くじら浜
 夢使い







公園とベンチ 6   2006年09月30日(土)

雨が降るとぼくたちは階段で雨宿りをした。

公園のすぐ横にある古びたビルの一階が銭湯になっており、銭湯の入口の左には大人ふたりがやっとすれ違えるくらいの幅の階段があった。雨に濡れたふたりはいつも5段目の階段に座った。濡れた体を寄せ合うようにぴったりくっつけ、震えながらふたりは降る雨とその雨に濡れるベンチを眺めていた。

黙っていると息遣いさえ聞こえ、だからふたりは黙って互いの息遣いを感じていた。そうすることにより、肌と肌を触れ合うことにより、手を重ねることにより、ぼくたちはお互いの存在を確認し合い、同じ痛みを共有し、傷を舐めあっていた。
あの日以来、会う回数が多くなったのは、会いたいからではなく会わないと不安になるからだった。肌と肌を触れ合い、そうすることでしか不安を解消するすべをふたりは知らなかった。

想いが募れば会いたくなり、会えなければ不安になり、会うと辛くなる。
ぼくたちはもっとわかり合えるはずだった。でも、今はこうして肌を触れ合うことでしかわかり合えないのか・・。でもこれ以上の何をぼくは望むというのか。彼女と同じ感情を分かち合い同じ時間を共有し、しかしこのどうしようもないもどかしさと焦燥感はどこからきているのか・・。

ぼくは彼女の髪を撫でた。
彼女はぼくのその手を触れた。

いつの間にか雨が止んでいた。


   つづく。








公園とベンチ 5   2006年09月29日(金)

公園にも木枯らしが吹き始めていた。
いくら南のくにだからといってもこの時期はかなり冷え込む。
とくにその日は寒かった。

公園でふたりで会うようなっても、ぼくも彼女も時々は以前のように仲間たちと一緒に来るときもある。そんな時は、皆気をきかせて離れた向こう側のベンチに行ったり、公園から出てよそに行ったりしていた。

その日ぼくはひとりでベンチに座り、彼女が来るのを待っていた。
しばらくして彼女は友達と一緒にやってきた。彼女はぼくに見向きもしないで友達ふたりともうひとつの離れたベンチに腰掛け、そして楽しそうにお喋りを始めた。ぼくは黙ったまま彼女がこっちに来るのを待っていた。しかしいつまで待っても彼女はこっちに来ないし、友達ふたりも動こうとはしない。

次の日ぼくは彼女を責めた。なぜぼくを無視したのかを問いただした。
彼女は何も言わず、黙って下をうつむいた。いや・・というかぼくの激しい口調に驚いてなにも言えなかったのかもしれない。考えてみればぼくより3つも年下の中学生の女の子なのだ・・
ぼくはすぐ後悔した。たあいもない事でいらだっていた自分と、そんな感情をただやみくもに彼女にぶつけたこと、そしてなによりも彼女を傷付けてしまったことを後悔した。
泣いている彼女を前にぼくはどうすることも出来なかった。ただ「ごめん」と言って彼女の泣き止むのを待つことしかできなかった。

木枯らしの寒い日だった。


   つづく。








公園とベンチ 4   2006年09月28日(木)

彼女は空手の大会が近づくと、その準備や練習で部活が忙しくなり、公園に来るのも少なくなってきた。その分ぼくたちは時々日曜日に公園で待ち合わせをしていた。制服ではなく普段着の彼女は他の中学生に比べると少しだけ大人びていた。ぼくより3つも年下のはずの彼女が眩しかった。

10代のころの3才の年の差というのは相当なもので、ましてや高校生のぼくが中学生の女の子と付き合っているということに、最初は多少の気恥ずかしさがあった。だから公園によく行く仲間以外には秘密にしていた。

ぼくたちは日曜に会うときはよく街に出た。
日曜ならぼくも彼女も街で知り合いに会う確立も少ないと思ったからだ。
街に出るといっても高校生と中学生のぼくたちが喫茶店に入るわけでもなく、映画を見るでもなく、ただ街の中をふたりで歩くだけのデートだった。街の中央にある長いアーケードを歩き、アーケードを抜けるとバス通りを歩き、市役所を左に曲がりレンガの舗道を歩き、人通りの多い川沿いの市場を歩き、洋服屋さんの並ぶ商店街を歩き、たまに本屋により雑誌のページをペラペラめくりながら同じページをふたりで見たり、そして夕方になるとやっぱりあの公園に戻った。

