁もいるだろうが、はたして、そうなのだろうか。


初めて地方から上京する際に、出身地の訛りや方言がコミュニケーションの壁になるのではないかと、不安に思う人は多いと思う。

私も東京の大学に入るとき、大阪弁の丸出しでは、会話が通じなかったり、あるいは馬鹿にされ、仲間外れにされるのではと不安だった。

当時を振り返ると、たしかに、イントネーションの違いから違和感をおぼえる場面もあったが、趣味や考え方の共通する仲間とは、すぐに仲良くなれた。

逆に、同じ大阪の出身者でも、言葉そのものは通じているようだが、微妙なニュアンスや、こちらの真意が正しく伝わらない相手もいる。

外資系の企業に勤めていたときにも、外国人の同僚と分かり合える反面、言葉の壁がない日本人に、まるで伝わらないと感じる場面があった。


友達や仲間をつくる際に、「 共通言語 」 の存在というものは、とても大事な役割を果たすことになる。

日本人同士なら、単純に、日本語なら共通言語だろうと思うのは間違いで、言葉というものは受け取り方次第で、意味が変わってしまうものなのだ。

たとえば、誰かに 「 今日中にお願いします 」 と頼んだとき、ある人は日付の変わる深夜零時までが今日中だと思い、ある人は終業時までだと思う。

また、別の人は 「 今日中ってことは “ 急ぐ ” という意味だから、もっと早く片付けなければ 」 と、気を回してくれる場合もあるだろう。

指示する人間が 「 5W1H ( 誰が、何を、いつ、どこで、どのように ) 」 を伝えれば誤解は生じないが、繁忙時、緊急時にはそんな余裕がない。


つまり、俗に言う 「 あうんの呼吸 」 みたいなものが必要で、言葉そのものよりも、そこに含まれる相手の期待や、メッセージを察する必要がある。

相手は 「 どんな気持ちで、その言葉を発したのか 」 を瞬時に読み取って、適切に対処することが 「 あうん 」 であり、「 共通言語 」 の認識だ。

同じ 「 検討します 」 でも、Aさんの場合には “ 社交辞令の断り文句 ” で、Bさんの場合は “ 善処するという約束 ” だったりする事例も多い。

概ね、社内の連携が良くない職場は 「 共通言語が定着していない 」 もので、上司、部下、同僚が、それぞれ相手に信頼感を抱いていない。

一見、アホみたいな作業だが、「 この会社で ○○ といえば、△△ の意味です 」 というマニュアルを徹底させてあげると、この問題は解決する。


人によっては、「 KY 」 だなどと言わず、普通に 「 空気が読めない 」 と言えばいいじゃないかと、流行り言葉、若者言葉を否定する方もいるだろう。

だが、そういった言葉遊びを通して、相手の真意を理解しようと努力したり、一種独特の “ 暗号 ” で 「 あうん 」 の共有を構築するのは良いことだ。

少子化が進行するにつれ、兄弟や、地域の友達が減る中で、若者言葉が 「 仲間を示すコミュニケーションツール 」 として、活用される実情もある。

内向的にみえる 「 引きこもり族 」 も、どこかに友達や、理解し合える心の拠り所を求めるから、「 オタク語 」 を発信し合っているように思う。

対人能力が低く、コミュニケーションが苦手な人々も、だからといって友達が欲しくないわけではなくて、むしろ、誰よりも仲間を求めている。


最近、頻繁に会っている代理店の営業 ( 30代 ) が 『 チョガンブロン 』 で、雇っているバイト ( 19歳女子 ) が、来社する度にクスクス笑う。

名刺も頂戴しているのだが、その印象が強すぎて 「 本名を覚えられない 」 ので困ってしまう。

他人の欠点を中傷するという点では悪口に変わりないが、若者言葉には、 遠まわしな表現、 曖昧な表現 で、湾曲的に変換される特徴もある。

オフィスの近くの喫茶店に、「 ミニ 力士 」 みたいなウェイトレスさんがいるのだが、前述のバイト ( スタイル良し ) は、“ ぽっちゃり系 ” と呼ぶ。

私が小声で、「 いや、どちらかというと “ うっちゃり系 ” じゃないか 」 と囁くと、「 それは、ひどすぎます 」 と冷ややかに叱られてしまった。






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2008年02月28日(木) クラプトンよ、平壌に行かないでくれ



「 体を少し前にかがめ、ギターは胸で支えなさい。

  音楽の詩は、心に鳴り響くものです 」

                         アンドレ・セゴビア ( ギタリスト )

Lean your body forward slightly to support the guitar against your chest,
for the poetry of the music should resound in your heart.

                                Andres Segovia



釣竿、スキー板、ゴルフバッグ、ギターには、一つの共通点がある。

それは、我が家で 「 滅多に使わないが、場所を取る道具 」 という特徴だ。


兄がアコースティックの上級者だった影響で感化され、学生時代は毎日のようにギターを弾いていたが、最近20年間は、ほとんど触ってもいない。

優れたギタリストの名演を聴いて、一時は憧れもしたけれど、身近な兄すら超えられない現実を知り、早々に諦めたような次第である。

Rolling Stone誌の選ぶ 「 歴史上最も偉大な100人のギタリスト 」 は、1位がジミ・ヘンドリックス、2位がデュアン・オールマン、3位がBB・キングだ。

そして4位には、私の好きなエリック・クラプトンが入り、5位からはロバート・ジョンソン、6位チャック・ベリー、7位スティーヴィー・レイ・ヴォーンと続く。

クラプトンの場合、演奏もさることながらクリエイターとしての才能が豊かで、特に、『 Tears In Heaven 』 などは珠玉の名曲と呼ぶに相応しい。


先日、NYフィルが北朝鮮に招かれ、平壌でコンサートを開いたが、今度はクラプトンにオファーが入り、実現する方向で動いているという。

個人的な希望としては 「 絶対に止めてもらいたい 」 気持ちが強く、仲間内で署名を集め、クラプトンの事務所に送り付けたい気分だ。

親日家で知られるクラプトンだが、北朝鮮がどんな国状で、どれだけ日本に迷惑をかけているのかまでは、情報が入っていないのではないだろうか。

それに、ブルースの流れを汲むクラプトンの音楽を、民度の低い北朝鮮で理解されるとは思えないし、実現したところで 「 猫に小判 」 である。

彼らに対しては、カビの生えたクラシックか、ラララライ体操でも聴かせとけば十分で、クラプトンなんて 「 10年早い 」 ように思う。


NYフィルであろうが、ベルリンフィルであろうが、クラシックの場合はすべてが 「 カバー音楽 」 であって、本家本元のオリジナルではない。

指揮や演奏技術は評価できるし、優れた芸術家、技術者であること自体は認めるが、クラシック関係の音楽家は、所詮 「 カバー 」 を極めるだけだ。

けして 「 偽物 」 とは言わないが、作品を創出したバッハやモーツアルトが演奏するわけではなく、たとえ上手に演奏しても 「 本家 」 とは違う。

その点、クラプトンの場合は紛れも無く 「 本物 」 であり、本物を招聘する国は、それなりの努力や、姿勢を示すことが求められるように思う。

傲慢な独裁者が支配し、それに追随して横暴のかぎりを尽くすような国に、のこのこと出向いて演奏するような真似は、してもらいたくないものだ。


おそらく、ジョン・レノンやボブ・ディランが最初だと記憶しているが、近年のアーチストは知名度が上がると、やたら 「 平和活動 」 に参加したがる。

本気で取り組むならまだしも、そんな気は毛頭ないのに 「 ファッション 」 として名を連ねたい人や、グループのほうが、どうにも多いようだ。

もともと商業音楽を基点としていたのに、頂点を極めた途端に 「 売れ筋 」 から一歩離れ、いきなり 「 メッセージ性の強い曲 」 に走る人もいる。

クラプトンのファンを代表して、彼だけは 「 そんな傾向に乗る “ つまらない音楽家 ” に混じらないでいてほしい 」 と心の底から願う。

彼を呼びたい北朝鮮の意図もよくわからないが、一時期、彼は薬物中毒に溺れ、『 コカイン 』 という曲も発表しているので、国歌にでもするつもりか?






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2008年02月27日(水) ボロ を出した ヒラリー



「 ハンマーの扱いが上手な人は、あらゆるものを釘に見立ててしまう 」

                 アブラハム・マズロー ( アメリカの心理学者 )

He that is good with a hammer tends to think everything is a nail.

                               Abraham Maslow



幼い頃、テレビで 『 トムとジェリー 』 を観た人は多いだろう。

1940年に劇場用第一作が公開されて以降、今も子供たちに人気がある。


物語は毎回、凶暴だが少し間抜けで、どこか憎めないところのある猫のトムと、頭脳明晰な鼠のジェリーによる 「 追いかけっこ 」 が中心だ。

ユーモラスなドタバタ劇で、常にトムが負けるのだけれど、冷静に考えたら、ジェリーが負けると 「 命に関わる 」 わけで、万事休すの結末を迎える。

そんな 「 血生臭い恐怖 」 だとか、大柄の動物が小柄な動物を襲うという 「 残酷な自然界の掟 」 を感じさせない工夫が、随所に織り込まれていた。

また、主題歌の 「 トムとジェリー、仲良く喧嘩しな♪ 」 という歌詞は、けして彼らが憎み合い、争っているわけではないのだと、子供たちに諭している。

元気な追いかけっこは良いけれど、誰かを憎んだり、怪我をさせてはいけないという 「 視聴者である子供への、良心的な気配り 」 が、そこにはある。


実は、この 「 仲良く喧嘩 」 しなければならない場面が、現実の社会生活においても、いくつか存在するのである。

アメリカの大統領選挙では、二大政党である 「 民主党 」 と 「 共和党 」 のそれぞれが、予備選挙で各指名候補者を選び、決選投票が行われる。

そのため候補者は、まず、党の指名を得るため予備選挙を戦い、その後、ライバル政党の代表と、たった一つの席を巡って戦わねばならない。

今回は、選挙戦の前から 「 民主党が圧倒的に優位 」 との前評判が高く、ヒラリー、オバマの各候補は、それぞれ大きな期待を寄せられていた。

共和党で指名を獲得しそうなマケインは話題性に乏しく、女性初の大統領となるヒラリーか、黒人初のオバマかという民主党は、注目度が大きい。


ところが、ここにきて形勢は逆転し、最新の世論調査では 「 共和党候補のマケインが、民主党候補を破って当選しそうだ 」 との集計が発表された。

この背景には、ヒラリー、オバマによる民主党の予備選挙が過熱し過ぎて、それぞれの支持層までもが対立し、いがみ合ってしまった実態がある。

お互いに野心があるのだから、競い合うこと自体は止められないけれども、もう少し紳士的に 「 仲良く喧嘩 」 するべきだと専門家は指摘する。

人気を二分する両候補が 「 仲良く喧嘩 」 して、勝ったほうが大統領候補、負けたほうが副大統領候補になれば、両陣営の支持者から得票できる。

しかし、予備選挙が加熱し過ぎて、「 中傷合戦の泥試合 」 となってしまった結果、“ 奴に投票するぐらいなら、マケインを選ぶ ” という反目を招いた。


特に、ヒラリーの発言や表情には、オバマに対する憎悪が読み取れ、彼女の持つプライドの高さや、人種差別意識が、日増しに印象を悪くしている。

彼女は、中国政府から莫大な政治献金を受けていると言われるが、公約も演説も対中政策を大々的にアピールし、同盟国である日本は蚊帳の外だ。

関税や、貿易の規制面を考えると、日本にとっては歓迎しかねる相手なので、ここにきてヒラリーの人気が急落していることは、有難い話でもある。

喧嘩をするときは、「 完膚なきまでに叩きのめす 」 べき相手であるのか、「 生かさず殺さず 」 にすべき相手かの、見極めが大事なのだ。

たまたま偶然だろうが、身内でゴタゴタと争って不協和音を奏で、せっかくの優勢を維持できない体質は、某国の “ 民主党 ” も似たような傾向にある。






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2008年02月26日(火) 豊予海峡に棲息する幻の魚



「 われわれの知識は、無知の大海に浮かぶ小島である 」

      アイザック・バシェヴィス・シンガー ( ユダヤ系アメリカ人作家 )

Our knowledge is a little island in a great ocean of non-knowledge.

