Tonight 今夜の気分
去るものは追わず、来るものは少し選んで …

2007年06月30日(土) 南の島で ハマ ってきました 



「 私は、失敗は受け入れることができる。

  しかし、挑戦しないことだけは許せないんだ 」

             マイケル・ジョーダン ( プロ・バスケットボール選手 )

I can accept failure, but I can't accept not trying.

                                 Michael Jordan



試みる前に諦めてしまうようでは、目標を達成する醍醐味が味わえない。

ここらが限界かなと思う少し先の光に、いつも指先を伸ばしていたい。


翌日も カイト・ボーディング に興じることで、島内観光を中止せざるを得なくなり、連れの女性は 「 ご立腹 」 である。

バリ島全体の面積は、せいぜい淡路島ぐらいの大きさしかないのだから、どこへ行っても タクシー で帰れるし、治安も悪くないと聞いている。

だから、昼間はお互い別行動にして、夕方 VILLA で落ち合おうと提案したのだが、その提案がまた 「 逆鱗 」 に触れてしまった。

既に、先生には 「 割増料金 」 を払って予約を入れてあるし、いまさら後には引けないので、ここは彼女に折れてもらうしかない。

彼女に対して、普段の仕事よりも丁重に頭を下げ、持てる能力を最大限に発揮しながら、口八丁手八丁で 「 クレーム処理 」 を行った。


曇天の ビーチ で出迎えてくれたのは、先生と、ドイツ から来た レーオン ( 22歳 男性 ) で、彼も カイト・ボーディング は初挑戦とのことだった。

もともと、レーオン の 「 1日体験コース 」 が入っていたところに、私が割り込むような形になったのだが、ご好意で快く参加させてもらったのである。

三人とも英語で意思疎通ができたし、仲間がいたほうが楽しいし、わずかに 「 1日だけでも先輩 」 な私としては、ちょっと優位な気分になれる。

ところが、一時間もしないうちに レーオン の類稀なる運動神経と、抜群の センス の良さに気づかされ、形勢は一気に逆転してしまった。

聞けば、「 サーフィン、ウインド・サーフィン は上級者 」 なんだそうで、一瞬でも ド素人 扱いしてしまい、まことに申し訳なかった次第である。


先生が言うには、カイト・ボーディング をやる上で サーフィン における経験はあまり役に立たず、ウインド・サーフィン の経験者は上達が早いらしい。

私の場合も、最初は 「 絶望的 」 と思われたそうだが、ウインド の経験が少しあったせいか、二日目の進歩は 「 かなり良い 」 と評価をいただいた。

それに、ボード の エッジ ( はしっこ ) の使い方は、ウエイク・ボード に近いようで、その経験もあったことが、少なからず役に立ったと思う。

昼前には、ちょっとだけ機嫌を直してくれた彼女も見学に訪れ、ランチ には レーオン を誘って三人で出かけることにした。

英語が苦手な彼女でも、彼の誉め言葉 「 charming 」 は聴き取れて上機嫌だったが、私の呟いた 「 apple polisher = ゴマすり 」 は知らないらしい。


午後も練習はしたが、激しい スコール に見舞われたりして何度か中断し、その間に技術的な解説をじっくりと聴きながら過ごした。

いつまでも止まない雨を恨めしく見上げていた レーオン から、明日も同じ メンバー でやろうよという提案が出され、結局、そうすることに決まった。

先生は オフ の予定だったが、暇だからと引き受けてくださり、レーオン は私と同様に女性の連れが居るのだが、別行動で問題ないとのこと。

こちらは 「 問題あり 」 だったのだが、彼女に叱られることよりも、楽しみが勝っていたので、あまり後先は考えず同意したのである。

VILLA に戻って、恐る恐る彼女に報告したところ、「 どうせそんなことだろうと思ってたわ 」 と、呆れながらも大人の対応をしてくれたので助かった。


当初の予定では、翌日は別の マリン・スポーツ を一緒に楽しむ計画だったのだが、もともと彼女は乗り気じゃなかったらしい。

買い物を見て回ったり、エステ の追加をしたり、ゆったりと部屋で本を読んだりしたかったそうで、意外にも アッサリ と変更を許してくれた。

部屋の テラス から外を眺めると、雨のあがった空から海へ 「 信じられないほど美しい夕陽 」 が、ゆっくりと静かに流れ落ちていく。

明後日は必ず一緒に過ごす約束をし、二人でバリ島の観光地図を開いて、どこへ行こうかと思案しながら、名所旧跡を仲良く指でなぞってみた。

バリ島には 「 キンタマーニ高原 」 という名所があるけれど、聞き取れない フリ をして何度も彼女に読ませると、嫌がられることも学習した夜である。

( 続く )






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2007年06月29日(金) 南の島で ハマ ってきました 



「 子供らしさが死んだとき、その死体を大人と呼ぶ 」

                ブライアン・オールディス ( イギリスのSF作家 )

When childhood dies, its corpses are called adults.

                                   Brian Aldiss



大人になることは、ある意味 「 つまらなくなる 」 ことかもしれない。

しかしながら、大人でないと楽しめないこともあり、そのあたりが難しい。


世間の女性は概ね私より大人なので、薄暗くなるまで海辺を走ったり、波と戯れたりすることに、なかなか付き合ってはもらえない。

まして、30代半ばを過ぎた女性の場合は、「 日焼けしたくないから 」 という理由で、紫外線を避けたがる傾向が強いようだ。

二日目は朝から好天に恵まれて ( 結局、この日だけだったが )、爽やかな朝日が差し込むリビングで、部屋付きのバトラーがつくる朝食を摂った。

メニューは 「 ナシゴレン 」 だったが、インドネシア語で 「 ナシ 」 は 「 米 」、「 ゴレン 」 は 「 炒める 」 の意味で、ようするに チャーハン だ。

この ナシゴレン が予想を遥かに上回るほど 「 不味い 」 ために、せっかく作ってくれたのに申し訳なかったが、結局、外へ食べに出ることにした。


午前の予定は、私が 「 カイト・ボーディング 」、彼女は 「 エステ 」 と決めていたので、彼女だけが VILLA に戻り、私は ビーチ へ向かった。

カイト・ボーディング は、カイト・サーフィン とも呼ばれるが、スポーツ として認知された歴史は浅く、この10年ほどで普及し始めた競技だ。

カイト ( 凧 ) の浮力を利用しながら、足に装着した ボード と カイト を結ぶ ライン を操作して、波に乗り、走り、跳ぶのである。

若い頃から、たいていの スポーツ は経験してきたが、あまり水泳が得意ではないので、どちらかというと マリンスポーツ は苦手なほうだった。

しかし、サーフィン は下手だけど ウインド・サーフィン は上達が早かったりして、種目によっては楽しめるし、それに、海で遊ぶのは大好きである。


また、高く吊るされて跳ぶ競技 ( パラセイリング など ) や、速く引っ張られる競技 ( 水上スキー、ウエイクボード など ) は、概ね抵抗なく楽しめる。

そんなわけで、日頃の運動不足に不安を感じながらも、この機会に新しい マリンスポーツ に挑戦したくなり、日本から予約を入れておいたのだ。

ちなみにバリ島は、サーフィン の メッカ であり、世界中から サーファー が集まって、年中いつでも賑わっている。

ウエットスーツ だけは持参したが、用具はすべて借り、当然、何をどうすればよいかも解らないので、インストラクター に入門しなければならない。

日本人の先生 ( 15歳以上も若いけど ) に挨拶し、注意事項や ルール の説明を受け、準備体操の後、個人レッスン 「 1日体験コース 」 が始まる。


けして 「 ナメ ていた 」 わけではないが、これほどまでに何も出来ないとは思わなかったというのが、直後の感想である。

体力も要るけれど、それ以前に 「 体が堅すぎる 」 ために、何回も繰り返して試みたが、タイミング は合わないし、瞬間的に立つことさえも難しい。

徐々に先生は無口になってくるし、首を傾げて動かない仕草が増え、こちらは ドタバタ と、素人目にみても 「 まったく進歩していない 」 のがわかる。

この日の ビーチ は 「 絶好の波 」 が押し寄せていたそうだが、その恩恵を微塵も感じられないまま、ただ時間だけが過ぎ去っていく。

で、結局、何も進化せず、吸収できぬ状態で時間切れとなり、昼食を挟んだ午後にまた会いましょうということで、とりあえず一時解散となった。


ビーチ から部屋までは徒歩で近く、戻ると 「 極楽気分 」 の エステ を終えた彼女が、ご機嫌うるわしく悠々とくつろぎながら待ち構えていた。

どちらも同じような料金だが、彼女は 「 ラグジュアリー な一時 」 を満喫し、こちらは 「 絶望的な焦燥感 」 を買ったようなものである。

身も心も ボロボロ になりながら、味気ない ランチ を摂った後、彼女は別の エステ の予約時間まで ウインドーショッピング、こちらは特訓の再開だ。

午後になっても成果は少なかったが、先生は 「 年齢の割には イケ てますよ 」 とか、「 初心者は1週間ぐらいかかります 」 と励ましてくれた。

明日からは、島内観光とか、別の マリンスポーツ を楽しむ予定になっていたので、もう少しの辛抱だと自分に言い聞かせ、遮二無二、体を動かした。


昔から 「 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる 」 というが、これといった理由もないのに、ちょっとした キッカケ で コツ を掴める瞬間が スポーツ にはある。

奇跡的な偶然が重なったかのように、とりあえず体を起こせるようになり、わずかな距離だけれど、なんとか水面を走れるようになった。

しかしながら、進みたい方向へ コントロール することができないため、走れば走るほど 「 元の地点から離れてしまう 」 という新たな課題に直面した。

この競技は、風に向かって 90度 の角度へ ボード を調節することが基本なのだが、不慣れな初心者は、たいてい風下に流されてしまうらしい。

それでも、短時間でも立てるようになったことが嬉しくて、時間切れ ギリギリ まで、意地になった子供のように、汗だくで ライン と格闘した。 ( 続く )






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2007年06月28日(木) 南の島で ハマ ってきました 



「 150マイル上空からは、問題はケタはずれに小さく見える 」

               ロジャー・B・シャフィー ( アメリカの宇宙飛行士 )

Problems look mighty small from 150 miles up.

