Tonight 今夜の気分
去るものは追わず、来るものは少し選んで …

2007年08月31日(金) 世界陸上 : 中継では伝わらない感動



「 我々に運命の枠組みを選ぶことは許されていない。

  しかし、その中に入れるものは、我々のものである 」

                 ダグ・ハマーショルド ( 第2代国連事務総長 )

We are not permitted to choose the frame of our destiny,
but what we put into it is ours.

                              Dag Hammarskjold



今回の世界陸上もそうだが、黒人選手の身体能力は総じて高い。

特に、短距離種目で決勝に進めるのは、大半が黒人選手である。


よほどの番狂わせが無ければ、世界レベルの大会における短距離走で、日本人が上位に食い込む可能性が低いことは、認めざるを得ない。

これは、努力によって向上する熟練技能 [ skill ] ではなく、遺伝的に持って生まれた能力 [ ability ] の問題が大きいとみて、まず間違いないだろう。

ただ、だからといって、「 勝ち目がないから挑戦しない 」 という態度が賢く、それでも積極的に立ち向かう姿勢が愚かだとは、けして思わない。

世界の頂点に挑戦する資格が無いのは、「 勝ち目のない選手 」 ではなく、「 勝つ気のない選手 」 であって、強い意志さえあれば無駄ではない。

すぐに結果を出すのは無理でも、成し遂げる意志は後継者に引き継がれ、いつか必ず、日の丸を背にした選手が、報われる日もくるはずだ。


勝ち目がないからといって、何事も挑戦することを諦めたり、すぐに辞めてしまったりする連中の多くが、果敢に挑戦する者を嘲笑する傾向にある。

スポーツや、ビジネスでは、たしかに 「 結果を出すこと 」 を優先されるが、「 やる気の有無 」 というのは、それ以前の問題だといえよう。

仮に、やる気のない人間が稀に結果を出したとしても、それは長続きせず、誰にも良い影響を与えることなどなく、全体の発展には寄与しない。

先日、ストーカーと化して女性を射殺した警官も、日頃から 「 仕事に意欲がない 」 と漏らしていたようだが、典型的な 「 ロクでもない人間 」 である。

向上心や、己の限界に挑戦する意志のない無気力な人間が、他人を批判したり、偉そうに御託を並べる姿をみかけるが、まったく恥知らずな話だ。


今回の世界陸上では、結果だけをみると 「 日本勢の不甲斐なさ 」 が目につくところだが、連日、競技場で生の試合をみると、少し違う感想を持つ。

アテネ五輪のように、惨敗しても満足げな表情を浮かべる選手は皆無で、全選手が彼らなりに 「 結果を出そう 」 と試み、真剣に勝負している。

本来の実力が出なかった選手は悔しさを露にし、次に賭ける選手は試合を振り返って敗因を辿るようにトラックを眺め、なかなか立ち去らない。

おそらく中継では伝わり難い 「 選手の本気度 」 や 「 意欲 」 というものが、日本勢には高く、結果は思わしくないが、批判する気が起きない。

定められた運命の中においても、精一杯に力を出し切る姿勢は、無気力な現代日本の風潮に辟易する私にとって、一服の清涼剤になっている。






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2007年08月30日(木) 世界新記録が期待される種目は



「 ナポリを見て死ね 」

                                   英語のことわざ

See Naples and die.

                                 English proverb



イタリア南西部に位置するナポリは、風光明媚な都市として知られる。

死ぬ前に必ず見ておけという意味で、その美しさを強調した格言である。


日本にも、「 日光を見ないうちは結構と言うな 」 という格言があり、これは日光東照宮の建築美を称えたもので、同じような意味で用いられている。

洋の東西を問わず、名所旧跡や自然景観を強調して、「 必ず見るべし 」 と促す言葉があるもので、観光地の集客効果に多大な貢献を遂げてきた。

近年は、テレビの普及によって、たとえばスポーツ中継や、人類初の月面着陸などの 「 歴史的瞬間 」 が、画面を通じて見られるようになった。

瞬間の出来事を 「 必ず見るべし 」 と視聴者に伝えるため、アナウンサー、キャスターが告知に多用するのは、「 お見逃しなく 」 という言葉だ。

アメリカでスポーツ中継を観ていると、「 Don’t miss it 」 という表現をよく耳にするが、日本語でいう 「 お見逃しなく 」 と同じ意味である。


長居競技場のトラックは海外のアスリートから 「 高速トラック 」 と呼ばれ、なかなか好評なのだが、いまのところ世界新記録は誕生していない。

もちろん、反発性の良いトラックを使用していても、酷暑や、風向きの影響などもあるし、そう易々と新記録が生まれるとはかぎらない。

しかし、日本代表陣が次々と予選で敗退する中、会場に詰め掛けた大勢の観客や、テレビで観戦する視聴者の興味は、新記録樹立に集中している。

予選を観た感じで、最も 「 世界新記録が達成される可能性 」 が高いのは、31日の金曜日に行われる 「 男子400m 決勝 」 ではないかと思う。

ジェレミー・ワリナー ( 米国 ) の予選タイムは凡庸ながら余裕残しで、マイケル・ジョンソン の持つ 43秒18 に迫る勢いなので 「 Don’t miss it 」。






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2007年08月29日(水) 世界の壁 より 自分の壁



「 山中の賊を破るは易く、心中の賊を破るは難し 」

                            王 陽明 ( 中国の儒学者 )

It's easy to defeat the bandits in the mountains,
but it's difficult to conquer the bandits in your mind.

                                Wan Yang Ming



陸上部時代、コーチ から 「 お前には二人の敵がいる 」 と言われた。

それは、「 強い ライバル 」 と 「 弱い 自分 」 を指している。


世界陸上4日目、男子200m二次予選で期待の 末続 が敗退し、今夜の見所は 女子棒高跳び の イシンバエワ による 「 記録更新 」 に集中した。

金メダル の確定後、余裕のある跳躍となったが、惜しくも世界新記録には届かず、私も含め観客席の隅々からは、大きなため息が漏れた。

スポーツの場合、強いライバルと競っているときよりも、自己の持つ記録に黙々と挑戦しているときのほうが、プレッシャーを感じることも多い。

ましてや、世界中が自分一人を凝視して、新記録を待ち望んでいる場合の重圧たるや、並大抵のものではない。

他者との競争では、相手の失策という勝機も在り得るが、自分との闘いにおいては、真の強さが求められるわけで、それ以外の勝利は存在しない。


冒頭の名言は、このような 「 自己記録への挑戦 」 というよりは、自分の心の中にある 「 弱さ 」 や 「 ズルさ 」 など、不徳との葛藤を示している。

まさに、東洋的思想の美徳を象徴する 「 自分を律する姿勢 」 が込められた言葉で、自分自身の心にある邪悪な気持ちを戒めたものといえよう。

残念ながら近頃では、自分自身に対する誇りや、羞恥心というものを失い、すぐに他人を妬んだり、人前で愚痴をこぼす連中が増えてしまった。

精神学的には 「 自己嫌悪 」 という症状にあたるのだが、自分がダメ人間なので、周囲も愚かだろうという考えから、万事に否定的な意識を持つ。

そのような気持ちに陥った人、あるいは陥りそうな人こそ、自らの生活態度や生きる姿勢を律し、「 自分でいることの勇気 」 を持たねばならない。


いまのところ世界陸上では日本勢が不振で、目立った活躍をみせていないが、負けて競技場を後にする選手の中には、悔しさを露にする者も多い。

彼らの涙は、「 強豪に敗れた 」 ことが原因ではなくて、「 大舞台で自分の力を発揮できなかった 」 ことへの後悔が大部分なのである。

そういう気持ちを持たずに、外国人選手との体格差を嘆く者に未来はなく、自己の努力不足を認め、精進を重ねる者により、歴史は塗り替えられる。

何事も、いまの状況が思わしくないのは、すべて 「 自分の非 」 であって、それに落ち込むのではなく、猛省し、努力、改善することが重要なのだ。

結果はともかく、敗退した選手らが 「 世界の壁 」 よりも 「 自分の壁 」 を、いつか超えてくれることを祈念しつつ、今後も声援していきたいと思う。






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2007年08月27日(月) 世界陸上にみる 「 悪い流れ 」



「 自信・信頼感は伝染する。 自信・信頼感のなさもまた伝染する 」

                    ヴィンス・ロンバーディ ( NFL のコーチ )

Confidence is contagious. So is lack of confidence.