                           Isaac Bashevis Singer



今夜は 「 フグおいしぃ〜、すごくおいしぃ〜♪ 」 と、フグを食べに行った。

普段は “ 爪に火を灯すように ” 暮らしているが、年に一度の贅沢である。


20年近くも前から贔屓にしている ( といっても、年に一度しか行かないが ) 老舗で、美味しいけれど、外装は古汚く、そのくせ値段は一丁前に高い。

そろそろ70歳になるという店主に代わり、最近では息子 ( 30代後半 ) が仕切って、伝統の味と、強気な価格を受け継いでいる。

無口な親父と正反対に、息子は無類の 「 お喋り 」 で愛想がよく、そのうえ 「 お笑い好き 」 なので、毎回、店に行くと面白い話題を提供してくれる。

今回も、鍋が煮えるまでの間に、『 豊予海峡の幻の魚 』 という一席を披露してもらったが、たしかに 「 ツボ 」 にハマった。

フィクションでなく、常連客をめぐる実話であるらしいが、なるほど、グルメな常連客の老人が、あたかも勘違いしそうな内容の話だった。


豊予海峡というのは、瀬戸内海と太平洋の境界線に位置し、年間を通じて水温の変化が少なく、魚の餌となるプランクトンが豊富で、潮流が速い。

この海域に生息する サバ や アジ は身が締まっており、どの季節に食べても適度な脂肪量が保たれ、特に、刺身で食べるのに適しているという。

また、回遊性が低く、この海域に根付く習性があるので、外来種の寄生虫がつく心配も少ないから、「 安全で美味しい魚 」 として高値で取引される。

これこそが、九州大分県の佐賀関で水揚げされ、いまや全国的に知られる高級ブランド魚の 「 関サバ ( せきさば ) 」、「 関アジ ( せきあじ ) 」 だ。

海底の起伏が複雑で、波が高く、魚網を使えない事情から 「 一本釣り 」 が行われ、魚にストレスが加わらず、傷が付きにくいのも高値の一因である。


この豊予海峡で、サバ、アジ に続く新しい魚種が現れ、どうも最近、ブームになりつつあるという噂を、グルメ通の老人が話していたらしい。

まだ実際に食べたことはないが、魚の名は 「 ジャニ 」 で、幾度となく街中で文字を目にする機会はあり、ずっと気になっているのだという。

ただ、この老人は少し目が不自由なうえに、内気で人見知りをし、怠け者の性分なので、前後の詳しい情報を読んだり、他人に尋ねるのが苦手だ。

決心し、フグ屋の息子に 「 近頃は、関サバ、関アジ に加えて “ 関ジャニ ( せきじゃに ) ” が出回ってるらしいが、知らんか 」 と尋ねてみた。

しばらく考えた後、「 オッサン、それは “ 関ジャニ ” ( かんじゃに = 関西ジャニーズ というアイドルグループの略 ) やがな 」 と息子は言い放った。


話が出来すぎているので、息子の考えた 「 ネタ 」 とも考えられなくはないが、創作能力の高い人物ではなさそうだから、実話の可能性が高い。

たしかに、一度そうだと思い込んだら、ある言葉を間違った意味に解釈し、ずっと誤解したままで、脳裏に保管してしまう経験は誰にでもある。

テレビ 「 巨人の星 」 の主題歌が流れる場面で、星 飛雄馬 が地ならし用のローラーを引き摺る様子をみて、器具を 「 コンダラ 」 と覚えた人もいる。

歌詞の 「 思いこんだら試練の道を♪ 」 を 「 重い コンダラ 」 だと勘違いし、大人になるまでずっと、文字通り 「 思い込んで 」 いたらしい。

私自身も、エラソーな御託を並べながら、どこかで 「 大ボケ 」 をかましているかもしれないし、まさに、知識とは 「 無知の大海に浮かぶ小島 」 である。






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2008年02月25日(月) ロス疑惑 : 27年目の急展開



「 多くの人が、運のせいで罰を免れたが、恐怖を免れた人はいない 」

       ルキウス・アンナエウス・セネカ ( 古代ローマの政治家、詩人 )

Fortune frees many men from punishment, but no man from fear.

                          Lucius Annaeus Seneca



日本と違ってアメリカには、殺人事件の 「 時効 」 がない。

有力な証拠が見つかったり、関係者の依頼があれば、捜査が再開される。


1981年、ロサンゼルスで 三浦 和義 夫妻 が何者かに銃撃され、夫が足に重傷を負い、妻が頭部を撃ち抜かれて死亡するという事件が起こった。

事件当初は、強盗殺人事件として扱われたが、1984年に 「 週刊文春 」 が 『 疑惑の銃弾 』 というタイトルの記事を連載してから、様相が一変する。

記事は 「 夫が保険金目当てで仕組んだ事件ではないか 」 という内容で、事実、彼は保険会社3社から 1億5500万円の保険金を受け取っていた。

その後、事件の3ヶ月前に 夫の愛人が妻を鈍器で殴打したことが明らかになり、殺人未遂容疑で、愛人に二年半、夫に六年の懲役刑が確定した。

殺人については、実行犯と思われる人物まで逮捕されたが、証拠不十分で無罪放免となり、夫についても、2003年に最高裁で無罪が確定している。


これら一連の事件は 『 ロス疑惑 』 とも呼ばれ、おそらく40代以上の方なら当時の騒動、マスコミの加熱ぶりについて、よく覚えておられるだろう。 

和義 氏の無罪は最高裁で確定されており、同じ事件、同じ罪状で再び同じ被告が裁かれることはないため、誰もが 「 過去の事件 」 だと思っていた。

ところが、事件発生から27年の歳月を経て、ロス市警は 和義 氏 を滞在先のサイパンで逮捕し、身柄をロサンゼルスに送致することを決めた。

日本の捜査当局が説明を求めた際、市警側は 「 新証拠が見つかった 」 と話していることも明らかになり、事件は急速に進展しているようだ。

なぜ今頃になって 「 新証拠 」 が出てきたのかは定かでないが、たとえば、別件で逮捕された犯人の自供などが、可能性としては考えられる。


昭和の犯罪史上に刻まれる大事件だが、メディア各局は慎重な報道姿勢をとっており、「 やはり犯人だったか 」 というようなコメントも少ない。

実は過去において、夫の 和義 氏 からマスコミに対する名誉毀損の訴訟は 476件にものぼり、その 80%で 和義 氏 は勝訴している。

今回も、もし短期間で 「 証拠不十分 」 などの理由で保釈された場合のことを思えば、うかつな発言は慎むべきと考えているのではないだろうか。

当時と今とでは、冤罪に関する人権上の意識も違うし、ほぼ犯人に間違いないと思っても、刑が確定するまでは軽率な発言をできない仕組みがある。

メディアにとっては、「 冤罪か、真犯人か 」 よりも、証拠不十分で 「 冤罪になる可能性はないのか 」 が重要で、そういう意味では昔より腰が重い。


たしかに、無実の人に罪を着せるような悲劇は防がねばならないが、かといって、行き過ぎた人権保護が 「 治安の低下 」 を招くのも問題はある。

この事件を例に挙げると、容疑者の 和義 氏 は 「 殺人容疑は証拠不十分で無罪 」 だが、「 殴打傷害事件に関しては有罪 」 とされている。

つまり、声高に妻殺しが冤罪だと叫んでも、「 何の罪もない善人 」 とは違うわけで、「 愛人を使って妻を鈍器で殴らせた人 」 に変わりはない。

疑わしきは罰せずと語る以前に、「 疑われるような真似をする人が悪い 」 という倫理もあるはずで、それはメディアも伝えてよいように思う。

いづれにせよ、日本の検挙率が下がり、加害者の人権を守る動きが進んだところで、いつか悪事は身を滅ぼすことを、この事件は教えてくれている。






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2008年02月22日(金) 「 ニート 」 と 「 優秀ビジネスマン 」 の交流会



「 男の子を大学に行かせることはできるが、

  彼に考えさせることはできない 」

                    エルバート・ハバード ( アメリカの作家 )

You can lead a boy to college but you cannot make him think.

