新知庵亭日乗
荷風翁に倣い日々の想いを正直に・・・

2004年12月31日(金) 富士が見えるぞ多摩川に


昨年入院手術と僕にとっては色々考えさせられた年だった、此処多摩川に雪が降り、僕にとっては初めて・・・。そして今日は晴天だったので多摩川を散歩した。

 休みとあってジョギングや犬の散歩、子供たちと遊ぶ人が多かった、ふだんはサッカーや野球に興じる人が多いのに今日はちがっていた、ふと遠くを見ると富士がまるでここに居るよと言わんばかりにくっきり見えた。
 本当に此処は素晴らしい、近藤勇、土方歳三、沖田総司も此処で武士を夢見て鍛錬したんだっけ。そんな事を考えていたらサルトルの実(existence)は本質(essence)という思考に到ってしまった、まー今日は難しい事は言うまい・・・。そして富士さんもそう言っているような気がした。

 今年は素晴らしい出会いのあった年で、悲しい別れはなかった、サルトルの「存在と当為」に仏教の中庸が加わった思いだ・・・何時かは別れる・・・その先は信じる者しか解らない。





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2004年12月26日(日) 「音騒鼓発進」無事終了

 GONNAの稽古場【音騒鼓】に行ってきた、一応音楽顧問(K^o^mon@Chama)という事なので・・・。
 そして「カムイプレイヤー」という彼等のオリジナル曲に新たな解釈を入れ、まー防音設備完成というお祝いの意味も込めて、能の三番叟のモチーフを入れてみた、という事で僕は謡いと小鼓を演奏した。
 
 名古屋の合気道「明倫塾」の方も来てくれた、本当に嬉しかった、僕がFM東京(全国ネット)の恵俊彰さんの番組を聞いていただいたのが縁なのだ、縁というのは大事にしていかなければいけないと思う。弟子の片岡も来て終了後の忘年会では急に太鼓を打たされ、緊張しながらも・・・良かったかも。

 そして大勢のファンやお客様に来ていただいた、太鼓類、音騒鼓のための資金は借金としてこれから返済していかなければならない、それにしても彼等は太鼓制作会社や大工職人からも愛されて、普通よりもかなりリーズナブルに造ってもらったそうだ、彼等をこの名古屋の地から世界に通じるグループにするのが僕の仕事だと思っている。

 さー来年は新風に乗って【船乗りせむと〜いまは漕ぎ出でなー】





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2004年12月17日(金) イッセ−尾形さんの一人芝居

 ラジオのトーク番組「テアトル・イッセ-」に僕が出演(穏やかな方だなーという印象でした)させていただいた縁で招待券が届きましたのでワインを買って原宿クエストホールに行きました。
あーそーや、おい若い衆!よー聞けよ!
 もし演奏会や芝居を招待されたらそれに見合う心のこもった何かをメーセージ付きで持って行くもんだぞ!まーお金がなかったらメーセージだけでいい、それが舞台人としての常識で仁義なのだ、よー覚えとけ! 

 お!凄い!カシス、シャンパン、カンパリソーダなど無料で配られているし無料の指圧サービスがあったり、ガレージセール風のロビーだ。老若男女とはよく言ったもんでイッセ−さんの芝居に来る方々は僕の邦楽や太鼓の世界とは少し違うように思えた。
 でホンチャンの芝居凄いよ僕も今までスーパー歌舞伎、バレエ、太鼓、日本音楽集団、商業演劇の音楽をやったりしてきて、大の大人が寄ってたかってあーだこーだとやってたけど、一人やで、たった、それでもって舞台で衣装変えから化粧直しまでやるんや(藤山寛美さんの舞台を思い出したので大阪弁でいかしてもらいます)19時05ぐらいに始まって21時過ぎまでやってはった、衣装の数で出し物の回数が解るちゅうことでんなー、で最初はこれまた横山やっさん風のタクシーの運チャン・・・で・・・まーあんさんも一度行って見てみなはれ。
 着替える時にはパンツ一丁にもなる、それはそれは真剣な表情してはる、ようするにやねー楽屋に戻って一息入れる間もないということです。
 最後はたぶん・・・ある日本のロック歌手(乾杯で有名)の老人になってから・・・みたいな出し物でギター弾いて(たぶん録音)歌うんです(これほんま)、えー驚きました、お客はんもよー笑ってはるし・・・でもやねけっこうシュールな芝居ではあるんです、もーいっぺん言うけど一人で休憩なしで全部舞台で演じてはんねで、自分の事考えたら情けなーくなってしまいました、一人で二時間の舞台出きるか?休憩無しで楽屋にも戻らないで・・・。
 全部終わってイッセ―はん「今回の作品はどんどん良くなってきたと思ってます・・・」そー勿論台本があってやってはるんや。
 来年はベルリン、ミュンヘンの国立劇場にメインプログラムとして招待されてるそうやで、んーちーとは考えなあかんなー若いもんを教えてる暇あったら一人で何が出来るかやってみー(自分に言ってます)
 イッセ―尾形さんのホームページ





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2004年12月15日(水) GONNAのコンサートが終わって・・・

