だいぶ暖かくなってきたと思いきや、急にまた寒くなってきてしまった。加えて、職場も何かと落ち着かず、疲れを感じる今日この頃。それなら今日の「生音くらぶ」はやめにしておけばいいものを。やはり、「スローブルース」での演奏なくしては、私の人生の楽しみも激減するというもの。 で、今夜も演奏してきたよ。「星ヶ丘ロケンロール」(オリジナル)に「なごり雪」(イルカ)、「太陽がくれた季節」(青い三角定規)を挿入したバージョン、「柳ヶ瀬ブルース」(美川憲一)の替え歌で「嫌がらせブルース(?)」(所ジョージ)、「Satisfaction」(ローリング・ストーンズ)、「Paint It Black」(ローリング・ストーンズ)、「満月の夕」(ヒートウェーブ)の5曲だね。 来週は、ストーンズ名古屋公演を観に行くので、「生音くらぶ」に行けないが、ナゴヤドームで弾けてこようと思う。
<参考:「嫌がらせブルース(?)」の歌詞> 雨の降る夜は 傘に穴あけて 雨やどりをしている人に 親切そうに傘を貸す あ〜あ〜 嫌がらせ 誰か泣いている
2006年03月28日(火) |
事実とは何か〜二つの裁判から |
仙台市の北陵クリニック(閉鎖)で2000年、筋 弛緩剤を混入した点滴を5人の患者に投与したと して1件の殺人と4人の殺人未遂の罪に問われた 准看護師守大助被告(34)の控訴審判決公判で、仙 台高裁田中亮一裁判長は22日、無期懲役とした 一審仙台地裁判決を支持、守被告の控訴を棄却し た。弁護側は即日上告した。 (2006年3月23日「中日新聞」朝刊より) 田中裁判長は主文言い渡しを後回しにし、判決 理由から朗読。守被告が大声で異議を唱えて裁判 長から退廷を命じられたほか、執拗に弁論の再開 を迫った弁護人4人や傍聴人の支援者らも次々と 退廷させられるなど、異例の公判となった。 (2006年3月23日「中日新聞」朝刊より)
「冤罪」の可能性もささやかれる「北陵クリニック事件」。控訴審で弁護側は一審判決を「科学的裏付けがない」と批判して無罪を主張。また、守被告が逮捕直後にいったん自白したことについても「捜査官の誘導があった」と信用性に疑問を呈したが、弁護側主張は退けられた形だ。 控訴審判決について、私は非常に違和感を覚える。守被告が罪を犯したか否かはわからない。けれども、田中裁判長のやり方にはまったく誠意が感じられないのだ。一人の人間を「有罪」とすれば、その人間の一生は言うまでもなく大きく左右されることになる。「有罪」と判断するに値するだけの「裏付け」は当然必要だ。しかし、控訴審において審理が十分になされたとは言い難い。「裁く」という行為は非常に重いし、大変恐ろしいことでもある。その自覚が田中裁判長にあったとは考えにくい。 そもそも「事実関係を明らかにする」ということは気の遠くなるような作業である。「裁判の迅速化」も大切なことではある。だが、審理が尽くされないうちに「罪に問われた人間(無罪の可能性も大いにある人間)」の一生が大きく左右されるとしたら、そちらのほうが問題ではないだろうか。 さて、もうひとつ裁判の話となるが、こちらは世界を震撼させた「オウム真理教事件」についてである。
地下鉄サリンなど13の事件で起訴され、死刑 判決を受け控訴していたオウム真理教(アーレフ に改称)の元代表麻原彰晃被告(51)=松本智津夫 =について、東京高裁(須田賢裁判長)は27日 「訴訟能力に問題はない。弁護人が控訴趣意書を 提出しないのは正当化されない」として、麻原被 告の控訴を棄却する決定をした。決定は控訴審判 決とは異なり上告ができず、弁護団は同高裁に異 議申し立てをする方針。最高裁への特別抗告の道 も残されるが、争われるのは手続きの妥当性に限 られるため認められる可能性は低く、一審死刑判 決が確定する公算が大きくなった。 (2006年3月28日「中日新聞」朝刊より)
