日記日和
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2005年05月31日(火) イイ感じで年を重ねてる・・彼。


フジテレビの月9は木村拓哉主演の「エンジン」です。

キムタクがカーレーサーの役で、レースシーンのスーパーバイザーということで近藤マッチの名前があります。


マッチは、田原俊彦、野村義男と共に「たのきん」と言われてた頃から知っていましたが、若い頃は嫌いでした。


が、ここ数年は彼の姿を見て「いい感じで歳を重ねてるなぁ」と思うことが何度もありました。




彼は、もうずいぶん前から芸能活動をしながらレースをし、最近ではチーム監督もしています。


レースを始める宣言をした頃には、「アイドルでちょっと車好きなくらいで・・・」とかなり斜めに見ていました。

意地悪く、一時の話題作りですぐやめるものと決め付けてもいたのです。



クラスをステップアップするときも「そりゃ彼くらい知名度があればスポンサーもつき易いよね〜資金力がモノを言ってるの〜」と冷やかに。



でも、年月の力は偉大です。


そのうちに彼の名前をサーキットで聞いても違和感を感じなくなってきたのです。
国内最高峰のクラスで走る頃には、応援するようにさえなっていました。



一度だけ、マッチとサーキットですれ違ったことがあったのですが、チーム関係者の中にいる彼はタレントではなくレーサーそのもの。

人がようやく行き違えるくらいの狭い通路だったので、握手してもらってる人もいましたが、多くの手が伸びていたのは、マッチのすぐ後ろを歩くベテランレーサーの高橋国光さんの方。

私もちょっと悩んだけど、国サンに握手してもらいました♪



サーキット以外の場所だったら、きっと多くの人がマッチに群がっていたいたことでしょう。


経歴から言っても国サンより格下の、普通のレーサーの一人として扱われているそんな瞬間って、意外と彼にとっては居心地がいいんじゃないかなぁ・・とふと思ったりしました。





マッチがF1中継でマイクを握ってる姿をよく見ますが、タレントと言うより、話しが上手なレーサーです。



レース界で今のポジションに来るまでに苦労もしただろうし、過去にワイドショーを騒がせた話題も色々あって、辛い思いもしたはず・・

それら全てが彼をカッコイイ大人にしたんだろうね。。。


2005年05月30日(月) かいじん21面相から。


台湾でグリコ森永事件を模した事件が発生し、その犯人が逮捕されたというニュースを見ていたときのこと。

ニュースには何も関心なさそうだった息子が「かいじん21面相」という言葉に敏感に反応して「かいじん21面相って何?」と聞いてきました。

「グリコ森永事件、知ってる?」と聞くと当然ながら「知らん」



グリコ森永事件について書かれたHPを読ませました。

私が大人になってからの事件なのでモチロン記憶にはありますが、青酸入りのお菓子が置かれていたり、アベックが拉致されたり・・と憶えているのは断片的な出来事ばかり。

今日そのHPを見て、グリコの社長誘拐からかいじん21面相の収束宣言までがようやく繋がりました。



その文章では最後に時効を迎えたことにも触れ、「帝銀事件」「3億円事件」と並ぶ戦後のミステリー事件と結ばれていました。




「帝銀事件」は生まれるはるか前、「3億円事件」もまだ子供の頃に起こった事件なので、私も詳細はよく知りませんでした。

「帝銀事件」や「3億円事件」について書かれたものも読んでみました。


「帝銀事件」とは、帝国銀行に<厚生省厚生部員 医学博士>の名刺を持った男が現れ、赤痢の予防薬として、16人の行員に薬を飲ませて12人が亡くなり、現金が奪われた事件です。

多くの方が亡くなっているのに、興味深いなんて表現することは不謹慎ですが、薬の入手や飲ませ方、見え隠れするGHQの影など・・ミステリアスな事件だと思えてきました。


「帝銀事件」で犯人とされた平沢死刑囚は、罪を認めないまま刑が確定、その後獄死していますが、自白と状況証拠だけで犯人とされたことや、病気の為の虚言が認められたこと、さらに昭和23代という戦後の混乱した背景や当時の警察の権力を想像すると、本当に平沢という人が犯人だったのか疑問が残ります。



また「3億円事件」は現金輸送車がニセ白バイ警官に盗まれた事件ですが、「グリコ森永事件」同様に犯人が捕まらないままに時効を迎えています。




私が子供の頃は、「日本の警察は世界で一番優秀」だと聞いてたような気がしますが、最近は、犯人の検挙率がずいぶん下がっているそうです。

一生懸命仕事をされてる警察官が大半だと思いますが、警官の不祥事もよく耳にするようになりました。

「グリコ事件」のときに問題になった警察の縄張り意識は、今は改善されたのでしょうか?


犯罪も複雑化して捜査する側も大変だろうと思いますが、私たちが安心して暮らせるよう、やっぱり警察の人には頑張ってほしいものです。



でも、道端に隠れての姑息なネズミ捕りだけは、頑張らないで!!


2005年05月28日(土) 怖くないってばぁ〜(これも嘘)


先の溝掃除の後は子供たちが公園ゴハンでしたが、今夜は公園ゴハン@ママです。


GWのバーベキューのとき・・

大人数でにぎやかに笑いが絶えず、本当に楽しかったんです。

ただ・・

宴も終盤になった頃、奥さんばかり4〜5人で話をしていたのですが、みんなダンナが近くにいるので、声をひそめ、奥歯に物の挟まったような物言いになってしまい欲求不満(?)

別にダンナの悪口を言ってたワケじゃないんですけどね〜(大嘘)



そして、誰からともなく「今度はダンナ抜きで・・」という話が出て、今日それを決行することになったのです。


数日前に、一番のお姉さんが私に声を掛けてくれて、一緒に前回参加の奥様に声をかけてまわると・・まぁ〜誰一人として断りません。

家族に相談することもなく、みんな「参加する!」と即答です(笑)



お弁当の注文とおつまみの買出しは私が引き受けて、テーブルや明かりは、メンバーの一人の心優しいご主人がセッティングしてくれるそうです。


今日のことがあるから、私は何がなんでも風邪を治さなきゃ・・とマメに薬を飲んでいたのです。

その甲斐なく鼻とノドは相変わらず・・でも当然、参加しますよぉ。




今夜の計画を聞いたダンナ達。

そろいも揃って「こわ(怖)。」という反応だったのはどうよ〜


2005年05月27日(金) 風邪ひきました〜(涙)


