平素に在り

2003年10月30日(木) 秋風が吹く♪

「人間は泣きながら生まれてくる」
  ・・・・シェークスピア

昨日も書いたが、理由もなく哀しいのである。

長男6歳・長女3歳・同い年の妻。
皆、健康・経済的不安なし・・・
幸せなのである。
でも、あどけない健康な子供たちや、自分の体力、
子供たちの祖父母である両親が健在、
この状態は永遠に続くものではないのだ。

だからこそ、大切にしたい。
こんなに感傷的になるのは、鬱とは違う。
きっと、少しだけ年をとったからかな。

今日は、職場の後輩であるしば子さんと会った。
というか、もうすぐ合併して同じ会社となるのだが・・

私のほうは、年の差も感じないで(幾つだったけな?)
自然に会話できるのが、嬉しい。
ちょっとだけお洒落なレストランもたまにはいい。

昼間は、ついに「座頭市」を観た。
序盤から、次第にテンポがあがり、
比較的上出来なエンターテイメントに仕上がっていた。

テンポが上がるのがちょっと遅い気もするが・・
北野武も生死を彷徨った経験から明らかに
芸風が変わり、著書なんかでは常人では理解できないような
難解な死生観を著したりしていた。

なんだか、それが判るようになってきちまったんだよ、
それが・・・

善人にも悪人にも何の区別もなく、時期もなく
「死」ってやつがやってくる。
その時の心構えってやつができているかどうか。

前にも書いたが「人生は悪しき冗談である」(ゲーテ)
みたいに、懸命に生きるが執着しない生き方。

だが、結婚し、子供を持ち守るものが増えると
愛情すなわち執着は強まるばかりで、とても
坊さんみたいにはなれない。

きっと、楽しいけど哀しい
そんな人生を「刹那的」に生きていくんだろうな・・・



2003年10月29日(水) 休養日

っていうか、この3ヶ月間休養してたんだけど。
つまり、運動もせず・ダイエットもせず。

柄でもないんだが、秋って寂しいんだよな、
理由もなく。哀愁って哀れな秋の心って書くじゃん。

天気予報によると、明日は年に10日くらいしかない
絶好の晴天だそうだ。そんな日に屋内のジムに行くのも
もったいないし。

新宿御苑あたりか、はたまたまだ行ったことの無い
六本木ヒルズにでも行くかな。

なんだかまったりしてきたぞ。
鬱じゃねぇだろうな!
出て来やがんなよ、ここへきて。

11月4日に産業医の面接だ。
復帰はその後人事部の許可が
でてからだ。



2003年10月27日(月) 復職1週間前

今日は、映画を観た。
ブルースウィルス主演の戦争ものだ。
たしか、「ティアーズ・オブ・ザ・サン」とかいったな。

ヤフーの情報で、評判がよろしかったので
イクスピアリまで行って観た。

まあ、特に心に響くものが無い。
世界の警察アメリカ在り!って臭いがきになるかな。
最近のハリウッド映画の傾向だな。

戦争そのものに対する疑問は全くなく、
戦って勝ったものが正義、みたいな考えが
いまのアメリカだな。

ダイエーの優勝は喜ばしい。
最後は実力の差が出た妥当な結果。

映画の帰りに、本屋に行った。
新しい趣味として、写真をやってみたいので
カメラ関係の本を買う。

あとは、「夏目漱石を読む」という評論本を買う。
最近売れている本も、探してみたが、
特に興味惹く本もなく、逆に「粗筋で読む名作」
みたいな、滑稽な本も出て、世も末かと思った。

あとは、ビジネスのノウハウものとか、
判りきったことをもっともらしく書いた
本ばかりで、最近の活字離れも仕方なしとの感想。

特に「銀座のママが見た出来る男の・・・」
とか、「祇園が観た、・・・・」
なんてのは、最低だな。

大体そんなものは、公表するべきものではないし
客を馬鹿にした見下した印象だ。
何様かね、奴らは。

高い金、いや法外な金を頂戴して
それだけのサービスができる店や、ママは
いないよ。

そんな本を見て、出来る男を演出しろとでも
いうのか。
大体、できる男ってなんだ。仕事か?
まあ、高い金払って飲んでいる客に
ろくな奴はいない。(自分もそうだ)

