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Mi Pensamiento Diario

1周年

昨日は短い日記で申し訳ございませんでした。いつものように長々と他愛もないことを書き連ねたんだけど、保存する間もなく消えちゃったので短くなっちゃったの。そんな訳で30秒で読める日記を書いちゃいました。昨日はあれからプレゼンテーション用の資料を作ったんだけど、いろいろやっていたら結局今朝7時までかかっちゃった。本当は今日早起きして、朝から別のことをやろうと思ってたんでけど…。プレゼンテーションのことは明日の日記に書くつもりなので「どんな感じだったの?」って思ってくださる方は申し訳ないけど、明日の日記を見てください。

今日は1人でお祝いモードのムースです。なぜって。それはいろいろとあるの。だから今日はプレゼンテーションのことが書けないのかな?まず最初に今日でやっと夏学期が終わりました。本当につらくて苦しくて厳しい学期だった。途中で何度やめたいって思ったことか。その話をする前にちょっとムースの思ってることを。
ムースが「頑張る」って言葉が好きじゃないって最近日記に書くようになったけど、何でそんなことを思ったかっていうと、みんな頑張ってるって知ってるから。頑張って、頑張って、頑張り抜いているんです。それはもちろん自分のできる範囲で。自分に対してついついいい訳をしちゃう人は自分の能力の限界のところまで挑戦してないかもしれないけど、そのときの精神状態においていっぱい、いっぱいのところまでやってると思うの。もちろん精神状態の限界と能力の限界は違うと思うから周りで見てる人は「頑張ってないじゃん」って思ったり、はたまた「頑張り過ぎてるよ」って思ったり。でもそれは周囲の人がそれぞれもっている尺度であって決して自分が持っているものさしの尺度ではないんだよね。誰しもが自分のものさしを持っていると思う。中には目盛の単位がセンチの人もいるだろうし、ミリの人もいるだろうし、メートルの人もいるといると思う。常にミリのものさしで自分や周りの人を測っている人が、メートルのものさしを持っている人に測られて、「あなたがやっていることは私の目盛1つにも満たない。人間であれば最低目盛1つ分だけのことは出来るはずだ」っていわれたらどうだろう?ミリのものさしですべてを測っている人にとってはたった10センチ分の出来事でも100ミリという大きな出来事になるわけだし、それをメートルのものさしを持っている人に上に書いたような言葉を投げかけられたら、傷ついたり、自己嫌悪になったり、自虐的になったり、変な形で自分を守ろうとしたり、そんなことをし始めるんじゃないのかな?話がちょっと抽象的でわかりづらいかもしれないけど。でもこのいい方がちょっとはしっくりくるのかなって思って。人それぞれがものさしを持っているんだし、目盛は人によって違うから「頑張る」っていう尺度が絶対に違うと思うの。Aさんっていう人が自分の尺度の中ではこれ以上測り切れないって思うことをやっていても、Bさんにしたらそれは何もしていないに等しいことだったり。それなのにBさんがAさんに向かって「あなたは全然がんばってない」っていわれたらAさんはどんな思いをするだろう?イヤな思いをするんじゃないかな。仮に「頑張って」って励ましの意味でいっても、その言葉をいわれた人にとったら「目盛がいっぱいでもうこれ以上測れないのに、これ以上何をすればいいの?何をがんばればいいの?」って思ってしまうこともあるんじゃないかな。「頑張って」っていわれることがどんどんその人を追い詰めていくことになるんじゃないかな。だからムースは「頑張って」って言葉が嫌いになったの。って実際ムースは「頑張って」っていわれ続けて自分が破綻してしまったことがあるけど。
この夏学期もムースの中では苦しくて仕方がない学期だった。ムースの中ではいっぱいだった。でも他の人はムースと違って昼間仕事をして、夜、家に帰ってからムースがやる数倍のことをやってたの。もしこういう人に「頑張って」っていわれてたらこの苦しい学期を乗り越えることが出来なかったと思うんだ。だって自分の中ではいっぱいだったんだもん。他の人のやる半分以下の量しか出来なかったけど、ムースの中ではいっぱいだった。幸運にも誰からも頑張ってっていわれなかったから、よかったけど。もし「頑張って」っていわれてたら自分は頑張ってないんだって思って自分をどんどん追い込んでいったと思うから。自分を追い込むと限界ギリギリのところでいろいろなことをやるから自分の持っている能力を高めることも出来るけど、1歩間違えればすべてを投げ出すことになりかねないと思うの。ムースは自分自身の身動きが取れなくなってしまうとすべてを投げ出してしまう傾向があるから。だからいつもちょっとだけゆとりを持ってないとダメなんだ。この夏学期も苦しかったけど毎日こうやって日記を書くくらいの余裕は常に残してた。だってすべてを投げ出してしまうのが恐かったから。逆にどこかにちょっとだけゆとりを持っていたから最後の最後まで喰らいついて離さなかったと思うの。離すことがなかったから質はどうであれ最後までやり遂げることが出来たと思うんだ。これが自分の持っている範囲を広げてると思うの。だから「頑張って」って言葉はムースには必要のない言葉なの。いつも自分の中では一生懸命やっているいるつもりだから。
スミルノフ君とたわむれながら1人で宴会をしてるせいか、ちょっと支離滅裂になってきたから「頑張る」話は終わりにします。

さて、今日は何を書きたいかというと、ムースがこの北の国に来てから今日で丸1年を迎えたってこと。去年の7月31日に都会を捨てて、この北の国にやって来たの。この1年間はありすぎるくらいいろいろなことがあった。1番大きなことはやっぱり破談かな。今まで疲れが一気に出たし、生きている張りを失いそうになったし。最初の数ヶ月はここの生活に慣れることと輪の中に入っていくことで頭がいっぱいだった。ろくにいいたいこともいえない人がどうにか輪の中に入っていこうとするんだから並大抵のことをやってても埒があかない。だからバカもやったし、いろいろなことに耐えたりもした。自分のためが7割で残りの3割は結婚してからのことを考えて。頑張って、頑張って、頑張った。自分の出来る範囲よりちょっとだけ大きな範囲で。でもその頑張りは実ることがなかった。もちろん近い将来に今努力したことが生かされるときがくる思うけど、今回は頑張りが報われなかった。つらかった。苦しかった。すべてを投げ出したかった。それが今年の上半期かな。でも投げ出さなかった。だって頑張ることをやめたから。頑張らない代わりに投げ出すことをやめたの。最後までやり遂げてなんぼのもっていう風に思ったから。

あぁー、ゴメンなさい。日記が途中だけど、この1年を思うといろいろなことがあったし、今日という1日の日記では書ききれないからここで今日の日記をやめます。ちょっと酔ってるのもやめる原因の1つなんだけど。
とにかく今日で北の国在住1年になりました。アパートの契約更新もしたから、このままここに住み続けることも出来るし。明日は今日のプレゼンテーションの話を中心にお送りしたいと思います。支離滅裂な上に中途半端に終わってしまってゴメンなさい。


2002年07月31日(水)




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