                               Roger B. Chaffee



インドネシアへは二度目だが、前回は仕事でジャカルタを訪れただけだ。

今回は、仕事を完全に忘れて、思う存分にバリ島で楽しんできた。


この時期にバカンスを楽しんだことで、「 ええ身分やねー 」 とか、あるいは 「 気楽でいいわねー 」 などと、羨ましがられる方がいるかもしれない。

弁解するわけではないが、普段は文字通りに 「 朝早くから、夜遅くまで 」 ずっと働きづめで、「 社会保険庁の10倍 」 ほどは頑張っているつもりだ。

こんな働き者には、たまに 「 ご褒美 」 を与えてあげなければ、お天道様が許さないだろうし、それ以前に、身が持たないのである。

幸いに、外貨預金の他にも、たんまりとドルや人民元を現金で貯めてきた結果、気づくと近頃の円安で、ずいぶん 「 為替差益 」 が生じている。

再び価値が下がる前に、手持ちのドルを使っちゃおうという狙いもあって、今回は少し贅沢なプランを組み、ちょっとゴージャスに楽しんできた。


同行する彼女に訊くと、海外旅行は何度か行ったらしいが 「 ハワイ 」 やら 「 香港 」 やら、「 サイパン 」 やら、いわゆる “ ベタ ” な観光地が多い。

今回は、きれいな海があって、ゆっくり過ごせるところが希望とのことだったが、「 飛行機に7時間以上は乗りたくない 」 などと条件を付けられた。

それで、旅行社に勤める友人のアドバイスを受けた結果、じゃあ、バリ島にしようかということになり、ホテルやら、何やら、コーディネートしてもらった。

ちなみに、バリ島は 「 極上のホテルが、信じられんほど安い 」 ので、少し割高についても、出来合いのツアーより、フリーで組んだほうがいいらしい。

こちらの仕事は一段落しているし、彼女のほうも休暇が取れたので、手に手を取ってワクワクしながら、一路、6時間45分の旅に出発した。


現地に着いた当初は、「 オイ、話が違うぞッ 」 と文句を言いたくなるようなことが多くて、ちょっと期待を裏切られた感じだった。

まず、今のバリ島は 「 乾季 」 と聞いていたのだが、空港に着いた途端に 「 モワァ〜 」 とした熱気に包まれ、調べると湿度80%、気温30度である。

タクシーに乗ろうとしたら大雨が降ってくるし、運転手さんは英語が通じないし、ちゃんとホテルに着くのだろうかと、不安な気持ちでスタートした。

旅行中、終日快晴だったのは一日だけで、ずうっーと曇天か雨で ( 彼女は日焼けせず良かったと喜んでいたが )、最後まで天候に恵まれなかった。

それに、後から知ったのだが、ホテルや外国人観光客を相手にする場所を除くと、ほとんど英語は通じない ( 公用語はインドネシア語 ) のである。


ホテルは VILLA タイプ だが、広いし、清潔だし、情緒があるし、なにより 「 一部屋に一つ、プライベート・プール付き 」 という豪華さである。

本来 ハネムーン 用 らしいが、予約のときに 「 ロマンチック・ウエルカム 」 というオプションを頼んでおいたら、エントランスに花びらが撒かれていた。

日頃は節約家で、私の浪費に対して何かと小言の多い彼女だが、これには喜んでくれたようで、とりあえず部屋に入ってからは落ち着けた。

この VILLA では部屋付きの専任バトラーが居て、ボタン一つで飛んできてくれるし、朝食は指定した時間に部屋へ来て作ってくれる ( 不味いけど )。

雨も止んで、夕食に出かけて戻ると、エントランスには滑走路のごとく小さなキャンドルが両側に並べられ、バスタブの湯に花びらが浮かべられていた。


これも 「 ロマンチック・バス 」 というオプションなのだが、部屋代も含めて、日本の常識からは考えられないほどリーズナブルなので、オススメである。

ここまで 「 ロマンチック 」 に演出されると、そりゃぁもう、よほどの殺意でも抱かないかぎり、カップルはロマンチックに陥る仕組みになっている。

天蓋付きベッドからプール越しに見える海を眺めていると、取引先のオヤジと納期や値引きを交渉したりする日々が、なんともチッポケに思えてくる。

彼女もまた、日頃の雑事が遠い昔の出来事に思えるけれど、それは再び、すぐにやってくることを知っていて、逃れるかのように海を見つめている。

この日はまだ、私が “ アレ ”に ハマるとは、二人とも知る以前だったので、静かに、穏やかに、夜が更けていったのである。 ( 次回へ続く )






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2007年06月22日(金) ミートホープの社長には軍隊式訓練を



「 私の成功のもとはこれだ。

  決して弁解したり、弁解を受け入れたりしなかったこと 」

            フローレンス・ナイティンゲール ( イギリスの看護婦 )

I contribute my success to this : I never gave or took an excuse.

                             Florence Nightingale



クリミア戦争で看護部を組織し、傷病兵への看護の重要性を知らしめた。

病院、医療施設の改革に、ナイティンゲールの果たした役割は大きい。


そんな彼女の言う通り、いちいち弁解したり、あるいはそれを受け入れたりしていては、何事も進歩がなく、改善されることがない。

ビジネスの世界において、やる気のない人、ネガティブで後ろ向きな人は、常に 「 できない理由 」 ばかりを並べ、己の不出来を必死に弁解する。

さらにダメな人は、それを第三者のせいにして、景気が悪い、会社が悪い、環境が悪い、政治が悪い、挙句の果てには 「 運が悪い 」 と開き直る。

ここまでは、あらゆるダメな人たちの共通点なのだが、ここから、性格別に異なる A・B 二つの進路に分かれるようである。

A は、競争から脱落、あるいは、放棄することで 「 落ちこぼれ 」 に甘んじ、B は、正攻法で太刀打ちできないと知るや、「 不正 」 を働くようになる。


北海道の苫小牧市にある食肉加工会社 「 ミートホープ 」 は、豚肉、豚の内臓、血液などを混ぜた挽き肉を、牛ミンチと詐称して出荷していた。

問題が発覚した後、記者会見した同社の 田中 稔 社長 は、自らが工場長に対し、混入を指示していたことなどを認めた。

会見を聴いて憤りを感じる点は、これらの不正を、コストダウンを目的とした 「 工夫 」 と語り、とんでもない弁解を繰り広げているところだ。

事業の厳しさ、その中で利益を確保しなければならない立場を主張し続け、この期に及んでも反省の色はなく、同情を買おうと悪あがきしている。

典型的な前述の B タイプ だが、この手の人物に責任を追及した場合は、開き直って 「 死ねというのか 」 と自暴自棄になり、A タイプ に変貌する。


ビジネスマンたるもの、たとえ厳しくとも競争に参加し、弱音など吐かずに、心身を鍛えて限界に挑み、正しい方法で成功しなければならない。

もちろん、それは 「 役に立つビジネスマン 」 を目指す場合に限った話で、それができないからといって、人間としての価値が劣るわけではない。

別の分野で個性や才能を活かす方法もあるし、違う職種でなら活躍できる可能性もあるのだから、いまの仕事が上手くいかなくても悲観しなくてよい。

たちが悪いのは、己の努力不足を棚に上げて、「 不正もやむなし 」 などと勝手な論拠を正当化し、顧客、消費者の信頼を裏切る行為に走ることだ。

あるいは、世間の冷たさ、自分の不甲斐なさに失望し、首を吊って死ぬなんてことも、生への冒涜であり、自分を産んでくれた親への裏切りである。


話は変わるが、近頃、深夜の通販番組で 「 ビリーズブートキャンプ 」 というダイエットプログラムが紹介され、巷の話題になっている。

現在、火付け役の ビリー・ブランクス さんが来日されており、テレビ出演によって露出が増えるだろうから、さらに人気は加速するはずだ。

ブートキャンプ とは、米軍内で新兵を鍛える基礎訓練のことで、指導教官を務めた ビリー さん の出演する DVD セットが、ビリーズブートキャンプだ。

私もそうだが、ダイエットの必要を感じながらも、従来の器械やサプリメントに抵抗のある男性層が、なぜか、このプログラムには興味を惹かれる。

たぶん、従来のダイエット方法が 「 なんとなく女性的 」 だったのに対して、こちらは 「 軍隊式訓練 」 という名目なので、参加しやすいためだろう。


すぐに言い訳ばかりする男性、後ろ向きな男性、女々しい男性が、昔よりは市民権を得ているけれど、やはり女性の大半は、たくましい男性を好む。

また、精神的なタフさは保っているけれど、肉体的には衰えを感じはじめた中年男性も、ビリー さん の鍛錬された精悍な肉体美に憧れを抱く。

昔ながらの シンプル な健康法だが、いまの日本で ウケ る背景があって、男女ともに肉体的、精神的な 「 タフさ 」 への回帰が熱望されているのだ。

不正を図る狡猾な経営者、やる気のない勤め人、姑息な犯罪者、全国民の信頼を裏切った社会保険庁の職員など、皆、ブートキャンプ がお薦めだ。

激しく体を動かすとストレス解消にもなるし、肉体的な自信を高めることで、「 言い訳をしない健全な精神 」 も養われるのではないだろうか。






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2007年06月21日(木) 渋谷スパ爆発事故



「 若さを保つ秘訣は、正直に生きて、ゆっくり食べ、

  年齢をごまかすこと 」

                        ルシル・ポール ( アメリカの女優 )

The secret of staying young is to live honestly, eat slowly,
and lie about your age.

                                    Lucille Paul



昔懐かしい TV 「 アイラブルーシー 」、「 ルーシーショー 」 の主演女優。

当時の女優さんは、たしかに 「 年齢不詳 」 な人が多かったように思う。


類は友を呼ぶというが、私の周囲には 「 年齢の割に若く見える人たち 」 が多く、なるほど、彼らは正直で、ゆったりと食事を楽しむことが好きだ。

また、「 年をごまかす 」 というと聞こえが悪いけれども、最近、巷で流行の 「 アンチエイジング 」 というものを、何らかの形で取り入れている。

ヨガ、ピラティス、フィットネスなどの類に通ったり、水泳やスキューバなど、日頃から体を動かすことが好きな人たちも、実年齢より若く見られやすい。

運動が苦手という人の場合は、サウナや岩盤浴、エステなどに通っているようで、最近は都心の繁華街にも 「 オシャレな温泉 」 があるという。

今週、渋谷で起きた 「 スパ爆発事故 」 も、東急百貨店、文化村に程近い都心の一等地であり、周囲は騒然とした模様である。


天然ガスの爆発や火災につながる事故は、過去に何度か起きているのだが、掘削中ならまだしも、今回のように完成した施設では気づかれ難い。

だから、兆候を察知して対策を練ることなどは不可能で、唯一の防御策は、施工の段階で安全対策を万全に整え、定期点検を怠らないことだ。

昨年来、エレベーター事故、ジェットコースター事故が相次いでいるけれど、これらもすべて、普段の点検に不備があったことを指摘されている。

今回の爆発事故は、まだ原因が究明されていないけれど、爆発に至るまで充満したガス濃度を検知していないことに、運営企業の怠慢さを感じる。

若い従業員を含め、貴い三名の人命を犠牲にした責任を重く捉え、今後、同じような悲劇が繰り返されないように、安全管理を徹底してもらいたい。






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2007年06月20日(水) 日本の銀行が信頼されない理由



「 機知とは、洗練された傲慢さのことである 」

                    アリストテレス ( 古代ギリシャの哲学者 )

Wit is cultured insolence.