題名見るだけで、嫌悪を覚えた。

あとは、自分の成功体験を自慢げに著したものや
判りきったことを得意げに書いたものばかりだな。

ほとんどが、上滑りで魂がはいってない。

偉そうに、批評している自分もたいした人間でも
無いのだが。今は、綺麗な写真とか、画とか
風景とかが自分の心に響く。

だって、読書って、自分の共感できるとこだけ
気に入って、あとは切り捨てていることが多いから

読書は道楽の一種だな。見識を広めるなんて事は
幻想だ。受け売りが上手になりどんな話題でも
一通りついていけるようになる薄っぺらな
営業マンには最適だ。(自分がそうだった。)

自分も文章の下手さに嫌気がさしている。
その点、写真なら心が動いた一瞬を残せるし
視覚で訴えるだけ、出来の悪い脳みそを
仲介しないので、心に響く。




2003年10月26日(日) 心技体

「自分で支配していると思っているとき程
  そのものに支配されているものだ」

一時、「7つの習慣」という本を読み、
えらく感化され、実践を試みた。
・・無理だった。

ある人の成功体験は、ほかの誰かの成功体験
にはならないのだ。
特に、西洋的思想と東洋的思想の相違がある。

日本が誇れる文化といえば、(アニメーションなどもあるが)
思想で言えば、仏教であろう。インドから中国を経て
日本で独自に庶民に根付いた。

現代日本人の無意識のなかで、その思想はまだ生きている。
(そのことは、日常用語でいかに多く仏教語が使用されているかを
 みればわかる)

「人は知らない時にのみ、知っていると言える。
  知れば知るほど自分が知らないことに気づく」

つまりだな、人間の生も宇宙の1現象で、花が咲いて
散るのと同レベルでみるのだ。

無常感に苛まれ、努力を放棄することを良しとはせず
無常を知りながら、刹那に充実を求めることが大切。

ちなみに、仏教(真言宗)には現世の善悪を全く
無視する。逆に、悪人こそ救われるべきという思想が
根底にある。

いろいろ勉強すると、奥が深い。
ちょっと仏教にはまってきたようだ。

さて、本日は七五三の儀式。
両家から祖父母が来て、にぎやかな
平和な一日でした。
平凡そうな一日だけど、同じ人間が同じ状況
で会うことは二度とないそうだから、
こういう日もとても大切だと思った。

父も母も年取ったし、こういうのが何年も
続ける事はできないかと思うと「良い日」だったと
しみじみ思います。

話変わって減量。76kgが定着。
実に8月の薬の副作用で苦しんでいた時が90kg
だから14kg減った。
おかげで、テニスの方も大分感が戻ってきた。
来月は、市民大会(100名以上がエントリー)
に出場。優勝するぞ!

話変わって、日本シリーズ。
尊敬する王監督のダイエーが勝ってうれしい。
だって、王さんと星野さんじゃ、器が百倍くらい
違う。戦うのは選手だけど・・・・
3勝3敗だが、まぁ楽しみましょう。
でも内容的には、ダイエーの野球のほうが
筋が通っているというか、味がある。
阪神は、勢いのみ!・・これでは連覇は
無理だろう。ダイエーは少なくともしばらくは
毎年優勝争いをするだろう。