朝夕と昼間の気温差が大きいせいか、気持ちの緩みか・・

もしかしたら日頃の行いのせいか・・

何だかわからないけど、風邪をひいてしまいまいした。


今日はもう熱はないのですが、ノドの痛みと鼻詰まりはひどくなってる気がします。


私は日頃あまり薬を飲まないので「ここゾという時に飲むとよく効く!」と薬好きのダンナにいつも自慢してたけど、今回はちょっとてこずっています(涙)


あちらこちらで風邪を引いてる人の話をよく聞きます。



皆様も、お気を付け下さいね〜


2005年05月26日(木) 電車に乗って・・・


昨日は尼崎のJR脱線事故からちょうど一ヶ月でした。



行政書士会の総会に出席するため、事故以来初めてJRの電車に乗りました。



日頃の移動は大抵車なのですが、昨日は会場が最近出来たばかりのホテルで駐車場の事情がよくわからなかったのと、最寄駅から数分おきにバスが出ていてバス停からも徒歩1分という便利な場所だったので、車は置いて行くことにしたのです。




地元の駅で先輩の先生と一緒になって話しながら乗り込んだら、偶然1両目。

一瞬、尼崎の事故が頭をかすめました。



目的駅に着いて電車を降りるとそこには、いつものように制服姿の多くのJR職員さんの姿がありました。


真面目に一生懸命働いているこの人達も事故後、JR西日本の職員ということで辛い思いもしたんだろうなぁ・・とふと思いました。

仕事に対する誇りが傷つけられただろうし、もしかしたら心無い言葉を直接投げかけられたかも。


よく言われることですが、信頼を得るには長い時間がかかりますが、それを壊すのはすぐです。

そして、一度失った信頼を回復するには、さらに長い時間が必要です。



周囲の目は厳しいと思いますが、日々の積み重ねでしか信頼の回復は出来ないと思います。


「当たり前のことを当たり前に続ける」

言葉にすると簡単なことですが、仕事に限らずその難しさは日常のいろんな場面で感じることです。


困難でも現場で働くJR職員の皆さんには、是非それを達成して欲しいと思っています。




頑張って下さい。


2005年05月25日(水) 書いてあったんです・・ね。


今日は行政書士会の総会の日。


支部総会もそうなのですが、総会の後に懇親会は付きもの。

なのに、出欠の返信にも懇親会についての欄がなかったので、今年は無いものだと思い込んでいました。

そして、数日前にも他の行政書士さんと「今年は懇親会ないんですね〜」なんて話していたのです。


ところが、昨日になって会のエライ人から「来賓の時間の都合もあり、事務局だけでは大変なので、懇親会の受付を手伝って欲しい」と電話があったのです。

そこで私は「懇親会あるんですか?」と間の抜けた返事をし、「ありますよ。」と冷めた口調で返されてしまいました。



その後、一緒に受付をすることになった仲のいい行政書士さんに、総会資料
に書かれていることを教えてもらいました。

改めて資料を見ると・・・

総会次第が書かれた一番下に「・・総会終了〜時より懇親会を行います。」
の一文があったんですね〜


このおっちょこちょいな性格、本当にどうにかならないかしら(涙)



で、私が懇親会に出席することになると問題なのが他の家族の夕食です。

何か用意しておかなきゃ・・

「明日、何食べたい〜?」と聞いてると、息子から「俺が作ろか?」と有難い申し出がありました。



「買物と玉ねぎのみじん切りはやっておいて」と言い付かったので、それはちゃ〜んと済ませておきましたよ。

じゃ、後はお願いね (^^)/~~~




今日の総会では役員改選もあるのですが、ややこしそうな話もチラホラ聞こえてきます。

すんなり決まるといいのだけど・・・


2005年05月24日(火) お気に入りは芋焼酎をロックで。

先日テレビの旅番組で皿鉢(さわち)料理が紹介されていました。

皿鉢料理は高知県の名物で、大皿にいろんな料理を豪快に盛りつけたものです。

盛られているのは、鰹のタタキだったり、鯛のお刺身だったり、お寿司、また山海の珍味など・・皿鉢料理というのは料理法ではなく、その盛り付け方を指しているんですね。


そして、その番組では皿鉢料理が出来た理由のようなものも語られていました。

単純明快で、最初に大皿でどんと料理を出しておけば、女の人もその後席を立つ必要がなく、ゆっくりお酒を飲めるからなのだそうです。

「はちきん」と呼ばれる元気な土佐の女性にぴったりの話です。


残念ながら、私はまだ本場の皿鉢料理を食べたことがないのですが、その由来を聞いて皿鉢料理が大好きになりました。



興味を持った料理には、すぐチャレンジ!
その日早速、皿鉢料理もどきを作ってみました。

我が家ではお客さんでも来ない限り料理は一度に食卓に並べますから、わざわざ大皿に盛る必要もないんですけどね。



ご飯は盛り付け易いように、細巻きと最近凝ってる天カス入りのおにぎり(ご飯に天カスとダシしょう油を混ぜて握るだけ)に。


おかずも別の大皿にひとつにして盛って。


食卓に着いた子供たちは「今日は何の日?」


中身は殆ど前日、前々日の残り物をアレンジしただけだったのにご馳走に見えたようです。
目先の新しさのおかげか、料理はどんどん片付き、残り物が一掃出来ました。

いつもと同じものも一手間と盛り付け方で別な料理に見えるんですね。




そして、本来の目的、「ゆっくり飲む」こともモチロンちゃんと達成しました。

飲むといえば、最近ダンナが通販で焼酎サーバーを買ったので、面白がって使っています。

雰囲気もよく便利なのはいいけれど、飲んだ量も残量もわからないのが曲者。
いつも飲み過ぎてしまいます。


2005年05月23日(月) ライコネン優雅にモナコで一人旅・・乾杯、モンテカルロ♪


昨日は、F1モナコGPの決勝の日。

気がつけば・・モナコは今シーズン6戦目です。
こんなことは初めてですが、テレビで観戦するのは6戦目のモナコが今年初でした。


いつもながらモナコGPは優雅で特別な雰囲気たっぷりで、テレビには、自宅やホテル、クルーザーからシャンパンか何かを片手に観戦する大勢のセレブの姿が映っていました。

昨日はお天気もよく海の色も本当に綺麗で、白いクルーザーが映えること。





レースは、ポールポジションからスタートしたライコネンがそのまま優勝しました。

というと平穏なレースのようですが、モナコGPがそんな退屈なまま終わるワケがありません。


ライコネンの優雅な一人旅とは対象的に後続のマシンには色々波乱がありました。



モナコGPはサーキットではなく公道で行われるので、道幅も狭く左右をガードレールに挟まれるようなコースです。

途中トンネルもあるし、アップダウンも多く、ローズ・ヘアピンと呼ばれるすごいヘアピンカーブ(ヘアピンコーナー?カーブとコーナー・・どっちだっけ?)をはじめコーナーも多く、シフトチェンジも頻繁にする必要がある・・と、かなり難しいコースと言われています。