世間一般の「感情」としては「麻原=極悪人」、「麻原は当然死刑」ということになるのかもしれないが、それほど単純な問題ではないように思う。仮に麻原被告が「極悪人」だったとしても「裁判を受ける権利」は日本国憲法において保障されている。それと、「死刑」を「妥当」とするだけの「根拠」が必要なはずだ(もっとも、私は「死刑廃止論者」なのだが)。 さきほどの繰り返しになるが、やはり審理を尽くすべきだ。 あんな事件がどうして起きてしまったのか、そもそも麻原被告は「極悪人」なのだろうか。私のなかでわき起こる疑問は、どんどん膨れ上がっていく。それなのに何ひとつわからないまま、幕は下ろされようとしているみたいだ。
事実はひとつなのに、「事実関係を明らかにすること」は非常に難しい。人間は「神の視点」から物事をみつめることはできない。曇りのない目でみつめることなどできないのだとも言える。だから「裁く」という行為は恐ろしい。「神をも恐れぬ行為」と言ってもいい。でも、人間社会を維持していくためには、時に裁かなくてはならないのだ。問題は、その覚悟が裁判官にあるかということ。それと、「一般市民」も決して無関係ではないということ(裁判官は「市民社会」を代表しているにすぎないとも言える)。 そんなあれこれを考えさせられた二つの裁判に関する記事であった。
雨の柳ヶ瀬 けむる街角 桜舞い散るその橋のたもとに 黒いコートの女が一人たたずむ
「君の名は」とたずぬれば 「幸子」 と、君の口元が小さく動く 「幸子、か。いい名前だね」 「いいえ、私ほど幸薄い女もいませんことよ」 男の瞳に映る君の身体がかすかにふるえる
いつしか二人は手に手を取って 相合い傘で雨ん中
今日は柳ヶ瀬 明日はいずこか
二人の前途に幸あれかしと 心より願う水戸光圀であった
2006年03月26日(日) |
即興連詩「梅林バラード」 |
(ほりべえさん) 梅一輪一輪ほどの暖かさ ひそひそと春がやって来ました 桜が咲くのはいつになるでしょう
(沙羅さん) 長い間すやすやと眠っていた木の芽たち また会えたね
(林本ひろみさん) ずるずると引きずってきた暗い冬の着物も もう投げ捨てよう
(こうみれいさん) ぴーぴ−なびく春の香りにつられて 山が笑うのももうすぐかしら
(てっちゃん) 山が笑うまで ぐびりぐびりみんなと酒を交しながら ゆったりと待とうか
(夏撃波) どこからかジャカジャカと ギターをかき鳴らす音が
(宮島さん) 通りすがりのカップルの足が ぴたっと止まる
(みおよしきさん) むにゃむにゃと言葉を交す二人 「あれってジュリーだよね」 「僕、知らない」 「私、知ってるけど……。ごめんね、年上で」
*今日、日本朗人会主催・日本手酌の会協賛のお花見大会があった。桜はまだ咲いておらず、急遽梅見に変更。桜もいいけど、梅は梅でこれもまたいいものだ。今日の花見は、詩人の集まりでもあり、野外での「朗読」が展開された。ちなみに、私・夏撃波の「花見ルール」は「楽器必携」という一点に尽きる。もちろん、ギターで演奏した。会のクライマックスは、擬音語・擬態語を用いた即興連詩づくりだったかな(上記)。とにかく面白い一日だったな。
2006年03月24日(金) |
「ローリング・ストーンズin東京ドーム」 |
遠くで電話が鳴ってる 誰からだろう 時計は11時を指している 眠たい 目をこすりながら電話に出る
「もしもし、夏撃波さん。あたし、沙羅です」 「あ、ああ」 「今ね、東京ドームからかけてるの。 ストーンズのライブ、終わったばかりで」 「あ、そう言えば、今日だったっけ」 「ライブの途中でね、ミックが私の席の近くまで来たの」 「へえ」 「一瞬目が合ったみたい」 「ふん」 「アンコールの最後で、『サティスファクション』やったよ」 「はあ」 「なんか元気ないみたいね」 「今、俺、寝てたんだ」 「あ、ごめんね」 「いや、いいけど」 「夏撃波さんにもおみやげ買ってくからね」 「ああ、ありがとう」 「ねえ、何かあったの」 「ああ、今日はさんざんだったよ。 寝坊して、駅まで行くと、いつも乗る電車が来てて、 駆け込み乗車したらドアに頭はさまれて、痛いやら恥 ずかしいやら。職場について、『さあ、仕事するぞ』 とパソコンあけたら、調子悪くて。俺、パソコンのこ と、よくわからないのに、何とか直そうとして逆にド ツボにはまっちゃうし。そのために仕事が大幅に遅れ て、上司からは大目玉食らうし。