そんなふたりだけの時間を共に過ごしてる内に、ぼくは初めて会った時に見た彼女のあの表情をいつしか忘れていた。いや、忘れたのではなく、いつの間にか胸の引出しの奥の方にしまい込んでしまったのだ。ぼくと一緒にいるときの彼女の笑顔が本当の姿だと無理やり自分を納得させ、しまい込んだ引出しを開けるのが怖くて、それから目をそらしていたのだ。

両手ですくった砂が少しずつ指の隙間から落ちていくように、ぼくと彼女の掌いっぱいに溜まった感情の砂はその小さすぎる掌には入りきれず少しづつこぼれ落ち始めていた。

   つづく。








公園とベンチ 3   2006年09月27日(水)

離れたふたつのベンチの後ろには、それぞれに大きな樹が一本づつ立っていた。秋の少し冷たい風に吹かれて、ふたつの樹は上の枝葉がまるで磁石が引かれ合うかのように、揺れてはくっつき、また揺れては離れ、そのざわめきがベンチにも聞えてきた。

ぼくと彼女はいつしかひとつのベンチに座るようになっていた。

ぼくたちは毎日いろんなことを喋った。
彼女の家はそんなに裕福ではなかった。もう随分前に父親を亡くし、今は母親と弟と三人で暮らしていること。中学の部活では空手をやっていること。彼女の空手は相当なものらしく、地区の大会ではいつも上位に食い込み、全国大会にも何度か出ているということ。そして家で猫を一匹飼っていること。そんなようなことを彼女は一生懸命ぼくに話してくれた。
そしてひとしきり話が終るとふっと下をうつむき、またあの寂しげな表情をみせた。

ぼくはとっさに彼女の手を握っていた。
彼女ははっと驚いたように顔を上げぼくを見た。そして今にも泣き出しそうな顔でぼくの掌を握りかえしてきた。強く握りかえしてきた。ぼくは彼女を守りたいと思った。強く思った。

ひとをすきになるということはこういうことなのだろう

「ふたりは付き合ってるの?」と、唐突に彼女が聞いてきた。

「うん、たぶん」
「でもその前にまだ告白されてない」と彼女は笑った。

そしてぼくは初めて彼女に告白した。
彼女は少女のような顔で微笑みうなずいた。

ベンチの後ろの大きな樹に夕陽があたっていた。

  つづく。










公園とベンチ 2   2006年09月26日(火)

いつもの公園にその日ぼくはひとりで来ていた。

公園にはいつものように彼女たち3人が、砂場の右側のベンチに座っていた。ぼくを見て何やらヒソヒソ話をしているようだったが、かまわずぼくは離れた左のベンチに腰掛けた。すると他のふたりは彼女だけを残しどこかに行ってしまった。

砂場とスベリ台をはさみ、少し離れた距離を置いてぼくと彼女は互いに照れ笑いをするのが精一杯だった。

こんな時間には珍しく、砂場では小さな女の子が小犬とじゃれ合っている。その様子をふたりはただ黙って見ながら、時々砂場越しに顔を見合わせ同じタイミングで笑い合った。そんなふたりだけの共有した時間が永遠に続けばいいとさえぼくは思った。

その日の夕焼けは一段とオレンジが濃く、砂場にはスベリ台の影が長く映っていた。夏の終わりを知らせる蝉の声が公園に木魂していた。

砂場の女の子はいつの間にかいなくなり、またふたりきりになった。

「明日もくる?」
「うん」

ふたりは初めて言葉を交わした。


  つづく。







公園とベンチ   2006年09月25日(月)

高校3年生の時、中学3年生の女の子を好きになった。

学校帰りにぼくが仲間とよく行くその公園は、川沿いの舗道をまっすぐに行き、橋を渡った向こう側の銭湯の横にあった。学校からさほど離れているわけでもないが、通学路から少しそれていた為、あまり人気が少なく目立たない公園だった。いわばぼくらの隠れ処的な場所だった。

そんな公園に時々来ていたのがその子たちだった。3人の中ではあまり目立たないその子は、よくテレビに出ているYの初期の頃の顔にどことなく似ていて、少し陰を感じる女の子だった。でも、そう感じるのはほんの一瞬で、友達と笑顔で喋る姿は無垢な少女のようだった。

その落差が次第に気になりはじめ、仲間と話しをしている最中もぼくはその子に意識が向いていた。人気の少ないその公園に来るのは、いつもぼくたち3人と彼女ら3人だけで、その中でぼくの意識だけがその子に飛んでいた。

そんなぼくの視線に気がついたのか、一瞬ふたりの目と目が合った。その瞬間、その子の表情はこわばり、無垢な少女からまた少し陰を含んだ寂しげな女の子になった。その彼女の顔が深く強くぼくの胸に突き刺さり、でも確実に彼女に惹かれていくぼくは、すぐに彼女から視線をそらした。