                                 Elbert Hubbard



オフィスの近くに コンビニ があり、よく若者が地面に腰を下ろしている。

彼らは “ ベジタリアン ” ならぬ 「 ジベタリアン 」 と呼ばれているらしい。


先日、50代後半の来客 ( 某中堅商社の重役 ) と コンビニ の前を歩いていたら、その日も、20歳ぐらいの男性が地べたに座っていた。

客人は、いかにも怪訝そうな顔で彼を眺め、一言も口には出さないけれど、「 世も末だね 」 という表情を私に向けてきた。

一応、立場上 「 いやはや、まったく 」 という表情で返したが、本音を言うと私自身は、さほど彼らを特殊だとも、不埒だとも感じていない。

俗に 「 団塊世代 」 と呼ばれる50代中半〜60代前半の方々も、その昔、昭和40年代には、似たような生活様式を楽しんでいたはずだ。

サイケデリックなシャツを纏い、洗いざらしの安いジーンズを履き、当時の年配者が眉をひそめる 「 ヒッピー文化 」 に、すっかり洗脳されていた。


幼い頃の記憶を辿ると、昔も今も若者たちは小汚く、路上に座ってギターを弾いたり、絵を描いたりして、年配者から呆れられる存在に変わりは無い。

あえて違いを挙げるならば、国が豊かになった分だけ、今の若者のほうが平均的に ファッション・センス が良く、汚らしさも マシ である。

それでも人間は、自分にとって都合の悪い歴史を忘れる能力を携えているので、次世代の若者に対して、侮蔑と嘲笑を向けたがるようだ。

いつの世も若者が地べたに座るのは、ひょっとすると、「 子供の目の高さ 」 を維持し、そこから 「 大人の世界 」 を観察しているためかもしれない。

いつか彼らもまた、地べたから腰を上げ、渋々ながらも大人の世界に紛れ込み、何十年かの歳月を経て、若輩者を怪訝そうな顔で見るのだろう。


東京都が行った実態調査で、若者が 「 引きこもり 」 になる最多の原因は、「 就職や就労への挫折 」 にあることがわかった。

年齢的には、30〜34歳の層が最も多く、就職や就労に挫折した原因は、「 職場不適応 」 と 「 病気 ( うつ病など ) 」 が25%を占めて一位だった。

彼らの特徴は、「 自意識が強く、状況変化に適応できない 」、「 人と争って傷つくことを嫌う 」、「 人間関係の訓練が不十分で逆境に弱い 」 などだ。

これもまた、出来の悪い中高年サラリーマンと似通った性質で、国が豊かになった分、働かなくても食べれるようになっただけの違いである。

会社に対して、「 やる気がある 」 と嘘をついて給料を騙し取るか、正直に 「 やる気ないです 」 と告げて面接に落ちるかの違いともいえる。


現在、クライアントである企業の 「 2009年度新卒採用第一次選考会 」 を手伝っているのだが、見た目は 「 優秀そう 」 な若者が集まってくる。

誤解している受験者も多いのだが、採用面接は 「 美人コンテスト 」 のように 「 応募者の中で最も優秀な人 」 を決める大会ではない。

たとえ学業成績が優秀でも、仕事に順応できず 「 使い物にならない人 」 は要らないし、多少の欠点があっても、貢献できそうな人は欲しいものだ。

致命的な欠点は看過できないが、「 一流校で何も学んでいない人 」 より、「 地べたに座って、社会をよく観察した人 」 が採用される場合もある。

少なくとも私の関わる面接では、学歴より 「 考える能力 」、情熱と、それを 「 維持する力 」 が決め手となるので、そういう人材に来てもらいたい。


いわゆる 「 ニート 」 やら、「 引きこもり 」 と呼ばれる人たちは、仕事をする楽しさ、面白さを 「 知らないだけ 」 の人たちである。

その原因は、駅前の赤ちょうちんで泥酔して仕事の愚痴を吐いたり、自分の出来が悪いだけなのに、ネットで憂さを晴らす中年オヤジの影響だろう。

質の良いビジネスマンに出会って、彼らの話を聴く機会を持てれば、多くの若者は仕事の面白さに気付き、自分もそこに参加したくなるはずだ。

これまでにも数十名のニートを職に就けてきたが、今後は、現役バリバリの優秀なビジネスマンと、ニートを交流させる機会を創りたいと考えている。

意外と、「 ニートで、引きこもりで、ジベタリアンでした 」 なんて人のほうが、ひとたび情熱に火が点くと、化ける可能性は大きいかもしれない。






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2008年02月21日(木) 自殺する人は単純に 「 頭が悪いだけ 」 という説



「 単なる無知よりも “ 無知であることへの無知 ” こそが、

  知識の死である 」

     アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド ( イギリスの数学者、哲学者 )

Not ignorance, but ignorance of ignorance, is the death of knowledge.

                           Alfred North Whitehead



クライアントの若手社員が、昨夜、40分間も電車に閉じ込められたらしい。

たった一人が飛び込み自殺をすることで、多くの貴重な時間が失われる。


( 自殺者の多い国 : 男性 * 数字は10万人あたりの自殺者数 )  
 1位 リトアニア  70.1    
 2位 ベラルーシ  63.3    
 3位 ロシア    61.6    
 4位 カザフスタン 51.0    
 5位 ハンガリー  44.9
 6位 スリランカ  44.6    
 7位 ラトビア   42.9    
 8位 ガイアナ   42.5
 9位 スロベニア  37.9    
10位 日本     35.6   

( 自殺者の多い国 : 女性 * 数字は10万人あたりの自殺者数 )
 1位 スリランカ  16.8
 2位 韓国     15.0
 3位 中国     14.8
 4位 リトアニア  14.0
 5位 スロベニア  13.9
 6位 日本     12.8
 7位 ガイアナ   12.1
 8位 ハンガリー  12.0
 9位 ベルギー   11.4
10位 スイス    11.3


この表は、WHO ( 世界保健機構 ) が2007年度に発表したランキングで、年間3万人以上の自殺者を出している日本は、男女ともに順位が高い。

世界では、男性のほうが女性より2倍以上も自殺者の数が多く、旧ソ連や東欧の北国に、自殺者が多いという現象が明らかにされている。

よく、「 人はなぜ自殺をするのか 」 という哲学的な議論を耳にするのだが、ある人は 「 政治が悪い 」 と言い、別のある人は 「 環境が悪い 」 と話す。

しかし、この表をみるかぎりでは、明らかに政情の不安定な国が上位に無いため、「 政治が悪い 」 という説は、信憑性に欠けるようだ。

日本以上に男女とも上位につけている リトアニア は、緑豊かで、人の穏やかな国として知られているし、「 環境が悪い 」 という説も怪しい。


ランキングをみるかぎり、自然の豊かさとか、経済や産業の発展度といった観点の整合性はなく、先進国が高いとか、後進国が高いという傾向もない。

自殺者の90%に 「 精神疾患があった 」 という統計から、ランキング上位の国々が抱える 「 精神病患者数 」 に関連が深いという説もある。

たしかに、日本は 「 精神病大国 」 と呼ばれるほど患者数が多いけれど、他の上位国が “ そうでもない ” ため、これも決定的な根拠とはいえない。

そうなると、複雑に入り組んだ 「 複合的要因 」 によるという説が浮上するわけで、決定的な原因が特定できないため、対策も曖昧なものとなる。

ところが、先日、ある動物学者の本を読んでいると、「 自殺の原因は、巷で語られているような “ 複雑なもの ” ではない 」 という説が書かれていた。


その学者によると、「 自殺を図る人は、単純に “ 頭が悪い ” だけです 」 という説で、それは、「 生き物の歩んできた歴史 」 をみればわかるそうだ。

人間も含めた生物全般にとって “ 頭の良さ ” とは何かというと、すなわち 「 生きるための知恵 」 であり、それは進化の過程をみれば明らかである。

絶滅を免れるため、ある生物は体毛を濃くして氷河期に耐え、ある生物は外敵から身を守るために翼を得たり、高い木の上で生活するようになった。

天敵から捕食されないように、硬い殻や棘を得た生物もいる反面、自然に順応する進化を遂げない代わりに、道具を使うようになった人間もいる。

そのすべてに共通しているのは、絶滅を防いで、生き残る知恵を学んだ者こそ賢く、そうでない者は、淘汰されてきたという 「 歴史の真実 」 である。


単純明快すぎて、にわかには納得し難い人もいるだろうが、「 頭の良さ 」 という尺度に対する先入観を捨てれば、この説には説得力がある。

先日、30年間も地獄のような 「 タダ働き 」 を強いられていた知覚障害者がいるとの報道を目にしたが、彼らは絶望に耐え、健気に生き続けてきた。

かたや、両親から大事に育てられ、名のある大学を出て上場企業に入ったものの、仕事が面白くないとか、些細な理由で簡単に自殺する者もいる。

線路に飛び込んで電車を止めるのは、こういった 「 自分が バカ なのだと気付かない バカ 」 であり、それこそが、はた迷惑な存在なのである。

純文学を読み、クラシックを聴いていれば教養があり、漫画を読み、ヒップホップを聴いていれば バカ だというのは、単なる思い込みに過ぎない。


毎日、多くのビジネスマンに会い、色々な相談事、悩み事を受けるのだが、「 頭は良いはずなのに、仕事が上手くいかないんです 」 と話す人が多い。

おそらくは、高学歴を根拠に 「 頭は良いはずなのに 」 と話すのだろうが、適性検査を施すと 「 抑うつ状態 」 にあり、精神科に通院中の人もいる。

精神病の場合、患者の ショック を和らげるために “ 心の病気 ” と呼んだりもするが、本来、心が病気になるわけでなく、それは “ 脳の病気 ” だ。

いくら知識や教養があっても、“ 脳が病気 ” なのに 「 頭が良い 」 とは言えないわけで、むしろ 「 上手くいかないのは、脳に問題あり 」 なのである。

もちろん、ストレートに 「 あなたは頭が悪いから ダメ です 」 とは言わないが、少しづつ、価値観や、知恵の使い方を軌道修正させる方策をとる。


過去に何度か 「 自殺について 」 の日記を書いているが、度々、自殺者に厳しいとか、精神障害者、人格障害者に偏見が強いという指摘を受ける。

しかしながら、仕事の性格上、数多くの 「 問題を抱える人たち 」 に対峙する中で、いまのところ、その “ 厳しさ ” は功を奏しているという自信がある。

逆に、「 理解 」 という名の “ 特別扱い ” により、「 あら可哀想、大変ねぇ 」 と甘やかす世間の風潮こそ、彼らを 「 死 」 に陥らせるのではないか。

日本全国で大々的に、「 自殺は バカ のすることで、チョー格好悪い! 」 というキャンペーンを張り、頭の良さ、賢さとは何かを、問うべきだと思う。

実際、事故で四肢を失くしたり、誰もが憐れむ不幸を背負った人ほど健気に生き、自殺する人は概ね、アホ みたいな理由で死んでいるのである。






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2008年02月20日(水) イージス艦の事故は 「 想定内 」



「 失敗する可能性のあることは、必ず失敗する 」

         エドワード・A・マーフィー Jr.( アメリカの航空エンジニア )

If anything can go wrong, it will.

                           Edward A. Murphy Jr.



航空技術者というより、『 マーフィーの法則 』 の著者として知られている。

冒頭に紹介した言葉は、彼の気付いた “ 第一番目の法則 ” だという。


世界トップクラスの防空性能を備え、海上自衛隊の誇りとも呼べる イージス艦 『 あたご 』 が漁船に衝突し、現在、行方不明者の捜索が続いている。

全長約15mの漁船は、「 イージス艦のレーダーに映るはずの大きさ 」 で、しかも事故当時、艦橋には10数名の自衛隊員がいたらしい。

ただ、波の高さによっては、小型の漁船がレーダーに映らなかった可能性もあるし、見張りの隊員が気付かなかった可能性もあるという。

事故の原因については、今後、本格的に調査が進められると思うけれど、懸念すべき問題は 「 漁船が悪いか、イージス艦が悪いか 」 ではない。

機密情報の漏洩や、インド洋での補給量取り違えなど、昨年から相次いだ 「 海上自衛隊の不祥事による “ 国民の不信感 ” 」 が、再燃する恐れだ。


沖縄駐留の米海兵隊員らもそうだが、今回の騒動を起こした自衛隊員も、平和な国にいるせいか、軍人として 「 たるんでいる 」 という印象が強い。

こんな有様で、いざ有事となった場合に、迅速かつ効率的な行動が取れるのか、なんとも不安であると言わざるをえない。

現在、『 東北楽天イーグルス 』 の監督を務める 野村 克也 氏 が、以前、著書で 「 勝ちに意外の勝ちあり、負けに意外の負けなし 」 と記していた。

勝算がない試合でも、たとえば敵のエラーとか、意外な偶然によって勝てることはあるが、負けた試合には、必ず 「 負ける理由 」 があるのだという。

日本近海を航行中のイージス艦が、漁船に遭遇する可能性は十分にあるわけで、それは 「 思いがけない事態 」 でも、「 意外な偶然 」 でもない。


また、これが漁船ではなく、敵国やテロ集団の手による 「 爆弾を満載した工作船 」 だったなら、別の甚大な被害が発生した可能性もある。

すなわち、仮に漁船側の過失だったとしても、障害物、浮遊物を感知して、避けられなかったイージス艦の落ち度が、拭われるものではないのだ。

イージス艦だけでなく、本部による海上管制のサポートも含め、これからは 「 起こりうる危険 」 を回避する仕組みを、構築する必要があるだろう。

話は変わるが、私のほうは二日前から一念発起して、まだ肌寒い早朝6時からの 「 ジョギング 」 を開始し、肉体改造に取り組み始めた。

正直、かなり辛いのだけれど、成人病などの 「 起こりうる危険 」 を回避するには有効 … と自分に言い聞かせ、なんとか続けようと思っている。






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2008年02月19日(火) マラソンに参加 ( 強制 ) 決定の話



「 スポーツとは、人間生活のおもちゃ部である 」

              ハワード・コセル ( アメリカのスポーツ・キャスター )

Sports is the toy department of human life.