仕事が終わってから も、夕食摂ろうとして入った店で料理が出てくるまで 30分も待たされるし。帰りの電車には乗り遅れるし、 家の近くの駅に着くと雨が降り出していて、本当につ いてなかったよ。今、ふて寝しているところへ、あな たから電話がかかってきたってわけなんだ」 「そうだったんだ」 「ごめんね、ついつい暗い話になっちゃって。 ストーンズ、よかったんだよね」 「う〜ん・・・、まあまあ、かな」 「でも、ミックと目が合ったんでしょ」 「あ、それ、私の錯覚だと思う」 「でも、楽しかったでしょ」 「それほどでもないかな」 「あ、沙羅さん、こんど、また、ストーンズ・ナンバー、 一諸にやろうよ」 「でも、また、演奏、うまくいかないかもしれないよ」 「ああ、この前のことは気にしなくていいよ。俺も全然 気にしてないし。きっとうまくいくよ」 「大丈夫かな」 「大丈夫だよ。たぶん。もし、うまくいかなくても、俺 は全然気にしないから。楽しく演奏できれば、それで いいんだよ。ひたむきに演奏しているあなたの姿、そ んなあなたこそがイナバウアのように美しいのだと、 俺は思ってる」
*デュオ・パートナーの沙羅さんから電話があった。ストーンズのライブ会場・東京ドームからだ。事実は上記の詩とは異なるが、その日の仕事が大変だったことは間違いない。ところで、俺は、4月5日に名古屋ドームでのストーンズ・ライブを観に行く予定。その時は、沙羅さんも一緒だ。
2006年03月22日(水) |
ジュリー・メドレー他 |
今日も、星ヶ丘「スロー・ブルース」の「生音くらぶ」に参加。 私のオリジナル曲「星ヶ丘ロケンロール」に「時の過ぎゆくままに」「勝手にしやがれ」(いずれも、沢田研二)を挿入したバージョン、「さよならをするために」「白いブランコ」(いずれも、ビリー・バンバン)のメドレー、「満月の夕」(ヒートウェーブ)の3曲を演奏。 後ほどお客さんから「『満月の夕』、いい曲ですね」と声をかけられる。オリジナルではないが、「私の選曲のセンス、私の歌唱力を褒め称えてくれたのだろう」と勝手に解釈していい気になっている私である。
2006年03月19日(日) |
「イナバウアのように」 |
沙羅さん、 今日も演奏、うまくいかなかったね
でも、気にすることないよ 俺も別に気にしてないし、 どれだけ練習していたって うまくいかないことはいくらでもある
安藤美姫ちゃんだって オリンピックの本番で 4回転ジャンプをとべなかったんだから
俺、別に金メダルとか要らないし、 だから、気にしなくていいよ
本当に何度も言うようだけど、 気にしなくていいよ
楽器は別にうまくある必要はないんだ 誰によりかからずともいい 自信をもって楽しく演奏できればいい
楽器は魂で奏でるものなんだ
ひたむきに演奏しているあなたの姿 そんなあなたこそが イナバウアのように美しいのだと 俺は思っている
*「金メダル」「よりかからず」の2つのキーワードを用いた即興詩。3月19日の「続・ぽえ茶」の席上、「沙羅双樹ふたたび」として演奏する機会があったが、沙羅は緊張のあまり、練習の成果を発揮できず、ティン・ホイッスルの演奏を失敗。「気にすることないよ」との意を込めてパートナーに送った詩は、ビートルズの「ヘイ・ジュード」(ポール・マッカートニーがジョン・レノンの息子・ジュリアンに送った曲に匹敵する、と自信(過信)を深める私なのだが・・・。
2006年03月16日(木) |
「満月の夕(ふたたび沙羅バージョン)」 |
うたに力はあるのだろうか 絶望の闇にまで聞こえてくるような歌を うたうことが 人にできるのだろうか
誰も悪くはなくたって 哀しいことはいつもそこにある
うたの力はどこにあるのだろうか 拒絶する魂に届く言葉を 紡ぐことが 人にできるのだろうか
闘う相手が誰なのかわからなくても 静かに立ち上がる人たちがここにいる
*上記の詩は、「満月の夕」(ヒートウェーブ)という曲からインスピレーションを受けて、ふたたび沙羅が作ったものである。
2006年03月15日(水) |
「満月の夕(ふたたび双樹バージョン)」 |