公園には木製の古びたベンチがふたつ、少し離れた位置にあった。そのふたつのベンチの間には、そんには広くない砂場と小さなスベリ台があった。

いつまでも続くと信じていた夏は少しづつ終焉に近づき、西に焼けた空の色は確かに8月の色とは変わっていた。その夕陽が彼女の横顔と座ったベンチをいつまでも照らしていた。


  つづく。









追いかけて   2006年09月24日(日)

走り去る雨を
どこまでも追いかけていた

遠い記憶の欠片に打たれて

忘れないことが愛情ではなく
忘れ去ることが愛情








風の匂い   2006年09月23日(土)

この公園は
いつも風が吹いている

この公園の
風の匂いを嗅ぐのが好きだ










鳥取砂丘   2006年09月21日(木)

二十代の頃、仕事をさぼって鳥取砂丘に行ったことがある。

今でもそうなのだが、何かに行き詰まったりふとした事でふらっと・・
放浪癖と言ったら大袈裟だけど、
ふらりと何処かに行ってしまう事がある。
で、鳥取砂丘。
なぜ鳥取砂丘だったのか
あの時はただむしょうに、日本海に広がる見渡すかぎりの砂の世界が見たかったのだ。
そこに行くと何かが変わる、変われそうな気がする
そう思ったのかもしれない。

行ってきました。

道すがら潮の香りがしてきました。
砂が風に吹かれる音も聞えてきます。

着きました。


な・なんだこれは・・


イメージとはあまりにもかけ離れてました。
砂の上には草が生え
砂は白くなく
海はすぐ目の前にあって

ここは砂漠なんかじゃないぞおー
と叫びたくなって、
はい、そのとき気付きました。
そうなんです
ここは鳥取砂丘なのです。
「砂漠」ではなくあくまでも「砂丘」なのです。

砂漠をイメージしてた自分がバカだったのか・・
それとも鳥取砂丘がクソ砂丘だったのか・
・・鳥取の方すみません


まあ人生なんてそんななもんだとその時は妙に悟った気になって・・次の日なにくわぬ顔で会社に行きました。

変わったといえば確かにに変わったかな、
あのクソ砂丘のおかげで。









あさってみる夢   2006年09月20日(水)

きのう夢をみた

明日もたぶん夢をみるだろう

でもあさっては夢をみるかどうかわからない








その宇宙に。   2006年09月19日(火)

山が震える
ぼくの体内に山が入っていく
その奥の森に這う
細胞までもが

空が響く
ぼくの意識が空へ跳ぶ
脈打つ雲にもぐって
屈折を繰りかえし

幾度の細胞分裂は
それが血管になり
根になり
地に這い
記憶の隙間までも支配する

屈折された光の軌跡で
闇ができるように
意識は宙に蔓延り
根付き
水になる


海が轟く

その水は波となり
うねりとなり
その根はしぶきとなり
太陽はその光線で
地と繋がり
しぶきは宙を濡らし
うねりは山を動かし
空を呑み
雨はその調べで森をつつみ雲を滑らせ


そして
ぼくの体と意識はその宇宙に同化した。









くじらになった少年   2006年09月18日(月)

放たれた日常の刃が
胸を深くふかく抉って
ほとばしる赤は
夕刻西の空に朱と同化するのだろうか

その体温さえも忘れるほどに
その場所は遠いのかい

記憶の渦を
一本いっぽん辿っていって
燃える太陽の下
蝉はなぜあんなにも激しく叫び
向日葵はなぜあんなにも天を求め
夏ななぜそこにある

浮き上がった傷痕を
この陽にさらし
少年はいつもこの砂浜で目を閉じていた

渇いた傷痕は
したたる汗で
潤うのかい

体温は
その微熱で
戻るのかい

満潮
夕暮れ
それでも少年は帰ることはなく
真っ赤に染まった夕焼けと
静かにしずかに沈んでいく太陽を眺めながら

いつまでも
くじらを待っていた





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昨日にひきつづき今日も昔書いた詩です。
いや・・サボっているわけでは・・
5周年記念ということで・・
2つとも思い入れの強い詩です。








天空ショー   2006年09月17日(日)

光ってる 光ってる

西の空30度
薄いベールに包まれた光の核は
そのありあまるエネルギーと
もてあました力の渦を
どこにも放出できずに

数時間前にはあれだけ降り注がれた光は
今 どこにも行き場がなく
遮られたベールの中で

光ってる
光ってる

その凝縮された空間に
君は何を見
何を触わり
何を嗅ぎ
その凝縮された空間に
どれほどの想いと
どれほどの宇宙と
どれほどの時間が
あるというのか

その凝縮された空間が
狭まれば狭まれるほど
君の光は輝きを徐々に増し
ベールを突き破らんばかりに放たれたエネルギーは
黄金色でもなく
オレンジ色でもなく
朱でもなく