余談になりますが、このローズ・ヘアピンはローズモンテカルロホテル前にあるから、他にもミラボーホテル前のミラボーコーナー、レストラン「ラスカス」前のラスカスコーナーなど・・
そこが公道であることを象徴するような名前があそここに見られ、歴史のある建物と共にF1もしっくり街に収まっていて、それがまたモナコへの憧れを強くするのかも知れません。



昨日は、レース途中でコースを塞ぐように止まっているマシンがありました。

後ろからどんどんマシンが走って来るのに、コース幅が狭いので逃げるスペースがあまりない状態・・つまりすご〜く危険なのです。

でも、そこはさすがにF1ドライバー、巧みにかわして大きなクラッシュはありませんでした。

それでも、やっぱり避けきれずにぶつかられてしまった1台あり、リタイアしてしまいましたが。



同じくコース幅の狭さから、自分より多少遅いマシンが前を走っていても、簡単に追い抜くことが出来ません。

昨日も、1台の遅いマシンが後ろに5、6台引き連れて走っていました。
まるで、走るシケイン状態です。

トップのライコネンとの差を少しでも詰めたい後続マシンのドライバー達はかなりイライラしていたはず・・



表彰台を懸けた3、4位争いも最後の最後まで続いていたし、久しぶりに見たF1はやっぱりすごく面白かったなぁ。



「命かけて走る意味がわからん」と日頃から全くF1に興味を示さない息子は、昨夜も隣でゲームをしていました。

ゲームをしながらも実況は聞いていたのか、レースの終盤になると目はテレビに向いたままで、「おっ。すげ〜・・」と真剣に見てるじゃないですか(笑)

そして、冷静になって「俺、なんでF1なんか見てるんやろ・・」

元々の興味のあるなしに関わらず、面白いものはちゃんとわかるんだなぁ。




やっぱりF1はいいなぁ〜、モナコGPはサイコー♪と思いながらも一つ残念だったのが、佐藤琢磨が走っていなかったことです。


チームが重量規定に違反していたことのペナルティーとして、モナコとその前のGPに出走させてもらえなかったのです。

せっかくのモナコを走ることができなくて、琢磨もチームメイトのバトンもすごく悔しかっただろうな・・



次回の復帰第1戦では、うっぷんを晴らしてはじけてもらいましょう。


2005年05月22日(日) 最近、サボっていたもんなぁ(反省)


昨日は、国際交流センターで勉強会でした。


午前中は、行政書士4人と国際交流センターの相談員の方2人で、具体的な相談事例についてディスカッション。

昼食を挟んで午後からは、先輩行政書士さんが相談を受けたケースについて、在留資格が認定されるかどうか細かく調べるのにくっついて勉強させてもらいました。

やっぱり具体的な事例からは学ぶことが多いです。

それにしても・・・
最近、外国人関係の話に触れる機会もなく、何より自分自身があまり勉強してなかったこともあって、昨日は問題点がピンとこなかったりトンチンカンな話をしてしまったり・・とちょっと自己嫌悪です。


昨年末にはかなり勉強して理解してるつもりになってたことも、所詮は付け焼刃。
忘れてしまってるコトが多くて愕然としました(涙)

やっぱり、日頃の地道な努力が大切ですね。


毎月1回のこの勉強会に加え、国際交流センター企画で7月から始まる、外国人に関わる広い分野の人を対象とした勉強会にも誘っていただいたので、そちらにも参加させてもらうことにしました。

こちらは3年計画の事業だとか。



また新しい人に出会えるだろうし、新しい世界も開けそうで楽しみです。


そのためにも・・

行政書士として参加する以上は、在留資格についてちゃんと話せるだけの知識は身につけておかないと・・ね。


2005年05月20日(金) やっぱりトムはカッコイイけれど・・


数年ぶりに「トップガン」を見ました。


この作品は20年近く前のもので、これを見てトム・クルーズを知り、大好きになりました。
今のトムもいい感じで年を重ねていると思いますが、あの頃のトムは本当にカッコよかったなぁ。


ちなみにトムの映画デビュー作は「エンドレスラブ」なんだそうです。

1981年公開のこの映画、当時高校生だった私も映画館で見ましたが、トムがどんな役だったのか全く記憶にありません(汗)

ストーリーそのものは平凡な悲恋だったと思うのですが、ブルックシールズがすごく可愛くて美しくて。

そして、主題歌はダイアナロスとライオネルリッチーのデュエットでかなりヒットしましたよね。



話は「トップガン」に戻りますが、トムのカッコよさは変わらずですが、同じシーンを見てもセリフを聞いても、若い頃と今では私自身の受け止め方が変わっていることも感じました。

特に今回は事故死してしまうトムの相棒グースやその奥さんの気持ちが深く入ってきました。

(実は今日初めて気がついたのですが、グースの奥さん役はメグライアンだったんですね〜)


さらに、最後のミグとの戦闘シーンを見ながら思ったのですが、今のアメリカにも映画の登場人物同様に闘うために訓練を受けてる人が大勢いるんですよね。

多額の税金を使って訓練を受け、最新鋭の戦闘機をはじめ武器を携えた大勢の人が、イラクで、少し前にはアフガニスタンで戦っていたんですよね。

潤沢にお金のある大国が何かしらの理由を掲げて、小さい国そしてその国民を攻めたてる・・

自称「世界の警察」アメリカが、睨みを利かせているから起こらずに済んでいる戦争もあるのでしょうが、最近の警察はちょっと強引・・世界の裁判官にもなろうとしてるんじゃないかと不安も感じます。


こんなことを考えるのは、日本人の拉致事件はじめ、イラクでの戦いが現在進行形で続いている今だからでしょうか・・?