                                 Vince Lombardi



日本での知名度は低いが、ロンバーディ を知らないアメリカ人はいない。

フットボール界の大御所で、“ 伝説の名コーチ ” としてあまりにも有名だ。


グリーンベイ・パッカーズ の ヘッドコーチ & GM として、通算5回のリーグ優勝を果たし、スーパーボウル 第一回、第二回大会も勝利に導いた。

日本の スポーツ界でいえば、さしずめ 「 長嶋 茂雄 氏 」 みたいな伝説的、英雄的存在であると考えてもらって、ほぼ間違いない。

彼は、アメリカの代表的な “ スポーツ格言 ” の生みの親でもあるけれど、特に、「 勝ち 」 と 「 負け 」 を明確に示す内容のものが多い。

それらは、オリンピック憲章の 「 参加することに意義がある 」 など、勝敗にこだわらないとする主旨のものより、厳しいが、現実味があり共感できる。

どんなに 「 きれいごと 」 を並べても、スポーツとは 「 勝ちと負けの言語 」 であって、常に負けてばかりでは楽しくもないし、真の感動もない。


世界陸上の 「 男子 ハンマー投げ 決勝 」 は、アテネ五輪 金メダリスト の 室伏 広治 選手 が期待を集めたが、6位 という残念な結果に終わった。

他の種目と違い、ハンマー投げの場合は 「 どこが悪かったか 」 が素人目には判別し難い競技で、フォームを眺めたぐらいでは敗因がわからない。

技術的な面よりも、ブランクや、当日の体調や、プレッシャーなどの精神的背景などといった 「 コンディション 」 に、影響を受けやすいとされている。

これまでのところ、今回の世界陸上では 「 日本勢が期待を裏切る場面 」 が多く、なんとなく 「 嫌なムード 」 が会場には蔓延していた。

冒頭の名言が示した通りに、「 自信・信頼感のなさが伝染している 」 ような気配が漂い、その影響を感じさせる 「 空気 」 があったようにも思う。


ビジネスの世界も同じで、自信や信頼感のない人が混じっていると、チームに悪い空気が流れ、他者にまで伝染し、全体の力量を下げやすい。

それを防ぐため、企業側は 「 能力給制度 」 などを導入し、競争を促すのだが、出来の悪い人ほど、制度を誤って解釈してしまうケースも多い。

たとえば、「 自分は同僚より給料が少ないのだから、サボっても当然だ 」 といった具合に、評価が低いことに甘んじてしまい、ますます働かなくなる。

そういう怠惰な風潮を伝染させられるようでは、周囲の人間もたいした器ではないのだが、「 楽なほうへ流されやすい 」 のも人の常といえよう。

スポーツでも、ビジネスでも、良い流れには積極的に乗り、悪い流れは自分で断ち切る度量が求められ、それが勝者の必須条件でもある。






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2007年08月26日(日) 世界最速の男が誕生する瞬間



「 アイスクリーム は溶けないうちに楽しむ、それが私の哲学だ 」

                   ソートン・ワイルダー ( アメリカの小説家 )

Enjoy your ice cream while it's on your plate - that's my philosophy.

                                 Thorton Wilder



この哲学には、大いに共感するところがあり、なるべく実践している。

楽しみを先に延ばすのもよいが、同じ機会に恵まれるとはかぎらない。


自分の眼前で 「 世界最速の男 = 66億2000万の頂点 」 が決定される瞬間を目撃する機会も、そうそう訪れるものではない。

残念ながら朝原は脱落したが、ゲイ、アトキンス、パウエル の3強が順当に顔を並べた男子100m決勝は、熱気と興奮の中でスタートした。

前半は パウエル がリードしたが、ゲイ に並ばれた後、肩に力が入ったか、後傾した姿勢が目立ち、ゴール前で伸びず アトキンス にも抜かれた。

優勝した タイソン・ゲイ は、向かい風 0.5mで 「 9秒85 」 の好タイムを記録したが、25歳という年齢を考えると、これからも楽しみな選手だ。

練習では 9秒74を出したこともある パウエル が持つ 「 9秒77 」 の世界記録に向かって、今後も、二人の挑戦は続いていくだろう。


願わくば、その瞬間にも立会い、「 歴史の証言者 」 になりたいとも思うが、その頃には、また別の 「 アイスクリーム 」 が待っているかもしれない。

人生には、辛いことも多いが、探してみれば楽しいこと、愉快なこと、勇気や感動を与えてくれることも、たくさん存在するのである。

その大半は 「 対価 」 や 「 余暇 」 を必要とするが、それを励みとすれば、労働への活力も増すわけで、そんなに困難なものではない。

不幸の原因は、自由になる 「 お金や時間が十分にないこと 」 ではなくて、自分に合った 「 生きがいや楽しみを見つけられないこと 」 にある。

この週末は、いつもより疲れたけれど、アスリート の活躍を目の前で観て、いまなら 「 なんでもできそうな気がする 」 心境で、仕事に臨めそうだ。






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2007年08月25日(土) 世界陸上開幕 初日から大興奮



「 厳しい状況で自信を持っていられるのは、

  偉大な選手であることの証だと思う 」

             ジョン・マッケンロー ( アメリカのテニス・プレイヤー )

I think it's the mark of a great player to be confident in tough situations.

                                 John McEnroe



目の前を “ 世界最速 ” の パウエル が、疾風のごとく走り抜ける。

テレビ では伝わらない 「 生の感動 」 に、長居は沸きかえった。


酷暑の大阪では、選手はもちろんのこと、午前、午後の両セッションを観戦する我々も体力の消耗が激しく、初日から疲労困憊の一日だった。

男子100m予選と、二次予選では、朝原の好走に歓喜し、400mHでは、為末の予選脱落に肩を落とし、眠れない興奮状態が続いている。

とはいえ、明日も猛暑が予想される中、100m決勝をはじめとする見逃せないプログラムが目白押しなので、こちらも休養をとる必要がある。

基本的にスポーツは、「 観る 」 より 「 参加する 」 ほうが楽しいのだけれど、世界のトップアスリートを間近に観る感動は、また別格といえよう。

観戦後に 「 学生時代の陸上仲間 」 と飲み会を繰り広げたことが、疲れの原因になっているような気もするけれど、明晩も遅くなりそうである。






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2007年08月24日(金) 世界陸上 大阪大会



「 祈るべきは、“ 健全な精神が健全な身体の中にある ” ということ 」

      デキムス・ユニウス・ユウェナリス ( 古代ローマの詩人、弁護士 )

You should pray for a sound mind in a sound body.

                         Decimus Junius Juvenalis



原文のラテン語は [ Orandum est, ut sit mens sana in corpore sano. ] 。

出典の 『 風刺詩 』 は、古代ローマを代表する文芸作品である。


これを 「 健全な精神は、健全な身体に宿る 」 と訳した人のせいで、身体が健康でないと良い人間になれないような 「 誤解 」 を、多くの人に与えた。

自分の学生時代を振り返ると、「 身体を鍛えんと、ロクな大人にならんぞ 」 と叱責する体育教師もいたが、この言葉を曲解した一人かもしれない。

実際には、不幸にして健全な身体に恵まれずとも、精神が健全な人もいるし、どこかの横綱みたいに、丈夫な身体があっても精神を病んだ者はいる。

原点を辿ると、ようするに 「 心身ともに健康であることを祈れ 」 などという単純明快な主旨であって、身体の健常性にこだわったものではない。

ただ、各人の可能な範囲内で、身体を鍛えることは望ましいし、スポーツに参加することで得られる体験、精神修養には、大きな成果が期待できる。


日本にとって、陸上競技、特に 「 短距離 」 での メダル 獲得は難しいが、明日から大阪で 『 IAAF 世界陸上 大阪大会 』 が開催される。

私も学生時代は陸上選手だったし、二年前までは大学の OB会 の会長をしていたので、地元開催の今大会は、かなり前から待ち遠しかった。

ところが、さほど世間一般の関心は高くないというのに、良い席の確保に 「 一切の コネ が通用しない 」 ため、やむなく正規料金を支払った。

たとえ 「 9日間セット券 」 とはいえ、仕事をサボって毎日は観に行けないので、ちょっと痛い出費になったが、いまさら後にもひけない。

お客さんの 「 招待用 」 として、経費で落とせないものかと悩んでもいるが、また、税理士の先生から、怪訝そうな顔をされそうである。


そんな 「 不健全な思惑 」 を抱えつつも、なるべく、他の予定を先に延ばしながら、できるだけ多く、明日から9日間は会場へ足を運ぶつもりだ。

大阪の酷暑を思うと、「 世界新 」 なんて記録達成には立ち会えそうもないが、世界の アスリート たちから、健全な情熱を吸収したいところである。

あるいは、彼らの姿を眺めることで、「 健全だった頃の自分 」 を思い出そうと期待しているのかもしれない。

最近、ともすれば 「 腰が痛い 」、「 肩が凝った 」 などと弱音を吐いては、少しでも楽をしようとする自分に、警鐘を鳴らす必要もある。

そういう意味では、「 身体を鍛えんと、ロクな大人にならんぞ 」 というご意見も、あながち 「 間違いではなかった 」 のかもしれないなぁ …。






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2007年08月23日(木) カラマーゾフの兄弟



「 幸福は幸福の中にあるのではなく、幸福を手に入れた瞬間にある 」

        フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー ( ロシアの文豪 )

Happiness does not lie in happiness, but in the achievement of it.