2003年10月25日(土) 何もしない日

一人で暮らしていると楽である。
家族でくらしていると楽しい。

妻は風邪気味で昼寝。
長男が頭痛を起こし、病院へ。
念のためCTスキャンもとった。

家族を持つと、心配事が増える。


11月から仕事に戻れてほっと
している。この休職中で決めた事。

・「余心」・・つまり、心に余裕を持つ事。
       1つの事柄に捉われて没頭しないこと。
       起こったことを素直に受け入れること。

・「自分で出来る事」だけ気にする事。
       自分で変えられない事象は無視すること。

・「今」 に集中する事。
       後悔はなんの役にも立たない。
       後々自分が心を乱すような事柄から逃避する事。

・欲望には限りが無い。欲望の奴隷になるか、自制して欲望を
 支配するか。金はいくらあっても足りない。欲望を自制すれば
 金が少なくても満足は大きい。

・情報過多にならないこと。
       日経3誌を毎日読んでいたが、その悪習を断つ。
       身近な出来事・風景だけ気にしていれば良い。

・経済的窮状ではないので、かといって大金持ちでもないが、
 あくせくしないこと。仕事は入れ込み過ぎないようにやること。

これまで出来なかったことばかりだ。


 大体、人間が自分の力で自由になるものなんてあるんだろうか?
 躁鬱病なんて経験すると肉体ばかりか、心の持ち方も自分の意志
 ではままならない。
 自分の意志に関係なく生まれ、死にたくないのに死んでいく。
 時が経てば老い、健康に気を遣っても病気になる。
 いわゆる生老病死は仏教の四苦。

 いろんなものに執着し、愛する人が増え、そんな人とも
 必ず別れが来る。いったい生とはやはり「苦」そのものだ。

 「刹那主義」とは悪い意味(後先考えず、今さえ充実していれば良い)
 で耳にするが、今の充実なくして何があるのだろう。
 頭の中には、いろんな予定や計画や義務が混在しているが、自分ができる
 のは、この刹那に1つのことである。

 幸い両親も存命であるが、必ず死がくる。愛する子供はいとおしくて
 しょうがないが、やはり順番から行けば自分の死によって別れるとき
 がくる。

 愛や執着が大きいほど、悲しみも大きいのだ。
 だから、刹那を大切に幸せを感じて生きて行きたい。

 「黄泉がえり」って映画をレンタルで観た。
 映画として造りは、大雑把だったが、何故か涙が出た。
 自分にとって黄泉がえって欲しい人って誰だろうとか考えた。

 小学生の時に祖父が自宅で老衰で亡くなった。
 苦しみもせず、最後に微笑んで息を引き取った。
 「泣いた僕ら兄弟に、「悲しんだらおじいちゃんが
 辛くて天国にいけなくなるよ!」って父親が言った。

 婚約者が自殺した時、葬式の焼香も遺族に拒否され
 辛かった。死に顔を見れなかった。
 
 それから・・自分は「人生は短い。悲しんでいる時間は無い。
 と考え、何をするにも極端に走るようになった。
 瞬間・瞬間に燃焼し、輝く事に美を見出すようになった。

 それが、今。少しずつ何でも在るがままに静かに受け入れようと
 思うようになった。
 「こんなに苦しい人生、自分の意志でなく、他力によって
  生かされているとしか思えない。」
 ただ、両親の子供として、妻の夫として、子供の父親として
 出来が悪くても、生きているだけでものすごいことだって
 思えてきた。

 とても、煩悩からは開放されないだろうが、人生は出会った
 瞬間から常に別れの時が近づいているものだって思うと、
 ちょっと違った生き方ができると思うんだ。
 良い意味での「刹那主義」瞬間・瞬間の連続が人生であり、
 過去には戻れないし、未来も予想できない。

 だから、平凡なことを非凡にやっていけばよい。
 金も名誉も要らない。何かを得ようとして「今」を
 生きるより、「今あるもの」をしっかり感じて生きるほうが
 幸せだな・・・・・・・・



2003年10月24日(金) 復職

ついに、主治医から復職OKがでた。

ついでに、本日は合併後新会社2004年1月1日付
異動の内示。・・・・異動なし。

復帰早々に地域総合職へ申請の予定。

体重が90KGから76KGになって、
会社のみんなに「痩せた」と言われた。
こういうのって、影では「ガンなんじゃない?・・」
とかいわれるんですよね。

今日もウォーキング1時間。
なんと船橋駅前で飲んだあと、
徒歩で津田沼の社宅まで帰ったのです。

今週末は、長女の七五三で両家の
祖父母大集合!