あの映画が作られた頃は冷戦時代です。

敵機もミグと特定されてるように、トムたちが戦っているのはソ連。

アメリカと肩を並べる大国が相手だという意識がある時には、余計なコトを考えずに見られたのに。


見終わった後、何だか複雑な気持ちになってしまいました。


2005年05月18日(水) たまごご飯で思い出したこと

今朝の新聞に「第一回日本たまごかけごはんシンポジウム」の開催のことが載っていました。

たまごかけご飯専用のしょう油を発売してる島根県雲南市の第三セクターの社員が計画し、実行委員会も結成したそうです。

10月に予定しているシンポジウムでは、レシピのほか、栄養学や歴史学、民俗学など幅広い視点から検証を試みるのだとか。

面白そうですね。


ご飯に生卵を混ぜ、しょう油をかけたものは「たまごかけご飯」というのが正式な名前なんでしょうけど、みんなそんなまどろっこしい言い方してるのかな・・

私は子供の頃から「たまごご飯」です。



ちなみに私は、「たまごご飯」は好きでも嫌いでもない程度。

子供の頃はよく食べたけど、大人になってからは年に数回かな・・特にここ1年ほどは、家族の分は用意しても自分は朝食を食べないので、ほとんど食べてないかも・・


なので、「たまごご飯」の作り方や食べ方に特にこだわりがあるワケではないのですが、唯一譲れないのがご飯の温度です。

炊きたて熱々がベスト。
普通に温かいくらいではダメで、そんな時にはレンジで熱々にします。

半熟とまではいなかくてもご飯の熱で多少卵が固まりかけるくらいじゃないと嫌なのです。

「生卵」がつきもののすき焼きも、熱々のお肉や野菜で少〜し火が通った状態になりますよね。

完全な生じゃないあの感じ・・あれがいいんです。


きっとこのこだわりは私の母譲り。

小さい頃に「今ならご飯炊きたてやから、『たまごご飯』したら?」と言われた記憶がありますから。



母の実家には小さな鶏小屋があって、お正月やお盆に泊まりに行くと朝、卵を摂らせてもらいました。

自分が鶏小屋から持って来たばかりの卵を使った「たまごご飯」を食べるのは子供心に嬉しいものでした。

おいしかったハズですが、残念ながら味は覚えていません(汗)


もうずいぶん前に故人となった祖父、祖母、そして先月亡くなった叔母・・の姿が浮かぶ懐かしい思い出です。


2005年05月17日(火) お疲れさまです。


今日は珍しく出先で一人ランチをしました。

私が入ったのは1時に近い頃だったので、店内は人がまばらでした。

そしてすぐ後に、外回りの人でしょうか、汗を拭きながらサラリーマンらしい人が入って来て、傍のテーブルに着きました。


私はそこの日替わりランチを注文し、食後にホットコーヒーを飲みながら読むつもりで文庫本もバッグに入れていました。


そのサラリーマンは出てきた日替わりランチを、先に食べ始めた私より先にさっさと食べ終わると、コーヒーを飲むこともなく、すぐに店を後にしました。

仕事の合間に空腹を満たす為だけに立ち寄った感じです。



たぶんこんな人は日本中にゴマンといるはず。

ウチのダンナもその一人で、昼食抜きのことも多いと聞きます。

私自身も仕事に出てた頃は昼食抜きだったり、かき込むように昼食を摂ってまた仕事に戻ることもありました。

それをあまり苦とも思っていませんでしたが。



でも今日は何故か、見ず知らずのその人の昼休みがあれで終わりなんだろうと思うと、ちょっと切ない気持ちになりました。



大袈裟な言い方をすれば、日本のサラリーマンの悲哀を見た思いがしました。



本当にお疲れさまです m(_ _)m





ダンナも含め、世の男性がこんな日々を送っているのかと思うと、メニューを見ながら散々迷って料理を頼み、食後にはコーヒー、時にはデザート付き・・その後、おしゃべりが延々と続く主婦定番ランチが申し訳なくなります。







「だから・・これからはランチも控え、外で働く男性の苦労を考えながら家事に精を出します。」








な〜んてことは、絶対に言いませんが (^-^)v


2005年05月16日(月) 犬の顔が見分けられる人


先日terraの散歩途中で、terraと同じシーズーを2匹連れた人と出会いました。

その2匹に激しく吠えられていたのですが、terraは動じることなく、その子たちと遊びたくて、立ち止まり、最後には「遊ぶまで動かないゾ」と言わんばかりに寝そべってしまいました。

それを見て、飼い主さんが「〇〇ちゃんは大丈夫やから、遊んでおいで」と1匹のリードを放すとその〇〇ちゃんは、一目散にterraの方へ走って来て、2匹でじゃれていました。

その後、もう1匹を腕に抱いて飼い主さんが近寄って来て、terraの顔を見ながら「××くん知ってる?」と尋ねられました。

「××くんって、□□屋さんの? terraの兄弟ですよ」と答えると


「やっぱり。顔がすごく似てると思って・・」
「××くんとウチの子たちよく遊んでいるんですよ」


確かに××くんとterraは兄弟の中でも一番似ています。


日頃からシーズーを見慣れているから、わかるのかも知れないけど、それにしても犬の顔を見分けられるなんてスゴイ!!

小さな感動でした。





話はまるで変わりますが、さっきリンク元情報を見たら「チャーハン パラパラ」で来てくれてる人がいました。

息子とのチャーハン対決のときね・・


「先にゴハンと卵を混ぜておけばパラパラに仕上がる」と自信満々に書いて、確かにパラパラに仕上がるのだけど、あれってチャーハン作りの邪道かしら・・?

ということで他の「パラパラチャーハン」のHPも覘きに行ってきました。


な〜んだ、卵とゴハン混ぜてる人多いじゃん(安心)


「パラパラチャーハンを作る決め手はマヨネーズ」というのも複数ありました。炒める前にご飯にマヨネーズを混ぜておくと、ゴハン一粒一粒が油でコーティングされてくっつかないのだとか。

ちょっと油っこそうだけど、トーストにもマヨネーズをかけるくらい、マヨラーの息子には受けるかも。


そして、マヨネーズ嫌いの娘の不満そうな顔が目に浮かぶ。。。


2005年05月15日(日) 掃除と公園ゴハン


今日は年に一度の溝掃除の日。

今年は自治会の役をしてるので、雨にならないことを例年以上に願っていたのですが、ここまで晴れなくてもよかったのに・・というくらいのいいお天気でした(暑)