                                     Aristoteles



前回が ソクラテス だったので、今回は アリストテレス から引用した。

彼らの遺した言葉を知ると、古代から人間は同じだということがわかる。


冒頭の言葉にある通り、なんだか立派そうにみえるけど、実際のところは、単なる 「 カッコつけただけの茶番 」 を平気で行う人がいる。

また、社会が混乱に陥り、民衆が不安がっているときに、親身になって助けたり解決する能力も意思もないくせに、偽りの正義漢ぶりを示す輩もいる。

現在、国民の多くは 「 年金問題 」 への不安を抱えており、内閣は対策に追われているが、混乱に乗じて票を伸ばそうとする野党もその一例だ。

ただ、与党の政局運営を監視し、失策を追及することも彼らの使命なので、効果的な対策を提起できない無能さは別として、彼らの立場は理解できる。

もっと 「 姑息 」 なのは、まるで政治になど関係のない民間の営利組織が、国家的非常時を逆手に取り、自らの利益や宣伝に悪用することだ。


三井住友銀行は、口座開設者の過去10年分の引き落とし記録を保存しており、要請があれば1ヶ月分につき525円の手数料で証明書を発行する。

社会保険庁で年金の納付記録が見つからない場合、記帳の済んだ通帳を提示すれば納付を証明できるが、古い通帳は廃棄されていることが多い。

そういったケースでも、引き落とし記録の証明書さえあれば、口座から国民年金保険料が引き落とされたことの証明になるので、利用者は安心だ。

同行では、顧客保護の観点から、国民年金に加入している口座保有者にかぎり、通常は525円かかる証明書を無料で発行し始めた。

現在、同行は全国銀行協会の会長行を努めているので、他の金融機関にも影響を与えることは確実で、他の主力行も無料発行を検討している。


この件だけを取り上げれば、なんとなく 「 人助け 」 のように見えなくもないけれど、彼らの果たすべき社会的責任は、もっと別のところにある。

彼らは、この日記でも繰り返し書いたが、未曾有の高利益を計上しながら、過去の取り決めによって所得税を支払わず、今後も支払う意志がない。

世間には声高に 「 護憲 」 を主張する人も多いが、憲法に謳われた国民の三大義務のひとつである 「 納税の義務 」 を、日本の銀行は履行しない。

しかも、ゼロ金利政策などで稼いだ利益を、我々預金者に還元せず、雀の涙ほどの利息しか支払わないのだから、姑息というより 「 詐欺 」 に近い。

そのうえ生意気に、利益が出たからといって、政治献金を再開しようとして安部総理から止められ、たしなめられたり、その身勝手さは目に余る。


今回の 「 無料発行 」 も、多方面から浴びせられた非難や、悪印象を払拭するための目くらまし的な 「 イメージ戦略 」 としか思えない。

仮に、百歩譲って 「 本気で社会貢献がしたい 」 という真摯な意思があったとしても、人様に善行を施す前に、彼らにはやるべきことがある。

まず、国民に負担を強いた 「 公的資金 」 を完全返済し、預金者に利益を還元し、きちんと納税を行うことが彼らの使命であり、優先順位が高い。

三井住友銀行の措置を 「 善行 」 と称えることは、お金に困っているからと言われ貸してあげた友人が、他人に寄付する姿を誉めることに等しい。

他人を踏み台にして、自分だけがいいカッコをする姿勢に、もう少し国民は明確に怒りを示したほうがよいのではないだろうか。


世界最大規模の市場調査会社 ニールセン・カンパニー は、世界46カ国の消費者2万5千人を対象に、「 銀行サービスの利用動向調査 」 を行った。

その結果、「 メインバンクへのロイヤリティ ( 忠誠心、思い入れ ) が高い 」 と答えた人の割合が、日本は12%にすぎず、46ヶ国中で最低だった。

最近の銀行界では、顧客のロイヤリティがマーケティングの重要な尺度だとみなされており、フランス54%、アメリカ51%、イギリス49%と順に高い。

この結果が示す通り、諸外国の銀行は日本と違って 「 うわべだけの体裁で国民を裏切る 」 ような真似はせず、国民と共に歩んで利益を出している。

日本の場合は、たまたまメインバンクにしているケースが大半で、「 どうでもいい、どこでも大差ない 」 と評価の低いことが、この結果に現れている。






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2007年06月19日(火) 週末はバカンス



「 ぜひとも、結婚しなさい。

  もし良い妻を得たならば、あなたは幸せになるでしょう。

  もし悪い妻を得たならば、あなたは哲学者になるでしょう 」

                      ソクラテス ( 古代ギリシャの哲学者 )

By all means, marry. If you got a good wife, you'll become happy ;
if you got a bad one, you'll become a philosopher.

                                      Socrates



歴史上の証言によると、ソクラテスの奥さんは 「 超悪妻 」 だったらしい。

私は哲学者になどなりたくないので、そっち方面は勘弁を願いたい。


最近、なんとなく付き合ってる感じの女性がいて、容姿や相性は気に入っているが、「 結婚 」 という二文字に到達するかどうかはわからない。

いまのところ、彼女といて 「 哲学的 」 に思案することはないし、性格的にも穏やかで、私とは対照的に節約を尊ぶ家庭的な人柄を備えている。

30代後半なので仕方ないが、結婚願望は強いらしく、早めに 「 結論 」 を出さねば悪いとは思うけれど、こちらとしても、もう少し時間が欲しい。

真面目な女性だけに、「 女遊びが一段落したら、真剣に考えます 」 なんて ジョーク にも泣きそうな顔をされ、不謹慎な自分に反省することしきりだ。

忙しかった仕事も一区切りついたし、ここは、お互いを深く知るために旅行へ出ようという話になり、今週末は一緒に、ゆっくりと過ごす計画にした。


さほど 「 絶不調 」 だというわけでもないが、このところ公私共に芳しくない出来事が続いたので、今回の旅行は 「 厄落とし 」 の目的も含んでいる。

悪い出来事が続く様子を表現して 「 踏んだり蹴ったり 」 という言葉があるけれど、私だけかもしれないが、この言葉には昔から違和感がある。

なぜならば、「 踏んだり蹴ったり 」 しているのは 「 加害者 」 の側であって、ひどい目に遭っている側は 「 踏まれたり蹴られたり 」 しているはずだ。

だから、ロクなことが続かないなんてときには、「 踏まれたり蹴られたり 」 と言ったほうが実態に近いと思うのだが、なんとも日本語は複雑怪奇である。

彼女とお茶をしながら、「 ねぇ、ねぇ、“ 踏んだり蹴ったり ” ってさぁ… 」 と話し掛けたが、先方は、旅行のガイドブックに夢中で無視されてしまった。


彼女の心配事は、近頃の円安傾向で買い物がし難いことと、英語が不得意なので不便するかもしれないという二点に集中しているようだ。

いまから 「 NOVA に行けば、間に合うかなぁ 」 などと仰るので、語学力が云々という以前に、まず 「 新聞を読みましょう 」 と言いたくなってしまう。

どちらかといえば、私を気に入ってくださる女性には、しっかり者のキャリアウーマンタイプが多く、このように 「 おっとり 」 したタイプは少ない。

そんなあたりも可愛くて、ぼちぼちと仲良くしてもらっているのだが、態度の煮え切らない自分に、いつまで我慢してくれるのか、色々と不安はある。

不安といえば、久々のマリンスポーツに張り切りすぎ 「 ギックリ腰 」 にでもならないかと、実は、日頃の運動不足も微妙に気がかりなところだ。






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2007年06月18日(月) 威厳を失った父の日



「 女は死ぬまで女だけど、男は役に立つ間しか男じゃない 」

                  マムズ・メイブリー ( アメリカの歌手、女優 )

A woman's a woman until the day she dies,
but a man's only a man as long as he can.

                                  Moms Mabley



夏物の ベルト を物色するために、女性と百貨店に出かけた。

6月の第3日曜は 「 父の日 」 なので、紳士用品売り場は賑わっている。


1909年、すでに 「 母の日 」 が普及していたアメリカの教会で、一人の女性が母の日の説教を聞きながら、「 父の日 」 もあるべきだと考えた。

彼女の母親は、南北戦争に従軍した夫の不在中、女手ひとつで6人の子供を育てたが、過労のために体調を崩してしまった。

戦争が終わり父親は帰還したが、すぐに母親が亡くなり、軍人だった父親はあらゆる犠牲を払って、生涯を独身で働き続け、必死に子供を育てた。

そんな父親の姿を偲び、彼女が牧師協会に 「 父の日 」 の制定を嘆願したところ、多数の共感を得て 1916年には広く認知されるようになった。

ちなみに、嘆願した女性の父親が 6月生れだったので、6月の第3日曜を 「 父の日 」 とするようになったらしい。


外国の話だから仕方ないのかもしれないが、この美談はアメリカで広く知られている割に、ほとんど日本人には普及していない。

感謝の印として何かを贈る習慣も、「 母の日 」 に比べると 「 父の日 」 のほうが、なんとなく、盛り上がりに欠けるようで、どうにも印象が薄い。

また、感謝する、しないは別としても、昔は 「 地震、雷、火事、親父 」 などといって、父親とは 「 怖い存在 」 だったはずが、最近はどうも違うようだ。

上戸 彩 さん が出演されている 「 ホワイト家族 」 という携帯電話の CM では、母、兄、娘は人間なのに、お父さんが 「 犬 」 の設定になっている。

あれが、お父さんは人間で 「 お母さんが 豚 」 だったら、たちまち、抗議の電話が殺到しそうだけれど、「 お父さんが 犬 」 には誰も文句をつけない。


昔のような男尊女卑がよいとは思わないけれど、あまりにも父親の存在が軽視され過ぎるのは、子供の教育上、よろしくないような気がする。

お父さんたちも、それに反発せず、逆に 「 軽量化 」 を甘んじて受け容れ、女々しい言い訳をしては仕事を休み、身を粉にして働く人が減っている。

男女平等とか、子供の意思を尊重なんて言葉を並べれば聞こえは良いが、権威を重んじたり、その義務を果たす責任から逃避している人も多い。

息子が成長の過程で 「 権威を振り回す頑固親父と衝突する 」 なんて話は昔からあるが、大抵、そこには息子の 「 将来の夢や希望 」 があった。

いまは、何の夢も計画もないくせに、ただ、秩序に縛られ従わされることが面倒なだけで、父親の威厳を認めようとしない若者が多くなっている。


諸悪の根源は、「 君が代、日の丸 」 に敬意を示さず、権威や秩序を重んじる美徳を崩壊させた日教組など 「 モラルを失した教職員 」 にある。

現在の日本では、犯罪者はもとより、マスコミ、公務員、企業経営者など、ありとあらゆる方面で 「 ルール を守らない人間 」 が急増している。

若干の不平等感や、理不尽な弾圧はあったかもしれないが、昔のように、国旗、国歌に敬意を払い、親父を怖れた時代より、秩序は崩壊している。

最近、年金問題などで支持率を落としている安部内閣だが、愛国心など、敬服すべき権威への姿勢を正し 「 秩序の回復 」 を図る理想は正しい。

ただ、安部内閣もそうだが、世間のお父さん方も、良い仕事、尊敬に値する活躍をみせないと、威厳を取り戻せないことは肝に命じるべきだろう。






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2007年06月17日(日) 朝鮮総連との付き合い方



「 あなたの敵を許してあげよう。

  しかし、その名前を決して忘れてはならない 」

            ジョン・F・ケネディ ( アメリカ合衆国第35代大統領 )

Forgive your enemies, but never forget their names.