 東京、京都、大阪、地元名古屋と長かったようなアッと言う間もなかったと言うような・・・。若い彼等の直向さに感動した。今回僕は彼等と共に行動した、最後の名古屋では初日のみで仕事の関係で東京に戻った、んー打ち上げに出たかったなー、彼等を支えているサポーターの存在にも気づき又話もした、そして舞台スタッフ・・・彼等もプロとしてGONNAに良い影響を与えているようだ。
 そー彼等は気づいていないかもしれない、時代の変革期にいる事を、巨人、ダイエー、西武もっと言えば経済界のありかた、政治家のそれ・・・明治維新に匹敵するような渦が巻いている。今まで定説になっていた事が音を立てて崩れている、人心も荒廃している、だから太鼓を打って打ちまくって欲しい、彼等は今回【TORIO PER UNO】に挑戦した、作曲家のN・J・シフコビッチ氏の作品だ。
 洋打楽器の為の曲をGONNAでマリンバを演奏する名古屋音楽大学の学生の発案だった。僕はスコアーを見て驚いた!緻密に計算された中にもユーモアもありやはり三木稔先生作曲(僕の所属する日本音楽集団創設者)マリンバスピリチュアルの影響が見られる、だって海外での演奏回数が3000回を超えているんだ・・・シフコビッチ氏がユーゴスラビア出身という事もあってか、彼等の練習に付き合っていて、音から何処か戦禍の風景が浮かんできた、遠くで砲弾の炸裂する音、軍隊が遠ざかっていく感じ・・・本当にビジュアルとして浮かんだ、三章で「走れ!と指示しているのは戦争終結の喜びなのか?
 で彼等に「作曲家に連絡を取ったのか?和太鼓で演奏していいのか?確認したか?」と聞いてみたがNoだった、だったら和太鼓で演奏したDVDを僕が連絡を取って送ろうか?と発案したが・・・やめた・・・彼等自身がやるべきなのだ、氏は巴里に住んでいるということなので個人的には会いに行こうと思っている。

 僕の目標はプロの和太鼓チームに60歳50、40が一緒になって演奏出来る環境と音楽造りにある、相撲や拳闘のように闘って若くして引退するようなジャンルにはしたくないからだ、だから日本の伝統が伝える芸を大事にしていきたい、そして肉体的にもーだめだという時のために古武術の体捌を身に着けて欲しい。
 僕も現役太鼓打ちとして日々考え稽古しているからか、昨日の発言が今日変わってしまう事も多い、でも指導する時は明確に違いを示さなくてはいけないし太鼓の音の変化は色を変えるように具体的なものでそこに精神論などは入り込む余地はないと断言出来る、しかしながら「これよりもこっちの方が良いかも・・・」とつい言ってしまう・・・だって僕も実験段階な事が多いもんだから・・・で若い時は一度徹底的に稽古に打ち込み体を壊すぐらいまでやらないと判らない事もある、だからある程度の暴走は良いと思っている。

 まーGONNAを支えている方々に心より感謝申し上げる、今度音騒鼓(練習場)の防音設備完成記念には僕も小鼓を演奏するつもり、どうぞ時間の許される方はお越しいただければと念願する。
第2回音騒鼓企画のお知らせ





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2004年12月05日(日) 和太鼓GONNAのコンサート

 雨は降る々人鼓は濡れる〜11月18日、前日の調布駅前、彼等が路上パフォーマンスをするというので出かけた、大雨でチラシを配る事で手一杯、僕がいても何にもならないので家に戻って確認の電話やメールを打った。
 まー音楽顧問ということでそんなにあーのこーのと云うのは止めておこうと思っていた、雨の湿り気で太鼓は鳴っていたとおもうが、「カムイ」の声の出し方が気に入らない、これは僕の生徒盲目のK君や仙のメンバーも同じ感想だった・・・なんとかせなあかん・・・初日だったからそれなりの緊張感で迎えたのだけれども【芸】に若さが出て、少し大雑把に思える・・・。

 29日に名古屋むの稽古場【音騒鼓】に行った初めてだったのでその堅固さに驚いた・・・借金をして工事をして・・・心にきすものがある。
 メンバーの古立賢司(ふるたてけんじ)に古武術の技を受けさせて体幹が通じると凄い音が出るという事を実感させた。そして「カムイ」の声をポリフォニ- (Polyphony) で歌おうとしているのを、お坊さんのお経のようにモノフォニ- (Monophony) の偶然のぶつかり合いに変え発声法も我々小鼓打ちの掛け声を応用したそれに変えた・・・しかし様にならない・・・。

 12月1日京都のアルティーホール、晴天で良いな−なんて・・・そうだ乾燥対策をせなあかん、で急に湿度計とタオルを購入するように言った。リハーサルでは鳴りに鳴っていた・・・しかし
小鼓も本番中に皮を濡らすのだ、だんだん乾いてくる音に・・・のんびり客席で聞いていてはいけなかったのだ、彼等は未だ知らないだ。

 12月2日吹田メインシアター、ここで以前から考えていた事を実行に移した、それはGPで通し稽古をやると耳が馬鹿になり回復しないまま本番を迎えるという問題だ、彼等はウォーミングアップから始めるまー手鳴らしということで、その時に一人一人がpppからfffまでのそのホールでの帰りの音を聞くという繊細な作業をやってみた、自分の側で鳴っていてもホールには響いていないという事と響く音とは自分側では鳴っていないように聞こえるという事・・・そして太鼓の皮の色々な部分でホールの帰り音の場所が変化してくる、そして奏法の引き出しを多く持っていないと長く延ばす音が作れない、そして音が融合しない・・・。
 これらの事を僕自身が打ってみせて音色の多様性を認識させた、メンバー驚いていたよあだ・・・後で聞いたのだけれどもその稽古を聞いていたスタッフのメンバーは「何故だか涙が溢れてきたのです・・・。」
 そー意識が変化したのだ、真に耳を傾ける太鼓の音とは?これをずっと追求してきたのだから・・・で本番・・・京都よりは鳴ったけれども乾燥対策はまだまだだ、そしてもっともっとお互いを聞き合って、ホールの鳴りも確認しながら打たなくてはならないと再認識した。まー大阪のお客さんは暖かい、サポーターの方達の応援も頼もしい、皆恵まれているぞ!
 よし名古屋ではもっとダイナミックレンジを広げて、今まで何所にもなかった太鼓の音を造ろう・・・。





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