ご近所総出の掃除ももう10回目ですから要領もよくなって、まず男の人たちが溝蓋を開けてまわってくれ、開いたところから女の人達が溝の中を掃除していきます。

水を流すのは最後にして、まずゴミや砂を取り除いた方が効率がいいことも学習しました。。。


それに最初の頃は、まず自分の家の前から・・と始めていたけど、もう今では掃除に出てる家も出てない家も関係なく、みんなで順番に片付けていくのです。


掃除に参加しないと罰金を払う自治会もあると聞きますが、ここはそんなことしなくても大丈夫。

夫婦揃って出てる家が多いし、お手伝い好きな小学生ばかりでなく中高生の子供も家にいれば(起きていれば?)刈り出されます。

そして、子供たちは自分の親はモチロン、近所のオジサンオバサンに遠慮なくこき使われているのです。


うちの子供たちも、息子は溝蓋のネジを外したり、それが終わるとデッキブラシで溝の底を掃除したり・・オバチャンたちの監視の下(?)頑張っていました。

娘は最初は草抜きをしてたのですが、途中から指名を受けて隣の3歳になる子供の子守りに専念。

溝掃除の時は、マンホールや溝の蓋を開けているので小さい子がちょろちょろすると危なくて親は目が離せません。

まだそれほど力がない娘なんかは他の仕事をするよりも、小さい子の面倒を見る方が貢献度が大きいかも知れません。

娘自身も小さい子が大好きなので喜んで子守りを引き受けていましたし。


そういえば・・うちの子供が小さかった頃には、ちびっ子を一軒の家に集めてそこのおばあちゃんにまとめて子守りしてもらったりもしたなぁ。




みんな頑張った甲斐あってお昼前には無事終わり、用意してあったビールやジュースで喉を潤して解散しました。



その後小学生軍団は、数日前からの計画通りにお昼ゴハンを公園で一緒に食べることに。


お弁当をみんなでスーパーに買いに行くと言うので、それなら大人の分も含めて宅配してもらおうとそれぞれの家の注文を聞いて、お弁当屋さんに電話したのはいいけれど、「1時間半待ち」と聞かされてあっさり断念しました。


当初の予定通りに子供たちは揃ってお弁当を買いに行き、大人のは数軒分をまとめて買いに行ってくれる人や、待ってもいいから・・と宅配を頼む人などそれぞれ。

我が家は、息子が本屋に行くと言うのでちゃっかり便乗して買ってきてもらいました。


小学生軍団の「公園でゴハン」はこれまでにも数回行われていて、月が綺麗だからみんなで見るとか、夏には一緒に花火をするためにとか、色々理由をつけては計画して親に相談に(お願いに?)来ます(笑)


月とか花火の時は、休みの前日に夕食を一緒に、ということになり、その後日が暮れた中で遊ぶのもまた楽しみのようです。


物騒な世の中ですが、公園も含めてこの住宅地内でのことなので、そこは安心。


今日も娘は糸の切れたタコ状態で全く帰って来る気配がありません(汗)



そういうワケで彼女の身は心配してないのですが、実は不安なことも・・・



娘は掃除しながら「宿題まだやってない〜」って友達と話してたのよね。。。

私が心配なのはそっちの方ですからぁ〜


2005年05月14日(土) さすがラジー賞


以前から気になっていた「ショーガール」をレンタルして観ました。


アメリカではR指定を上回るNC-17(17歳未満の入場を禁じる)に指定されたくらいなので、きわどい描写が多いのだろうと思っていましたが、確かに裸で踊るシーンは多いけど綺麗な女の子ばかりなので、あまり不快に感じることはありませんでした。


ラスベガスに出てきた主人公の女の子が、最初はストリップショーに出演、その後オーディションに合格してダンサーとして認めらるようになり、さらにトップダンサーを目指し、最後にはその地位を手に入れる・・というサクセスストーリーです。
ライバルを出し抜く為に汚い手も使うし、ショービジネス界の嫌な部分も見え隠れして。


主人公をはじめ、ダンサーの女の子たちの身体はみんな綺麗だしダンスもそれなりに上手なんだと思う。

けど、ショーのシーンに迫力がなくて華やかなラスベガスの雰囲気が全然感じられない・・


ダンスの山場はいつ来るの?とずっと期待してるうちに終わってしまったような気がします。


ストーリー自体はすごく単純なので、他のところで膨らませてもっともっと楽しませてもらいたかったのになぁ。

とにかく中途半端なスッキリしない気分で見終わりました。



劇場で見てれば、もっと迫力があってイイと思えた?

いや、きっと高いお金を払った分、余計腹を立てたような気がします(汗)



それにしてもこの作品はもう10年前のものですが、タイトルはよく耳にした覚えがあるので、それなりにヒットしたんじゃないのかなぁ・・・

でも、この作品がホントに受けたのかしら・・?



不思議に思ったので、さっき映画評を見てみました。


すると・・・


この作品は、その年のゴールデン・ラズベリー賞を受賞してたんですね。

ゴールデン・ラズベリー賞(愛称:ラジー賞)とは、アカデミー賞の式典前日に映画界のその年最低の功績に贈呈される賞です。

記憶に新しいところでは、最低主演男優賞、最低助演男優賞、最低助演女優賞に「華氏911」のブッシュ、ラムズフェルド、ライスの各氏がノミネートされ、話題になりましたよね。


で、「ショーガール」は、その年のラジー賞の最低主演女優賞、最低監督賞、最低脚本賞、最低歌曲賞、最低カップル賞(?)、最低新人賞・・と多くの部門を占めたことがわかり、かなり納得。



主人公を演じたエリザベス・バークレーは、いきなり最低主演女優賞と最低新人賞を受賞したけれど、その後もちゃんと女優を続けられているようで安心したワ。


2005年05月13日(金) 朝から病理標本


今朝terraの散歩をしてるときに、近所の人に呼び止められ、少し立ち話をしました。


我が家に掲げている行政書士の看板のコトを尋ねられ、「誰が?」とか「以前も法律関係の仕事してたん?」と問われるままに答えていて、病院で臨床検査技師をしてたことも話しました。


すると、その人も検査技師ではなかったけど、大学病院で病理標本を作る手伝いを数年間してそうで、当時のことを懐かしそうに話してくれました。



病理標本とは、内視鏡検査などで見つかった病変の一部を採取したり、手術で臓器を摘出したり、また、亡くなった患者さんを解剖して摘出された臓器を顕微鏡で観察出来るような形にしたものです。


病理診断は、肉眼での観察と共に顕微鏡での観察が重要だとされています。
肉眼や内視鏡所見では気付かずに、顕微鏡で観察して初めて癌が発見されることもあるようです。



病理標本を作るには、まず小さく切った臓器にパラフィン浸透させ、それをブロック状にします。そのブロックを3〜4μmという極薄い切片にして、スライドガラスに貼り付けます。

それに目的に応じた染色をして、病理医が顕微鏡で観察し診断するのです。


もう20年以上も前のことなので、うろ覚えですが、多分これで間違っていないはず・・(汗)