                              John F. Kennedy



過去の憎しみに縛られず、できれば、仇敵とも和解することが理想だ。

そういった建設的な精神を持つ人々の努力で、東西の冷戦も終結した。


すべての憎しみや怒りを捨て、共に助け合える外交関係を築こうと、崇高な理想を掲げて努力する人たちを、私は尊敬する。

しかし、なかには 「 偽りの美論 」 を弄し、自分たちだけに都合よく、過去の確執を清算せよと持ち掛ける悪党もいるので、無条件には受け容れ難い。

朝鮮総連中央本部の土地、建物の売却問題に関し、安部総理は記者団に 「 総連の構成員が拉致問題などに関与している 」 という意見を語った。

これに対して朝鮮総連側は 「 根拠もなく犯罪者のレッテルを貼っている 」、「 言動が時代錯誤である 」 などと批判する談話を発表した。

彼らの主張によると、安部総理の発言は 「 わが祖国、在日同胞、尊厳ある朝鮮総連の名誉を傷つけ、両国の外交関係を阻害する言動 」 だという。


彼らは “ 時代錯誤 ” だというが、北朝鮮による拉致問題は現在も一向に解決していないのだから、時代錯誤的な 「 過去の問題 」 ではない。

総連の構成員に “ 根拠もなく犯罪者のレッテルを貼る ” というが、慎重な捜査や証言に基づき検証された事実であり、単なる言いがかりではない。

また、「 祖国 」、「 両国 」 と言われても、日本は北朝鮮を正式な国家として認めていないわけで、現状において友好関係を築く意思もない。

このような状況から、朝鮮総連は直ちに強制撤去し、国外へ追放してもよいのだが、そうしないのは 「 北朝鮮とのパイプ 」 が途切れるからだ。

建物の売却問題に絡んだ緒方氏は、「 在日朝鮮人の領事館的役割 」 だと述べたが、日本側の利益は、北朝鮮と交渉する際の窓口的役割しかない。


拉致をはじめ安全保障上の脅威である北朝鮮は、日本にとって害悪でしかなく、すべて不利益しかもたらさない 「 事実上の敵国 」 といえる。

第二次大戦下において、アメリカに移民していた日本人や、その他、敵国に移住していた外国人の多くが、理不尽な境遇にさらされた悲劇がある。

だから、たとえ拉致問題の解決が難航していても、北朝鮮の対応が紳士的でなくても、在日朝鮮人の人々にまで迫害を加えないことが望ましい。

しかしながら、敵対する国が、日本国内で組織的な政治活動を行うための拠点を、日本人、しかも元公安調査庁長官が支援することは適正でない。

支援の内容 ( 不動産売買 ) が違法でないとしても、国益への背信行為として糾弾されることは必至で、いわゆる 「 非国民的 」 である。


たとえ敵対する国同士であっても、個人を人道的に助けたり、保護しようとする行為は美徳であり、国家がその妨げなどすべきではない。

ただし、日本国内で政治的、諜報的、軍事的な活動をする組織に対しては、これを支援したり、扶助することを、日本人は厳に慎むべきだろう。

その目的が思想的なものでなく、個人の金銭的利益であってもこれを禁じ、国民の総意を一つにし、対外的に示す必要がある。

それは、憲法9条を改正したり、愛国心を浸透させることよりも、軍事面や、外交面において、広く 「 強い日本の姿勢 」 を伝えるメッセージとなる。

朝鮮総連に対しては、けして ヒステリック に反応する必要などないが、その主旨を明確に告知し、今後、日本での活動に制限を加えることが望ましい。






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2007年06月16日(土) 精神障害者が300万人を突破 : うつ病にならない方法



「 勝った、負けたは、どうでもいい。

  あなたは、いい試合をするのです。

  尊敬を、勝ち取るのです。

  そうすれば誰も、いじめることはない 」

                           映画 『 ベスト・キッド 』 より

Win, lose, no matter. You make good fight.
Earn respect. Then nobody bother.

                                The Karate Kid



映画史に残るような名作ではないが、清々しく面白い佳作である。

格闘技に興味のない人でも、十分に楽しめる内容に仕上がっている。


高校の 「 いじめられっ子 」 だった ダニエル は、アパートの管理人である老人 ミヤギ と知り合い、ある日、袋叩きにされているところを助けられる。

老人 ミヤギ が空手の達人であることを知った ダニエル は、復讐のために空手を教えてくれと懇願するが、「 空手の精神に反する 」 と断られる。

後日、物語は複雑に展開し、学生空手トーナメントで ダニエル が勝てば、いじめをやめるという条件を、呑まざるを得ない状況に迫られる。

その日から、ミヤギ による指導のもと、ダニエル の特訓が始まるのだが、そのユニークな練習方法と、日増しに上達する様子が一番の見所だ。

冒頭の台詞は、ダニエル が心細げに 「 俺、勝てるかな 」 と訊いたときに、ミヤギ が微笑みながら呟く答で、劇中もっとも私の共感した台詞である。


2007年版 「 障害者白書 」 が閣議決定され、うつ病などの精神障害を持つ人の数は約303万人となり、前年より45万人増えたことがわかった。

そのうち、施設入所者は1万人増の35万人、在宅 ( 通院 ) 者は44万人も増えて268万人に達し、疾患別では うつ病 などの気分障害が最も多い。

別の調査から 「 自殺者の9割は うつ病 」 という統計も発表されているが、これだけ うつ病患者が増え続ける中、自殺者が減らないのは当然である。

うつ病に陥る原因として、大人の場合は 「 仕事によるストレス 」、子供では 「 いじめ 」 などが挙げられ、それを苦として自殺する例が多い。

ただ、「 うつ病 が急増 」 とは言っても、総人口の 「 2.3% 」 に過ぎないわけで、大部分は自分なりに努力し、ストレスを消化しているのが実情だ。


本日午後4時過ぎ、新横浜駅の線路内に男性が立ち入り、新幹線に轢かれて自殺するという事態が起き、一時間近く上下線の運転が停止した。

新幹線の車両価格は2億〜3億円、一時間の運行停止による機会損失、乗客約1000人の経済的損失まで含めると、それは莫大な金額に上る。

それを自殺者の遺族に請求したところで、遺産放棄と引き換えに踏み倒されるのが関の山だし、そう考えると銀行強盗などより被害額は大きい。

人の命は地球より重いかもしれないが、それほどに 「 貴重なもの 」 を自ら投げ出した一人のせいで、罪も無い多くの人々に莫大な被害が及ぶ。

よく自殺企図者が語る 「 自分の命なんだから、どのように扱おうが自分の勝手だ 」 などという論理は、まったく大きな勘違いも甚だしい。


個人的に、あまり好きな表現ではないが 「 勝ち組、負け組 」 という言葉があって、うつ病の人、自殺する人は、自分を 「 負け組 」 だと思っている。

実際は、勝負もしないで逃げているのだから、勝ち組でも負け組でもなくて、しいて言えば 「 試合放棄組 」 ということになる。

過去の人生を振り返ると、私自身も勝ったり負けたりだったが、冒頭の台詞にある通り、「 いい試合をする 」 という努力から逃げたことはない。

勝つことにばかり執着せず、「 とりあえず、いい試合をしよう 」 という心構えで物事に挑めば、けして、うつ病になど陥らないものである。

勝つことのみが大事で、勝てないのなら逃げようという気持ちを持つ人は、よほど強運が続かないかぎり、必ずどこかで精神が破綻するものだ。


最近、スピリチュアルカウンセラーなどという得体のしれない人物や、ありもしない霊能力などを売り物にする人物が、随所でもてはやされている。

くだらないと思いながらも、たまに観ているけれど、彼らも結局 「 勝つため、幸せになるため 」 の秘訣を、伝授しようとしていることが多い。

そんな了見で暮らしていても、心の闇が晴れて幸せになれるわけなどなく、うつ病の人にとって何一つ助けになるとは思えない。

幸せかどうかは、「 幸せを感じられる心 」 を持っているかどうかであって、その人の置かれた状況を改善することが重要ではないのだ。

生き方、暮らし方、性格を変えようとするよりも、「 いい試合をする 」 ことを心がけ、そこに、幸せと誇りを感じることで、健全な精神が育まれる。






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2007年06月15日(金) 年金問題は、与党も野党も共犯者



「 政治家というのは、捕まらなかった政治屋のことである 」

                                   英語のジョーク

A statesman is a politician who didn't get caught.