                                  Howard Cosell



寒さ厳しい今年の冬だが、各地のゲレンデは 「 雪の心配 」 が不要だ。

旧友や、その家族たちと共に、大人数でスキーを楽しんできた。


一応、「 スキー場 」 と名は付いているが、最近は何処もスキーをする人が少なく、ほとんどはスノー・ボーダーで埋め尽くされている。

世代的に、我々の集団はスキーのほうが得意で、中には旧式の 190cm を超える長い板を担ぎ、周囲から異様な目で眺められる仲間も混じる。

お腹が出たせいか、腰のキレが悪くなってきたけれど、これから先もまだ、ゴルフやスキーは手軽なスポーツとして、ずっと長く楽しめるだろう。

速さを競ったり、一緒に行った女の子にカッコつけたり、そんな愉しみ方は忘れたけれど、ただ雪の上を滑っているだけで、童心に戻れる気がする。

他の趣味もいいけれど、やはり、ストレス解消には 「 体を動かす 」 ことが、最も効果的な作用をもたらすのではないだろうか。


今日は 『 東京マラソン 』 が行われ、現役選手だけでなく、市民ランナー、障害を持つ人、著名人など、およそ3万2千人が都心を駆け抜けた。

昨年は健闘むなしく、制限時間 ( 7時間 ) 内に完走できなかった両足義足の男性 ( 44歳 ) が、今年は6時間28分で見事にゴールしたという。

4年前には癌の手術を受けている 鈴木 宗男 衆院議員 ( 60歳 ) も参加し、年齢的な衰えを感じさせない3時間57分の好タイムで走破した。

市民参加型のマラソンでは、この 「 4時間 」 を切るかどうかが一つの基準になっていて、そのあたりを目標タイムに置いている参加者が多い。

タイムが重要ではないけれど、かといって、何時間かけてもよいというのでは目標が定まらないので、4時間以内という目安は妥当だと思う。


10年間も陸上部に在籍していたし、いまも頻繁に高校、大学のOB会へと顔を出しているため、マラソンの成績を尋ねられることが多い。

残念ながら種目が違ったので、私自身は練習でも 30km 以上の長距離を走った経験がなく、現役引退後、記録を計るような大会に出たこともない。

友達に誘われ、市民マラソンに参加しようと思ったこともあるが、25歳から45歳までは煙草を吸っていたので、ずっと断り続けてきた。

いまさら他人と競う気もないが、いざ出場するならば、生半可なタイムでは周囲から罵声を浴びせられそうだし、それを防ぐには肉体改造が必要だ。

そんなわけで、「 一生、マラソンは走らないつもり 」 でいたのだが、スキーの帰りに友達と話していて、意外な方向に雲行きが変わってしまった。


再来年、50歳を迎える前 ( つまり来年度中 ) までにトレーニングを積み、同級生の仲間で市民マラソンに出ようという計画が浮上したのだ。

しかも、皆でお金を出し合い、優勝者が 「 総取り 」 するという実に不謹慎な賞金プランまで飛び出す始末で、にわかに話が現実味を帯びてきた。

好走を目指すほど、「 犠牲 」 と 「 摂生 」 が多く求められるのは必定なので、断固として私は反対したのだが、多数決で敗れてしまった。

スポーツは好きだけれど、最近は、接待ゴルフに顔を出したり、海外へ出かけたついでにマリン・スポーツを楽しむ程度で、「 競技 」 には縁が無い。

かといって、陸上経験者の私が、かつて “ ど素人 ” と呼んでいた連中の 「 後塵を舐める 」 わけにもいかず、これは困ったことになってしまった。


電話で彼女に報告したところ、「 とりあえず、明日からは走らないとね 」 と冷たくあしらわれ、まずは 「 減量 」 から始めるように注意を受けた。

デートをキャンセルしてスキーに行ったことや、それ以外にも最近は彼女に対する 「 失点 」 が多く、冷たくされるのには心当たりがある。

先日、バレンタインデーに彼女の部屋を訪ね、「 チョコもいいけれど、仕事帰りだから何か食べさせて 」 と言ったときのこと。

彼女は、艶っぽく迫ってきて 「 私を食べて〜ン♪ 」 と言ったのだが、その迫力に押された私は 「 今夜は トンカツ ですかな 」 と ボケ てしまった。

そんなわけで、明日から二人揃っての減量と、寒風吹く中でのジョギングを開始することとなり、思いがけぬ 「 肉体改造計画 」 の始動となった。






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2008年02月13日(水) 韓国 : 南大門 焼失で問われる危機管理



「 無知な人間を議論で負かすのは不可能である 」

                ウイリアム・G・マッカドー ( アメリカの事業家 )

It is impossible to defeat an ignorant man in argument.

                             William G. McAdoo



世の中は、「 正義 」 や 「 倫理 」 が通じる人間ばかりでない。

彼らに説得を試みたり、改心を期待しても、その効果は薄い。


危機管理には 「 レベル 」 の設定があり、完璧を目指すほど費用が掛かるため、どの水準で妥協するかが、たえず悩みの種となる。

また、危機管理を強化することによって、「 危険を及ぼさない者 」 までもが窮屈な思いを強いられたり、不便を被るケースも珍しくない。

わかりやすい例を挙げると、以前、哺乳瓶に爆発物を詰めて飛行機に搭乗しようとしたテロリストがいたせいで、液体の持ち込みが禁止された。

人類の99%以上が、そんな馬鹿げた行為を実行しないと知りつつも、空の安全を守るためには、利用者全員が規制を受ける羽目となるのだ。

初歩的な危機管理は、「 やろうと思えば出来るけど、普通はしないよね 」 という前提で組まれており、段階が増すほど、「 実行不可能 」 な形になる。


韓国を代表する国宝 「 南大門 ( 正式名 : 崇礼門 ) 」 が、以前にも別の史跡に放火した前科がある 69歳の男によって放火され、焼失した。

以前の放火事件を、精神鑑定の結果 「 執行猶予 」 付で放免された男は、その後も文化財を物色し続け、警備の甘い南大門に目をつけたという。

ソウルのシンボルともいえる南大門を全焼させるため、用いられた道具は、なんと、脚立1台、シンナー1.5リットル、ライター1個だけであった。

見た目は普通の高齢者で、取調べた警察官も 「 外見からは、あんなことをする人物に見えなかった 」 と証言している。

現在、韓国政府に対し 「 危機管理に問題あり 」 との抗議が殺到しているようだが、それは、貴重な歴史的財産を失った国民の悲痛な声でもある。


朝鮮日報 ( 韓国の日刊紙 ) の日本語版サイトを見ると、この事件が韓国の国民に与えた衝撃と、動揺の大きさが伝わってくる。

コラムには、「 精神的な病や悩みを抱えた人物が決心さえすれば、いつ、どこでもすぐに放火でき、国宝を廃虚に変えられるのが韓国だ 」 とある。

しかしながら、たとえば日本でも 「 やろうと思えば出来る 」 わけで、奈良や京都の神社、仏閣、様々な歴史建造物にも、その危険は潜む。

警備が手薄だとか、危機管理面の意識が足りないと言うが、市民が気軽に近づけるからこそ、その土地のシンボルになっている側面もある。

周囲に鉄柵を張り巡らせ厳重に警戒し、誰も近づけないようにしておけば、たしかに放火はされなかったかもしれないが、建物の魅力も半減する。


文化財に火をつけたり、父親が無理心中を図って息子の手首を切断したり、通勤電車に飛び込んで自殺したり、女子中学生をレイプする者がいる。

そのすべてが 「 やろうと思えば出来る 」 ことだが、圧倒的大部分の人間が 「 やろうと思わない 」 ことであり、実行する人間の心理は理解できない。

稀な異常者が起こす悲劇を防ぐ為、全て文化財を24時間体制で警備し、子供の手首を鋼鉄で覆い、電車を廃線にし、基地を追放すべきか。

現実的には、いくら頑張って危機管理を強めたところで、「 マトモな人間が考えもしない暴挙 」 を完璧に防ぐ手立ては、あり得ないだろう。

それに、ごく一部の異常者から社会秩序を守る方法が、「 圧倒的大多数のマトモな人間に、不便を強いること 」 ばかりでは、あまりにも理不尽だ。


韓国の国民を襲った悲痛は理解するが、怒りの矛先を 「 文化財の警備 」 に向けるのは、少し、筋道が違うように思う。

南大門の事件に関しては、現場の巡回警備よりも、「 文化財を狙って放火する異常者 」 がいることを知りながら、野放しにした法曹界が問題だ。

放火、性犯罪、薬物中毒、自殺癖などは 「 再犯性が高い 」 ことが周知の事実であり、本来は、放免後も継続的に監視を続ける必要がある。

刑務所やら精神病院などの 「 隔離施設 」 に収容されるべき人物を、人権擁護の名のもとに 「 シャバ で泳がせる 」 から、異常な事件が絶えない。

たとえ初犯であっても、触法する人物には、必ず 「 兆候 」 というものがあるので、国や地域が監視の目を強めることこそ、危機管理の有効な手段だ。






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2008年02月12日(火) 米兵レイプ : 日本人も海外では …



「 世間は鏡だ。 覗けば必ず自分の顔が映っている 」

                 ウィリアム・M・サッカレー ( イギリスの作家 )

The world is a looking-glass, and gives back to every man
the reflection of his own face.