言葉にすると簡単そうですが、相当な日数かかりますし、かなり熟練した腕が必要な作業ばかりです。


その人は細かい作業が好きだったから、楽しかったと話して家の中へ入って行きました。




私はその後、terraの散歩を続けながらあれこれ思い出していました。



私自身は、病理検査に関しては学生時代に一ヶ月ほど実習させてもらっただけですが、実はその時に就職してからも病理検査室の担当だけは嫌だな・・と思っていたのです。


実習先の病院では、病理検査室の検査技師が解剖の際に病理医のお手伝いをし、後片付けも任されていました。

実は、私も解剖の際に縫合をさせてもらったことがあります。
だから、解剖のお手伝いは頑張れば何とかなるかも・・



でも、人気のない解剖室で一人残って後片付けすることは、想像しただけでとても出来そうにありませんでした。


検査室はすべて2階にありましたが、解剖室だけは地下で他からは完全に隔離された空間だったのです。


怖がりの私は、実習中に技師の人から「解剖準備室(解剖室の隣)のホルマリン取ってきて」なんて頼まれると、もうそれだけで泣きそうなくらい・・




幸いにも就職した病院は、ほとんど解剖のないところでしたので、その心配は杞憂に終わりました。




学生時代のこんなことを思い出して・・ちょっと妙な気分でした。


2005年05月12日(木) そんなに仕事があるのなら・・


昨日とある講演会で、消費者センターの人の話を聞きました。


悪徳資格商法に関する話が主だったのですが、最近の事例として「旅行業務取扱主任者」の話が出ました。


旅行のパンフレットを近くのスーパーに置くだけでお金になる。が、その仕事をする為には旅行業務取扱主任者の資格が必要なので、これから勉強して取ってもらいたいというもの。

その資格を取得するための教材を買わせるのが目的です。


その教材は4〜50万するけどローンが組めるし、試験に一発合格出来ればお祝い金として70万貰え、4年連続で受験してダメだった場合も4年分の問題と不合格通知を添えて申請すれば、教材費を上回る金額がバックされる、というおいしすぎるオマケが付き。


まずは電話で勧誘され、曖昧な返事をするとすかさず契約書が送られて来るようです。

そして、その書類を放置してると、電話で契約が成立してるから・・ということで、やめる際には違約金を取られます。

仮に違約金無しに教材費が全額返ってきたとしても、ここが一番タチの悪いところですが、教材の費用はローン会社に借りた形になっているため、そのお金をローン会社に返す時には、限度いっぱいの高い利子を取られることになるのだそうです。



曖昧な返事というのがいけません。

毅然とした態度で断ることが大切です。



ちなみに、勧誘の電話では誰でも簡単に取れると言うらしいのですが、実際に「旅行業務取扱主任者」の資格を取るのはすごく大変で、本気で取ろうと思う人は2、3年専門学校に通うケースが多いそうです。






さっき、この詐欺のことを調べていて、いくつかの体験談を読んだのですが、
その勧誘の言葉のひとつに「・・出入国に関する書類を書くという簡単な仕事なのですが、人手が足りないのでいくらでも仕事はあります。誰でもできる仕事ですが、個人のプライバシーに関わる書類なので資格がないとできない事になっています。ですから・・・」というのがありました。

ん?
それって・・旅行業務取扱主任者の資格を取らなくても、行政書士の資格で出来る仕事じゃないですか〜♪

そ〜んなに大量に仕事があるのなら、是非、私もさせてもらいたいものだワ。

うちにもお誘いの電話、かかってこないかしら(笑)


2005年05月11日(水) 卵焼きとチャーハン

昨夜家族で見ていたテレビで、日本に住むイタリアの男性4人、それぞれのお母さんが来日してミネストローネを作り、それを試食して懐かしいママンの味を当てるというのがありました。


横にいた息子に、「他のと食べ比べて、お母さんが作ったのがわかる料理ある?」と聞いてみると

「卵焼き」



息子も娘も卵焼きだけは、私のが一番おいしいと言います。

一番おいしいというより、一番慣れた味だから安心するんだろうと思っているのですが、それでも、毎回喜ばれると気分がいいものです。

私が作るのは、卵に塩と粉末ダシの素と水を混ぜて焼くダシ巻きのような卵焼きです。

熱して油を引いた卵焼き器に卵を流し入れ、まずスクランブルエッグのようにかき混ぜ、固まりかけたところで巻いて完成。

お弁当に入れる時はしっかり火を通しますが、オムレツのように中が半熟の時に熱々を食べるのもまたおいしいですよね♪

私自身が甘い卵焼きが苦手なので、砂糖は使いません。
この味に慣れた子供たちも甘い卵焼きは嫌いなようです。


私は、カレーよりもハンバーグよりも、家庭ごとの味の違いが一番大きいのは卵焼きじゃないかと思っています。


なかなか他の家の卵焼きを食べる機会はありませんから、自作の卵焼きを持ち寄って味見し合う・・なんていうのもやってみると面白いかも。

今度近所の人と飲む時に提案してみようかしら(笑)




どういう繋がりがあったのか、息子の言葉は「お母さんのチャーハン、パラパラじゃないから嫌やし・・」と続きました。

我が家でチャーハンと言えば、残りゴハン処理のように、あり合わせの材料で作ることが多いのです。

水分の多い具材を入れたり、分量のバランスが悪いせいもあるし、何よりパラパラにすることなんか意識せずに作っているから、たしかに見た目は混ぜゴハン風かも。



ウチのお母さんはベチャッとしたチャーハンしか作れない、と思われるのはしゃく(←負けず嫌いやし・・笑)

もう夕食も終わり、そろそろ片付け始めようと思ってた頃だったけど、「パラパラのチャーハンくらいすぐ作ってあげるよ!!」

ちょうどゴハンも少し残っていたし、たしか半分残った玉ねぎが冷蔵庫にあったはず・・
酔ってた勢いもあって、作り始めました。


中華のプロのような技も強火もないけど、こっちには主婦の裏技があります。
先に溶き卵にゴハンを入れてほぐしておけば、簡単にパラパラになるのです(ニヤリ)

あっという間に玉ねぎと卵だけのチャーハン完成。



私には出来ないと思っていたパラパラチャーハンをあっさり作ったものだから息子は「俺も作ろ」と玉ねぎを切り始め、冷凍ゴハンを温めてる・・

(もしかして、ヤツも負けず嫌い?)


出来上がったチャーハンは、裏技を使っていない割に(笑)結構パラパラのいい感じに仕上がっていました。

お。なかなかやるじゃん・・とちょっと感心しながら他のことをしていたら、

「あ〜俺の負けやぁ〜・・味付け忘れてて、醤油かけたらパラパラじゃなくなった・・」の声。

パラパラにすることばかりに気を取られて、味付けを忘れていたのか・・
まだまだ、甘いね〜。
こっちは学生時代から数えると24〜5年料理作ってるんだからね〜勝負しようなんて、10年早いゾ。




完成したチャーハンは、全員が少しずつ味見した後、夕食が少し物足りなかったダンナのお腹にすんなり収まりました。



そういえば、私は義母の卵焼きを食べたことないなぁ。

ダンナはどんな卵焼きを食べて育ったんだろう・・・


2005年05月09日(月) みんなにありがとう!