                                   English joke



ここ数週間、年金問題に揺れる政局を眺めて感じること。

それは、「 国民のために働いている政治家は皆無 」 という事実だ。


野党の議員が誇らしげに 「 年金相談のフリーダイヤルへ電話したけれど、なかなか繋がらないではないか 」 と、社会保険庁の対応を批判する。

電話回線を設けたり、受け答えをする職員を配置するにも費用が掛かるのだから、必要ではあるけれど、無尽蔵に用意するわけにはいかない。

大事なことは、むやみに回線を増やすことよりも、本当に必要な人以外は通信を慎み、緊急を要する人たちにサービスの提供を譲ることだ。

この議員がイタズラに発信した1本の電話も、混雑の元凶であることを知るべきで、それは 「 国民のため 」 になどなっていない。

国家の一大事であるとするならば、やみくもに不安を煽るだけではなくて、国民に対し 「 冷静な行動 」 を呼びかけるべきではないだろうか。


社会保険庁の失態については、たしかに見過ごせる内容ではないけれど、それを追求するばかりで解決策を弄しないようでは、政治家といえない。

たとえば、津波や台風などの自然災害が発生したとき、市民に危険を知らせることは大事だが、避難経路を教えなければ パニック を引き起こす。

年金問題に関する野党の行動は、それと同じで 「 国民を不安がらせる 」 ことを、自らの政治活動に利用しているだけである。

もし私が野党の代表ならば、党員を結集して社会保険庁に出向き、上着を脱いで年金相談の電話をとり、親身になって相談に乗る努力をする。

国民の多くが不安に陥った時、与党を攻撃することが自分の使命なのか、党派を超越して国民を助けることが使命なのか、少しは考えるだろう。


この問題は数十年に亘る不正、不徳の積み重ねであり、その間には現在、涼しい顔をして与党に噛み付く野党の幹部議員も関与している。

すなわち、「 与党も野党も共犯者 」 であるし、この問題で困っている人たちの大部分は、「 責任の追及 」 より、「 問題の解決 」 を待ち望んでいる。

たまに、年金問題も、地球温暖化も、天気予報が外れて雨が降ったのも、阪神タイガースが弱いのも、全部 「 安部首相が悪い 」 と愚痴る人もいる。

それは、「 知能の弱いブログ 」 にありがちな光景だが、政治家たるもの、そんな発言の繰り返しに終始するようでは、あまりにもレベルが低すぎる。

国民の苦悩も、彼らにとっては 「 選挙の材料 」 に過ぎず、はなから国民を助ける志など無いのだから、投票したところで期待に応えるはずもない。


兵庫県の知事は、「 自分の妻の年金記録も、不明な点がある 」 と総務相に語り、記者会見で 「 国のミス 」 を指摘したという。

自治体の長でありながら、身内の年金にこだわった上、挙句の果てには 「 国のミス 」 などと政府を批判するとは、実に呆れた御仁である。

知事たるもの、自分の年金は返上してでも県民の利益を守るべきであり、中央政府による不始末の処理に、微力なりとも協力するのが本筋だろう。

このような 「 ドタバタ劇 」 を眺めつつ、もう日本には 「 真の政治家 」 など存在せず、卑しい 「 政治屋 」 しか残っていない事実に愕然とする。

まぁ、自分の場合は年金も辞退するつもりだし、移住先も準備してあるので別にいいけれど、この先 「 政治家不在国家 」 はどうなっちゃうんだろうか。






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2007年06月14日(木) 羊頭狗肉だった NOVA の広告



「 私たちの工場では、口紅を製造する。

  私たちの広告では、希望を売る 」

                チャールズ・レブソン ( アメリカの事業経営者 )

In our factory, we make lipstick.
In our advertising, we sell hope.

                                Charles Revson



2人の共同出資者と共に、化粧品会社 『 レブロン 』 を創業した人物。

会社はアメリカで最大規模の小売り化粧品・香水会社となった。


女性向け商品、たとえば化粧品や、アパレルや、宝石を販売する秘訣は、対象となる女性に 「 現在の持ち物に不満を抱かせる 」 ことに尽きる。

そうすることで一部の女性には、つい昨日まで不要だと思っていた商品が、「 それなしでは生きていけない 」 ぐらいの購買衝動を喚起させられる。

特に、美しくなりたいと願う欲求は、古今東西、多かれ少なかれ誰もが抱く願望であって、そこを上手くアプローチすれば、女性向け商品は売れる。

それを瞬時に、大量の顧客へ知らしめるためのツールは 「 広告 」 であり、雑誌や、電車の中吊りや、テレビ、ラジオなどが媒体として使われる。

商品の優劣もさることながら、広告展開の良し悪しが、その後の売上拡大に大きく影響することは、既に周知の事実である。


中国・宋時代の禅書 『 無関門 』 には、「 羊頭狗肉 」 という言葉の出典があり、これは 「 羊頭を掲げて狗肉を売る 」 を略した四字熟語である。

店先にある看板には 「 羊頭 ( 羊の頭 ) 」 を掲げておきながら、実際には 「 狗肉 ( 犬の肉 ) 」 を売るという意味で、嘘、誤魔化しの喩えだ。

商品の特長、効能を最大限に引き立てることは広告の役割だが、あまりに度が過ぎると、「 見せかけは立派だが、実物は違う 」 という苦情に至る。

場合によっては、単なる過剰広告といった範囲に留まらず、「 詐欺行為 」 だとして処罰されることもあるので、広告を打つ際には注意が必要だ。

広告には謳われていない細かな取り決めが 「 契約書 」 に記載されていても、「 誤解を招く手法 」 として悪用されている場合は、不正とみなされる。


駅前留学、お茶の間留学などのキャッチコピーで有名な英会話学校最大手の 『 NOVA 』 が、一部業務の営業停止を経済産業省から通達された。

この日記でも以前に取り上げたが、同社の勧誘には特定商取引法違反 ( 不実告知など ) に抵触する不正が相次ぎ、利用者の苦情が多かった。

具体例を挙げると、好きなときに予約が取れると勧誘しておきながら、実際には利用者の多い夜間は 「 困難だ 」 と断ったりしていたらしい。

また、契約書を交付した日が起算日となるにもかかわらず、契約より前に氏名を登録した日から起算し、クーリングオフに応じなかった例もある。

いづれも、経営者側が 「 これらの不正を承知していた 」 ことを極めて悪質だと経済産業省から判断され、今回の業務停止命令に至った模様だ。


彼らの広告は、ユニークで面白味があり、しかも、語学が習熟すると視野が広がるといった 「 向学心を喚起する 」 内容で、とても優れていたと思う。

その広告に誘われ、外国語をマスターし、異文化交流を果たしたり、海外で活躍する日本人の一助になったのなら、その功績は大きいだろう。

しかしながら、ビジネスにおいて 「 羊頭狗肉 」 は詐欺にあたり、現実的に金銭的被害を被った人がいる以上、けして許されるものではない。

広告展開が成功し、知名度が高まった分だけ、マイナスイメージが定着する率も高く、今後の信頼回復には時間と労力が費やされることだろう。

顧客に語学を教えたり、自らの広告ノウハウを向上させる以前に、「 正しいビジネスの在り方 」 を学ぶところから、再度、やり直す必要がありそうだ。






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2007年06月13日(水) きゃー、ヤクザ かしら … って、何でやねん!



「 うむを言わさず話をつけるさ 」

                    映画 『 ゴッドファーザー PART 』 より

I'll make him an offer he can't refuse.

                           The Godfather PART



40歳を過ぎても独身で、海外に会社と不動産を持ってウロチョロしている。

その理由や、正当性を熱心に語ったところで、「 胡散臭さ 」 は拭えない。


本人の意思に関わらず、外見、風貌や、あるいは職業などの背景などから 「 胡散臭いよねー 」 と噂されてしまう人が、世間には大勢いる。

私なんぞは、勤め人の時代から兆候があったので、自営になった後は努めて地味な生活を心がけてきたが、予想通り 「 胡散臭さ 」 は倍増である。

ただ胡散臭いだけならよいが、世間には 「 胡散臭い = ヤクザ っぽい 」 と思う人も居るので、その場合は仕事上の イメージダウン にもなり得る。

しかも、大阪人に対して 「 お笑い あきんど ヤクザ 」 の3種類しか居ないという偏見を持つ方もいたりするので、なんとも困ってしまう。

また、あまり必死になって 「 ヤクザ じゃないよ 」 と主張するのも、かえって疑惑を深めてしまう危険があり、無害だと証明することも意外と難しい。


本物の ヤクザ や、企業舎弟といった生業の人々も知っているが、なにかと面倒なことになっても困るので、ほとんど積極的に交流はしていない。

ただ、そういった 「 本物 」 の人たちを見てきたことで、「 本物 」、「 偽者 」 の違いは、ほぼ正確に見分けられるようになった。

一般の人に多い誤解は、彼らが日常的に暴力を背景とした世界に生きているのではないかという思い込みで、実際にはそんなわけでもない。

当然、一時期、ある期間においては凄絶な体験があったり、いざとなれば、そのような 「 覚悟 」 のあることは事実だが、大半の日常は平和である。

暴力そのものより、その脅威を交渉の ツール として効果的に使うことが、彼らの知恵であり、力量といって過言ではない。


最近、某経営者を、彼の傘下にある企業の不祥事を背景として、よくテレビなどで見かけるようになったが、明らかに目つきがおかしい。

目つきが尋常でない犯罪者は、薬物中毒に陥っている タイプ が多く、そういった代物が 「 手に入りやすい立場 」 にあることを裏付けている。

また、不正の内容や、その進め方などに 「 素人ではない 」 特徴があって、彼自身がどうかは別としても、どうも背後には 「 組織の匂い 」 がする。

商売の経験上、少しばかり成功したりすると、途端に擦り寄って来るのは、銀行と、ヤクザと、代議士であり、この三者には共通点がある。

つまり、「 他人のフンドシで相撲をとる連中 」 なのだが、彼らの誘惑に耳を貸さず、あまり深く関わらないことが、賢明な企業人の資質といえよう。


冒頭の台詞は、アル・パチーノ 扮する マフィア の ドン が、カジノ の権利を強引に買い取ろうとする際に放った 「 脅し文句 」 である。

実際に聞いた ヤクザ の脅し文句では、「 生まれてきたことを後悔するほど痛い目に遭わせる 」 なんてのが、なかなか名作 (?) だと思う。

もし 「 気に入らない奴 」 がいたら、リーズナブルプライスで、半殺しにした上で、チャカ ( 拳銃 ) を耳元に当てて、その台詞を呟いてくれるそうだ。

便利そうな サービス ではあるけれど、気に入らない奴に 「 気に入らない 」 と言うぐらいは自分でやるので、これから先も私には不要である。

ドンパチ好きな彼らでも、「 人を殺した 」 経験のある人は少なくて、相次ぐ最近の凶悪事件に 「 素人の方が恐ろしい 」 と眉をひそめているらしい。






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2007年06月11日(月) 夢 ( ? ) の印税生活



「 プロの作家とは、書くことをやめなかったアマチュアのことである 」

                      リチャード・バック ( アメリカの作家 )

A professional writer is an amateur who didn't quit.

