連日の授業参観。 透析日に5年生の音楽発表があって、それは小雨が降る日のこと だった。 透析の穿刺には順番があり、その日はわたしは8番目だったのだ が、たまたま終了後の早い時間に検査が入ったので、一番に穿刺 してもらえた。 検査が終わって、小雨の中を急いで自転車で帰宅し、ぬれた服を 着替えて、軽い食事をとって学校に向かった。 体育館での発表が行われ、緊張するとあくびが出る息子は、合唱 の間でもあくびが出ることもあった。 あくびは緊張感がなさそうな行動に見えるが、実は緊張していた のである。 クラスごとの演奏では木琴を演奏していた。 その後の懇談会は、さすがに疲れていて欠席。 息子と一緒に帰宅した。
翌日は、支援級の授業参観。 5年生の発表のときとは違って、あくびをすることもなく楽しそ うだった。 支援級のみんなも実に楽しそうに発表していた。 グループごとの発表ではちょっとだけ緊張している子もいたが、 合奏や合唱の発表では実に楽しそうだった。 その後の懇談会も出席した。 近く行われるお別れ遠足の説明があった。 これまでのお別れ遠足は、映画を見に行ったり、よみランに行っ たりしたが、今年は大きな公園まで行くようだ。 電車に乗って、バスに乗って、それら全てが総合学習だ。 今年は年度の途中からだんだんと人数が増えて行って、大所帯だ から、付き添う先生は大変だと思う。 だって先生の数は増えてはいないのだから。 自ずと上級生が下級生の面倒を見ることが必要になる。 そのあたりのことは、彼らにとってはなかなか難しいことなのだ が、お別れ遠足という名目からして5年生がリーダーになるとい うことで、息子がリーダーになるようだ。
責任感で、下級生に厳しくなりすぎないようにと母は思う。
息子が一泊の宿泊学習に出かけてきた。 相模原市の宿泊学習施設。 1日目は、オリエンテーリングと、昼食を挟んでの活動。 いくつかあるなかから、息子はディスクゴルフというものを選ん でいた。 夜は星空を見る活動も行われた。 2日目は、午前中に調理に関する活動があり、息子はドラム缶で 焼く米粉ピザというのを選んでいた。 昼食後に集いがあってそれから帰ってきた。
一番心配だったのは、交流級の子ども達と寝ることだった。 親と離れて泊ることは、支援級のお泊り学習で慣らしてきたが、 それは同じ支援級のみんなと泊るということで、そばには先生も 一緒に寝ているので安心していられたし、何かあってもすぐそば の学校で寝ているからという気持ちもあった。 しかし、今回は交流級の男の子達との部屋で、先生とは別の部屋 だし、子ども達との間で何かあったらという心配はあった。
学校に帰ってきた息子を迎えに行くと、バスに酔ったと気持ち悪 そうにしていた。 エチケット袋を持たせて終わりの会に付き添ったが、吐いたりは しなかった。 酔い止めは飲んだけど、もしかして僕は2錠飲まないといけない 年齢になってたんじゃないのと言われ、確認するとその通り。 行きも帰りも1錠ずつしか飲んでいなかったので、酔ってしまっ たようだった。 薬の箱の説明を読めば2錠ずつだとわかったのだろうが、息子に とってはまだお母さんの指示が最優先なので、1錠と言ったお母 さんの指示が間違っていたねと謝った。
気持ち悪いと言ってはいたが、帰宅しながら夜の様子やお風呂の 様子を楽しそうに話してくれた。 大きなお風呂は、親戚一同の旅行などで温泉で経験しているが、 温泉は暑いから長く入っていられないことが多かった。 今回のお風呂は広くて温度もちょうど良くて、長く入っていられ たよと言っていた。 クラスの男子全員(20人くらい)で入ったそうだが、なかには 泳いだりお湯をかけっこしたりして遊ぶ子もいたよと笑顔だった。 寝るときは、先生が来たら寝たふりしてそのあと起きてとかして、 寝たのは23時くらいだったこと、起きたのは5時くらいだった ことを話してくれた。 部屋も広くて楽しかったそうだ。
寝不足の息子は、帰宅して着替えてから、乗り物酔い対策で敷い た布団でゴロゴロしていたかと思ったら、寝てた。 母に一通り話して、自分の布団でゴロゴロして、眠ってしまった。 夕食までの一眠りだった。 夜は二人でポニョを見た。
来年度は、修学旅行で2泊3日。 少しは安心して送り出せそうな、いい体験学習だったようだ。
「エンピツ」の機能のなかで、自分の日記をどこから参照されて いるかを見るものがあるが、それを見ていて昔の日記を読むこと になる場合がある。
今朝は、2005年の2月の日記を読んだ。 息子をもぐちゃんと必ず記述していた頃で、日々の成長を喜んで いたことが思い出された。 名前を呼ぶと手を挙げるようになったとか、3人で一緒に遊んだ ことを思い出して繰り返すようになったとか、嬉しそうに書いて いた。 ああ、親バカ山盛りだったなと思った。 10年前だ。 すっかり忘れていたことがいっぱいあった。 そうだ、テレビ台の棚に乗せていたビデオやプレステ2をいじら れないように、いろいろ工夫したっけなあとかいうことも。
今年、9月に親戚一同のバス旅行が予定されている。 姪のところの男の子はそのころ、10年前の息子と同じくらいの 月齢になる。 わたし達がいろいろと工夫したり感じたりしたことを、姪夫婦が 今度は体験するんだなあと思うと、いろんなことを思い出せるよ うに記録しておくことは大事だよと伝えたい。
わたしが「エンピツ」に乗せた日記は、全てとってある。 結婚してからの記録。
何かあったときは掘り起こして、忘れていた気持ちや事柄を思い 出して、また一歩踏み出す力にしたいものだ。
あのころは君が一番だったこと変わらぬままで言わずにおこう(市屋千鶴)
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