2003年10月23日(木) 復職なるか

明日、診断書にて復職可否の判定が下る。

自身としては、気分の波はあるものの、
通常の人間の範囲内と思われるし、
復職可能と感じている。

昨日・今日とイクスピアリへ行った。
平日なのにそこそこの人出。

様々な小奇麗なショップがあり、
ひやかしで覗いても気分が良い。

最近、キャノンのEOS KISS DEGITAL
を購入したので、素敵なフォトフレーム
を、購入。卓上の雰囲気も変わって
気に入った。

今日も無事に過ごせたことを
感謝して、眠りに就きます。



2003年10月21日(火) 下手な考え休むに似たり

やたら気が利いちゃったり、
知識がついちゃったり、
するから疲れるんだな。

それから、過ぎた事を後悔したり
未来を憂いたりするから落ち着かない。

「 「過ぎてしまったこと」や、これから「やってくること」
に、心がとどまってはいけない。人は、常に「たった今」に
生きるべきである。そして、その「たった今」を理解し、そこに
存在する素晴らしい世界に気づくことが大切なのだ」・・・仏陀

同じようなニュアンスで、

「処世のおきて」
気持ちよい生活を作ろうと思ったら、
済んだことをくよくよせぬこと、
滅多なことに腹を立てぬこと、
いつも現在を楽しむこと、
とりわけ、人を憎まぬこと、
未来を神にまかせること。・・・・・・・・・・・・・・・ゲーテ

11月から復職できそうな気配だが、
高等遊民のように、自然に遊び、芸術に触れ
食べたい時に食べたいものを食べ
寝たいときに寝たいだけ寝る。
・・・もう1ヶ月くらい休みたくなってきた。

あとは・・・無為にボーッとする時間が
もう少し欲しいかな。
それにしても、恵まれている。
休んでも口座にはちゃんと月給が振り込まれている。

慣らすために、用も無いのに会社へ行ったら、
まだ机がちゃんとある。

2週間に1回は、親から「金が必要ならいつでも言って来い」
と電話がある。

先日、幼馴染の弁護士と話をした。
丸の内に事務所を構え、三菱大企業を顧問とする
安泰な事務所に所属している。

彼は、中学で父親が急死し、苦学のうえ大学卒業後
6年目で司法試験に受かった。
いまでは、高収入だが、鎌倉の実家は借家だったので
そこを買って母を住まわした上、毎年百万単位の経済的
援助をしている。そのうえ、妹にもいわくがあり、
援助している。さらに自分で世田谷に高級マンションを
購入したため、ローンもある。

余りに僕と立場が違う。
彼が言うには、「君は君の持っているものを
享受すればよい。あくせくせずに、無理せずに
余裕をもって暮らせばよいのではないか。」

特命係長ではないが、思いっきり窓際課長に
なって、音楽聴いたり・画を観たり、
旅行をしたりしようかと思う。

「知識が深まれば深まるほど疑問も深まる」
老子曰く「学を絶てば憂いなし」
「無為自然」・・良い言葉だね。

きっと大きなバイオリズムがあって、
この1・2年は何もしないほうが
よいのかなって直感的に思います。

復職するのも、どうしても
妻や家族・親戚を安心させたいって気持ち
が働いて、あせってしまう。
悪事を働いているのではない。
確かに、心配や手間をかけているが
悪意のある心で傷つけたわけではないのだ。



2003年10月20日(月) 歩く(ウォーキング)