私は なぜ生まれてきたの 私だけ なぜ生き残ったの 遠い空に嘆いてみても 答えは何も返ってこない
誰よりも私のことを理解してくれた人を失い 愛する人に先立たれ 大切にしていたものも 心の支えもすべてなくしてしまった
私がこれまで生きてきた場所も 瓦礫の下に埋もれてしまった
激しく降りそそぐ雨よ 悲しみをすべて洗い流してくれないか 疲れ果てた身体も 傷ついた魂も いつか必ず歩き出せるように
*上記の詩は、「満月の夕」(ヒートウェーブ)という曲からインスピレーションを受けて、ふたたび双樹=夏撃波が作ったものである。
ホーメイ(喉歌)の等々力政彦と嵯峨治彦がトゥバやモンゴルの民謡を中心に演奏するユニット=タルバガン。彼らのライブ「喉歌と馬頭琴の響き」が今池「TOKUZO」で行われた。名古屋在住のモンゴル音楽演奏家・岡林立哉もゲストとして参加し、三者三様の喉歌を披露してくれた。中央アジアの草原を思い起こさせる彼らの演奏に酔いしれた夜だった。
2006年03月13日(月) |
連詩「黒くぬれ」(沙羅双樹ふたたび) |
(双樹) 飢えたハートは彷徨い続ける 乾いた石は転がり続ける
(沙羅) どうしてか ストーンズがこの街にやってくる 大人に隠れて手に入れた30年前のチケットは 紙くずになってしまったのに
(双樹) 君は見たか 真昼の空に底なしの闇を 君は聞いたか 虚空に響くムンクの叫びを
(沙羅) いつだって 大人は自分の都合でルールを変える かさぶたをはがすようなうずきが 目の前を黒く塗りつぶす
(双樹) 明日なき我らの孤独と反抗の季節 太陽は輝かない 荒野のはぐれ狼と 果てしなき暗黒のメルヘン
(沙羅) 玉ねぎの色とか ハーゲンダッツの抹茶アイスクリームの色 君の耳にあいたピアスの穴のあとの皮膚の色とか 雪に埋もれて眺める北アルプスの朝焼けの色
あの人が時間をかけて作る 頑固さと拒絶と淋しさを混ぜ合わせたかカレーの色
ゴッホの奏でるオレンジと青は夢の現実 あなたがくれたハンカチは黄色じゃなかったけれど その時体にあふれていたメロディの温度
激しさが音になり 希望のリズムが共鳴を生み出し そして あふれ出す おだやかな景色
私のなかにあるものを全部混ぜ合わせたら 黒くなってしまうのだろうか
トリノ・オリンピックでカーリング日本女子チームの活躍が注目されたばかりだが、実話を基に制作された映画『シムソンズ』が公開中だ。というわけで、名駅南の某シネコンまで出かけていった。 スポーツを題材とした典型的ともいうべき青春ドラマが展開するが、さわやかな感動に包まれ、映画館を後にした。 あと一言いうなら、マイナー・スポーツにはメジャー・スポーツに見られない地味な楽しみがあるってこと。そんな地味な楽しみを見つけて楽しんでいる私自身も地味なのかもしれないけど・・・。
2006年03月11日(土) |
『言葉ズーカ』Vol.その4〜素敵(詩的)な二人旅〜 |
前にも予告したとおり、今池「涅槃」で開催された「『言葉ズーカ』Vol.その4〜素敵(詩的)な二人旅〜」に、「沙羅双樹ふたたび」として出演した。 今回はサブタイトルが「〜素敵(詩的)な二人旅〜」となっており、二人組による詩的表現(詩のみならず、音楽や舞踏などともクロスオーバーしながら)というコンセプトがあった。いずれも趣向を凝らしたパフォーマンスを展開しており、それぞれに楽しめた。 我々「沙羅双樹ふたたび」は、「Paint It Black」(ローリング・ストーンズ)、「満月の夕」(ヒートウェーブ)の2曲を演奏。「Paint It Black」、「満月の夕」のそれぞれからインスピレーションを受けながら沙羅と私とで共作した詩を2篇「朗読」もした。沙羅が極度の緊張からミンミンを弾きそこねるアクシデントもあり、他にも反省点はあるが、ある程度練習の成果は出せたと思った。「ふたりのハーモニーがよかった」との感想も聞かれたことだし。 ソロもデュオも私には同じくらい大切なもの。もっともっと力をつけて、さらに幅広く奥行きのある表現をしていきたいと思う。
2006年03月08日(水) |
ヒートウェーブ・バージョン? |