                    Fyodor Mikhailovich Dostoyevsky



優秀な作家、小説家は数多く存在するが、文豪と呼ばれる者は少ない。

ドストエフスキー の作品を読めば、なぜ 「 そう呼ばれるか 」 がわかる。


彼が晩年 ( 死亡する80日前に完成 ) に遺した 『 カラマーゾフの兄弟 』 の新訳本が26万部を突破し、古典文学としては異例の好調ぶりである。

世界最高峰の傑作文学だが、翻訳によっては難解に思えたり、読み進め難かったりするので、「 途中で読むのを挫折した 」 という人も多いらしい。

私自身は、小学校高学年のときに 「 少年向けの簡訳本 」 を読んで興味を持っていたこともあり、その後、大学生時代に読破することができた。

最近、ブーム になっている理由は、この作品に描かれる男女、親子、兄弟の愛僧、暴力、宗教、国家などの題材が、現代に通じるという分析がある。

そんな難しい理屈は抜きにしても、この名作には、推理小説的な面白さや、大河ドラマ的な感動と読み応えがあり、未見の方にはオススメの作品だ。


詳しい内容は省くが、作者が完成後すぐに亡くなったこともあり、この作品には 「 あるいは続編の構想があったのではないか 」 と語る人が多い。

読み終えた後に、原作では脇役的存在だった人物を 「 続編 」 の主人公に見立てて、自分なりの パート を空想する楽しみ方もある。

ドストエフスキー は、他の代表作 『 罪と罰 』 などもそうだが、人間特有の善と悪の部分、良心と残酷性を描き、読者を引き込む手法に長けている。

前述の 『 カラマーゾフの兄弟 』 では、父親の殺害という重い題材を主軸としているが、心理学者 フロイト も、作品を研究し、論文を発表している。

19世紀の文豪だが、一連の作品に共通して描かれる 「 人間とは何か 」 という問いに関し、まったく現代人も同じ苦悩を抱えているところが面白い。


冒頭の一句も、まさに 「 その通り 」 とうなずける名言で、きっと、幸福とは 「 そういうもの 」 なのだと思う。

幸福とは、周囲から眺めて 「 幸せな状態 」 にあるかどうかではなく、その人自身が 「 幸せを感じる心 」 を持っているかどうかが重要なのだろう。

手に入れた瞬間に 「 味わう 」 ものであって、苦心して求めたり、追いかけたりする代物とは違うんじゃないかなと、思ったりもする。

ドストエフスキー は、作品を通じて アインシュタイン など世界の著名人らに思想的な影響を強く与えてきたが、遺した言葉にもまた秀逸な味がある。

大学生諸氏も、東大教授陣が 「 新入生に読ませたい本 」 の1位に選んだ 『 カラマーゾフの兄弟 』 を、読み易い新訳本で体験してみては?






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2007年08月20日(月) 中華航空機炎上事故



「 一般論で言うと、もしお客がいい経験をすれば、3人にその話をする。

  悪い経験をすれば、10人に話すだろう 」

               リージス・マッケンナ ( アメリカ IT業界の企業家 )

A rule of thumb. If a customer has a good experience, he'll tell three
other people. If he has a bad experience, he'll tell ten other people.

                                 Regis McKenna



文中の [ rule of thumb ] は、「 親指の物差し 」 のことである。

日常的に、「 経験的にまず間違いのないこと 」 といった意味で使われる。


この慣用句には、親指を メジャー に見立てて長さを測る例えだという説もあれば、親指を ビール に浸けて温度を測る例えという説もあるらしい。

いづれにせよ、「 おおまかに言えば 」 だとか、「 まず間違いなく 」 といった感じで、英米人が 「 一般論 」 を語るときによく使う言い回しである。

冒頭の句では、「 消費者の評判 」 を題材にして、それが良い場合と、悪い場合で、その後の ビジネス に大きな影響があることを示唆している。

企業にとって 「 評判が悪い 」 なんてことは死活問題であって、たとえ一度でも評判を落としてしまうと、信頼を回復する作業は至難の技となる。

特に、消費者が 「 安全性 」 に関する不安を抱いた場合の影響は深刻で、最近の例でいうと、食品メーカーによる賞味期限偽装などが挙げられる。


20日、那覇空港に着陸した 中華航空 ( チャイナエアライン ) 120便 が、駐機場に移動して停止後、右主翼下のエンジンが爆発、機体が炎上した。

事故原因は未だ不明だが、着陸後にエンジン後方から燃料が漏れているのを整備士が目撃しており、整備不良の可能性があるようだ。

幸い、日本人乗客23人を含む乗客157人と乗員8人の全員が、脱出用の装置を使用して避難し無事だったが、あわや大惨事となる危険もあった。

航空機の事故率は、鉄道や自動車などに比べると低いのだが、もし事故に至った場合は 「 致死率 」 が高いので、利用を不安視する人も多い。

中華航空 は同業他社に比べ、過去においても事故や故障の頻度が高く、今回の事故によって、ますます利用者の不安が増すことは明らかだろう。


事故やら不祥事の多い 「 ダメ な会社 」 というのは、“ 一般論 ” で言うと、どこか緊張感に欠ける部分や、非常識な部分があったりするものだ。

以前、JR 西日本 が 「 福知山線 脱線事故 」 を起こした後、磁気カード の不具合があったので窓口に申し出たが、その対応はとても悪かった。

それは、直接的に運行と関わり無い部署の問題だが、おざなりで不誠実な対応が罷り通ると勘違いしているところに、企業体質の劣悪さを感じた。

事故に至った経緯は様々だと思うが、基本的に、顧客を大事にする企業は事故が少なく、万が一、起きたとしても満足度の高い対応をするものだ。

中には優秀な従業員もいるのだろうが、仕事に対する姿勢が悪かったり、嫌々ながら働く一部の従業員が、そこを 「 ダメ な会社 」 にしてしまう。


これが、競争相手の多い消費財メーカーなどであれば、評判が悪いと他社に乗り換えられてしまうので、それなりに反省し、努力する可能性が高い。

しかし、航空、鉄道などの公共交通機関は、代替する競合企業が無かったり、少なかったりするために、自浄機能が働き難いので困ったものだ。

台湾との行き来が多い ビジネスマン などは、たとえ不安でも 中華航空 を利用せざるを得ない場面があり、まことに気の毒な話である。

技術的な面はもとより、利用者を大切に想って、信頼を裏切らない姿勢を全社員に徹底し、「 生命を預かる 」 ことへの緊張感を促してほしい。

時間は掛かるだろうが、「 取り返しのつかない事態 」 を再発させないように、社員一丸となって信頼の回復に努めてもらうしかない。






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2007年08月19日(日) 天賦の才



「 十万匹の精子の中で、あなたが一番だったなんて信じられないわね 」

                スティーヴン・パール ( アメリカのコメディアン )

I can't believe that out of 100,000 sperm, you were the quickest.