                                  Richard Bach



たとえ小額でも、心当たりのない入金があると、なんだか薄気味悪い。

連絡先に電話してみると、それは 「 印税 」 とのことだった。


いきなり 「 印税 」 と言われても、ひそかに CD デビュー した覚えもないし、自伝を出版した記憶も無く、どこぞの歌手に詩を提供したりもしていない。

素人 ( amateur ) なんだから当然なのだが、実は、仕事関係の本について執筆しないかという話は、以前から幾度となく頂戴している。

ただ、それにしても “ 執筆しないか ” という段階で、先に印税を下さるなどということは考えられず、まるで関係の無い話である。

結局、よくよく尋ねてみると、数年前に某氏が出版した際に 「 共著 」 として名前を連ねて下さったことがあり、その 「 印税 」 を受け取れるらしい。

2年以上も音沙汰無く、忘れた頃に頂ける仕組みは、我々のような素人には不可解なところが大きいけれど、業界では 「 常識 」 なのだそうだ。


印税の計算は、「 売価 × 発売部数 × 印税率 = 印税 」 で、たとえば、1千円の本が1万部売れて、印税率10% なら、印税は 100万円 になる。

この計算式自体は、どこの出版社でも大きく違わないが、印税率は 8%〜 10% ( 売れる本かどうかで検討される ) の間で調整されているらしい。

そして、印税の支払われる基準が、「 発行部数に対して 」 という場合と、「 実際に売れた部数に対して 」 という条件の違いが、実は一番大きい。

受け取る立場からすれば、前者のほうが、早く確実に収入となるのだから、もちろん大歓迎なのだが、逆に、出版社側としては リスク を抱える。

実際、売れっ子の作家に依頼したり、確実に売れそうな場合は前者を、そうでない場合は後者の 「 売れてから 」 方式で、というのが一般的らしい。


そんなわけで、初版が刷られた後に全国の書店 ( といっても、発行部数が少ないんだから件数も僅か ) に配送され、ようやく人目につく棚に並ぶ。

この時点で、人気作家さんなら 「 発行部数 × 売価 × 10% 」 を手にするわけで、とりあえず、チョイと懐は暖かくなるはずである。

仮に、「 売価¥1500−で、初回から100万部だ 」 なんて場合にゃ、もう、それだけで一財産なわけで、いわゆる 「 夢の印税生活 」 も可能だろう。

しかし、「 売れてから 」 方式の場合は、せっかく店頭までは並んだけれど、誰かが買ってくれるまで、一銭にもならん状態が続いていく。

普通、書店では 「 売れる本 」 を目立つ位置に陳列して、そうじゃない本は露出の弱い場所に並べられるので、ますます売れ残って埃をかぶる。


私自身、かなり頻繁に書店へ通うタイプだと思うが、某大型書店で目にするまでは、それが本当に販売されているという実感もなかった。

で、たまに売れる度に支払うのも 「 金額が小額過ぎて 」 非効率、不経済なので、印税は、ある程度まとめた時期に一括で支払われることとなった。

しかも、今回は 「 共著 」 なので、ただでさえ少ない額のさらに半分だから、近頃の子供でも喜ばない程度の 「 お小遣い 」 である。

こうやって、すべて忘れた頃に、ささやかなお小遣いを得るのは簡単だが、「 夢の印税生活 」 を目指すのは、ちょっと諦めたほうが良さそうだ。

ちなみに、来月から某所で、印税はもらえないが 「 原稿料 」 をもらう仕事が入っていて、一応、これでも 「 プロの作家 」 なのだろかと… ( 悩 )。






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2007年06月10日(日) 年金問題 : 反省より対策を参院選の争点に



「 過去に興味はない。 未来に興味がある。

  なぜなら、そこで残りの人生を過ごすことになるからだ 」

                チャールズ・F・ケタリング ( アメリカの発明家 )

I am not interested in the past. I am interested in the future,
for that is where I expect to spend the rest of my life.

                             Charles F. Kettering



前向きに生きることは、簡単にいうと 「 前をみて歩くこと 」 である。

後ろを振り返ってばかりだと、電柱にぶつかったり、足元の小石にさえ躓く。


そんなこと 「 誰でもわかっている 」 と仰るかもしれないが、その道理を理解するためには、いくつかの前提条件というものがある。

それは、「 先の人生を有意義に過ごしたい 」、「 健康で楽しく長生きしたい 」、「 未来に希望を持ちたい 」 などの意思があることだ。

精神がマトモな人からみれば、それも 「 誰でも同じだろ 」 と指摘されそうな事柄だが、いやいや、それが一律ではないのが今の時代なのである。

日本では、年間3万2千人以上の自殺者があり、特別な事例を除くと、大半は死ぬほど深刻な事情などなく、単に自らの命を粗末にしているだけだ。

それ以外にも、日頃から怠惰で投げやりな言動の多い 「 自殺予備軍 」 が膨大に潜在することを数えれば、どこにも 「 万人に通じる常識 」 などない。


自殺の動機に 「 責任をとるため 」 という理由を挙げる人がいて、たとえば最近では 松岡 厚労相 などが、「 ケジメ 」 として自殺を選択している。

すべてを放り出して自殺してしまう人間に対して、「 無責任だ 」 と思うのか、「 責任感の強い人だったね 」 と思うかは、人によって評価が分かれる。

これは、責任の対象を 「 過去に起きた問題の清算 」 との観点でみれば、けして正しくはないけれど、ある種、責任のとり方だと捉えられなくもない。

逆に、過去よりも 「 未来に起きる問題への対処 」 が重要と考える人たちからみれば、卑劣で、無責任で、自分勝手な 「 現実逃避 」 に思える。

自殺するか、現実に向き合うかの違いは、過去にこだわるか、未来に対処するかの違いであり、それがすなわち 「 前向きか、後ろ向きか 」 の差だ。


社会保険庁のずさんな管理について、世論は自民党にとって逆風となっているが、それでも次の参院選は 「 年金問題 」 を争点にすべきだろう。

ただし、それは 「 過去の責任 」 を追求することでなく、今後の対処方法について与野党が示す政策に絞って、有権者は吟味することが望ましい。

オツムの弱い人、考えの浅い人は、年金問題を現職内閣のせいにしようとするが、ご存知の通りこの問題は、長年に亘って累積されてきたものだ。

その間には、現在、民主党に属する議員も関与しているし、どの政党がよくて、どの政党だから悪かったという 「 過去の検証 」 などできない。

とりあえず現職に責任をとらせようとする 「 後ろ向きの意見 」 など捨てて、これからどの党に問題解決を期待するか、建設的に考えることが重要だ。


企業の会議でも同じだが、後ろ向きの人間、問題解決能力の低い人間は、いまさらどうしようもない 「 過去の問題 」 にばかり焦点を当てて批難する。

それこそが、自暴自棄に生きていたり、他人に甘えるばかりで解決能力を持たない人間であることを示す サイン であり、役に立たない証拠である。

参院選まで時間はあるが、いまのところ野党から 「 これは良い 」 と思える年金問題の解決案は出されておらず、与党への攻撃に終始している。

他人のアラ探しぐらいしか取り柄のない野党と、後ろ向きな人間の意見が 「 現内閣への批判 」 で一致することが多いのも、そのような事情からだ。

誰に期待しようが有権者の自由だけれど、この状況で 「 与党がダメだったから野党に 」 という流れができてしまうのには、一抹の不安を感じる。






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2007年06月09日(土) 今年 6人目の逮捕者



「 文に秀でていても、徳を欠けば学者ではない 」

                               中江 藤樹 ( 儒学者 )

Np matter how learned yo may be, you are not a scholar if you lack virtue.

                                   Tojyu Nakae



前回の日記に 「 誤り 」 が生じたので、お詫びし、訂正しなければならない。

NHK職員による今週の逮捕者は、「 2名 」 でなく 「 3名 」 になった。


3日前の6月5日、NHKでは制作局のディレクターが快速電車内で女性に 「 ほおずり 」 をし、現行犯逮捕されたばかりである。

ところが6月8日、今度は別のディレクターが電車内で女子高生の下半身を触り、強制わいせつの容疑で警視庁渋谷署に現行犯逮捕された。

たとえば、ずっと前に犯した罪の判決が一斉に出たというのなら、まだ考えられなくもないが、彼らの場合は 「 現行犯逮捕 」 されている。

つまり、同僚の犯した不祥事を知りながら、その話題が冷めやらぬうちに、似たような犯行に及んだわけで、その悪質ぶりは言語道断といえよう。

今年に入って、NHK職員と関連会社の社員が逮捕されたのは 6件目で、今月だけでも 3人が逮捕されているが、一体、どうなっているのだろうか。


本日の逮捕者は、教育テレビで 10代向けの番組などを制作していたが、犯行の動機について 「 女子高生を見かけて欲情した 」 と供述している。

すなわち、彼は 「 欲情の対象 」 を取材したり、ゲストに招いたりして仕事を続けていたわけで、同世代の子を持つ親御さんには薄気味悪い話である。

性犯罪者というのは、概ね 「 性的人格障害 」 を有しているのだが、普段の言動などをよく観察していると、その兆しが現れるものだ。

NHK会長は、お決まりの 「 信頼回復に努め、不祥事の根絶を … 」 などとコメントしているが、懲戒処分の見直しを検討するだけでは改善されない。

短期間に多くの逮捕者を出し、大部分が 「 わいせつ事犯 」 であったことを考えると、今一度、全職員の性向や適正の検査を実施すべきだろう。


税金ではないが、公共放送という立場で 「 国民から強制徴収 」 した費用をもって、NHKは番組を制作し、職員の給与を支払っている。

最近、社会保険庁職員の仕事ぶりや、退職後の待遇が問題視されているのと同様に、その給与は 「 国民の負担 」 であることに国民の怒りがある。

公務員の給与を下げたり、待遇を劣化させると、優秀な人材を集め難くなるので得策ではないが、かといって、むやみに特権を与えることも正しくない。

弁護士の方は反対するかもしれないが、ここは 「 法の下の平等 」 といった原則を破ってでも、公務員、代議士の犯罪には重罰を課すべきだと思う。

たとえば、懲役3年の刑が公務員なら6年になるとか、無期刑が死刑になるといった具合にし、日頃からその厳しさを全職員に徹底教育するべきだ。


給料も安定しているし、退職後の保障も充実している代わりに、ひとたび、不祥事を起こした際には、一般人の倍以上に処罰される仕組みを敷く。

それは 「 国民の下僕 」 として拒む理由のない措置であるし、将来において犯罪を犯しそうな人物は、公務員にならなければよいだけの話だ。

そうでもしないかぎり、総体的な倫理観、各組織の自浄体質は改善されないだろうし、不道徳者が減らない以上、真面目に働く職員も浮かばれない。

公務員、代議士には 「 優秀な資質 」 を求めるのと同時に、国民の模範となるような 「 徳 」 を有する人物を期待するのは、誰もが同じ願いだろう。

民間企業では考えられない 「 半年間に 6人もの逮捕者 」 を出したNHKを筆頭に、組織の浄化や秩序回復を、真剣に考えてもらいたいと思う。






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2007年06月08日(金) NHK は 「 日本変態協会 」 の略だったか



「 むちを惜しめば子供は悪くなる 」

                                  英語のことわざ

Spare the rod and spoil the child.