昨晩、子供達が寝静まった時刻に
妻とウォーキングをした。

私は、自分の病気に有効なことが判明したためであり、
ほぼ毎日続けている。

妻は、減量のためにはじめた。
早速本日筋肉痛に悩まされていた。

そういえば、自分も歩き始めのころは
膝や足首が痛かったり、筋肉痛になったりした。

いまでは、単なる痩身目的だけでなく、心肺機能強化
のため、ジョッギングをしたり、数種類のステップトレーニング
を混ぜながら続けている。

とにかく、ウォーキングには、様々な効能があるようだ。
脳の活性化。(酸素供給増大による)
あるいは、運動機能に脳が集中するので、脳内のバランスが
とれたり、「何も考えない状態」を得られたり、
思わぬ着想が湧いたり、爽快感が得られたりする。

・・・・・
なんだか、仏教の本を読んだり、
五木寛之の著書を読んだり、
ゲーテの格言集を読んだりしていると、
随分気が楽になった。と同時に
躁とか鬱とかと戦うのではなく、
共存していくしかないのかな、と思った。

「人生は悪しき冗談なり」・・ゲーテ



2003年10月19日(日) ヒルトンホテル

で過ごした1週間。
基本的には、ジムとサウナを毎日。

あとは、表参道あたりをブラブラ。

新宿はすごい雑踏だ。
混んだ電車も久しぶりに乗ったが
やはり疲れる。

「閑」(かん)のある生活 という本を
読んだ。なんでも一昔前に「清貧の思想」とか
いうベストセラーを著した作家だ。

生活を単純化し、する事を少なくし、
社交もできるだけ控え、心乱すものから
遠ざかれ・・のような内容。

筋が通っているようだが、どうもしっくり
こない。もともと定年後の過ごし方を書いた
ようなので仕方ないのかもしれない。

「心の平安」がお金や名誉や見栄えでは
得られないのは良くわかる。
だが、自分が生きていくのは俗世間であり
資本主義の中の労働者という搾取される立場
であり、家族を養わなくてはならず、
嫌な事でもやらねばならない。

子供が病気になれば右往左往するし、
嫌な仕事があれば、暗い気持ちになるし
お金は株で儲けたいし、痩せてかっこよく
なりたいし、・・つまり心休まらない立場
なのだ。

出家でもするか、大富豪になるかしなければ
この忌まわしい俗世間で労働し、心向かない
事もやり、常に不安や心配や嫉妬や欺瞞に
晒されていなければならない。

ただひとつ考えたのは、「心の平安」は無理でも
「心の余裕」なら、可能かなと思う。

考えても無駄な事は考えない。
明日の事は運命に任せる。
欲望には限りがないので、何事もやり過ぎない。
好きな事を中心に生活を考える。
できるだけ自然に触れる。
できるだけ、自分の本心に逆らう事柄や
心を乱しそうな事柄から逃げる。

「囚われない心」とでもいうか、
今までの自分のように、「全力投球」
「全身全霊を込めて・・」というのは
やめにして、淡々と生きていこう!

人の役に立とうとか、世の中のためにとか
大義名分は必要ない。おそらくそんな事が
出来ると考える方が慢心なのだ。
単に、俗世間上役に立っているだけで
本当に魂を救えるのは、なんでもない自然だったり
無意識に発せられた言葉だったりするんだろう。

と言いつつ、また悩むんだろうな・・・



2003年10月13日(月) 運動会

結局、運動会の席獲りのために
5時過ぎに起床。
コンビニ寄って、正門前に行くと
既に10人以上並んでいた。

新しく買ったデジカメで
バシバシ写真を獲りました。

カメラはオートフォーカス一眼レフ
だが、スポーツモードの連写とか、
絞りやシャッタースピードの調整など
マニュアル機能で、かなり奥が深い。
カメラも趣味のひとつになりそう。

