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2003年01月24日(金) 『千と千尋の神隠し』を観て

 「わたしが欲しいものは、あなたには絶対出せない」

 これが今日の『千と千尋の神隠し』で唯一印象に残った言葉。カオナシが千尋の欲しがるものを何でも出そうとした時の千尋の科白。確かにこれで物語りは展開するが、それほど大事な科白ではない。ただ、僕にはこんな言葉が、今はまるで自分に向けられたようによく響く。
 他のことをしながら観ていた所為か、あまりにもハッピーエンドな終わり方がマンネリにしか感じられなかった。観る状態、気持ちによっても違うのだろうが、果たして気持ちが上向きな時でも良いと思えただろうか。
 「かつて僕は正直なところ、白土三平氏描く忍者漫画の残酷さには耐えられなかった」と手塚治虫が『ぼくはマンガ家』の中で語っていた。確かに『カムイ伝』のラストシーンように今まで信じてきたもの、積み重ねてきたものを、自然や災害ではなく人の手で一瞬で消し去るものを、やたらと子供に薦めれば良いものかどうかは疑問に思う。ましてや子供が1番最初に手に取る漫画だったら…。しかし、こういう世界も実際あるのだと知っているのと知らないのでは全然違う。それよりか本当は人の一生なんて、こういう世界だけかもしれない。『カムイ伝』はすべての子供に薦められるものではない。それでもすべての人には読んで欲しい。
 僕は逆説的にしか物語を捉えれれず、主旨を理解できてないだけなのだろうか。誰か何とか言ってくれ。

 夏木マリの吹き替えはすごくよかった。でも、画はどうしても黒柳徹子にしか見えなかったな…。双子の黒柳徹子、う〜ん…五月蝿い。しかし、なんであんなにも千尋にお母さんは冷たい態度を取るのだろうか。「自分がああいうような冷たい態度を取っていないか?」…と宮崎駿のメッセージとして捉えるのは考えすぎか。


臨月 エイジ |お便り気付かない細道へ向かえ旧ぐっどないみゅうじっく

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