今日も星ヶ丘「スローブルース」の「生音くらぶ」に参加。 オリジナル曲(というかシブがき隊のパロディー)「−10℃の恋だから」の他、「Time Of The Season」(ゾンビーズ)、「Paint It Black」(ローリング・ストーンズ)といった60年代ロックの名曲のカバー、それと「満月の夕」(ヒートウェーブ)を演奏した。 演奏後、お客さんのひとりから「満月の夕、ヒートウェーブ・バージョンでしたね」などと声をかけられた。ちょっとマニアックな話になるが、「満月の夕」は、阪神淡路大震災をモチーフに、中川敬(ソウル・フラワー・ユニオン)と山口洋(ヒートウェーブ)によって作られた曲である。ソウル・フラワー・バージョンとヒートウェーブ・バージョンは歌詞が若干違うが、どちらも優れた作品であることに変わりはない(他にもこの曲をカバーしているバンドはあるが、ソウル・フラワー・バージョンとヒートウェーブ・バージョンが飛び抜けて素晴らしい)。ただ、個人的にはヒートウェーブ・バージョンのほうが好きだね。折角なので、ヒートウェーブ・バージョンの詞の一部を紹介しようと思う。
絶え間なく突き動かされて 誰もが時代に走らされた 全てをなくした人はどこへ 行けばいいのだろう
それでも人はまた汗を流し 何度でも出会いと別れを繰り返し 過ぎた日々の痛みを胸に いつか見た夢をめざすだろう
ヤッサ、ホーヤ 歌が聞こえる 眠らずに朝まで踊る ヤッサ、ホーヤ 焚き火を囲む 吐く息の白さが踊る
ときはなて 命で笑え 満月の夕
2006年03月04日(土) |
セント・パトリックス・デーの集い |
5世紀頃、アイルランドにキリスト教をもたらした宣教者、それが聖パトリックです。彼はそれまでの自然信仰や慣習とキリスト教を共存させながらキリスト教を平和的に広めていきました。アイルランドに蛇がいないのは、彼が布教の間、邪教の化身といえる蛇を退治したからだと言われています。彼の熱心な布教活動のおかげでアイルランドは敬虔なカトリックの国となり、アイルランドの守護聖人として1500年経った現在も親しまれているのです。その聖パトリックの命日が3月17日、この日をセント・パトリックス・デイ (聖パトリックの日) とし、アイルランドでは最大の祝祭日として国を挙げて祝います。また、世界中に住んでいるアイルランド人がこのお祭りを祝い、特にアメリカのニューヨークでは、数百万人もの参加者を数える一大パレードが行われます。(「アイリッシュ・ネットワーク・ジャパン」のホームページから引用)
10日ほど前に、名古屋アイルランド研究会から「セント・パトリックス・デーの集い」(3月4日開催)の案内をいただいていたので、デュオ・パートナーの沙羅さんを誘って、名駅近くの某アイリッシュ・バーに出かけていきました。バーに入ると、すでに立錐の余地もないほどの人だかり。カウンターでギネス・ビールとアイリッシュ・ウィスキーを受け取って、しばらくするとアイルランド音楽の演奏が始まり、演奏に合わせてアイリッシュ・ダンスも始まりました。イベントは、4時にスタートし、6時前には終了。 遊び人二人は覚王山のアイリッシュ・バーへと繰り出しました。そこでも、十数人の若者がアイルランド音楽の演奏に興じており、心地いい調べに酔いしれました。それでも、夜8時には帰路についたので、我々にしては早い帰宅でした。 ちなみに、沙羅さんは帰る途中、楽器屋に寄ってティン・ホイッスル(アイルランドの縦笛)を買って帰ったそうです。
今年も早2ヶ月が経過。もうすぐ春だね。 今夜も、星ヶ丘「スローブルース」の「生音くらぶ」に参加。今日は、ブルース、ボサノバ、フォーク、スタンダードとバラエティに富んでいた。なかで、Iさんのピアノ・アレンジによる「アンパンマン」のテーマソングはとても新鮮だった。 私は、「星ヶ丘の星」、「−10℃の恋だから」のオリジナル2曲、そして「星ヶ丘ロケンロール」(オリジナル)に「僕たちの失敗」(森田童子)と「いちご白書をもう一度」(バンバン)を挿入したバージョン、さらに「粉雪」(レミオロメン)を演奏した。
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