                                   Steven Pearl



旅行中、耳にした ジョーク の中で、これが最も面白かった。

たぶん、実際に言われたら、かなり落ち込むだろうけれど。


この一句が示した通り、ほとんどの仲間が 「 無駄死に 」 する中で、受精に辿り着ける精子というのは、かなりの 「 強運 」 を持っているわけである。

それを考えると、いくら周囲から罵られようとも、自分は 「 最強の遺伝子 」 なのだという誇りを、誰もが抱いてよいように思う。

特に日本人の場合は、潜在能力に多少の違いがあったとしても、人は誰も 「 基本的には同じような力を持って生まれてきたのだ 」 という認識が強い。

だから、学校教育でも、家庭教育でも 「 努力 」、「 勤勉 」、「 一生懸命 」 といった言葉が強調され、それが人を育てる骨子になっている。

誰でも 「 一生懸命にやれば 」、あるいは 「 能力が劣っている側は、勝っている側の二倍努力すれば 」 成功するという信念を、多くの日本人が持つ。


これに対し、アメリカ では 「 努力 」 や 「 一生懸命 」 が強調される場面は少なく、それよりも 「 アビリティ = ability 」 を重視する傾向が強い。

すべての場面で アビリティ を 「 先天的能力 」 と訳せるわけではないが、多くのアメリカ人にとって ability とは 「 もって生まれたもの 」 にあたる。

当然、もって生まれた アビリティ も、磨かなければ開花しないわけだから、そこに努力の必要性が生まれることは事実である。

ただ、「 アビリティ をもって生まれなかった子供に努力を強いても、大した成果は生まれない 」 という考え方が強く、誰にでもは努力を強調しない。

多くの日本人が、「 何らかの理由で生じた差は、努力によって埋められる 」 という “ 平等思想 ” を抱いているのに対し、ここが大きな違いである。


日本でも、たとえば音楽やスポーツには 「 天賦の才 」 が必要だと認める人が多く、そういった 「 特殊な アビリティ 」 は別格に扱われやすい。

アメリカ人の場合は、日本人が 「 特殊 」 と考える分野も、国語や、社会や、数学など 「 普通 」 と考える分野も、区別をしないで一緒にする。

アビリティ とは、もって生まれたものだから、それのある子供と、ない子供を同じ グループ に入れて勉強させるのは、適当でないという考えが強い。

アメリカ的発想の問題点は、「 一見もってないように見えても、実は磨けば可能性の出てくる子供の才能が、見逃されてしまいやすい」 傾向にある。

逆に日本的発想の問題点は、「 平等という名のもとに、先天的能力の低い子供には、常に過剰な “ 努力 ” が強いられやすい 」 という傾向にある。


アビリティ は学校の成績だけでなく、学業で成果があっても実生活で失敗する人がいれば、他の種類の アビリティ を活かして成功する人もいる。

最近の日本社会は、そこそこの大学を出て、知力、能力などで自信のある 「 エリート意識 」 の強い人が、仕事に頓挫して 「 うつ 」 になりやすい。

アメリカでは、「 各人の アビリティ は生まれつきのもので、不平等なものである 」 という認識があるから、こういうときは、まず アビリティ を見直す。

日本人のように、「 会社が悪い 」、「 社会が悪い 」 と第三者のせいにしたり、あるいは 「 努力が足りない 」 と、執拗に自分を責めるばかりではない。

まるで努力しない人は論外だが、誰もが何かの 「 天賦の才 」 を持っているはずだから、それを有効に活かす選択肢を探ることが、最も肝要だと思う。






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2007年08月18日(土) 帰国報告



「 彼らは贅沢を知っていた。 貧窮も知っていた。

  だが、心の安らぎは絶えて知らなかった 」

                  マコーレー卿 ( イギリスの政治家、歴史家 )

They knew luxury ; they knew beggary ; but they never knew comfort.

                                Lord Maucaulay



毎年、お盆休みの前後を外すのだが、今年は同時期に海外へ出かけた。

静かで涼しい山間の避暑地は、同行した彼女の リクエスト によるものだ。


かつて ホリエモン は 「 お金で買えないものは無い 」 と断言したけれども、実際には、お金で買えない様々なものが、この世には多く存在する。

愛とか、健康とか、幸せといった類もそうだし、「 自然が与えてくれるもの 」 の大半は、お金と引き換えに入手できるものではない。

ただ、遠くにある 「 自然 」 を眺めに出かけたり、そこで美味しいものを食べたり、美しいものを身に付けるためには、多少、経済力も必要になる。

それを人は 「 贅沢 」 と呼ぶが、贅沢に対する審美眼や、贅沢に耐え得る精神を鍛えなければ、贅沢な時間を堪能することができない。

海外旅行を楽しむ秘訣は、計画段階で予算を高めに設定し、その範囲内で贅沢することに 「 気がとがめない 」 よう準備しておくことが大事だ。


冒頭の句にある 「 心の安らぎ 」 を得るには、そうやってお金の計算やら、支払いの心配を忘れ、雑事や仕事の心配からも開放されねばならない。

また、欲張って多数の観光地を巡ったり、駆け足で回る忙しい日程を組むようでは、疲れてしまうばかりで 「 安らぎ 」 には程遠い。

大きめの鞄に少なめの荷物、ゆっくりした行程、最小限度の目的で旅をし、時間を贅沢に使うことが、経験上、心の安らぎを得られやすいようだ。

同行者は 「 静かで、安らぎを妨げない女性 」 が理想的で、少し 「 安らぎに飽きたとき 」 に、軽く甘えてきたりする美人なら、さらに嬉しいところだ。

帰国後の 「 うだるような暑さ 」 に浸った途端、そのまま別便の フライト で 「 Uターン 」 したくなる衝動を抑えつつ、家路に着いた今回の旅である。






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2007年08月10日(金) 平和のため、誇りを犠牲にする日本人



「 偉大な行為は、たいてい大きな危険を冒して成就する 」

                        ヘロドトゥス ( ギリシャの歴史家 )

Great deeds are usually wrought at great risks.

                                     Herodotus



国民の声に応え、その要望に従う政府が、最も良い政府だと思う。

もし、国民の意見が間違っていたとしても、国家は国民のものである。


私は、自民党が優勢なときも、民主党に風が吹いても、それが国民の選択であるならば、その意志に従うことが最善だと書き続けてきた。

他の人の ブログ には、自民党が選挙に勝てば 「 国民はバカだ 」 と批難し、民主党が勝てば 「 国民の意思に従え 」 などと書かれたものもある。

いづれにせよ、どこが勝ったという結果に関わらず、国家の命運は国民に決定権があるのだから、その意思に従うべき事実に変わりはない。

前回の選挙で、国民が自民党を見限り、民主党に期待を託したのは明白なわけで、国政が受け容れられなかった問題点を反省する必要がある。

いくら大義名分があろうと、国民の期待や要求に添えない政府が存続する理由などなく、すべては国民の意思が尊重されるべきなのだ。


ただし、唯一、問題があるのは、「 いまの国民にとっては不利益だけれど、取り組まざるを得ない事柄 」 を、どのように対処していくかという点だ。

たとえば、減税、福祉の改善、物価の安定、景気の回復など、大半の国民が無条件に歓迎する政策ばかり行うと、国民の支持は増え、反発もない。

しかし、それは政府にとって 「 財政を悪化させる要因 」 であり、ようするに国民の 「 ご機嫌 」 ばかり取っていては、借金が増えるばかりだ。

末永く国家を安定継続させるためには、将来にも備えて、国民にとっては 「 耳の痛い話 」、「 できれば聞きたくない話 」 も、しなければならない。

政治家の資質は、国民からの支持を集めた上で、国民にとって負担となる事柄にも理解を得る能力で、それができなければ単なる 「 お調子者 」 だ。


国際貢献も国民にとって 「 耳の痛い話 」 の一つで、直接的な利益が還元され難く、負担は身に染みるが、効果については実感が得られない。

しかし、江戸時代のように 「 鎖国 」 していれば話は別だが、この時世で、「 負担が大きいから、国際貢献に寄与しない 」 というわけにはいかない。

たちまち世界から孤立し、貿易は不振になり、経済が悪化するばかりか、食料自給率の低い日本は、最悪の場合 「 飢餓 」 に陥る危険すらある。

もちろん逆の見方として、食料自給率を高め、軍備を拡大すれば、同盟国などの支援を受けずとも、単独で生き延びる道はあるかもしれない。

だが、いますぐに実行できる可能性は皆無で、あまり現実的な発想だとは思えないから、やはり、世界の中で孤立することは得策でないだろう。


特に外交政策というものは、国民にとって単純に 「 得 」 か 「 損 」 かでは計れない問題が多く、「 己の利益 」 と 「 協調性 」 の バランス が難しい。