                            William M. Thackeray



外国人による犯罪が起きると、日本人が 「 ナメ られている 」 気がする。

大抵の場合、その怒りは、被害者に寄せる同情よりも上回る。


沖縄駐留米軍の海兵隊員が女子中学生を強姦した事件で、地元自治体や市民団体の間に、米軍に対する抗議の動きが広がっている。

その動きは、反米思想の強いマスコミや、左巻きの連中に煽られて、今後しばらくの間、さらに加熱し、沈静化までは時間が掛かるだろう。

おそらく、この事件には何の関係もない 「 イラク戦争 」 がどうとか、アメリカに協力的な政府の施策にまで、非難の声が聞こえてきそうだ。

たしかに、同胞 ( それも、いたいけな少女 ) が乱暴されて、深い心の傷を負わされたことに怒りを感じるし、政府は断固、抗議すべきである。

戦後60年以上も経った現在、敗戦の民として 「 我慢 」 を強いられる理由は微塵もなく、日米地位協定を盾に茶を濁されては、まるで納得できない。


ただ、このように 「 自国の婦女子が外国人に蹂躙される 」 ことへの怒りが理解できるのなら、“ 日本人が海外で何をしているか ” も知るべきだろう。

貧しいアジアの国々では、買春はもとより、そういった “ お愉しみ ” の無い場所でさえ、やりたい放題の日本人を何人も見てきた。

もう二十年ほど前の話だが、当時、商社に勤めていた私は、某大手銀行の新宿支店長と共に、まだ、行き交う日本人の姿も少ない上海にいた。

国営工場の視察を終え、当然の如く夕食をたかられ、「 では、また明日 」 と立ち去ろうとしたが、なかなかホテルに戻ろうとしない。

明確に “ ソレ ” とわかる口調で、「 どこか、面白いところはないの? 」 と執拗に尋ねられ、なんとも困ってしまった。


いまでこそ外国人旅客も増え、「 サービス 」 という感覚を理解し始めたが、当時の中国は、百貨店で買い物をしても 「 釣銭を投げる 」 有様だった。

よほど裏事情に詳しい人なら “ お愉しみ ” を知っていたのかもしれないが、幸か不幸か、我々の同僚は皆、真面目で、誰もご案内ができない。

ようやく探し当てた 「 日本語のカラオケがあるクラブ 」 に連れていったが、お店の女性たちは事務的で、一様に愛想が悪い ( 当時はそれが普通 )。

もちろん “ 特別なサービス ” が期待できる類の店でなく、お酒や食べ物を運んではくれるが、日本語も話せないし、接客もできない。

突然、支店長さんは怒りはじめ、身振り手振りで女性に酌をさせ、BGMに合わせて チークダンス を迫り、応じないとみるや体を触りだした。


烈火のごとく怒った女性は店の奥に逃げ、再び現れたときには 「 強面 」 の男性二人を伴い、異様な目つきでこちらに迫ってくる。

なおも高圧的な態度を崩さない支店長さんに、彼らは怒り心頭で喚き立てるのだが、まったく中国語がわからないので、どうすることもできない。

しばらくしてから、なんとか英語の通じる従業員を見つけたので、彼に英語で詫び、チップを多く渡し、その場を逃れたが、実に情けない気分だった。

当時は私も若く、大手銀行の支店長さんといえば “ 偉い人 ” だと勘違いをしていたので、まったく逆らうことができなかったのである。

いまならば、間違いなく 「 シバキ倒している 」 ところだが、同じ日本人として情けない気持ちと、彼を止められなかった自分のふがいなさを恥じた。


当時、先輩に話すと、そんなのは “ 序の口 ” だそうで、いざとなればお金で口封じができると息巻き、強姦まがいのことも平気でやるのだという。

さすがに現在の上海では無理だろうが、開発の遅れている国や地域では、いまだに日本人男性の 「 よろしくない評判 」 を聞くことが多い。

たとえば、日本の大手企業の社員や、官僚などが、後進国への出張中に 「 強姦 」 の容疑で逮捕された場合、日本の世論はどう動くだろうか。

おそらくは 「 タチの悪い風俗店に引っかかったな 」 だとか、「 言いがかりをつけて脅すつもりの罠 」 だと勝手に解釈し、気の毒がる人も多いだろう。

アメリカに抗議するのはよいが、後進国で好き放題にやってるオジサンたちと同様に、彼らもまた 「 日本を見下している 」 ことを忘れてはならない。






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2008年02月11日(月) 足立区で無理心中 「 オヤジにやられた 」



「 人間とは、1週間の仕事が終わり、神様が疲れたときに

  作られた生き物である 」

                       マーク・トウェイン ( アメリカの作家 )

Man was made at the end of the week's work, when God was tired.

                                    Mark Twain



あまりにも愚かな人間が現れると、同じ人間として恥ずかしく思う。

また、その愚かさから何も学ばない御仁が多いことも、実に情けない話だ。


連休明けの朝は休養十分で、「 さて、今週も張り切っていこう 」 と普段より気合の乗った状態で出掛けたいところだが、決まって水を差される。

このところ、東京の山手線や中央線、大阪の環状線など、通勤客数の多い路線は、休み明けになると “ 人身事故 ” のため、列車が遅れるのだ。

この “ 人身事故 ” というのは、九割がた、線路上に飛び込んで自殺を図る連中の仕業によるもので、そのまた九割は、精神を病んだ者である。

彼らに対し、「 命を粗末にするな 」 と諭したところで聞く耳を持たないのは百も承知だが、せめて、地道に生きる者に迷惑を掛けないでほしい。

記憶に新しい事件では、昨年の2月、東武東上線で飛び込み自殺を止めようとした警官が巻き添えで死亡するなど、なんとも痛ましい出来事もあった。


三連休最後の月曜日、東京都足立区では、機械工の男 ( 52歳 ) が、斧で妻と母親を殺害し、次男の両手首を切断して重傷を負わせた。

男の遺書があり、頭蓋骨が陥没し両手首を切断された次男が 「 オヤジにやられた 」 と話していることから、無理心中とみて間違いないだろう。

遺書には、「 母親だけを連れていくつもりだったが、みんなを守れなくて 」 といった内容が書かれていたという。

自殺や無理心中を図る中年男性は、「 家族に対する責任 」 を果たせない類を理由に挙げることが多いけれど、大部分は 「 思い上がり 」 である。

自分の無気力さ、無能ぶりを、「 家族のせい 」 にしているだけで、すべては誰のせいでもなく、本人自身の問題でしかない。


高校三年生の長男だけは外出中で無事だったが、これから先の人生を、彼は、どうやって暮らしていくのだろうか。

ひょっとすると、彼が大学に進む費用や、二つ下の次男の学費など、父親には経済的な悩みがあったのかもしれない。

しかしながら、結果として長男に残されたものは、手首の無い弟と、おそらく一生の間、拭い去れない悪夢のような記憶しかないのである。

本人は死んで楽かもしれないが、妻や、母親や、子供たちは、間違いなく 「 この男の犠牲者 」 であり、そこに家族愛など存在しないのだ。

苦しければ死ねばよいなどと考えている人間は、たとえ生きていたところで 「 誰のことも守れない 」 わけだから、家族の心配などする立場にない。


昔から 「 親はなくとも子は育つ 」 などというが、異常な親がいるばかりに、まっとうな人生を送れない子供もいる。

自殺願望があったり、精神科の治療を受けている人は、家族や、隣人や、国家や、地球の心配をする前に、まず 「 自分を大事に 」 するべきだ。

特別なことはしなくてよいから、十分な睡眠と休養をとり、心静かに過ごし、専門医の注意を守り、新聞も、雑誌も、ネットも見ないことが望ましい。

家計や、子供の教育は配偶者に任せて、家庭や社会の雑事に関わらず、世間から後ろ指を指されても、ひたすら治療に専念するほうがよい。

ご自分が人並みに働けないことよりも、電車を止めて大勢の仕事を停滞させるほうが、はるかに莫大な損失を招くことも忘れないでほしい。






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2008年02月10日(日) 米海兵隊員が沖縄で女子中学生を暴行



「 連中を機銃で掃射した後に バンドエイド をくれてやる。

  − 俺たちは、そんなことをやってきた。 欺瞞だった 」

                       映画 『 地獄の黙示録 ( 1979 米 ) 』

We'd cut them in half with a machine gun, and give them a Band-Aid.
It was a lie.

                                 Apocalypse Now



ベトナム戦争を通して “ 人間のモラルを問う映画 ” が多くつくられた。

戦場では日常的に 「 死 」 が眼前にあり、それは人格を変える要素となる。


現在、日本の自殺者数が多い理由について 「 格差社会のせいだ 」 とか、「 心のケアが少ない 」 などと語る御仁もいるが、大きな間違いだと思う。

社会における所得配分の不平等さは、「 ジニ係数 」 という指標で数値化が可能で、それによると日本は 「 世界第二位の平等国 」 である。

一位はデンマークで、ワースト一位はアフリカ南西部にあるナミビアという国だが、ここでは上位10%の富裕層が、国全体の富の65%を握っている。

心のケアについても、特に日本の評判が悪いという話は聞いたことがなく、「 格差 」 や 「 ケア 」 が自殺率の高さだと考える根拠は成り立たない。

では、自殺者数が多い本当の理由は何かというと、様々な要因によって、「 死が身近にない 」 ことで、いとも簡単に死ぬ連中が多いからだと思う。


人間は 「 100%死ぬ 」 のだから、祖父母、両親や、知人の死を通じて、誰もが “ 死を身近な問題として経験している ” と思いがちである。

しかし、生命の誕生から死に至るまで、戦後の日本は病労死苦のすべてを病院に押し付け、赤ん坊が生まれるのも、婆さんが死ぬのも病院の中だ。

それに加え、どこからも爆弾が飛んでこない平和な環境に恵まれ、日々の暮らしの中に 「 死の現場 」 がなく、だからこそ、生命観が揺らいでいる。

本来、動物の賢さとは、「 生きるための知恵 」 をどれだけ持っているかが尺度となるわけで、ある程度の知性を持つ者が、自ら死ぬのはおかしい。

ところが、「 死が身近にない 」 ことで、生命観が希薄になり、自分が本当は死にたくないことを忘れ、衝動的に自殺する連中が増えているのである。


その証拠に、しょっちゅう 「 自殺したいよ 」 と愚痴っている輩が、中国製の冷凍餃子に毒物が入っていると騒いだり、環境問題を憂いたりする。

イラク戦争や、国際的なテロに日本が巻き込まれるとか、憲法が改正され、集団的自衛権を発動されそうだとか、そういう動きにも敏感に反応する。

つまり、何らかの形で 「 死を身近に感じる 」 ような出来事が起きると、自殺願望など吹き飛び、急に、我が身を案じて命乞いを始めるのである。

健康で、何の苦労もない輩が自殺を図る一方で、苦痛を乗り越え、不治の病と闘う人がいるのも、それぞれの耐性以外に、環境の違いが大きい。

また、病気の場合は 「 自分の死 」 と向き合うだけだが、戦争の場合には 「 自分が殺生する他人の死 」 とも向き合わねばならない違いがある。


沖縄県警沖縄署は、現地の女子中学生を強姦した容疑により、駐留米軍海兵隊キャンプコートニー所属の タイロン・ハドナット 容疑者を逮捕した。

13年前にも沖縄では同様の事件があり、当時、日米地位協定の問題や、基地移転の陳情が殺到したことから、今回も大きな騒ぎになるだろう。

沖縄など米軍基地のある地域では、このような危険と常に隣り合わせだという問題と、片や、基地をあてこんで経済が成り立っている矛盾がある。

危険だから、地元の治安を乱すからといった理由で、地元との交流を絶ち、兵隊を柵内に隔離することは、それほど困難なことでもない。

さらにいえば、東西冷戦が終結し、近代兵器の射程距離が伸びた現在は、沖縄の基地を縮小したり、部分撤退することも、十分に可能である。


ところが現実には、危険な米兵たちに 「 出て行ってもらいたくない 」 人々も現地に多く、そこが沖縄基地問題の難しいところになっている。

嘉手納などは、移転しても再開発が容易だけれど、僻地にある基地が撤退すれば、用地を提供している地主さんたちは 「 賃料 」 が入らなくなる。

また、相当数の兵隊が利用している飲食店、その他の商業施設も、穏便な共存を望んでおり、本土で想像している 「 沖縄 = 基地反対 」 ではない。

大事なことは、基地の中は 「 戦場 」 であり、そこには 「 平和な島へ観光に来た 」 のではない外国人がいる事実を忘れないことだ。

仲良くすることも大切だが、再発防止には 「 油断 」 が大敵で、兵隊に対する認識を地元で啓蒙しないと、これからも同様の事件が起こりうるだろう。






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2008年02月09日(土) G7 : 日本の弱点は、銀行員の質にある



「 銀行とは、天気のよい時に傘を貸し、雨が降り出すと

  返せという所である 」

                       ロバート・フロスト ( アメリカの詩人 )

A bank is a place where they lend you an umbrella in fair weather
and ask for it back again when it begins to rain.