今日は眠いので早く寝ます。



2003年10月12日(日) 運動会延期

息子の運動会の席獲りの
ため、明日は5:30起きだ。

昨日買ったEOS KISSは
すこぶる調子が良い。

走る姿を連写機能で撮ると
動きのあるシャープな写真となる。

今日は、幕張ガーデンウォークと
海浜公園で家族で過ごした。

「心の平安」のため
・自分の力の及ばない事象に腹を立てない。
 (例えば渋滞・マナーの悪い人々・他人の行動)
・不動の心を持つため、動揺を誘いそうな物事から
 逃避する。それでも世間ではそういう事柄に溢れている
 ので、そういった事象に囚われない・切り捨てる。
 つまり、心に余裕が必要。
・自分だけ「心の平安」を得ても一緒に過ごす人も
 そうならなければならない。そう努める。
・ゲーテ曰く、全ての人間には神様が大切な能力を
 与えてくれた。それは「浅はかさ」である。仕事・
 嗜好・趣味・道楽、あらゆるものを試みて「いっさい
 が空である」と感嘆をたらす。その強靭さ・活動力。

つまりだな、俺はサラリーマンが嫌いで、今の仕事も
嫌いで、会社は良い会社だと思うがつまらない。
子供が、大学にでも入ったらおいしいパン屋さんでも
開き、客が喜んでくれるような生活をしたいのだ。
生活のために、無理やり働いて、しかも心の向かない
事を、速さと正確さで評価され搾取される労働者なので
ある。

結局、投薬で対症療法はできても、生活・習慣・物事の
捉え方を変えないかぎり、再発するのだ。

なんだかな・・・心がふわふわして落ち着かない。
鎌倉や箱根では、自然に抱きかかえられて、
ふつふつとエネルギーを感じられたが、街に出ると
雑踏や煩悩・猥雑・騒音、これらは活気でもあるが
やはり磨り減るのだ。「俗物図鑑」という筒井康隆
の本があったが、(おそらく彼も躁鬱病だ)世俗を
極めると超俗に達す、みたいな逆説もあったな。

吉凶禍福競いておのおの、これをなす。一人も
怪しむものない。

・・・・・思考を止めたほうが楽だな。

そういえば、ビートルズのLET IT BE(なすがままに)
は、浄土真宗の「他力」に通ずるものがあるな。

目標をもって、こつこつ日々を積み重ねて
も、結果は神のみぞ知る・・・
たぶん、自分の心の奥底で感じていることと
日々の行動が一致していないと病気になるのだろう。

今週からは、街に出て雑踏に慣れてください、との
医師の指示。
医者は「サラリーマン」として復活する事を前提に
そう言う。高等遊民みたいな生活ができるなら
世俗を離れ、資本主義・拝金主義を離れ
優雅な生活ができるなら「治療の必要なし」と
言われた。

ああ眠い、薬が効いてきたので寝ます。



2003年10月11日(土) ヨーカドー対イーオンとテイク6

わが街津田沼に、今般ジャスコが開店した。
しかも、ヨーカドーに隣接して。

スーパーの2強対決は、消費者にとって
メリットをもたらすので、歓迎だ。

いまのところ、開店2週目なので
この勝負、どうなるかわからないが、
東京への便利なベットタウンとして
市場としては魅力的な街である。

モータライジングを考えれば
車で20分弱で行ける幕張の
カルフール・メルクス・ガーデンウォーク
なども買い物範囲だが、普段の日常品は
やはりこの2店で買うことになろう。

ちなみに、駅の反対側にはダイエー津田沼店
があり、ここも数年前までは同店のNO1売り上げ
だったところだ。

さて、一見、後発のイーオンに軍配が
あがりそうに思われるが。
なにしろ、ヨーカドーは開店25年も経っており、
テナント・床面積・駐車場規模などで劣る。

だがだが、ストックの強いヨーカドーのほうが
企業文化が好感が持てる。
何気ない接客態度があきらかにジャスコを凌駕
している。

個人的にはジャスコはどこか、接客に物足りなさ
を感じる。長期的にみてヨーカドーの勝ちと予想。


まったく話が変わるが、テイク6というヴォーカル
グループが来日する。12月のライブの電話予約
開始日だった。11:00から必死にかけ続け
500回目くらいにようやくつながった。
20:20分。既に土曜日は満席だった。
仕方が無いので2コマほど平日に予約しておいた。