また、日本という国家が、海外からどのように評価されているのかという 「 評判 」 や 「 信用 」 は、無形の財産であって具現化がし難い。

これは、相手国の状況によっても異なり、たとえば平和な状態が長く続いた国からみれば、日本は 「 平和憲法 」 を遵守する国として賞賛されている。

しかし、圧政に苦しめられたり、理不尽な侵略に脅かされている国からみた場合、日本は 「 この惨状を知りつつ、助けてくれない国 」 でもある。

その点、アメリカは荒っぽいところや、強引な部分もあるが、リスクを冒してでも 「 世界平和と秩序維持に貢献する 」 という明確な主張を持っている。


民主党の 小沢 代表 は、イラク戦争を 「 アメリカが勝手にやったこと 」 と言明し、イラク特措法の延長にも反対の意思を示している。

イラク戦争では多数の死傷者が出て、いまなお治安の悪い状況が続いているけれど、では、イラク戦争がなければ、人的被害が無かったのだろうか。

毎日のように、フセイン による理不尽な殺戮が繰り返され、何の罪も無い国民が処刑されていたが、彼らを救う手段は他にあったのだろうか。

改憲論者も含め、誰一人 「 戦争がしたい 」 などと考える人間はいないが、「 自分たちだけが平和なら、他は見殺してよい 」 とは考えない人も居る。

イラク特措法を延長したり、憲法を改正することは、たしかに国民にとっては目先の利益に反するが、それが国際貢献を考える指針にはなり得ない。


学校で イジメ が起きたとき、現場に 「 いじめた子 」、「 いじめられた子 」、「 傍観していた子 」 の三者が居たことは、誰の目にも明らかだ。

武士道精神を尊ぶ昔の日本人気質なら、いじめた子だけでなく、傍観者に対しても批難したはずだが、近頃、そういう声はあまり聞かない。

たぶん、イジメ そのものは昔からあったし、数にすれば昔のほうが多いぐらいだったが、昔はそれを止めさせる 「 ガキ大将 」 もいたのである。

それが、最近では子供たちの世界も 「 ことなかれ主義 」 が浸透し、たとえ他人を庇う目的でも、暴力は振るうなと諭す親が増えたようだ。

悪いことだと断言できないが、「 平和より大切なもの 」 など無いかのような考え方は、偏った戦後教育の賜物のようにも思え、一抹の寂しさを感じる。


自分のことだけでなく、リスクを張ってでも困った人たちを助ける気概とか、弱者を見殺しにしない勇気が、「 大和魂 」、「 武士道精神 」 だった。

しかし、日本人の気質は変化し、「 自分さえよければよい 」、「 平和のためなら、誇りも、正義も犠牲にする 」 という考え方が、徐々に蔓延してきた。

また、天下の横綱でさえ 「 ズル休みを厳しく叱ったから、うつ病になった 」 なんて女々しい泣き言を、恥じることもなく公言する時代になったのだ。

それでも、それが国民の望む姿勢であれば、その意思に従う政府が最良であって、たとえ 「 腰抜け国家 」、「 精神病国家 」 でも、それは仕方がない。

ただし、「 お金 」 や 「 平和 」 は、一度失っても取り戻せるが、「 誇り 」 や 「 羞恥心 」 が簡単には戻らないことを、知っておく必要はあるだろう。






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2007年08月09日(木) FM デビュー する私



「 スピーチは、女性のスカートのようでなければならない。

  主題をカバーする長さで、興味をそそるに足る短さ、ということだ 」

                                   英語のジョーク

Speeches should be like women's skirts.
Long enough to cover the subject and short enough to stimulate interest.

                                   English joke



今日は新幹線、在来線を乗り継ぎ、行き慣れない某地方都市へ出張した。

ずっと狭苦しい部屋の中で缶詰にされ、なんとも疲れる一日だった。


住んでもいないので、視聴することもできない 「 地方 FM の仕事 」 が舞い込んできたのは 約2週間前 のことで、最初は意味がわからなかった。

お世話になっている企業の紹介とはいえ、どうして自分が選ばれたのか、何を話せばよいのかわからない状態で、半ば強引に承諾させられた。

誰も教えてくれないので、あくまでも推測なのだが 「 他に予定していた人が出演できなくなり、慌てて “ 代打 ” を探した 」 のではないかと思っている。

15分程度の番組内コーナーでの 「 ゲスト解説者 」 という役割だったが、月曜 〜 金曜 まで、一週間の出演という話だった。

急に言われても 「 一週間も予定を空けられない 」 と断ったところ、「 録音なので、収録は一日だけです 」 と返され、大恥をかいた次第である。


テレビ の場合は、曜日ごとに衣装を替えたりする必要があるのだろうけど、ラジオ の良いところは、録り溜めでも一着で問題ないところだ。

サテライトスタジオでもないから 「 T−シャツ に ジーンズ でも結構ですよ 」 と言われていたが、一応、気分的なもので スーツ にした。

感じのよい スタッフ や、30代 の男性 DJ に挨拶し、軽く打ち合わせをした後、「 えっ、もう ? 」 というぐらい早く、さっさと収録が始まった。

ところが、最初の数秒で 「 ちょっと待って 」 と収録を止め、訂正を申し出たので、なんだか気まずい雰囲気にしてしまった。

私の紹介内容に 「 ○○ 研究家 」 という触れ込みがあったのだが、そんな肩書きは対外的に使用していないため、削除して欲しかったのである。


話し合った結果、本業 + 「 ○○ 問題にも精通している 」 といった表現に変えてくださることになり、なんとか仕切り直した。

以後は、さすがに プロ と思わせる流暢な DJ の リード で、収録は着々と進んだが、合間に何度も相談し、アドバイス をいただいた。

謝ると、笑顔で 「 大丈夫ですよ、周辺の話は使えませんが、それがないと話が聴き出せないので無駄ではありません 」 と、和やかに答えてくれた。

その後は、徐々に調子が掴めてきて、段々とテンポ良く会話できたのだが、毎曜日分、冒頭に決り文句で挨拶することが、最後まで照れくさかった。

貿易関連の話、それに伴う税制の話、諸外国の対日ビジネスの話などをしたが、時間の制約もあって、表面的な話しかできなかったのが残念だ。


当然、話の内容については私のほうが詳しいわけだが、要点を突いた質問が準備されていたり、DJ の巧みな受け答えには、ずいぶんと驚かされた。

この コーナー 以外では、日々の話題やら音楽のリクエストを紹介する番組なので、話題の堅苦しさを補う軽妙な話法も、新鮮で勉強になった。

ちなみに、この収録以外の部分は生放送なので、ここも生放送の一部だと視聴者に思わせる手法 ( 技術 ) で、実際には オンエアー されるらしい。

録音をいただけるそうだが、放送日は某地域に行けないし、電波エリアに知人も少ないので、今回はごく少数の人にしか告知しない予定だ。

もし、某地域にお住まいの方で、再来週、FM を聴いているとき 「 あれ ? 似たような話だな 」 と気付かれたら、たぶん、それが私の 「 声 」 です。






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2007年08月08日(水) 横綱級 の うつ病



「 悲観論者とは、あらゆる人を自分と同様に不愉快な人間だと考え、

  そのためにすべての人を憎む者である 」

                     バーナード・ショー ( イギリスの劇作家 )

A pessimist is a man who thinks everyone is as nasty as himself
and hates them for it.