                                English proverb



叱るべき場面で叱らなければ、子供はロクな人間に育たないという意味。

親による虐待はよくないが、度を越した過保護も困ったものである。


少し意味は違うけれど、日本のことわざに 「 可愛い子には旅をさせよ 」 というものがあり、どちらも、子供の教育には厳しさが必要だと説いている。

昔の人にとって 「 旅 」 とは辛いものであって、現代のようにレジャーとして楽しむような感覚ではなかったらしい。

他にも、「 旅は道連れ、世は情け 」 だとか、「 旅は憂いもの、辛いもの 」 といった言葉があり、旅をする人々の心細さを表している。

実は、英語の 「 travel = 旅 」 も、語源は 「 trepalium = 拷問道具の一種 」 というラテン語で、初めは 「 苦しめる 」 という意味で使われていた。

話が逸れたけれども、古今東西、子供は甘やかせるばかりでなく、適度に試練を与え、愛情と厳しさをもって育てることが望ましいとされてきた。


何歳をもって 「 大人です 」 と考えるのかは、判断の分かれるところだが、たとえば飲酒や喫煙については、その基準を満20歳と定められている。

一方で、犯罪の低年齢化によって、少年法で 「 少年 」 の基準が見直されたり、国政への参加意識を高める為、選挙権年齢を下げよとの声もある。

大人か、子供かという判断は、対象者の 「 大人ぶり 」 に個人差があるし、その対象者を眺めて評価する側の感覚にも個人差がある。

たとえば、25歳ぐらいの若々しいビジネスマンを、高校生は 「 大人だ 」 と思って眺めるが、我々のような中年からは 「 子供 」 に見えたりもする。

だから、社会人になったからといって、それで 「 大人 」 だとは言い切れず、学校とは違う意味で、会社や組織には所属員を教育する使命がある。


この1ヶ月以内に、NHK の職員による 「 わいせつ事件 」 が 3件 も起きていて、度重なる不祥事に 「 組織の体質 」 が問われている。

5月8日、渋谷の路上で高橋アナウンサーが20代女性に抱きつき、下半身や胸などを触り、通報を受けて駆けつけた警察官に現行犯逮捕された。

6月1日には、NHK関連会社のプロデューサーが、16歳の少女に4万円を渡し、わいせつな行為をしたとして、児童買春の容疑で逮捕されている。

6月5日、今度はNHK制作局のディレクターが、快速電車内で30代女性に 「 ほおずり 」 をし、東京都迷惑防止条例違反で現行犯逮捕された。

1ヶ月以内に 3件、しかも後の 2件は 1週間以内に続発しており、罪状はすべて 「 わいせつ 」 というキーワードで共通している。


関連会社などを含めて、NHKには約1万5千人程度の従業員がいるので、その中に素行の善い人間もいれば、悪い人間もいて不思議ではない。

ただ、たとえば トヨタ自動車 には本体だけで約6万5千人の従業員がいるけれども、短期間に 「 わいせつ事件 」 が続発したという話は聞かない。

いづれも勤務時間外の犯行ということだが、これだけ連発すると、従業員に対する日頃の倫理教育や、法秩序励行への指導不足が問われて当然だ。

親が子供に 「 しつけ 」 を施すのと同様に、これ以上の不祥事が起きないよう、厳粛な処罰はもちろん、全従業員への訓告を強化すべきだろう。

NHK は 「 日本変態協会 」 の略称なのか、はたまた 「 エロエッチケー 」 だったかと揶揄されても文句が言えないほど、なんとも不謹慎である。






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2007年06月05日(火) 脱北者の生命力



「 今やるべきことが僕には分かる。

  生き続けなければならない 」

                        映画 『 キャスト・アウェイ 』 より

I know what I have to do now. I've got to keep breathing.

                                   Cast Away



飛行機が墜落し、ただ一人、地図にもない無人島に漂着してしまう。

トム・ハンクス 演じる主人公は、そこから凄絶な試練を体験する。


無人島に着いた彼が、最初に思い知るのは、水、食糧、明かり、火などの 「 生活上の必須アイテム 」 を得ることが、なんと難しいかということである。

日頃、当然のように享受している文明から切り離され、風、波、雨、太陽、闇が支配する自然の中に、裸同然で放り出されたら人間はどうなるか。

敵は自然の脅威だけでなく、有り余る時間と絶望の中で心を通わせるものが何もない 「 孤独 」 に耐えなければ、そこで生き残ることはできない。

主人公は、怪我や、病気や、自殺への誘惑と闘いながら、4年後、たまたま流れ着いた簡易トイレの壁を筏の帆にして、奇跡の脱出に成功する。

生きてこそ、絶望の中に希望を見出すことも可能であり、たとえ何があっても生き続けることこそが、幸運に巡り会う機会を生み出すのである。


青森で保護された 「 脱北者 」 の一行は、北朝鮮当局の目を避けるため、一寸先も見えない濃霧の夜に、小型の舟で出航したという。

粗末とはいえど、彼らの舟には “ 北朝鮮では珍しい ” エンジン が装備されており、けして最下層とは思えない境遇の一家である。

北朝鮮で徹底した反日教育が施されているにも関わらず、最初から日本を目指していたという点でも、国際情勢を知る立場にあった可能性がある。

その彼らが、「 2日に一度しかパンが食べられなかった 」 というのだから、現地の食糧事情は、およそ我々の想像以上に逼迫しているらしい。

所持品には、食糧や毒薬 ( 自殺用 ) の他に、覚せい剤があったことから 「 工作員説 」 も否定できないが、それでも彼らは自決せず生を選んだ。


悪天候を承知で出発したが、最初の4日間は海が荒れて、食事はおろか、眠ることも、会話さえもできなかったらしい。

外交問題はともかく、特殊訓練を受けた屈強な若者ですら困難な航海を、老人や女性を含む彼らが、よくぞ生き延びて辿り着いたものだと感心する。

彼らが保護された青森の漁港関係者は、一様に 「 奇跡だ 」 と驚いているが、その奇跡を呼んだのは、彼ら自身の強い生存本能にほかならない。

命を懸けて辿り着いた 「 この国 」 に、寝食に不自由なく、人並みの仕事が出来ない程度の理由で自殺する人間が多いのは、なんとも皮肉な話だ。

贅沢に慣れすぎたせいか、少しでも自分の思い通りにならなければ、すぐに絶望してしまう風潮は、いずれ民族全体の脆弱さとなってしまうことだろう。


友人に、車椅子で30年間生活している人物がいるけれど、彼は常に働きたいという意志があり、雇用に恵まれないときはボランティアをしている。

かたや、身体的に何の不自由もない御仁が、「 汗をかくから嫌だ 」 という理由で、会社に行きたくない、仕事が嫌いだと愚痴ばかり吐いている。

そのあたりは、境遇の差というより 「 情熱の違い 」 であって、どんな恵まれた環境にあっても、情熱のない人は何も出来ないのである。

最近の精神科医は、そういう人たちを簡単に 「 鬱病 」 の一言で片付け、社会も受け入れるようになってきたが、はたしてそれでよいのだろうか。

いざという時、つまり、「 病気だからといって、誰も助けてくれない 」 状況に追い込まれたとき、彼らを無力化させた責任を誰がとるのだろうか。






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2007年06月04日(月) 日本人の国際感覚



「 願わくはわれ太平洋の橋とならん 」

           新渡戸 稲造 ( 農学者、教育者、国際連盟事務次長 )

My wish is to become a bridge over the Pacific.

                                  Inazo Nitobe



その昔、まさに 「 太平洋の架け橋 」 となった偉大な先駆者である。

旧紙幣における 「 5千円札の肖像 」 として、ご存知の方も多いだろう。


日本のためではなく、国際連盟の精神を普及させるために、新渡戸稲造はヨーロッパ各地で講演を重ね、功績は 「 ジュネーブの星 」 と称えられた。

もう一つ、彼の名を世界中に知らしめたのは、全篇を流暢な英文で記した名著 『 武士道 ( Bushido : The Soul of Japan ) 』 である。

アメリカ人の女性を妻とした彼は、日本について様々な質問を受けることが多く、 「 では、本を書いて説明しよう 」 というのが、執筆の動機だった。

農学、法学博士としての該博な知識も駆使し、西洋の人々が理解しやすい例をふんだんに使って、日本固有の武士道精神を見事に解説している。

このような立派な人物を 「 5千円の人 」 としか認識していない人が多いという事実も、日本人の国際感覚が希薄なことへの表れなのかもしれない。


英誌エコノミストの調査部門である EIU は先日、世界121カ国を対象とした 「 平和度指数 」 を初めて発表した。

その結果、1位はノルウェーで、2位がニュージーランド、3位デンマークと続き、日本は主要8カ国 ( G8 ) 中では最高の5位にランクされた。

日本については、第二次大戦後、隣国とは緊張関係があるものの、政治的に安定し、治安が良好な点が評価されたという。

ちなみに他の先進国を比較してみると、イギリスが49位、アメリカが96位、ロシアは118位なので、日本に対する評価がいかに高いかがわかる。

下位では、イスラエルが119位、スーダンが120位、最下位はイラクだが、北朝鮮については 「 データ不足 」 として調査の対象外にされた。


平和国家として認められることは、たしかに誇りともいえるのだが、指数を数値化した根拠について、いささか疑問を感じてしまうところが大きい。

この平和度指数は、各国の犯罪傾向や、軍事費の国内総生産 ( GDP ) 比など全24項目が審査されたが、「 国際貢献度 」 は含まれていない。

つまり、その国自体は平和であっても、国際間の秩序を維持したり、他国の紛争を調停したりした功績が、一切、評価されない仕組みなのである。

他国がどうあっても知らぬ存ぜぬで、いわゆる 「 対岸の火事 」 を眺めている姿勢を 「 平和国家 」 と呼ぶのには、どうも抵抗を感じてしまう。

経済的、軍事的役割が小さい国の場合は、それでも 「 平和のお手本 」 として認められるが、G8 の姿勢としては、別の問題があるように思う。


ユダヤ人が頭の良い民族で、世界各地で多分野にわたり活躍していることは、いまや万人の知るところである。

流浪の民だったユダヤ人は、世界をさまよいながら 「 唯一の財産は知恵と知識 」 という認識を強め、昔から教育に力を注ぐ習慣が備わっている。

特に、語学力については ピカイチ で、二つ以上の言葉をマスターするのは当たり前だし、行った国の言葉をすぐにマスターできる特技がある。

昔、留学中に知り合った友人も、仕事を通じて知り合ったビジネスマンも、頭の良さそうなのは概ねユダヤ系で、すぐに片言の日本語を覚える。

また、「 これを日本語では何と言うの? 」 という質問を投げかけてくることが多いのも、ユダヤ人と交流すれば気付く特徴である。


たまに、「 一つの事柄を、二つの言葉で考える 」 と、一つの言葉だけでは見えないものが見えてくるような気がする場面がある。

ユダヤ人の頭の良さと、バイリンガルでものを考える習慣には、なんらかの因果関係があるように思うし、言語により微妙に言い表せない違いもある。

この日記では、毎夜、冒頭に著名人の名言を引用させてもらっているが、原語と日本語訳 ( 日本人の場合は逆 ) を必ず掲載している。

たとえば、日本人の話す 「 平和 」 と、欧米人の思い描く 「 Peace 」 とは、細部まで同じ意味なのかというと、そうではないようだ。

昔気質の護憲一辺倒な人が減り、日本の国際貢献を気にする人が増えてきたのは結構だが、もう少し日本人は 「 国際化 」 の必要がありそうだ。






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2007年06月03日(日) 民主党政権になると年金問題はさらに悪化する



「 記憶力の悪さほど、政治の世界で重宝なものはない 」

                 ジョン・K・ガルブレイス ( カナダの経済学者 )

Nothing is so admirable in politics as a short memory.