昨夜は子供たちが夕食の用意をしてくれる、ということで「お母さんは、お酒でも飲みながらテレビ見てて」と、焼酎とするめを用意してもらい、言われた通りくつろいでいました。

あ〜極楽、極楽。。。


1時間半ほど待った後に登場したのは、レタス包みとピリ辛きゅうりでした。

レタス包みは先日南京町で食べそびれたから挑戦したのね。



レタスの隣に並べられたのは、豚挽き肉とみじん切りの玉ねぎ、小さなサイコロに切った長芋をゴマ油で炒め、塩と唐辛子で味付けしたものと、マーボー春雨の2種。

豚挽き肉の方は息子のオリジナルで、マーボー春雨は袋に書かれた作り方を見ながら娘が頑張ったのだとか。


私も何度か挽き肉と野菜やキノコを炒めてレタス包みを作ったことはありますが、長芋という発想はなかったなぁ。

外のもっちり感と中のシャキシャキの歯ごたえが新鮮。

さすが、長芋大好き人間の考えた料理だね〜

味付けもシンプルでおいしかったし、辛いのが苦手な娘の分を唐辛子を入れる前に取り分けておく気配りもなかなか。



娘の方も、割りと簡単に出来るマーボー春雨を袋に書かれた作り方を見ながらとはいえ、一人だけで作り上げたのに驚きました。




昨日は、子供たちの成長を改めて感じることが出来た、いい母の日となりました。

ありがとうね。






〜〜〜


気が付けば・・このHPも日記も始めて1年が過ぎていました。


この一年間でどれだけ成長したのか・・と自問するとちょっと悲しくなってしまうくらい停滞したまんま(涙)

でも「人が経験することに無駄なことなんかない!」と思っていますので、どこかで芽が出てくれるものと期待しながら、また日々を重ねていきます。


2005年05月08日(日) 今日は楽する母


母の日ですね。


我が家でも昨日からの宣言通りに子供たちが早起きし、分担して家事を片付けてくれています。


掃除、洗濯、朝の片付けにterraの散歩・・

さらに昨夜こっそり作っていたゼリーを出してくれ、お湯を沸かしかけたらコーヒーを入れてくれて・・と至れり尽くせりです。


私は手持ち無沙汰で、お布団を干したり、残っていた冬物を片付けたりしていると「せっかくお母さんにゆっくり休んでもらおうと思ってるのに、他の用事してたらアカンやん」と子供に叱られました(笑)


この調子で今日は一日、二人で家のことをやってくれるそうです。

夕食もメニューを考えて、買物にも行くのだとか・・



せっかくだから、甘えてのんびりさせてもらうことにしましょう。





でもね。

家事の分担のことでケンカするのだけはやめてくれないかなぁ・・・(願)


2005年05月06日(金) 久々二日酔い(汗)


我が家のお隣さんとその向かいのお家は仲よしで、ガレージで一緒にバーベキューをしてる姿をよく見ます。

ウチのダンナが仕事から帰ってきたとき、その最中だったりすると、誘ってもらって、そのまま合流なんてこともありました。


で、昨日は、昼間からみんなでやろうと誘ってもらい参加してきました。


食べる物、飲む物を持ち寄って、お昼前からボチボチ開始。




もう10年の付き合いの近所の人ばかりだから、気心も知れてるし、多少飲み過ぎても、家が目の前だから、そこは安心。

そして、これが一番すごいところだと思うけど、数軒でまとまって何かするとき、最初から参加していないと入り難かったり、声を掛けていない家の人と顔を合わせるとちょっと気まずかったり・・というのがありがちですが、昨日は顔を見た人みんなに声を掛けたので、その点もすごく気が楽。



遊びに出かけるのをみんなで見送った家族が帰って来てから合流したり、途中、買物に出る人もいたし、来客があり「じゃあ、とりあえずこれで。でも、まだ続いてたら又来るね」と帰って行った人もお客さんが帰った後復帰したり・・と出入りも激しい(笑)


我が家だけを見ても、私は最初から、ダンナと娘は夕方前からの参加で、息子は参加せず・・とバラバラだったし(汗)



昨日、赤ちゃんのお食い初めを予定してたお家もあり、大きな鯛を炭火で焼いて家に持って帰り、しばらくしてから、家族と共にお寿司やオードブル、さっき焼いた鯛が登場したりもしました <ごちそうさま。



始まった頃は大人ばかり6、7人だったのが、最後には30人近くにはなっていたような気がします。

イスも食べ物も飲み物も・・みんな足りない物はすぐに取りに帰れますから。



最後まで残った半分くらいは子供で、さっさとお腹を膨らませると、普段は人数が足りないドッジボールを、中高生や元気な大人も加わって楽しそうにやっていました。




お昼ゴハンのつもりで始めたのに・・いつの間にか日も暮れて、結局、お開きは・・・9時前(驚)



私もそんなに飲んだつもりはなかったのに、長時間だったせいかすっかり酔ってしまい、家に帰ると片付けする力もなく、そのまま寝てしまいました。




でも、ホントッ楽しかった〜♪
ホストファミリーには感謝です。


2005年05月04日(水) 渋滞せずラッキーでした


昨日は神戸で遊んできました。


朝早めに家を出た甲斐あって、順調に三宮に到着し、車を停めてブラブラ歩いて、南京町に着いたのは9時過ぎ。

まだ準備中のお店も多かったのですが、すでに店頭に熱々の揚げ物が並び、セイロからは湯気が上がってるお店もいくつかあり、朝ごはん抜きで家を出てきた私たちは、早速買ってかぶりつきました。

ダンナと私が食べたのは豚バラバーガー(サンド?)
熱々ふかふかの皮に柔らかく煮た豚バラと高菜(だったと思う・・汗)が挟んでありました。
見た目よりずっとあっさりしてておいしかったです♪

息子の小籠包も一つ食べさせてもらったら、6個500円とお手頃価格なのに、中にしっかりスープが入っていて、本格的。
「むっちゃウマイ」を連発していました。


お腹も落ち着いたところで、南京町をウロウロしたのですが、まだ早い時間なのに、豚まんで有名な老祥記にはすでに行列が出来ていました(驚)