                                  Bernard Shaw



現在の日本は、世界一の 「 精神病大国 」 である。

自殺者の9割は 「 うつ病 」 とされているが、その数も一向に減らない。


そんな 「 情けない国 」 になった原因は、まず、日本の社会風土が昔から自殺に対して寛容で、それを無意識に受け容れてしまう傾向にある。

切腹、心中は歌舞伎や文楽の劇中で美化され、本来、むごたらしいはずの死に対して、遺族の悲しみや、周囲の大迷惑などは、隠蔽されている。

また、「 死者にムチ打たない 」、「 死者にまで責任は問えない 」 という概念が、自殺を、責任逃れをしたい人物の 「 避難経路 」 として導いてしまう。

死ねば責任を問われない、死ねば楽になれるという情報ばかりが蔓延し、死ねば家族が大変な苦労を負う、周囲に迷惑が及ぶという知識が少ない。

宗教的な面でも、キリスト教が 「 絶望は最大の敵だ 」 とみなしているのに対し、仏教では 「 素敵な来世♪ 」 みたいな話が多く、死へと誘っている。


最近では、「 経済的余裕 」 も自殺の一因になっていて、たとえば終戦直後のように、「 お腹いっぱい食べたい 」 といった生への欲求が希薄だ。

働きもせずに 「 おにぎりが食べたかったです 」 なんてメモを残して死んだ人もいたが、それは 「 弱者を見殺しにする社会 」 の責任であろうか。

たしかに、「 障害者自立支援法 」 が障害者の負担を重くしたり、低所得者が暮らし難い実情もあるだろうが、それは敗戦直後の比でない。

当時は、社会福祉の予算など微塵もない中、すべての国民が必死の思いで働き、誰の支援も期待せず、その日、その日を、精一杯に生きていた。

それでも、いまより自殺する割合が低かったのは、現代のように 「 国や、他人に、なんでも依存する傾向 」 が少なかったことが大きいと思う。


社会が豊かになったのは結構なのだが、成功した人間を妬んだり、裕福な環境にある人のことを 「 悪いこと 」 のように中傷する者も増えた。

他人が収入を得たり蓄財するために行った努力には耳を塞ぎ、いかに自分が不遇であるか、温情を受ける権利があるかを主張する人も多い。

全体が貧しかった頃と違って、いまは 「 弱者を救済する余裕 」 と、義務を多くの人が感じているので、困っている人を 「 気の毒だ 」 と捉えやすい。

ところが、それに甘えて、「 本当は働けるのに働かない 」 とか、人並みの忍耐や努力を惜しむ人々が、圧倒的に増えてきている。

つまり、豊かになった社会が 「 ぬるま湯 」 をつくり、それに浸かった人間を破滅へと導く悪しき構造が、いつの間にか出来てしまったのである。


外国人から理解され難い言葉の一つに 「 負けるが勝ち 」 という日本語があるけれど、まさに現代は 「 負けるが勝ち 」 の風潮が強い。

ある会社の従業員が、激務が原因で 「 うつ病 」 になり、その後、自殺したからといって遺族が会社を相手取って裁判を起こし、慰謝料を請求する。

たしかに気の毒だとは思うが、同じ会社、同じ仕事に携わって働いた同僚が、すべて同じような不幸な目に遭ったというわけではない。

片方では、個人の努力でストレス管理に励み、健康に留意しながら仕事を続け、成果を挙げ、昇給、昇進を獲得した人物もいる。

勝ち負けでいうなら、誰が見ても後者のほうが勝っていると思うが、前者は後者よりも多額の補償を会社から受け取る 「 権利 」 を主張するのだ。


精神病も含めて、すべて病気になったことを 「 悪 」 だとは言わないが、そうならないように予防したり、治療に励むことは 「 自己責任 」 である。

過剰に頑張りすぎる必要はなく、自分の能力や適正に合った職場、つまり 「 病気にならない仕事 」 を選ぶべきで、それも自分の責任だ。

無理をして 「 うつ 」 になると自己嫌悪に陥り、冒頭の言葉が示した通り、次の段階では他人を見下し、最後には 「 絶望 」 しか残らなくなる。

また、自分を 「 うつ 」 だと言う人の中には、本格的な治療が必要な人と、薬物投与などをしなくても、少しの努力で十分に改善できる人もいる。

ところが、姿勢次第では、仮病とまではいかないものの 「 軽い症状の人 」 が、単なる怠け癖から本格的なうつ病へと進行してしまうケースもある。


横綱の 朝青龍 が、「 ズル休み 」 を叱責され、厳罰を受けた途端、抑うつ状態に陥り、最終的には 「 急性ストレス障害 」 だと診断された。

当初、マスコミや世論は 朝青龍 の態度を責め立てたが、病状が発表された途端に、今度は同情的な見方を強め、ほとんど叱責しなくなった。

もし彼が、態度を改め、ストレスに耐えて精進していた場合、厳罰は予定通り下されたはずで、マスコミや世論も遠慮なく彼を叩いただろう。

ところが、まさに 「 負けるが勝ち 」 で、やる気をなくし、精神科にまで泣きついた結果、温情を受けられる処遇となったのである。

どのような反応をみせようと、「 悪いことは悪い 」、「 努力しない者は相応の不遇を受ける 」 という社会でないと、ますます患者は増えるばかりだ。






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2007年08月07日(火) 早くも危機を迎えた ( ? ) 民主党



「 君の意見には賛成しないが、君のそう発言する権利は

  死んでも擁護しよう 」

           マリー・A・ヴォルテール ( フランスの文学者、哲学者 )

I disapprove of what you say, but I will
defend to the death your right to say it.

                               Marie A. Voltaire



ヴォルテール は、上流階級を風刺する詩を書いたため、投獄される。

冒頭の名言は、教会の権威や封建主義に反対した、彼らしい一文である。


民主党が参院選で圧勝したのは、熱烈な支持者に後押しされたというより、自民党の不始末による 「 オウンゴール 」 の色合いが強い。

されど自民党としては、国民から支持が得られなかった事実に変わりなく、これからも政権を担う気なら、野党の声にも耳を貸す姿勢が必要だ。

たとえば、数の多さにものを言わせて 「 強行採決 」 を行ったり、党の方針に逆らい、郵政民営化に反対する者を 「 排除 」 したことに批判があった。

それを、「 独裁政治 」 だとか、「 言論の弾圧 」 だと評した民主党からは、「 もっと、意見の多様化を尊重すべき 」 と糾弾する声も多かった。

党首の意見に従わない 「 造反組 」 など、異論を唱える議員に圧力をかけるような姿勢は 「 許されざる行為 」 だと、民主党は言い続けてきたのだ。


11月に期限の切れる 「 テロ対策特別措置法 」 を延長するのか、しないのかは、今後の重要な審議材料になるとみて間違いない。

当然、自民党は延長に肯定的だが、いまのところ、民主党の 小沢 代表 は反対の意思を示しているようで、衝突は避けられない見通しだ。

ところが、民主党の前代表である 前原 氏 は、出演したテレビ番組の席上 「 延長に賛成 」 と、まったく 小沢 代表 とは逆の意見を公言した。

国会議員の権利として、党の方針に背いて反対票を投じるのは自由だが、身内に反対意見が多かったので票決に負けた場合、党首はカッコ悪い。

まして、重要法案ともなれば、党内の結束がないと面子が立たず、審議の場で 「 おたくの ○○ さん は違うことを言ってるよ 」 と突っ込まれる。


それでなくとも民主党は、多くの有権者から 「 一枚岩なのか 」 という疑念を持たれており、意見が バラバラ では 「 烏合の衆 」 と思われやすい。

せっかく掴み取った 「 参院第一政党 」 の栄誉も、次の総選挙を ステップ とした 「 政権奪取 」 の野望も、それが原因で水泡に帰す危険が高い。

だから、異論には圧力をかけて封じたいところだが、あれだけ自民党による郵政造反組の駆逐を批難したあとで、「 言論封鎖 」 などできるだろうか。

もし、それを実行、あるいは考えただけでも 「 矛盾点 」 は浮き彫りになり、結局、「 他人に厳しく、自分に甘い 」 という国民の評価につながる。

かといって、異論を公言する党員、幹部を放置すると、収拾のつかなくなる怖れもあるので、特に 小沢 代表 としては、頭の痛い問題になるだろう。


生半可な人ほど、「 思想の自由 」、「 表現の自由 」 と簡単に口にするが、他人の意見や自由を認めるということは、そんなに生易しいことではない。

人は皆、自分の意見は 「 自由 」 として認めさせ、他人が異論を述べると 「 聴く耳を持たない 」 という “ ワガママ ” な一面を抱えている。

ただし、個人差があって、たとえば冒頭に紹介した ヴォルテール のように、弾圧された経験のある人と、横柄に甘えてきた御仁とでは対応が違う。

また、人格的には同じでも、「 他人の意見を聴いている フリ 」 ができる人と、そうでない人の違いもあり、特に政治家の場合は重要な資質となる。

少数派野党の場合は、まだ余裕もあるのだが、組織が大きくなってくると、反比例しやすい 「 人望 」 と 「 統率 」 の バランス を取るのが難しい。


個人的に、小沢 氏 に対する印象は 「 良くも悪くもない 」 が、この件をどう処理するのかという点について、とても興味深く、今後も観察したいと思う。

おそらくは、党内に 「 敵対ムード 」 があるとは思われたくないので、穏便に意見を調整しながら、妥協の道を探るような動きをみせるだろう。

それに、もし政権交代が実現して、自分が総理になるような気配があれば、アメリカの感情を逆撫でするのは得策でなく、延長に賛成するはずである。

問題は、いかにそれが 「 論理的矛盾 」 や 「 政策の転換 」 だと指摘されないように、上手い 「 言い訳 」 を考え付くかという点だろう。

海千山千の 小沢 氏 だから、そのあたりは愚直な 安倍 総理 よりも心得ているはずだが、どういう パフォーマンス を披露されるのか、楽しみである。






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2007年08月06日(月) 落し物に関する日米の道徳意識



「 道徳的なことは行った後で気持ちがよいことであり、

  不道徳なことは後味の悪いことである 」

                アーネスト・ヘミングウェイ ( アメリカの小説家 )

What is moral is what you feel good after and
what is immoral is what you feel bad after.