                                   Robert Frost



学生の頃、シェークスピアの 『 ベニスの商人 』 を読んだ方は、多いだろう。

そこには、「 シャイロック 」 という名の印象深い人物が登場する。


シャイロック は、中世のユダヤ人像を代表する悪評高い 「 高利貸し 」 として描写されているが、実際、シェークスピアもユダヤ人が嫌いだったらしい。

ユダヤ人が 「 高利貸し 」 として非難され始めるのは、11世紀末頃からだが、当時、金貸し業は 「 ユダイツァーレ ( ユダヤの本業 ) 」 と呼ばれた。

その影響か、今日でも世界的に 「 ユダヤ人 」 と聞くと、すぐにお金持ち、経済支配等という既成の概念と結びつけて考える人が多い。

中世以前も、「 ユダヤ人 」 という言葉は、特にキリスト教文化圏で宗教的差別概念として用いられ、社会的に忌み嫌われやすい対象ではあった。

少数派の異教徒、無国籍放浪者として、劣等、軽蔑、罵りの対象であったユダヤ人が、なぜ 「 金貸し 」 に転じたのかは、明確な歴史的根拠がある。


第二次大戦下、独裁者ヒットラーによるユダヤ人の大量虐殺は有名だが、それより何世紀も前から、彼らは、世界中で迫害されてきた歴史を持つ。

迫害の大半は、改宗を迫ったキリスト教徒によって行われ、改宗に応じないユダヤ人は、宗教会議で、キリスト教徒から隔離する方針を打ち出された。

ユダヤ人にとって、金貸し業が 「 選択の余地のない職業 」 となったのは、1215年に開かれた 「 第4回ラテラノ宗教会議 」 以後といわれている。

彼らは公職から追放され、職業組合ギルドから締め出され、また、店舗を構えて商売を営むことも、農地を所有することも許されなくなった。

そして、ほとんど全ての職業から締め出されたユダヤ人は、当時、下賎な職業としてキリスト教徒に禁じていた 「 金貸し業 」 に就いたのである。


いまでこそ堂々と看板を掲げているが、昔は金貸し業 ( 現在の銀行など ) という稼業は 「 卑しい商売 」 とされ、キリスト教徒には禁じられていた。

汗水たらして働かず、何も生産せず、金融のみによって自己の利益を貪ることを、農業、漁業、工業、商業などと区別し、忌み嫌っていたのである。

ユダヤ人は、彼らの自由意志でなく 「 強いられた生きる道 」 として金貸し業を始めたのだが、結果的に、それは彼らにとって格好の商売となった。

迫害により、いつ追放されるかわからぬ居住不安定な彼らにとって、金貸し業は、お金さえあればどこへ移住しても生きられる術となったのだ。

その後、彼らは欧州諸国に軍費を貸し出したり、経済的支配を高めたが、他民族との確執はくすぶり続け、果てはナチ時代へと突入していった。


ユダヤ人が金貸し業を始めた数百年後、ロスチャイルドは銀行帝国を築く傍ら、宮廷ユダヤ人としてプロイセン ( 現在のドイツ ) を影で支えた。

意外に思う人も多いだろうが、居住権と引き換えに資金援助を受ける形で、ユダヤ人とドイツは、一時期、とても友好的な関係を保っていたのだ。

しかし、第一次世界大戦の敗北によって、ユダヤ人の率いる銀行業界は、ドイツ人からみて 「 非協力的だった 」 という反感を買うようになった。

事実、戦局を見極めながら、彼らは投資先を自由に操って、ドイツが不利とみるや他方に資金を投入し、国家の疲弊とは裏腹に私財を守った。

敗戦で莫大な負債を背負わされたドイツ国民にとって、ユダヤ人の銀行家は、何もせずに 「 漁夫の利を得る “ けしからん集団 ” 」 と恨まれたのだ。


第二次大戦下におけるユダヤ人大量虐殺という恐るべき出来事の結果、ユダヤ人に対する強い同情と、キリスト教諸国の深い反省が起こった。

それにより、古来の宗教的ユダヤ人観は大幅に修正されたが、一方では、迫害を逃れて諸国に飛散したユダヤ系資本を、脅威に感じる人も増えた。

金融ビッグバン以降も、「 いざとなれば公的資金を注入し、潰させない 」 という日本の銀行と違い、海外の金融マンは危機感を持っている。

ユダヤ系は血筋的に 「 金融業に命を賭けている 」 者が多く、反ユダヤ系も、それに負けないよう、日々精進しているのが海外の銀行家だ。

好き放題にやらかして失敗しても、公務員と同じで 「 親方日の丸 」 なんてスタンスで働いている日本の銀行が、対抗できるものではないのである。


このたび、東京で開催された G7 ( 7カ国財務相・中央銀行総裁会議 ) の様子を見たが、日本側の発言など、誰も聞いていない様子がみてとれた。

日本で銀行などに勤めようとする連中は、昔のユダヤ人と違って、無数の選択肢がある中で、あえて 「 漁夫の利を得る 」 仕事を選んだ人々だ。

サブプライムローンの被害にしても、日本は 「 もっとも少ない 」 のに、株価下落などの影響を大きく受け、各金融機関は何の対策も講じられない。

過去のドルショック、オイルショックも、バブル崩壊も、それを乗り切ったのは産業界の努力であり、常に日本の銀行は無能ぶりを露呈してきた。

どれだけ各企業が創意工夫を重ね、技術革新や研鑽を続けても、銀行員の能力差、志の低さは歴然で、それが日本経済の 「 大弱点 」 である。






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2008年02月08日(金) DV 夫 と 浮気妻



「 女性に対して、ご自分の持ち物に不満を持つよう仕向けるのが、

  私たちの仕事です 」

                B・アール・パケット ( アライド・ストアーズ社長 )

It is our job to make woman unhappy with what they have.

                                 B. Earl Puckett



ある意味、最も “ ご自分の持ち物 ” に不満を持つ女性は、主婦である。

靴やバッグに不満なら買い替えられるが、ご亭主は、そうもいかない。


東京都渋谷区にて、外資系金融会社社員の切断された遺体が見つかった事件で、被害者の妻が、殺人と死体損壊などの罪に問われている。

後に 『 セレブ妻バラバラ公判 』 と呼ばれ、第6回の公判に入っているが、弁護側は、被告が被害者から長期に亘り DV を受けていたと主張する。

結婚当初より、夫による DV ( domestic violence = 家庭内暴力 ) が激しく、その結果、被告は PTSD に陥り、行動が制御できなくなったという。

それらの暴力は、嫉妬心、猜疑心の強い夫が、妻の浮気を疑ったり、執拗に監視したり、暴力的に支配しようとしたことが原因とされている。

過去の公判では、妻のほうが凶暴的だったとか、一方的ではなく、お互いに夫婦喧嘩が絶えなかったとか、別の証人から逆の証言も提示されてきた。


追い詰められ、生命の危険まで感じて 「 衝動的に殺した 」 という割には、遺体をバラバラに切断して遺棄したり、計画的な隠蔽工作がみられる。

また、「 ありもしない浮気を疑われて、裸にされ、全身の匂いを嗅がれた 」 というが、複数の証人から、実際に浮気相手がいたとの証言もあった。

検察側、弁護側が、それぞれに有利な証言を得られる証人を召喚するのは当然だが、どちらの言い分も不自然でなく、また、同様に矛盾がある。

真相は闇の中だが、たとえ日常的でなくとも 「 夫の DV があった 」 ことは事実らしく、夫婦どちらかに 「 完全に非が無い 」 とは思えない。

暴力を振るう夫が悪いか、駄目な夫に愛想をつかし、浮気をする妻が悪いのか、「 陪審員制度 」 が始まると、男女の陪審員で見解が分かれそうだ。


あまり “ ややこしいこと ” や “ 面倒なこと ” に首を突っ込みたくないので、滅多に実践はしないが、その気になれば、最も 「 人妻 」 が口説きやすい。

人妻にかぎらず、女性にモテる秘訣は 3つ あり、第一は 「 相手の悩みを親身に聴く ( クダラナイなぁ と思っても ) こと 」 である。

ただ聴くだけなので、簡単に思うかもしれないが、結論へ導かず、何を話しても否定せず、ひたすらに耳を傾けるのは、なかなか忍耐の要る作業だ。

それに、「 さぁ、話しなさい 」 と聴く姿勢をみせても、相手の心を開かせないかぎり、そう簡単に深刻な悩みを打ち明けられるものではない。

何でも話せて、心の闇を晴らせてくれる男性は、女性にとって有用な存在であり、特に人妻の場合、悩みが多い割に、聴いてくれる男性が少ない。


第二は 「 褒めること 」 だが、いやらしく顔やプロポーションを褒めるのではなく、服装のセンス、趣味、才能、特技、性格などを褒めるとよい。

第三は 「 美味しいものを食べさせること 」 だが、なるべく気を遣わせずに、純粋に、食事に集中できるよう心がける必要がある。

経験上、この 第一 〜 第三 を実践し、それで脈が無いようなら、お相手の女性からは 「 まったく眼中にない存在 」 なので、諦めたほうがよい。

モラルに反する行為なので、けしてオススメはしないが、これを 「 人妻 」 に対して実践すると、総体的に、独身の女性よりも効果が大きい。

なぜなら、多くのご亭主は 「 話を聴いてくれず 」、「 服装を褒めてくれず 」、「 グルメツアーの添乗員 」 をしてくれないからである。


話を聴いてくれぬ程度ならよいが、外では神経質で軟弱な駄目亭主から、ストレスの捌け口として DV を受けたりすると、女性は悲惨である。

そんな女性を、気の毒に思った男性が、美味しい食事に誘って、悩み事を聴き、長所を褒めたりなんかすると、そりゃ、悪い気はしないだろう。

私も以前、知人を通じて 「 夫からの DV を受けて悩んでいる女性がいるから、カウンセリングしてあげて 」 と頼まれ、相談に乗ったことがある。

カウンセラーだから話は聴けるし、アパレル出身なので服装を評価できるし、軟弱な DV 亭主と違って体躯も悪くない。

まして、旬の美味い魚を出すビストロに案内し、優しく微笑みながら丁寧に、胸に詰まった悩みを解放するのだから、口説こうと思えば簡単である。


つまり、女性を殴るような 「 男らしくない亭主 」 から女性扱いされていない人妻が、「 普通の男 」 から丁寧に扱われると、女性が再生するのである。

もちろん、だからといって浮気を正当化したり、ましてや殺人を肯定できようものではないが、「 夫に非が無い 」 とも言えないように思う。

軟弱な DV 亭主だから妻が浮気するのか、尻軽な妻が浮気するから亭主が DV に走るのか、それはよくわからないが 「 どっちもどっち 」 だろう。

結婚前に、夫となる男の軟弱さ、不気味さを見抜けなかった妻も、妻となる女性に信頼を寄せれなかった夫も、それぞれに 「 落第点 」 である。

ちなみに、仕事としてカウンセリングする場合は、相手が人妻だろうが美人だろうがFカップだろうが、けして邪心は示さないので、誤解のないように。






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2008年02月06日(水) 「 人財 」 と 「 人在 」 と 「 人罪 」 の見極め



「 鋼鉄の救命ボートには、全員を助ける席はない 」

              J・ブルース・ジョンストン ( USスティール副社長 )

There are not enough seats in the steel lifeboat for everybody.

