だからなに。
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2004年03月10日(水) 新婚生活とは名ばかり

台所は別に作ってくれた。
ものすごく日当たりがいい、ベランダ側に設置されたシンクは
夏は沸かしたお湯、冬の寒い時期でもぬるま湯かと思うような温度の
お世辞にもおいしいとは言えない水が出る。
沸かして飲んでもおいしくなかった。

家は一戸建てで、「二階を使っていいわよ」とのことで
六畳ふたつと四畳半ひとつのスペースを息子夫婦で使うことになった。
言ってみれば「なんちゃって二世帯住宅」のようなもので
元からある玄関はきれいに直して親が以前と同じに使い、
家の横をぐるっと裏に回ったところに勝手口のようなものを作って
そこがわたしの玄関ということになった。
表の玄関を使っても構わなかったけれど
そこから入ると一階の部屋をすべて通らなければいけない。
それはいやでしょう?

裏の玄関と外をつなぐくそ狭い通路は
屋根もつけて雨が降っても濡れないのはよかったが
家の周りには猫がたくさんいて、どの猫なのかはわからないが
とにかく床下の入り込めるスペースをトイレに使うらしく
年じゅう臭かった。通るたびに「くっさいなぁもうっ!」と言っていた。

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文句とグチばかりになってしまうけど
いい思い出がほぼ皆無だったので仕方ない。
義理母とは普通の会話が成り立たないし・・・
ざっくばらんに話しましょうよね、と、
言う本人がちっともざっくばらんではない。
わたしの話や気持ちは何も届いていないようだった。
自分のことだけを話す人だった。
結婚して真っ先に変わったのは義理母っていうのはアリなのか? と思った。
もっといいおかあさんだと思っていた。

母の日に、花が好きな彼女にふたりで鉢植えの花を買って
「おまえが渡してやって 喜ぶと思うから」と仙人が言うから
おかあさん、これどうぞ・・ と渡したら
まず言ったのは「まぁ お金もないのに」だった。

それは「お金もないのにありがとうねぇ」という感じではなく
金もないのによくこんなもん買えたわねあんた、という感じだった。
ああいうのを「皮肉たっぷり」というのだろうか?
床に投げつけて割ってやろうかと思ったのをぐっとこらえた。
ものすごくいいように考えてあげるとすれば
素直にありがとうと言えなかっただけと思えないでもないが、
こっちはこっちなりに考えて、花が好きだからと思って
そういうことをしたのに、
ふだんから「金額とかじゃないの、そういう気持ちがね、嬉しいのよ」と
言っている人がわたしにはそうではなかった。

結局、ありがとうの類の言葉はもらえなかった。
その後、仙人のところに戻って泣いた。
聞こえてたでしょ? あなたが持っていけばよかったじゃない。
金輪際、あの人には贈り物はするまいと心に決めた。

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その頃は、もちろん仙人とセックスはしていた。
彼のことが好きだったから、セックスできるのも嬉しかった。
人並のペースでしていただろうと思うけれど覚えていない。
下では両親が寝ていると思うと、声も抑え気味になる。
年よりは、いつトイレに起きるかわかったものではない。

仙人の両親は、
わたしの親が若い頃にわたしを産んだこともあってか
わたしの祖母と同年代なのである。祖母よりも上かもしれない。
わたしの親にとっても、親のようなものだ。
話が合うわけもない。
わたしの身内たちは揃って
顔も見たくないと思っているから話すことはもうないだろうけど。

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とにかく、甘い新婚生活などとは程遠く
「あなたにもあたしと同じ苦労してほしいのよ」なんて言われながら
(以前聞かされていたが)あんたの苦労なんか知るか、と思いながら
日々をイライラと過ごしていた。

結婚してわりとすぐこどもができて
会社を追い出されるような形で退社することになって、というのは
同じ店舗に、運悪く同時期に妊娠していた子がいて
その子の具合がとてもよくなくて、出勤してはいるのだが
すぐ裏に行って体を休めるという毎日で
わたしもそれと同じに見られていたからだった。
「何かあったら困るから」とは会社の言い分。
わたしはちっとも具合は悪くないのに。
家にいるほうがよっぽど具合が悪くなると思った。

そういえば、担当の上司から言われていた。
「組織の人間として、結婚式だけはきちんと挙げろ」
挙げたくても挙げさせてもらえない人はどうすれば?
わたしにそんなこと言われてもあのばばあが話を聞くわけない。








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