私が聞いたライブで抜群の感動を与えてくれる
アカペラだ。未聴の方は一見の価値あり。
日本のアカペラグループなど足元にも及ばない
声量と旋律。いまから楽しみです。

脈絡もなくだらだらと・・・、キャノンのEOS kiss
を買った。レンズ・三脚など一式23万なり。
明日の息子の運動会で活躍しそうだ。

さらに脈絡なく・・・
仏教の本を読んでます。
入門書とあるが、難解だ。
が、繰り返し読むと、フィーリングが
なんとなくわかった気がする。

他力・念仏・浄土・美など
実は生活に密着した大衆の宗教
であり、心の病の私にはぴったりくる部分もある。

動じない心。
平凡を非凡に継続。
反復が他力を生む。

さらにますます脈絡なく・・・
木曜日に箱根ガラスの森美術館にいった。
ベネチアンガラスが展示してある。

14世紀〜20世紀の作品がどれも華麗で
緻密で、とても人間業とは思えない美しさだ。
ベネチアンガラスの職人は、ある島に隔離され
王より、無理難題の要望を実現すべく腕を磨いた。
技術が他国に漏れるのを防ぐため、脱走者には
刺客が送られた。

名も無い職人の作品が究極の美を生む。
仏教では、これを凡人が反復により
他力を呼び、反復が才能を凌駕し、
自分が自分で造るのではなく、あたかも
仕事が勝手に仕事をする境地だという。

名の売れた画家の画を寵愛し、
名も無い職人の絵を顧みないのは美を理解していない。

世の中は、単純だけど重要な一見凡庸な仕事の
集合体である。
職業に貴賎なし。働き方に貴賎有。
「何のために座禅するのですか?」
「何のために念仏するのですか?」
「何のために仕事するのですか?」
「何のために生きるのですか?」

こういった問答は意味を成さないそうな・・
「仕事が仕事を仕事する」
なんだか判りそうで判らない。

このあいだ、山登りをした。
一人で必死に登って大汗かいた。

おばさんたちが、集団で同じ道を
だらだらとあるいていた。
私の3倍は遅いだろう。
果たして結果は・・・同じである。
頂上に着くのである。

人生も善悪・美醜・職業など
千差万別だが、行き着く先は「死」
である。

「心の平安」「動じない心」「偏らない心」
今、自分が求めているものです。 



2003年10月10日(金) 箱根

4泊で小涌園へ行って来ました。

1泊3000円(税・サ込み)の宿泊施設
は、清潔で1人で泊まるには十分。

とにかく、歩き尽くした。
1日平均10kmは歩いたか。

緑と秋風で快感。
でもちょっと歩きすぎ。

芦ノ湖まで歩いたり、ロープウェイ・遊覧船。

その中でも、仙石原のススキは絶景。
成川美術館の喫茶から観る芦ノ湖・富士山。
そして、ガラスの森美術館は、最高。

光と緑とおいしい空気と・・・・
こんな、高等遊民みたいな生活は極楽。

温泉では、多種類の風呂とマッサージや
死海の泥パックなども快適。

本日、新宿にもどり、営業員さんが
私を励ます会を開催くださり、お見舞金も・・・

おまけに、箱根からiモードの株式投資が
連戦連勝で4日で70万の儲け。
本日、一眼レフカメラで20万費やす。

第一目的は、あさっての長男の運動会。
あとは、写真撮影も趣味に加えようと思って。

眠いので、文章錯乱。

そうそう、仏教に関する入門書も読み進んで
秋の夜長に、思索も深まる。

おやすみなさい。



2003年10月05日(日) 努力!