                           John Kenneth Galbraith



どこがと訊かれても返答に困るが、やはり 長澤まさみ ちゃん は可愛い。

先日も 「 20歳になりたくなくて、泣いちゃった 」 そうである。


最近お付き合いしている 「 あと数年で三十路を卒業する 」 角度によっては 長澤まさみ ちゃん に似た彼女にその話をし、同意を求めてみた。

すると、キレイなお姉さんは怪訝そうに敵意のこもった 「 ハァ? 」 てな表情で、「 その話の、どこが可愛いんじゃい 」 と、たいそうご立腹である。

こんな時は、「 いやいや、若い子も ( というか、若いほうが ) 可愛いけれど、すねて甘える大人の女性も可愛いよ 」 と、ご機嫌をとるのが望ましい。

この際のポイントは、「 個人 対 個人 」 の比較から 「 集団 対 集団 」 へと焦点を移すところであり、その作業を怠ってはいけない。

トップアイドルと一個人が比較された場合、「 まず勝ち目がない 」 と相手は憤慨するので、「 20歳 対 熟女 」 という集団比較に話を変えてしまうのだ。


いまでこそ、女性と親しくさせていただくことに抵抗のない私だが、これでも高校生の頃は 「 硬派 」 で知られており、まったく オクテ だった。

そんな私に、クラスの女生徒たちが立ち上がって 「 TAKA に彼女を 」 と、ご親切に 「 相手を セッティング してやろう 」 とされたことがある。

第一段階として、私の好みを知るために、クラスの キレイどころ が5人ほど前に現れ 「 この中では誰が好み? 」 と、答えに詰まる質問を尋ねられた。

そんなことが堂々と言えるのなら 「 硬派 」 で苦労してないし、第一、そこで誰かを選ぶと、後々、カドが立ったり、面倒な話になるのは明らかだ。

窮地に追い込まれつつ、一応、それぞれの容姿を眺めていると、そこには 「 女のプライド 」 が漲っており、ヤケドしそうな火花が飛び散っている。


そこで私は、ふと 「 誰がとは言えないけれど、うちのクラスの女子は平均的にレベルが高いよね 」 と、奇跡に近いナイスな回答を放った。

けして、上手に切り抜けようと画策したわけではなく、その場で感じた自然な感想を呟いたことが、結果的には最善の答に辿り着いたのである。

この発言は全女子に好評で、気まずさを解消できたうえに 好感度アップ を果たせ、その後の学校生活を快適に過ごせる一助となった。

個別に全員を喜ばせることは難しく、誰かを特別扱いすると、別の誰かの嫉妬や怒りを買う場面も多いが、集団を評価し称える方法がある。

いわゆる 「 組織票を獲得する 」 というのは、このことかと思い知った実例で、はるか数十年も前のエピソードだが、いまも印象に残っている。


年金に関する社会保険庁職員の仕事ぶりは 「 あまりにもお粗末 」 と言わざるをえず、マスコミも必要以上に煽るので、国民の多くはお怒りである。

安倍首相は、年金問題を選挙の争点にしたくないようだが、いまのところ、よほどの事態が起きないかぎり、有権者の関心は年金問題に高い。

当然、ここぞとばかりに野党はこの問題を追及するわけだが、党首討論で小沢代表は 「 私は年金に詳しくないですが 」 と大々的に失言を発した。

また、そもそも年金の現行システムが確立された1996年当時に、その任にあたっていた厚相は 「 現在、民主党代表代行の 菅 直人 氏 」 である。

国民の社会保険庁に対する怒りや、監督する内閣、与党に対する失望はごもっともだが、民主党に任せたら 「 さらに最悪 」 の事態が予想される。


2年前の参院選は、小泉前首相の個人的な求心力で自民圧勝という結果に終ったが、安倍首相を旗印として同じ戦い方をすることは望ましくない。

今回は、有権者の年金問題への関心度に着目して、「 野党に何ができるのか、与党は解決できるのか 」 を焦点にしたほうが、自民に有利だ。

実際、年金問題がおかしくなっちゃった要因は、体制や、システムを大幅に変えたタイミングに集中しており、政権交代は解決を遅らせやすい。

現行の管理体制や、職員たちにも問題はあるが、本気で解決を望むなら、上も下も変えずにじっくりと、地道に作業にあたらせたほうがよいだろう。

どんな過去の失策が現状の問題点を招いたか、現在、民主党の首脳部にいる人たちがどのように関与したのか、それを記憶しておくべきだ。


すべての人が満足してはいないけれど、国家全体に対する安倍氏の思想については、その著書がベストセラーになるほど、極めて支持が高い。

以前より、憲法改正に賛成する人が増えていることなども、その裏づけだと考えてよいだろう。

しかし、容貌のせいでもあるのか、強気の発言をしている割には印象として 「 力強さ 」 がなく、どうにも個人的な求心力は低いようである。

次の選挙では、首相本人が前に出ることを抑え、自民党として何ができるか、民主党に何ができるのか、という姿勢で臨むほうがベターだろう。

選挙にも、個人戦が有利な場合と、団体戦が有利に働くケースがあって、内閣支持率の低迷ぶりをみても、どちらが得策かは明らかである。






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2007年06月01日(金) 年金問題の現実的な解決法



「 働きたくないというのなら、働かなくてもすむだけの

  お金をつくるために、働かなくてはならない 」

                      オグデン・ナッシュ ( アメリカの詩人 )

If you don't want to work you have to work to earn enough money so that you won't to work.

                                   Ogden Nash



せっせと働いて分相応の暮らしをすれば、さほど惨めな結末には至らない。

それが日本の良さであり、北朝鮮やイラクとの決定的な違いである。


ただ、それぞれの家庭には事情があり、長く働いても蓄財できないケースや、高齢などの理由で働けなくなった途端、生活に窮する人もいる。

年金というものは、本来、社会保障の一環であり、生活に困っている老人や、あるいは自分がその立場になったときの 「 救済的役割 」 を持つ。

ところが、銀行預金や株の売買と同じように、個人的な 「 投資 」 だとする認識が強いため、将来、自分が損しないかと不安になる人が多いようだ。

実際、私の周囲を見回しても、「 年金なんか要らないじゃないか 」 と思える富裕層までもが、しきりに年金問題を気にしている有様である。

年金問題を解決する最善手は、社会保障の原点に還って 「 本当に必要としている人だけに支給する 」 ことであり、人々の認識を変えることだ。


一般的に 「 年金暮らしの老人 」 と聞けば、貧しいイメージが定着しているけれど、実態は、年金生活後に 「 平均 2千万円 」 の貯蓄をされている。

もちろん、すべての人というわけではないが、現行の制度では、たとえ莫大な財産を持っていても、加入暦と高齢だけの条件で受給資格が得られる。

年金の給付を 「 当然の権利 」 とせずに、「 経済的弱者への社会保障 」 という観点で眺めれば、お金持ちにまで支給する必要はない。

たとえ長年に亘り高額の掛け金を支払ったとしても、生命保険と同じように 「 給付を受けないで済んだことが幸福 」 なのだと解釈すればよい。

仕事は楽しいので、元気なうちはバリバリ働きたいと思うが、たとえ働けなくなっても年金を受け取らずに済むだけの蓄財を、私は目標にしている。


まず、「 自発的に年金受給を放棄する人 」 を募り、次に第二段階としては 「 受給の必要がない人 」 への支払いを制限する。

これだけで、少子高齢化の影響を受けながらも、年金問題の大部分は解決するはずであり、少なくとも当面、原資が枯渇する事態は免れるだろう。

掛け金を支払った全員に返そうとするから、少子高齢化により 「 受け取る老人が増え、支払う若者が減る 」 ことへの危機感が大きいのだ。

けして 「 老人 = 経済的弱者 」 ではないのだから、高齢者じゃなくても働けなくなった人には保障を施し、全体で助け合う社会が望ましい。

私は、実力主義、成果主義には大賛成だし、結果、格差が生じてもやむを得ないと考えるが、並行して社会保障制度を充実させることに異論はない。


現役時代は他人と競いあって、自分の限界に挑戦するほど働き、頑張った人は相応の対価が得られ、怠けたり、すぐに弱音を吐く人は冷や飯を食う。

ただし、隠居生活に入ったら、蓄財があって受給の必要などない人までが年金を受け取らず、それが 「 自分の権利 」 であっても潔く他人に譲る。

私は、そういう世の中こそ理想ではないかと思うのだが、いまは、まったく逆の発想で、中途半端な公平論と、やる気のない人間で溢れ返っている。

現役時代には満足に働かず、仕事の不平不満ばかりを愚痴り、頑張って成功した人間を嫉んでは陰口を叩き、己の給料が他人より少ないと怒る。

そのくせ、現役を引退したら年金はちゃっかり受け取り、自分より困ってる人々に施すこともないというのが、現代日本の病んだ実態である。


いま、社会保険庁のずさんな管理が露呈し、国会でも問題になっているが、安倍内閣はこの問題をもっと重要視して、早急に対応すべきだろう。

国民の多くは、憲法改正やら、教育基本法やらよりも、年金問題に関心が高く、それを見誤ると支持率はさらに低下し、次の選挙にも影響する。

幸い、民主党の小沢代表が、年金問題を参院選の争点としながら 「 私は年金に詳しくない 」 と失言してくれたが、それで安心してはいけない。

原資の不安には、受給資格のハードルを上げるなどの具体策を講じ、社会保険庁へは、「 国民のお金を大切に管理しなさい 」 と激を飛ばすべきだ。

選挙が近くなり、与野党ともに対決ムードも高まっているが、年金の目的と現実的な運用について再提案し、国民に理解を求めることが重要だろう。






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