もはやそれは
意志をもつ一個の宇宙

最大限に凝縮された一個の宇宙

放て
放て

光れ
光れ

打ち破れ


わずか3分の
天空ショー






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●更新記録

【過去の夢使い日記】
「あの夏の日」をアップしました。








たちからお   2006年09月16日(土)

 僕は山にいる
 地(つち)がある
 足が痛むのは
 僕がここにいる証だろうか
 なんて美味そうに・・・・
 蜻蛉(おまえ)は生命を食べるんだ
 風が渡って行く
 葉擦れの音で山が鳴る
 身体の中に・・・・・
 その音が染み通って行くのがわかる。


だいぶ前の日記に↑の詩を見つけた
(たちからお 第24話”お山”より)とあるが・・
いつどこでなにからメモったんだっけ?
たちからお ってなんだ??
まぁこんな詩は自分には一生書けないなと
少し嫉妬を覚えつつ・・

9月16日
今日でこのサイトを開設して5周年になります。

安部次期首相に代わりまして祝福申し上げます ←ありがとう

5周年記念にTOPページをカラーにしました(期間限定)

「夢使い日記」
その前はGAIAXで1年位書いてたから6年
6年もよくもまあ書いたもんです
ま、書かない時期も2年程あったけどね(汗)
詩・・とはちと違う
文章 テキスト エッセイ 短文 散文 メモ ・・
全然違うな
あえて言うとやっぱり「日記]かな
ということで「夢使い日記」でひきつづきやっていきたいと思います。









ゴジラが火を吐く   2006年09月15日(金)

久しぶりの晴れ間
灰色の雲が少しずつ白くなり
その雲が流れていって青空が広がった

そして松井が130日ぶりにホームランを放った

武部幹事長に代わりまして祝福申し上げます ← ?









交差した一瞬   2006年09月13日(水)

色のついた朝がきた
ゆうべの夢はみごとなまでに色褪せ
その交差した一瞬








寒い朝   2006年09月12日(火)

夢を忘れないように
夢を忘れないようにと
なぞった指が
色をつけるように








閃光   2006年09月11日(月)

雷が鳴った
夜更けに激しく鳴った
そういえば夜明けが怖いと言った子がいた
あの子は今どうしてる
もう白い朝は大丈夫ですか

太陽が沈んだ
そしたら溢れてきた
この時期の落陽はいつも溢れる

あの日ビルに飛行機が直撃した
朝一番の画面には煙を吐くビルと
泣き叫ぶ人々の様が映し出されていた








耳鳴り   2006年09月10日(日)

鼓膜の裏のあたりに違和感を感じる
もう半年くらいかな

奥歯の痛みを我慢して
キュッと力を入れたら
左の耳の奥で何かが弾けた音がして
激痛が走った

それ以来痛みは消えたが
違和感と微かな耳鳴りがする






秋の空は爽やかに高く
電線と白い雲が左耳に木霊した








匂い   2006年09月09日(土)

あのベンチに
もう一度坐りたいと思った

古い記憶などもうどうでもいい

ベンチから見上げた夕陽が
君の匂いに溶けたんだ








あの夏の日 6   2006年09月06日(水)


それでも少年は夏を探す

大きく雲を掴み
吹く風を身に纏い

樹に留まり青を感じ
土に足を入れ生命を感じ
水に打たれ天を感じ
海に抱かれ宇宙を感じ
山に抱かれ鼓動を感じ
流れ落ちたモノで己を感じ
溢れ出るモノで体温を感じ
繋げた夢で軌跡を感じ
矧がれた破片で明日を感じ

それでも少年は夏を探す。








あの夏の日 5   2006年09月05日(火)

屋根に登った少年は
ひとつ大きな深呼吸をした

夏の終わりのコノ感情に戸惑いつつ
それでも次から次へと溢れ落ちる


陽射しは昨日とは比べ物にならないくらい弱々しく
崩れかかった入道雲が
わずかに変色しながら千切れていった


コノ感情はどこに流れていくんだろう

蝉が最後の力をふりしぼって鳴いている

遥か彼方の龍郷湾に太陽が落ちていく



少年はただ屋根の上に斜めに寝そべりながら

感情はただ溢れながら











夢を繋ぐ   2006年09月04日(月)

浅い眠りから目が醒める
夢を反芻し
また眠りにつく







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