                               Ernest Hemingway



東京駅に来たアメリカ人女性が、ホームに落ちていた百円玉に気付いた。

拾い上げ、近くにいた女子中学生に渡すと、その娘は駅員に届けた。


別の日、そのアメリカ人女性は、小学生くらいの男の子がお金らしきものを道で拾い、50m ほど離れた交番へ走って届けに行く光景を目撃した。

この二つの事例で彼女が驚いたのは、「 なぜ自分のものにしないのか 」 という点と、「 なぜ駅員や警官を無条件で信用するのか 」 という点だ。

私も、アメリカに住んでいた頃に “ 落し物を拾うという行為 ” については、日米で強調するポイントが違うことを実感した経験がある。

日本人にとっては、「 落とした人がわかっている 」、「 わからない 」 などは重要でなく、「 拾った人が、どういう態度をとるか 」 が問題視される。

つまり、拾う人物の 「 良心の問題 」 が問われるのだが、アメリカの子供に 「 日本人は道で拾った小銭を警察に届ける 」 と伝えても、理解されない。


英語には 「 Finders, keepers ; losers, weepers = ( 落し物は ) 拾った者が所有者になり、落とした人は泣く人になる 」 という表現がある。

小額のキャッシュを拾った場合、それを駅員や警官に届けても 「 99% は彼らが着服する 」 ので、自分のポケットに入れるという人が大半だ。

この 「 拾った者が所有者になる 」 というのは、単なる諺や習慣だけでなく、たとえばアメリカの場合は、法律的にも根拠があることなのだ。

もちろん、法律で 「 拾ったキャッシュを着服してもよい 」 とは定めていないが、アメリカでは 「 落とした人がわかっている 」 かどうかが問題になる。

つまり、わかっていれば着服すべきでないが、わかっていなければかまわないわけで、それを 「 不正直 」 と揶揄されることは滅多にない。


この違いを比較してみると、日本では 「 拾った側の態度 」 に、アメリカでは 「 落し物の状況 」 に、判断や、善悪の基準が分かれていることに気付く。

結果重視のアメリカ的発想に対し、「 届けたお金がどうなるかはともかく、個人的に着服などするべきでない 」 という日本人気質は、誇りに思える。

しかしそれは、私が 「 日本的教育 」 を受けて育ったからであり、欧米的な文化の中で育ったのなら、違う評価を下した可能性も高い。

今日、買い物に出かけた先で、小学生ぐらいの妹と、中学生ぐらいの兄が、拾った小銭を 「 届ける 」、「 届けても仕方ない 」 で言い争っていた。

それをみた母親が、「 仕方ないかもしれないけど、届けないと後味が悪いわよ 」 と諭すのを眺め、「 なるほどね 」 と、妙に納得した次第である。






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2007年08月04日(土) 冷や汗 バカンス



「 真の恋愛の兆候は、男性は臆病さで、女性は大胆な行動でわかる 」

             ビクトル・ユゴー ( フランスの詩人、小説家、劇作家 )

The first symptom of true love in man is timidity,
in a girl it is boldness.

                                    Victor Hugo



ご存知 『 レミゼラブル 』 の作者、「 ユーゴ 」 でも 「 ユゴー 」 でもよい。

冒頭の言葉をみると、19世紀も21世紀も、恋愛に変化はないらしい。


女性の方は無意識かもしれないが、交際した初期段階は控えめで、徐々に積極的な態度をみせ始める傾向が強く、男性はその逆が多いようだ。

大方の男性は、あまり女性が積極的すぎると 「 ひいてしまう 」 ので、賢い女性は押し方を心得ていて、さりげなく リード する術を知っている。

たとえば、服装でいうと、最初は肩のあたりが覆われたものを着て、段々と鎖骨が見える キャミソール などを着用されると、魅力にハマりやすい。

そういう女性を 「 小賢しい 」 と思いながらも、狙いどおりに惹かれていくのが、これまた悲しい男の性 ( サガ ) というものである。

たとえ、「 そりゃ、お前だけだよ! 」 とツッこまれても、鎖骨好きの私としては、徐々に肩を露出する美女におねだりされると、簡単に陥落しやすい。


盆休みは部屋でノンビリと目論んでいたが、そんな 「 肩出し美女の要望 」 によって、来週末からまた 「 バカンス 」 を提供する羽目になってしまった。

旅行は嫌いじゃないが、毎年、盆休みや正月、GWなど 「 国民行事的 」 な休暇時期は、空港も現地も混雑するので、たいてい避けてきたのである。

6月に バリ島 へ行ったのも、この時期の旅行を避ける手段だったが、別に行きたいところがあるというので、やむなく計画に付き合うこととなった。

それに、前回の旅行では私が 「 カイトボーディング 」 にハマってしまって、すっかり彼女を放ったらかしにしていたのは、紛れもない事実だ。

そんなわけで、彼女の休暇に合わせて旅行に出ることとなったが、人込みの苦手な私としては、ちょっと気の重いところである。


また、どうも今回の旅行で 「 一気に気持ちを固めさせたい 」 という思惑も見え隠れしており、徐々に臆病になる私としては、微妙な心境である。

いまさら 「 世界中の美女を征服したい 」 とか、「 もっと遊び倒したい 」 とは思わないが、さすがに結婚となると簡単には決断しにくい。

仕事では 「 迅速な決断力、実行力 」 を ウリ にしているが、こと私生活になると、これがなかなか 「 煮え切らない奴 」 なのである。

自分の気持ちもそうだが、お相手に対しても 「 こんな奴でいいの? 」 という不安があり、既婚者の皆様の決断力と自信には、実に頭の下がる想いだ。

とりあえずは、徐々に大胆さを増してきた彼女へ怖れをなしながら、今回の旅行は、緊張と警戒心の緩まない 「 冷や汗 バカンス 」 となりそうである。






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2007年08月03日(金) ひらめきと汗の外交戦略



「 天才とは、1% のひらめきと、99% の汗である 」

                   トーマス・A・エジソン ( アメリカの発明家 )

Genius is one percent inspiration and ninety-nine percent perspiration.