                              J. Bruce Johnston



これは、ストライキ中の社員に宛てた 「 警告の手紙 」 の一文である。

全員で不幸になるわけにはいかないので、企業に解雇はつきものだ。


この時期、副業でやってる中国の事業は 「 旧正月 ( 春節 ) 」 でお休みだが、本業のほうは最盛期にあたり、とかく忙しい日々が続いている。

現在、数社の企業とコンサルタント契約を結んでいるが、特に私は、人事 ( 採用、評定、教育 など全般 ) マネージメントに関する依頼が多い。

最近では 「 七五三現象 」 といって、新入社員を採用しても、中卒の七割、高卒の五割、大卒の三割が、三年以内に退社してしまう。

三年以内といえば聞こえがよいけれど、その中には、一年どころか、一ヶ月もしない間に辞めてしまう人が含まれ、どうにも定着性が悪い。

新人教育もさることながら、管理職や、ベテラン社員の意識改革も必要で、気力と忍耐、時間と手間の掛かる作業になっている。


転職自体は悪いことでもないが、厳しい審査を勝ち残り、せっかく意気揚々と入社されたのに、何も吸収せず立ち去る姿を見送るのは、実に虚しい。

よく 「 人材 ( ジンザイ ) 」 という言葉を使うが、正確にいうと、各企業には 「 人財 」 と 「 人在 」 と 「 人罪 」 の 三種類 の ジンザイ がいる。

まず 「 人財 」 は、活き活きと働き、苦しい立場にあっても工夫して楽しさ、やりがいを見出し、全体を牽引するタイプの ジンザイ である。

第二の 「 人在 」 は、さしたる貢献度はないものの、歳月と共に成長して、とりあえず人並みの仕事をし、周囲の邪魔にはならない ジンザイ だ。

最後の 「 人罪 」 は、嫌々ながら職場に通い、周囲のやる気やら生産性を低下させ、企業に害を与える ジンザイ で、なんとも性質が悪い。


ある昆虫学者が、「 働きアリ ( 蟻 ) 」 の生態を研究するため、それぞれにマーキングを施して、じっくりと個々の動きを観察したという。

すると、まったく働かない輩や、周囲に合わせて働く フリ をしながら、ただ、意味の無い動きを繰り返すだけの輩もいて、なかなか面白いらしい。

世界的に、昔から 「 日本人は勤勉 」 の イメージ が定着しているけれど、「 働かない働きアリ 」 と同じで、すべてがそうとは言い切れないのである。

実際に巷では、社会問題化するほど数多くの ニート がいて、仕事が面白くないと愚痴っては、能率の悪い作業に明け暮れる 「 人罪 」 も無数にいる。

過去、厚労省と民間が協力した事業に参加し、100名近くの ニート を就職させたが、彼らに共通するのは 「 仕事の楽しさを知らない 」 点だった。


働いたことのない ニート が、仕事の楽しさを 「 知らない 」 のに対し、仕事が面白くない 人罪 は、仕事の楽しさを 「 学べなかった 」 のである。

働かず、納税しない ニート も、周囲を不快にして、迷惑を掛ける 人罪 も、それ以外の人からみれば 「 目くそ鼻くそ 」 だが、前者は更生しやすい。

まったく経験のない 「 未知の恐怖 」 に怯えているだけなので、“ 仕事とは楽しいものだから、恐れる必要はない ” ことを、誰かが教えれば済む。

それに対し、何年も、何十年も働いてきたのに、仕事の楽しさを見出すことのできなかった御仁は、“ 他人も自分と同じだ ” と、先入観を持っている。

せっかく新人に情熱を植え付けても、そんな 「 仕事が面白くないよ病 」 の蔓延する職場へ配属すれば、文字通り 「 悪化は良貨を駆逐する 」 のだ。


企業にもよるが、一般的に 「 人財 」 は 5%、「 人在 」 は90%、「 人罪 」 は 5% というのが、およその構成比だといわれている。

当然、すべての人に 「 人財 」 を目指して欲しいが、資質や、その職業への適性もあるので、努力すれば全員がなれるというものでもない。

私の仕事は、一人でも多くの 「 人財 」 を育成することと、改善する余地のみられない 「 人罪 」 を見極めて、早急に対処するよう進言することだ。

誤解のないように付け加えるが、解雇して不幸にさせることが目的でなく、彼らが 「 人罪 」 から脱け出す “ 新しい門出 ” を助けるのが使命である。

厳しい経済環境にあって、企業は 「 全員が不幸になる 」 のでなく、残る人は残り、辞める人は新天地で頑張り、各々 ハッピー になるのが望ましい。






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2008年02月05日(火) スーパーチューズディ : 決戦の火曜日



「 政治とは、誰が、何を、いつ、どのように手に入れるかである 」

          ハロルド・ラスウェル ( アメリカの心理学者、政治評論家 )

Politics : Who Gets What, When, How.

                                 Harold Lasswell



本当は、“ 手に入れたもの ” をいかに活用するかが、重要である。

各候補者も承知していることだが、当選後は、それを忘れてしまうようだ。


今年のアメリカ大統領選挙で、民主党 22州、共和党 21州で予備選挙と党員集会が開かれる 「 スーパーチューズディ 」 は、まさに天王山となる。

共和党 マケイン 優勢は揺ぎ無いが、注目は、最大票田カリフォルニアを、民主党の ヒラリー、オバマ どちらが制すのかというポイントだ。

ヒスパニック系の多いカリフォルニアは、夫の ビル・クリントン 元大統領が現職時に手厚い政策を行ったことが功を奏し、ヒラリー 優勢とみられた。

当初は、圧倒的大差で勝利すると思われたが、ここにきて オバマ 陣営は、一気に形勢を逆転すべく、積極的な選挙戦術を展開し、差を詰めている。

国民的人気俳優 ロバート・デニーロ や、いまだに全米で根強い影響力を持つ ケネディ一族 の応援を得て、ほぼ互角の位置にこぎつけたらしい。


現職の ブッシュ 大統領 は、イラク戦争の影響もあってか 「 悪者扱い 」 をされる人も多いが、日本にとっては 「 話のわかるオジサン 」 であった。

日本政府の努力もあったが、対米輸出における関税や規制が緩やかで、円滑に伸びた背景には、共和党ならびに ブッシュ政権 の厚情がある。

民主党に変わり、たちまち関係が悪くなるとは思わないが、共和党のほうがリベラルな政策をとる傾向にあるので、日本経済への影響は大きい。

特に、中国との関係が深く、多額の資金援助を受けている ( 違法でない ) ヒラリー が勝った場合、中米関係は緊密化し、日米間は希薄化する。

それだけは 「 なんとしても避けたい 」 と、ヒラリー 候補の敗北を願っている日本の財界人、政治家は多く、スーパーチューズディ は目が離せない。






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2008年02月03日(日) ギョーザ中毒事件で廃棄される 「 無害 」 の中国製食品



「 腹いっぱい食べることが、目的の達成だった。

  酔っ払うことは、勝利だった 」

                ブレンダン・ビーアン ( アイルランドの劇作家 )

To get enough to eat was regarded as an achievement.
To get drunk was a victory.