ダイエットに関するあらゆる情報を
探し、選別し実践、そして継続!

先ほどヘルスメーターに乗ると
「77.5kg」!!!

やはり基本は運動。
これは休職中の身を活かし
ほぼ毎日有酸素運動。

サプリメントは、
食前と食後に。
食事は野菜中心に良く噛んで食べる。

明日からは、箱根の小涌谷に
4泊篭ります。

またまたインターネットで
ブランド品を買いまくってます。
今月だけで、30万も!
株で儲かったので・・・・
妻にも30万渡し、自由に遣ってくれ!
と言っている。

休職中でも月給は1割カットくらいだし、
デイトレでこれだけ儲ければ通常より
リッチな生活が送れる。

しかし、今月限りで株式投資からも
足を洗い、健全なサラリーマンとして
仕事が仕事を仕事するが如く
無心で生きていく事に決心がついている。

月末までにあと100万くらい稼いで
有終の美としたい。(今回の株式相場
の上昇はまだまだ続きそうだが、皆が
そう思い始めたとき、相場は終る事が
ある。その意味でも手を退くのにちょうどいい
タイミングかも。

復職したら、株価の板を一日中見ることも
できないしね。だんだん動かす金が膨らんで
くると、心配で気も休まらず、躁鬱病にも
影響しそうだし。



2003年10月03日(金) 寛解

躁鬱病に「完治」という概念は無い。
「躁鬱病は自分の人格の一部分であり個性である」
と思っている。

自分の状態を「認知」する事ができれば
社会生活上なんら支障は無い。

2泊3日で鎌倉の実家へ行ってきた。
妻も疲れ果て、このままでは家庭崩壊
の危機であったので、医者のアドバイス
もあり、一人で気侭に過ごす。
来週は箱根に1週間。

しかし、鎌倉の美しいことよ。
歩いて歩いて歩きました。

腰越海岸・長谷の大仏・源氏山・銭洗弁天
・円覚寺・極楽寺・鎌倉山・・・
気候も良く、ポロシャツの汗がスっーと
秋風に乾いて爽快。

山中は鬱蒼としていて、木々の樹液の
甘い臭いがし、海からは潮風そして
鎌倉山から相模湾を眺めると、海が
鏡のように太陽を反射していた。

コスモス畑越しにそんな風景を見ていると
自分の幼いころ、両親に連れられて来たことや
無鉄砲な学生時代が彷彿され、自分の頭の中で
何か「!」スイッチが入った。

地元の人のみぞ知るその場所で
東京とは全く異質の風・太陽・海を目の前に
しばらく茫然と見とれてしまった。

躁転ではなく、ふつふつとエネルギーが体と心
に湧いてきた。自分が生まれ育った原風景が
忘れかけていた何か「!」を蘇らせてくれた。

言葉では言い表せないが、自分の中で
自分が変わった。
おそらく、来月から復職し、もうこの病気
で会社を休むことは無いでしょう。

山道・仏像・石仏・木々・海
あらゆるものが五感を心地よく刺激し
エクスタシーを感じてしまったような
不思議な体験でした。

それにしても年老いた両親よ・・・
あなたたちの優しさと励まし・
無条件の愛情を感じて帰りの電車
では、ひとり涙が出てしまった。

私はその優しさを、妻と子供に
伝えていきます。
そして丸の内の美女医さま。
「ひとり旅で元気が出る人がいます」
とのアドバイス、ありがとう。

「川は いつも 流れていなければいけません」
「瞳は いつも 澄んでいなければなりません」
「心は いつも 燃えていなければいけません」
・・・・・・・円覚寺にて掲示

「座禅は何のためにするのですか?」
「座禅が座禅を座禅するのだ」
「どんな仕事でもいい、ただ仕事が仕事を
 するように働かなければならない」
・・・・・・・意味がわからずここ2,3日解釈中。


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こうたろう [MAIL]

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