│←ゴミになってでも、生きてやる。→│
メールを下さった方。ありがとうございます。 とても嬉しかったです。
「最低の消え方」をしました。 心にも無いことを平然と昨日の日記で、言いました。 昨日の日記は、いかにもこれから自分が死ぬような事を書いてしまったと、 申し訳なく思っています。 My追加外してくれた方、ありがとうございます。 いつまでも思い込みの激しい私は、最後の最後まで思い込みで生きていくつもりでありますので、みんなの最後の優しさ、そうして、自らの命を自ら、絶つ、という行為をしようとする私に対しての、最後の批判として受け止めさせていただきました。
しかしながら、私は自分の命を絶てるほど、脆く出来た人間ではない事を判っていますが、みんな、そうではないでしょうか。 頑張って考えて、頭を地に打ち付けるほど重くして、悩んで死ぬのは馬鹿馬鹿しいと思うのです。 誰も、不老不死は、望んでいませんよね。 私もあなたも何れ、死ぬ運命にあるのですから。 その代償として人生は楽しいものなのです。 楽しく人生を送るのが、生きる意味なのかもしれないのだと思うのです。 現実の世界に、あたしの首を絞めるものは何も無いはずなのです。勿論、 このネットの世界にも。
精神科のお医者さんへ何度通っても、所詮、診察の最後に出る結論は、 「若いから いいじゃない」 そう言われるばかりです、毎回。私はそのお医者さんに、納得したかのような、にこりと不気味な微笑を与えて、二千円ほどの代金を支払い、そうしてまた、家路に着く頃には、「死」という哀れな欲求のみが私の心と肉体を支配しているのです。どんなに良いと言われている医者にかかったとしても、いつもと変わらぬ生活なのです。
この日記をみんなの眼前から消した事はこれから生きる誰かのためであり、これから生きるであろう私自身のためにしたことです。 いいえ。死ぬ事への抵抗其の物なのです。 私の、こんなにも強い、死への渇望は、きっと、生きたいという願望でもあるのでしょう。私には、死ぬ予定ではなく、むし、生きる予定があるのです。この日記は、私という人間の裏面、つまり今まで誰にも見せたことの無い、言葉の面を載せたものです。現実の私の事など、真実、少しも関係ないのです。
昨日、私の信頼するある人から、メールを戴きました。私がエンピツで日記を書き始める以前から、彼女の日記を愛読していました。 彼女の文章に出逢った当時、私は「自殺」を検索ワードに、そこいらのサイトを手当たり次第、見てゆきました。自殺を題材に文章を書かれているサイトで知った、リストカットや過食嘔吐、私の今の状態そのものなのです。ネット上に無闇に公開され、不特定多数の人々の眼に触れる文章たち。「自殺」について、「自殺とは何なのか?」 を調べていくとともに、私もその行為を欲する人間となってしまいました。 私は単純に、その行為たちを受け入れ、真似をしただけなのです。人のものを盗んで、自分のものに創り変えるのは、私の特技なので。 私は影響を受けやすい人間です。私のように、何色にも染まりやすく、自己を強くもっていない方も多くいらっしゃると思うのです。何色にも染まりやすいという事は、「自殺」など、「自傷行為」の写真を掲載しているトコロ、きっと黒いモノに染まりやすいという事です。後ろ向きになりやすいのです。誠もまた、偽り。
所詮「自殺」の辿り着く場所は、「自殺」でしかないのです。「自殺」は人生の終わりなのですから。終わりからは、終わりという決まりきったものしか生まれないのです。性欲の辿り着く場所もまた、そうだと。
唯、私がここ(日記)で「死にたい」と何度喚いたところで、私は死ねるわけではないし、唯一、ネット上は、人目に触れることが目的のようなもの。 「死」について、幾ら喚いたりしても、他の人が不快に思うだけで、即ち、何の役にも立たないことなのです。私は、ただ、毎日々々、拙い文章を綴り、無意味なことをしているだけで。
一瞬の夢幻、新月の夜。 何かを始めるのには、新月の夜が良い。
死ぬも生きるも自由じゃない? そう思っているのなら、自由だと思っているのなら、勝手に死ねばいいのです。自由なのですから、誰かに言う必要は在りません。 私の日常など、この日記には必要ないのだと思いますが、しかし母がこの日記を読んだりしたら、 「うそっぱちだ」「虚栄だ」 と嘆くに違いないのです。 私の命は大切なものだ、と感じます。全く医者の言ったとおりだとそう思っているのですが、私はこの人間の世界で「なんとかなる。生きていけるさ。」と何度耳元で囁かれようとも、今に必死で、それでも受験勉強とやらもせず、人生というものを大切にしていないと言われます。しかしながら私は、今まで17年間生きてきて、このように人生を無駄に過ごして参りました。
ああ。ごめんなさい。やっぱりうまく言えないです。日記は辞めないと思います。ありがとうございました。 ごめんなさい。
ごめんなさい。§2002年11月05日(火)§ |