南京町は東西に長いメインの通りから南北にいくつか路地が伸びているのですが、それぞれの路地の入り口と出口に、路地の名前や干支をモチーフにしたプレートが埋め込まれているのを発見。

せっかくだからと、デジカメで撮影しながら歩きました。




〜〜〜


北に伸びた路地は、元町商店街に繋がっているのですが、その境となる通路には、レンガがたくさん埋め込まれていて、それぞれにメッセージが書かれていました。

震災直後に作られたものだと思いますが、そこには神戸への思いや復興を願う気持ちが溢れていました。


また、異人館でも、震災で屋根から落ちた煙突が保存されているのを見ました。



もちろん私も、多くの方が犠牲になられ、街が破壊された阪神大震災のことを忘れたわけではありません。
でも、目の前にある明るく元気で華やかな町と、わずか10年前に大変な災害に遭った事実がすぐには結びつきませんでした。


それは、多くの方々が懸命に尽力され、街が完全に再生した(少なくとも観光客である私にはそう感じられました)証だと思います。

もう、他所から来た人が普通に過ごしていると街の中で傷跡を見ることがないのでは・・



だからこそ、震災があったことを私達にちゃんと意識させるモノの存在に、大きな価値があるような気がしました。


〜〜〜




南京町の路地散策を終えた頃には、店先で食べ物を売る屋台もずいぶん増えて、町中がおいしそうな匂いに包まれていました。


実は、お昼を食べるお店に狙いをつけていて、HPをプリントアウトして持って行くと割引になるというので、それも用意していたのですが、実際にお店の前に行くとちょっとイメージが違っていました。


少し迷ったのですが、子供の希望もあり、昼食も屋台で済ますことにして、物色開始。


4人で味見し合いながら、ふかひれラーメン、四川風ピリ辛ラーメン、ワンタンめんを食べ、歩き出したと思ったら、ダンナは揚げパンを齧ってるし。

その後も私たちはビール片手に揚げ物、子供たちもマンゴーアイスやマンゴーゼリーと・・お腹いっぱいになりました。



私たちは11時過ぎに南京町を後にしたのですが、その頃には人がすごく増えていて、老祥記は気が遠くなるくらい・・他のお店や屋台にもかなり行列が出来ていました。




食後の腹ごなし、というワケではありませんが、異人館まで歩こ、歩こ♪

北野界隈は子供たちは初めてで、私たちも15年ぶりくらいです。



異人館が近くなると、娘のお目当ての、可愛いお土産物屋さんも多く、(さすがに入りませんでしたが)おしゃれなレストランもいっぱい。

走ってるバスさえも凝ってるし、新しい異人館も増えて、相変わらず素敵な空間でした。


なのに。

北野町広場やおらんだ坂が近くなるにつれ、私の気持ちはしぼんでいきました。


よく行っていた20年前と比べるのが悪いのだろうと思いますが、オランダ館なんて2つになっていて、元から(と言ってもまだ20年も経っていないはず)のには「本家」なんて付いているし。

昔は無料だったと思うところも有料になってたし、異人館自体がレストランになってて、食事する人しか入れないところもありました。


高台に建つ「うろこの家」は、隣にうろこ美術館が出来ていて、セット料金1000円也!

高校生以下無料のことろもあるけど、ここは中学生から大人料金で、小5で大柄ではない娘まで大人料金にされそうになったり。


1000円払っても、それだけの値打ちがあれば、いいんです。

でも、残念ながら私にはそうは思えませんでした。


「うろこの家」の方は重厚な調度品やマイセンの食器類もため息が出るくらい・・
相変わらず、素敵でした。


期待はずれだったのが「うろこ美術館」

「小さな美術館」ということだから、絵画の数が少ないのはいいとしても、あのライティングは何とかならないかなぁ・・
光って絵が見えない。

それに飾ってある絵も一貫性がなく、ごった煮な感じ。

人が多いことを割り引いても、居心地のいい場所とは思えませんでした。





そんな中で「風見鶏の館」はロープを張った立ち入り禁止区域が少なく、そこで暮らしていた人の生活を一番感じられ、以前と変わらない姿にほっとしました。

正直なもので息子に「どこがよかった?」と聞くと「風見鶏」と即答。



異人館周辺の観光を早く切り上げそのままに帰路についたので、道路も朝以上に空いててまだ日のあるうちに家に着きました。

この人の移動の多い時期に、渋滞に遭遇せずに済んだコトに感謝ですね。


2005年05月02日(月) 痛いなんてものじゃ(泣)


今日は朝から健康診査・がん検診を受けてきました。


恥ずかしながら、検診なんて出産前以来・・

面倒だし、ちょっと怖いし、とずっと敬遠していたのですが、年齢的にもそろそろ逃げられなくなってきたなぁと今年は観念して受診しました。


受けるからには、基本検診に加え、胃、大腸、乳房、胸部と全部申し込んで。


受付を済ませ、順調に進んでいたのですが、採血の時になって、私の血管は看護婦さん泣かせだったのを思い出しました(汗)

看護婦さんに無理にお願いして、今日も手の甲で採ってもらいました。

たいていの看護婦さんは、なるべく痛くないようにと太い血管を捜してくれるのですが、針を入れて中で探される方がずっと痛いことを経験から知っているので、いつも手の甲でお願いしています。

細い血管だから血液の出がだんだん悪くなって、最後には看護婦さん二人がかりで絞り出すように採ってもらいました。



病院の検査室に勤めていた頃、職場の検診のときはお互いに採血し合っていたのですが、私のは誰も採ってくれず、いつもダンナ(同じ職場でした)の手が空くのを待っていたことを思い出しました。





胸部レントゲンも10数年ぶり、そして、バリウムを飲むのは初の経験。



もう一つ今日初めて経験したのが、マンモグラフィーです。

マンモグラフィーというのは、乳房のX線撮影のこと。

乳房を4〜5センチに圧迫して、マンモグラフィー撮影装置で乳腺内部をフィルムに映し出します。

経験者に「痛いよ」と聞いてはいたのですが、本当に本当に痛かった!!

「ごめんなさいね〜痛いでしょ。少しだけ我慢して下さいね〜」と技師のお姉さんはとても柔らかな口調で、丁寧に説明して、手際よくセッティングしてくれるのですが、それでもやっぱり痛いものは痛い。

でも、マンモグラフィーは、これまでの視触診だけの乳がん検診に比べるとその有効性は格段に高いそうですから、多少の痛みは我慢しなきゃ・・。




それに、なんだかんだと文句を言ってても、この検査を全部無料でやってくれるんだもん、感謝しないといけませんよね。


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