[ 天河砂粒-Diary? ]

2005年03月26日(土) お題バトル作品『パパはラフレシア』

「パパな、実はラフレシアなんだ」
 僕がパパからそんな衝撃の告白を受けたのは、つい数時間前。
 あまりの事に、小学6年生という年のわりには冷静であると自負している僕も、さすがに動揺が隠せなくて、彼女であるまなかちゃんとのチャットデートで、不幸にも彼女のご機嫌を損ねるなんて失態もしでかしてしまった。……すぐに電話してフォローはしたけど。ちゃっかりもののまなかちゃんに、みその屋のソフトクリームをご馳走する約束を取り付けられてしまった。僕の今月のお小遣い、既に財政難の予感。
 まあいい。そんなことはいい! お小遣いなんて、どうとでもなるし、まなかちゃんとの関係は、愛でなんとかなる!
 問題は、パパだ。……ラフレシアだという。正確には「ラフレシアの精」なんだそうだ。詳しくは聞けなかったけど。いや、聞いたけど、右耳から左耳に滑っていって、頭に入らなかったんだけど。(だって、ラフレシアって!!)
 家の裏にある、小さな古ぼけた温室の中に、パパの本体であるところのラフレシアがあるのだという。
 虎穴に入らずんば、虎児を得ず。……僕はずっと「孤児」だと思ってたんだけど、そんな過去の恥は、今はどうでも良い。
 冷ややかな月明かりに浮かび上がる、すっかり雨風で濁ってしまったビニールハウス。おかげでさっぱり中の様子がわからないその大きな(パパは「小さなビニールハウス」って言うけど、僕から言わせて貰えば十分に大きい)ボロハウスの前で、懐中電灯片手に大きく深呼吸をする。
 確かめなければならない。パパの言葉の真意を。
 僕は今回のパパの発言で、すっごーーく、パパとの間に心の距離を感じてしまったのだ。
 これはゆゆしき問題だ。現実との乖離さえも感じてしまった。
 パパが、ラフレシアでも、別に、僕は構わない気がするんだけど。(だって、今のパパはどうみても人間だし。……あ、でも、ラフレシアの精って、戸籍とかどうなってるんだろう。僕、実は戸籍上は私生児だったりするんだろうか。だとしたら、ちょっと状況は変わるかも……。っていうか、この年でいじめられたりはしないだろうけど。ああ、複雑)
 でも、パパの言葉が信じられないということほど、僕にとって悲しいことはない。
 まずは、温室の中に、本当にあの熱帯植物であるラフレシアがあるのかどうか、それを確かめなければ。パパがラフレシアなのかどうかというのは、その後の話だ。
 ぐるりと温室の周りを回って、やっと入り口を見つける。鍵は簡単に手で開くタイプのものだったけど、錆びていてちょっと固い。指先に、錆のザラザラがあたって気持ち悪かったけど、根性入れてがんばって開けた。
 中は、冷たい月夜の下からは想像できないほど、湿度が高くて暑かった。熱帯ジャングルには行ったことがないからわからないけれど、亜熱帯をモチーフにした水族館くらいには、蒸し暑い気がする。
 曇ったビニール越しに、月明かりが薄く中を照らしている。目を凝らせば見えるのかも知れないけど、ちょっと怖いから、懐中電灯で周囲を照らす。……ヘビとか居ませんように。心からそう願いながら、一歩一歩足を踏み入れる。
 緑生い茂る温室。まるで生きて呼吸しているかのように見える、深緑の植物たち。……あ、いや、ええと、植物だって生きてるんだけど。動物的って言うべき? 息を殺して、たたずんでいる感じがする。怖々と足を勧めると、靴の底が「ぴちゃん」と音を立てた。
「うわっ!?」
 思わず、恥ずかしいくらい素っ頓狂な声を上げて、後ろの飛びのく。
 懐中電灯で床を照らすと、透明な水が本当にうっすらと地面を這うように流れていた。
 しゃがみ込んで、恐る恐る水に手を触れる。指先に、さらさらとした水の、ほの温かい温度が伝わってくる。
 どういう仕組みになってるんだろう。太陽光だけでなく、温水を利用したタイプの温室なんだろうか。……そんな立派なものには見えなかったけど。