                                Brendan Behan



これは、彼が 「 1930年代のダブリン 」 について語ったコメントである。

食べるのに精一杯の状況では、何よりも食糧の確保が優先される。


ギョーザ中毒事件の調査が進むにつれ、毒物は製造過程でなく、出荷後の流通段階で混入した可能性が高いという推察が、囁かれ始めている。

袋の製造や印刷に詳しい知人によると、冷凍食品の外装袋は多層構造になっており、製造工程で 「 穴が開く 」 事故は、まず考えられないという。

我々のような素人は、「 それは日本の話で、中国ならあり得るのでは 」 と考えがちだが、その可能性も極めて低いようだ。

なぜならば、そのような袋の製造は機械化されており、袋の原料も機械も、中国製が存在しないので、ほぼ日本製と同レベルのものが仕上がる。

つまり、袋に穴が開いていて、外側に毒物が検出されたのなら、何者かが故意に穴を開け、中身に毒を入れようとした公算が高くなるわけだ。


そうなると、中国で輸出前に混入されたか、日本で輸入後に混入されたか判別し難いが、輸入時には検査・検疫があるため、後者の線が濃厚だ。

事件発覚の直後、「 国民の健康が脅かされたのだから、中国政府に抗議しろ 」 と吼えていた御仁もいたが、それでは、赤っ恥もいいところである。

いづれにせよ、今回の事件で明らかになったことは、僅か一種類の中国製食品から毒物が検出されたことで、中国製すべてが不安がられる事実だ。

現代の日本人にとって、「 食の安全 」 といえば食品の安全性を意味するが、世界には、明日の食糧さえ、ままならない人々が大勢いる。

彼らとて、安全なものを食べたいとは願っているが、ごく一部分の不良品が見つかったからといって、他の良品まで廃棄する異常性は理解されない。


1995年に、アメリカの民間シンクタンクである 「 地球政策研究所 」 所長の レスター・ブラウン が、『 誰が中国を養うか 』 というレポートを発表した。

内容を要約すると、中国の人口は今後も増え続け、さらに、経済的発展で国民の生活水準が向上するため、たんぱく質、食肉の摂取が増えていく。

すると、食肉用の家畜を育てるために飼料用の穀物需要も増えるのだが、工業化の進展によって農業用地が減り、その供給が間に合わなくなる。

そうなれば、2030年の時点で中国は 「 2億トン 」 以上の穀物不足が発生する危険が高く、世界規模の食糧危機に陥るというのがレポートの主題だ。

ちなみに、世界全体の穀物総輸出量は 「 約 2億3千万トン 」 で、こうした水準では、2030年の中国の穀物需要量さえ満たせない状態にある。


幸いにも、レポートの発表から10年以上経ったいま、ブラウン が懸念したような中国の食糧危機は起きていないが、その兆候はたしかにある。

ほとんどの日本人は知らないだろうが、すでに中国は 「 食糧輸入国 」 に転落しており、工業化による農地の減少も、歯止めが利かなくなっている。

2030年の中国は人口のピークを迎え、いまより2億人増えて15億人になるため、抜本的な農業改革を行わないかぎり、食糧危機に直面するだろう。

日本は現在、世界最大の穀物輸入国であり、他のG7諸国が、穀物の高い自給率を保っているのに対し、日本の自給率はわずか3割にも満たない。

つまり、近い将来において、食糧危機になった中国と日本の間で、熾烈な 「 食糧争奪戦 」 が起きる確率は高く、我々には準備が必要なのである。


日本の姿勢として、現在のように 「 中国は不衛生でけしからん 」 と文句を言うだけで、食糧自給率を上げる努力をしないのは大問題である。

お茶碗一杯のご飯をつくるためにも、ペットボトル135本分の水が必要で、日本が食糧自給率を高めれば、穀物輸出国の水不足も緩和される。

現在の日本は、お金で発展途上国から水や食糧を奪っておいて、その品質が悪いと文句を並べては、気に入らないから捨てるという体質にある。

食糧を輸入するのなら、多少の不安があっても黙って食べるか、どうしても嫌だったら、輸入せずに賄えるだけの自給率を確保すべきだろう。

食中毒も他の病気と同じで、老人や子供など、体力の弱い人がなりやすいので、私のように 「 何を食っても当たらん 」 まで鍛えるのも一策である。






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2008年02月02日(土) 毒ギョーザの次は、腐った羊水か …



「 口のつぐみ方を知るより、話し方を知るほうがたやすい 」

                      トーマス・フラー ( イギリスの聖職者 )

'Tis easier to know how to speak than how to be silent.

                                  Thomas Fuller



いわゆる 「 失言 」 の多い人には、いくつかの原因が考えられる。

思慮に欠ける、知識が浅い、性格的に 「 オッチョコチョイ 」 などの理由だ。


歌手の 倖田 來未 ( 25 ) が、「 35歳以上の妊婦は、羊水が腐っている 」 とラジオ番組で発言したことから、ネット上で非難の声が上がっている。

たぶん “ ウケ狙い ” のジョークだとは思うけれど、素人ではないのだから、自分の発言が及ぼす影響力を鑑み、認識の足りない点を反省すべきだ。

生放送ではなく、事前に収録された番組ということなので、現場のスタッフが優秀なら、事前に不適切な部分を編集することも、十分に可能だったろう。

いづれにせよ、単なる 「 悪ノリ 」 であって、該当する人々を傷つけるなどの 「 悪意 」 があったとは考え難いので、謝れば、許してやって良いと思う。

今回の騒動で得た教訓を活かし、公共の電波に乗せてよい 「 ユーモア 」 と、品性に劣る 「 悪ふざけ 」 の違いを学べれば、大きな成長の糧となる。


芸能人の場合は、面白いことを話し “ ウケる ” という要素が、彼ら自身の価値を大きく左右するので、事実無根の過激なデマも 「 ネタ 」 になる。

政治家も、ある意味 「 人気商売 」 なので、有権者の気を引くために効果的だと思えば、それが事実でも、デマでも、会話に取り入れる習性がある。

慎重な性格だったり、人間的に成熟している政治家の場合は、それなりに言葉を選ぶが、資質の低い政治家だと、どうしても 「 失言 」 が多くなる。

民主党の 管 直人 代表代行は、テレビ朝日の番組に出演した際、自民党の代議士を名指しで 「 利権顔 」 と批判し、物議をかもしているという。

これは 「 失言 」 というより 「 根拠の無い中傷 」 に近く、自民党本部では名誉毀損などの法的措置も視野に入れ、管 氏 の謝罪を求めている。


過去、管 氏 の失言で印象に残っているのは、安倍政権時代、記者団に 『 安倍さんの周囲には “ セフレ ” が多いそうですね 』 と語った事件だ。

びっくり仰天した記者たちが確認したところ、これは、「 性癖に関する醜聞 」 の暴露ではなく、単に、管 氏 の 「 言い間違い 」 だと判明した。

どうやら、「 ○ セレブ [ celeb ] = 著名人、富裕層など 」 と、「 × セフレ [ sex friend ] = 性交渉だけを目的とした友人 」 を混同したらしい。

とんでもない間違いではあるが、“ セフレ ” なんて俗っぽい言葉を 管 氏 が知っているというあたりに、ちょっと親近感をおぼえた一件でもあった。

民主党の目指す 「 政権交代 」 が実現されたら、国会で 『 私の知り合いの セフレ がね … 』 なんて発言があるかもと思えば、少し楽しみでもある。






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2008年02月01日(金) ギョーザ中毒事件 : 「 中国製 」 の品質



「 お金より大事なものは、確かにある。

  問題は、そのどれもに、お金がかかるということだ 」

                   ルイス・A・サフィアン ( アメリカの著述家 )

There are more important things than money …
the only trouble is they all cost money. 

                               Louise A. Saffian



よく、「 健康は、お金で買えない 」 と人は言う。

それは正しいが、「 健康を犠牲にすれば、安上がりになる 」 のも事実だ。


中国産冷凍餃子による薬物中毒事件は、当初、「 またかよ 」 という程度の騒ぎだったが、いつになく執拗に、マスコミ各社の報道が過熱している。

たしかに、現在の日本と比べれば、衛生管理、品質管理など、多くの面で、設備にしても、技術にしても、意識の在り方にしても、中国の水準は低い。

だが、一昔前までは、日本も似たような環境にあって、敗戦後の復興と高度経済成長を優先するあまり、公害や、有害な毒物を垂れ流しにしていた。

文化の発達段階として、まず最初に無害な自然環境があり、次に発展過程として公害が起こり、人体や環境にまで関心が向くのは、その後である。

急速な経済成長を続ける中国の現況をみれば、このような問題が起きても不思議ではないし、むしろ、何もないほうが不自然ではないかとさえ思う。


食品関連ではないけれど、私も中国に会社を持っていて、一年に何度かは出張するし、ほぼ毎日、現地社員とは、電話やメールで連絡を取っている。

この話題は、彼らにも伝わっているようだが、いま、現地で最大の関心事になっているのは、旧正月を前に襲った 「 記録的な豪雪 」 の影響である。

例年ならば 「 降雪 0 」 の一部地域が、いきなり 30〜60cm ほどの積雪に覆われるという異常気象で、交通や物流が機能せず、大混乱に陥った。

今年の中国は、2月7日から旧正月に突入するので、いまは日本の感覚でいうと、ちょうど 「 年末の慌ただしさ 」 に追われている時期である。

帰省のこと、大雪のこと、株価が暴落していることなど、中国人民の心配や関心事は別の部分にあり、「 日本の食中毒 」 に、大半は興味を示さない。


どこの国でも、仕事を真面目にやる人、嫌々ながら働く人がいて、衛生面や品質管理の重要さについても、すぐに理解する人、できない人がいる。

そんな中で、民族的な発想の違いがあるとすれば、日本人が 「 不良品 0 」 を当然と考えるのに対し、多くの中国人は、少し違う考え方を持っている。

たとえば、ポスターなどの印刷物を100枚つくるとき、日本の印刷屋さんは 「 一枚でも ミスプリント が混じらない 」 ことを目標に製造し、納品する。

それが中国の場合は、「 2〜3枚は ミスプリント が混じっているかもしれないが、10枚、余分に入れておいたから大丈夫だよ 」 という考え方をする。

徹底的に検査し、「 ミス は無いのが当然 」 だから、不良品を混入させないという発想と、検査しても 「 ミス は起こり得るもの 」 という発想の違いだ。


私が最初に訪中したのは、商社に勤めていた 20年前のことで、その頃に比べると格差は縮小したが、まだまだ 「 不良品 0 」 の領域にはない。

中国製品は、品質が悪いというより、日本人のような繊細さに欠けるため、何事も大雑把で 「 品質が安定しない 」 と表現したほうが、的確だと思う。

ロシアン・ルーレット的な感覚で、何十万、何百万個という餃子の中には、悪い物も混じるが、「 運が悪かった 」 と思って諦めてください … なのだ。

それを日本市場が受け容れるのか、拒絶するのかは、もちろん、日本側に選択肢があるけれど、彼らにも 「 日本へ売らない 」 という選択肢はある。

価格は 「 中国製なんだから安くしろよ 」、品質は 「 日本向けなんだから、すべて最高品質を保障しろ 」 では、理想的な貿易相手といえない。


日本側の悩みは、中国に対する食料品や衣料品の 「 依存度 」 が異常に高く、価格設定も 「 中国製を前提とした相場 」 になっている実情だ。

安全性が認められないために、中国からの輸入を全面的に禁止した場合、諸物価は高騰し、たちまち庶民の生活は苦境に追いやられる。

店頭に並ぶ商品以上に、「 業務用 」 の占める割合は高く、たとえば、持ち帰りの弁当類なども、相当な金額の値上げを余儀なくされるだろう。

いままで、500円のランチを食べていたサラリーマンが、「 食の安全 」 が大事だからといって、1000円のランチに切り替える覚悟はあるのか。

いわゆる 「 安かろう、悪かろう 」 は、ある意味、当たり前の現象であって、たしかに安全は重要だが、当然、その代償は避けられない。


今回の騒動で気になるのは、普段、韓国、中国びいきの報道に明け暮れる売国奴的な某テレビ局が、しきりに中国製品をバッシングしている点だ。

中国の食品工場作業員が 「 手袋をつけず、素手で作業している写真 」 を何度も画面に出し、まるで、とんでもない状況のようにコメントしている。

一般的な消費者のイメージは、「 日本の食品工場では、すべて、手袋をし、衛生管理が徹底されている 」 というものかもしれないが、現実は違う。

そんな工場は日本でも “ 全体の一部 ” であり、大半は、それほど衛生的には感心しない作業場の中で、庶民の食べ物がつくられているのだ。

夏祭りの屋台で売られる タコヤキ やら、ヤキソバ などもそうだが、中国と変わらない環境下で調理されたものを、我々も普段から口にしている。


今回、某テレビ局が中国製品の不安を煽る狙いは、中国製品を一時的に市場から締め出し、物価を高騰させ、庶民生活を脅かすためではないか。

そして、生活の苦しくなった国民が政府に不満を抱き、一気に政変を起こすための “ 恣意的な誘導 ”が背景にあるような懸念を感じる。

既に、ノセられやすい人々からは、「 国民の健康が脅かされてるんだから、外交筋を通じて中国政府に文句を言え 」 といった、不満の声も出ている。

ちなみに、いまごろ文句を言っても、中国の要人は旧正月 ( 日本のお正月と同じ ) の準備に忙しく、マトモにとりあってくれないだろう。

さほど過剰に心配しなくても、頻繁に中国で 「 おかしなモノ 」 を食べている私が平気なように、滅多に死にはしないから大丈夫である。






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