                              Thomas A. Edison



汗は普通 [ sweat ] だが、ここでは [ perspiration ] が使われている。

これは [ inspiration ] との韻をふむためで、英文で読むとよくわかる。


海外に留学したり、駐在した経験のある人は、それなりに外国語を理解するものだが、外国語を理解するのと 「 外国人への理解 」 は同じでない。

たまに、「 ○○ に駐在していました 」 などと語る人が、○○人 的な気質をまるで理解していなかったりするのを目にして、苦笑する場面がある。

あるいは、話の都合によって 「 ○○人はよい、日本人はダメだ 」 と言ってみたり、「 日本人はよい、○○人はダメだ 」 などと使い分ける人もいる。

こういう人は、一体 「 外国で何を学んできたのか 」 と疑問に思うが、現地の人と腹を割って打ち解けられなかったので、本質を知らないのだろう。

そのせいか、彼らの語る外国人像は、古風な先入観に従った偏見だとか、マスコミの受け売りみたいな中傷が多く、実態との隔たりを感じやすい。


代表的な例を挙げると、「 アメリカ人は、自分たちを “ 正義 ” と盲信して、戦争に肯定的な人物が多い 」 という誤解を持つ人々の存在がある。

たしかに、第一次大戦、第二次大戦でアメリカ人は、自分たちを正義と真理の保護者と信じ、正しくない戦争に荷担していると思う人は皆無だった。

ところが、ベトナム戦争でアメリカは敗北し、それ以降は 「 自分の国が何をしようと、国民は国を支持すべきだ 」 と考える人の数が激減した。

米軍との協調、集団自衛権に反発する人は、イラク戦争を起こした原因が 「 アメリカ人は戦争好きだから 」 などと誤解している人が大半である。

そういった部分を上手く説明し、誤解や錯覚を取り除く作業をせず、憲法の改正を推し量ろうとするあたりも、安倍内閣の問題点かもしれない。


太平洋戦争で日本人は、アジアを 「 西欧による植民地化 」 から守るために戦っているのだと洗脳され、大部分の人はそれを信じていた。

実際には、自分たちもまた侵略者であり、各地で残虐行為をしたことなどを知らされたのは、戦争が終わってからのことである。

過去に、ベトナム戦争を経験した数人のアメリカ人と話したが、彼らの深い失望感と自信の喪失は、敗戦後の日本人が受けた心の傷に似ている。

それでも、アメリカは強大な軍事力を誇示して、世界の紛争地域に派兵し、フセインを打倒すべく、イラク戦争に至ったのである。

その理由と哲学を知らずして、憲法改正を揶揄する御仁が多い中、今回の自民惨敗で特措法の延長や改正論議が頓挫するのは、誠に遺憾に思う。


内政面では パッとしないが、外交面、防衛面において安倍内閣は一応の成果を挙げつつあったので、その流れが停滞するのは残念なところだ。

選挙戦の結果はアメリカでも報じられ、現地の友人と話したが、やはりその点を危惧する声があり、彼も同じような意見だった。

ただ、安倍内閣は 「 1% のひらめき 」 に対し、「 99% の汗 」 が不十分だったのも事実で、そんな大それたことを実行できる力はなかったらしい。

責任感の強さは認められるが、ここは潔く勇退をして、他の実行力がある人物を後任に据え、もう一度、体制を立て直すことが得策であろう。

いくら発想がよくても、それを国民に正しく伝え、理解と協力を仰ぐ行動力がなければ、何事も成立しないわけで、そろそろ限界がみえた気がする。






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2007年08月02日(木) 赤城農水大臣更迭 : リーダーの問題解決能力



「 未来は今日から始まる。 明日から始まるのではない 」

             ヨハネ・パウロ 2世 ( ポーランド出身のローマ教皇 )

The future starts today, not tomorrow.

                              Pope John Paul 



過去の経験から私は、クレーム処理の極意を 「 迅速さ 」 だと信じている。

儲かる仕事を放っておいてでも、とりあえず現場に駆けつける主義だ。


苦情処理を放置した場合、顧客は 「 ちゃんと解決してくれるのか 」 という不安を感じるし、時間が経つほど深刻な問題に発展する恐れもある。

たとえ善後策が見つからなくても、連絡を受けたらすぐに現場へ駆けつけ、事情を聴かせてもらうだけで、少しは顧客も安心するものだ。

少なくとも 「 問題を厳粛に受け止めていますよ 」 とか、「 必ず責任をもって解決に努力しますよ 」 という サイン を、顧客に示すことができる。

私の部下が苦情を受けた場合、原因究明や対策の検討は他の者に任せ、まず担当者は 「 現場へ急行せよ 」 という指示を徹底している。

その後の対応については、費用や労力を優先的に考えるのではなく、まず 「 顧客の望む処理方法 」 を聞き出し、なるべく要望に沿う形で努力する。


昔から、「 失敗は成功のもと 」 だとか、「 ピンチ を チャンス に変える 」 という言葉もあるが、未熟な人ほど、それを 「 きれいごと 」 と思っている。

たしかに、失敗や ピンチ は無いほうが楽だけれども、失敗したときに相手から 「 さすが 」 と賞賛されるような対応をすると、逆に信頼度は上がる。

それには、技術や経験も必要だが、最も重要なのは 「 スピード 」 であり、問題の深刻さ、緊急度が高いほど、フットワーク の軽さが要求される。

良案を一晩かけて考え、翌日に訪問するより 「 今から伺います 」 と即答し、ノープラン でも、道中の車内で知恵を巡らすほうが相手の印象は良い。

これは、「 慎重 」 とか 「 豪胆 」 といった性格上の問題ではなく、「 相手に安心感、信頼感を与えよう 」 という誠意の有無に影響される違いだ。


安倍総理は赤城農相を官邸に呼び、辞任を求めたが、これで昨年9月の政権発足後、4人目の閣僚交代劇となった。

なにかと批判の多い現政権だが、考えてみれば、安倍総理自身には特に不祥事と絡んだ経緯もなく、閣僚の面々による不始末が相次いだ。

しかし、実態の調査に時間が掛かったり、処分を決定するのが遅すぎた点については、リーダー としての資質を疑われても仕方がない。

クレームの対応が遅いと、企業の場合は顧客が、国政の場合は国民が、そこに不安を感じるのは必定で、それが 「 慎重さ 」 とは評価され難い。

今回の農相罷免についても、参院選以前に処理すべき課題だったはずで、今ごろ行動を起こすと、「 自民大敗の戦犯扱い 」 と悪意に捉えられる。


平時には慎重さも活かされるが、非常時に腰が重いようでは 「 無能 」 の誹りを受けても否定できず、リーダー としての才覚が疑われる。

私自身、安倍総理は 「 勇退すべき潮時 」 かと思うが、続投を決めたのであれば、今後は 「 問題が発生した際の迅速な対応 」 を願いたい。

時間が掛かる問題も、途中経過や、進捗状況を速やかに示し、先送りや、放置をしているわけではないと、国民に説明し、理解を求めるべきだ。

窮地に追い込まれても、腐らずに、目標達成を諦めない気概があるなら、厳しい局面で ピンチ を チャンス に変え、信頼を回復する望みはある。

問題に直面した際、「 明日やります 」 を 「 今日やります 」 に変え、「 後でやります 」 を 「 今やります 」 に変える姿勢が、問題解決能力を高める。






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2007年08月01日(水) 安倍総理に退陣要求



「 責めるより守るほうが難しい 」

                              映画 『 七人の侍 』 より

Defense is more difficult than the attack.

                                 Seven Samurai



村を訪れた侍のリーダー 志村 喬 が、周囲を眺めて呟く一言である。

責める側はタイミングをはかれるが、守る側は常に警戒が必要となる。


概ね、社会保険庁の職員は、自治労、全厚生といった労働組合に加入しており、彼らは民主党の貴重な支持母体となっている。

年金に関連する一連の不手際を、まるで民主党の議員が 「 スクープ 」 でもしたかのように賞賛する御仁もいるが、それはちょっと違うだろう。

身内の不始末といえども、それが 「 対立する自民党を叩く材料 」 になるのであれば、いつでも民主党は現場から情報を集められる環境にあった。

年金問題は、国民の大半に関心があるため、責める民主党にとって、これは格好の起爆剤となり、攻撃目標である自民党の頑強な砦をこじ開けた。

片や自民党は、守る立場にありながら 「 緊張感 」 に乏しく、大臣の不適切な発言や、諸々の不祥事を露呈させ、おざなりな処理で傷口を広げた。


映画 『 七人の侍 』 が、単なる娯楽時代劇としての水準を越えている点は、徹底したリアリズムによって、観客を引き込む脚本の素晴らしさにある。

冒頭の言葉通り、いつ、どこから攻めてくるかわからない武装した40騎の野武士から、たった7人の侍と農民が、村を守るのは至難の技だ。

侍たちは知恵を絞って、防御柵を設置し、壕を掘ったりするのだが、あえて一箇所だけ、意図的に 「 進入しやすい ルート 」 を残しておく。

不思議に思った味方が質問すると、発案者は 「 良い城には必ず “ 隙 ” がある 」 と答え、意味深な微笑を浮かべた。

物語のクライマックス、攻め手の野武士は一気に “ 隙 ” を目指して突入し、待ち構えた少人数の侍たちは、そのおかげで互角に戦えたのである。


もし “ 隙 ” を作っていなければ、どこから野武士が攻めてくるかわからず、広い守備範囲を少人数で守りきることは不可能だったはずだ。

今回の選挙で、自民党に年金問題という “ 隙 ” があったこと自体は、その対策さえ整備していれば、迎え撃つ術が無かったわけでもない。

しかしながら、閣僚の失言や、事務所費問題など、あまりにも “ 隙だらけ ” だったことで、あらゆる防御網が崩壊し、なんとも惨めな落城に至った。

近頃、わずかな失敗でくじけたり、自殺を試みる ヤワ な男が多いご時世で、これだけの苦境に立たされ、投げ出さない安倍総理は “ 侍 ” である。

だが昔から、侍を束ねる “ 将 ” の命運は城と共にあり、ここは潔く退くべきではないかと、世論の反応と同じく私も思う。






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