 ひとまず、水がぬるぬるどろどろしたものでは無かったことに安心して、靴下に染みないように、ゆっくりと、抜き足差し足、先へ進む。少し進んだところに、蔦が絡まった、背は低いけど、やけに幹の太い木が一本、どっしりとした存在感を持って立っていた。
「すごい……。こんな木が生えてるなんて」
 吸い寄せられるように近づく。その瞬間。
「あ……。うぇ……」
 漂ってきた匂いに、思わず潰れたカエルみたいな声が出た。
 すかさず片手で鼻をつまんで、懐中電灯で木の根本を照らす。
 そこには確かに、大きなヒトデかイソギンチャクを思わせる、毒々しい程に大きな花弁を持つラフレシアが、しかしどこか気品漂うたたずまいでそこに存在していた。
「うわぁ、本当にラフレシアだ……」
 鼻をつまんだままの、ちょっと間の抜けた声が温室の中にぽつりと転がる。
 パパの本体だという、ラフレシアだ。
 パパの体は、いつもほんのり日向の匂いがするのであって、決してこんな、うっかり1週間くらい回収しそびれたままの、真夏の生ゴミみたいな匂いはしないんだけど。
 ラフレシアが家の裏にある。
 ただ、その事実だけで、なんだかもう、パパの発言の三分の二くらいは信じられる気がした。
 パパは、ラフレシアの精だと言う。
 でも、パパの本体であるラフレシアが、なんだか最近調子が良くなくて、パパがパパとして存在するのが、日に日に辛くなってきているのだという。
「パパ……」
 鼻詰まりの声のまま、懐中電灯をお尻のポケットに突っこんで、ラフレシアに手を伸ばす。そっと、指先で花弁を撫でる。つるりとした感触の向こうに、パパの体温が潜んでいる気がした。
 パパの言葉が信じられないことほど、悲しいことはない。
 例え、それがあまりにも常識から逸脱したことであれ。
 だって、パパは僕に嘘をついたことなんて無いんだ。
 パパは、嘘は言わない。今までだって。そして、きっとこれからも。
 そして事実、温室にはラフレシアが咲いていた。
 つまり、僕のパパの危機は、現実だと言うことだ。
 僕は、鼻から手を離した。きつい臭いが鼻に届いたけど、このラフレシアはパパの本体だと思うと、別に、耐えられないほどではない気がしてきた。
「パパ……」
 寝室で寝ているだろうパパの姿を思いながら、ラフレシアに呼びかける。
「僕が、パパを助けるよ」
 小学6年生という年のわりには、控えめで現実的だと自負している僕の口から、驚くほどかっこつけた言葉が出た。普段の僕が聞いたら、「うわー……」と呟きながら、両腕をバリバリ掻きむしるくらいの臭いセリフだった。ラフレシアの臭いなんて、はっきりいって目じゃないくらい。
 それでも、僕はその時、心からそう思ったんだ。
 パパを助ける。ラフレシアの精であるパパが、消えてしまわないように。
 曇り硝子のような天井越しに、月明かり降り注ぐ薄暗いビニールハウスの中で、僕はひとり、大きく頷いて。
「待っててね、パパ」
 僕はパパの本体が眠る温室を後にした。

... ... ...END




テーマ:「ぬくもり」
お題:「体温」「水」「花弁」「指先」「距離」
   そのうち、「体温」「水」「花弁」「指先」使用
時間:1時間

随分前に書いた、煽りだけ書きまショー『パパはラフレシア』の続編です。
続くのかどうかはわかりません。……というか、続かないだろう(笑)
1時間制限にしては、結構量も書けたし、楽しかったように思います!
相変わらず、何も始まってないし、あらすじはどこ? って感じですが。
いいの! 時間内に書き上げることに意義があるんだから!!(笑)
1時間で原稿用紙9枚。……おお。今までで最速かもしれません。


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三紀藍生 [Mail] [Home]

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