2004年11月11日(木) |
【水饅頭観察日記】その21 |
水饅頭観察日記、最終回です。 今後は、お題バトル脱落と当時に停止していた『天使と術師と探偵と』を低速連載する予定でございます。 もともとが行き当たりバッタリ企画でございますが。 おつき合いいただければ幸いです。
2004年09月23日(木) | 【水饅頭観察日記】その21 |
朝起きて。掃除をして、洗濯をして。 あり合わせのもので食事を取り、腐ったみたいに布団にもぐって、だらだらうだうだ、眠るともなく眠っていたら、気がついたときには夜だった。 出窓の前の、空になったお皿の上で、水饅頭だったものは今も、硬く冷たく、青くたたずんでいる。 その水饅頭を、金色の月明かりがやわらかく照らしている。 出窓を開けて、空を見上げた。 ナイフで切り取ったような半月が、まぶしいくらい、金色に輝いている。 訳もなく、出かけなければと思った。 水饅頭だったものをポケットに入れて、何も持たずに外に出る。 素足に履いたスニーカーが、ひんやりとしていて、少しだけ心が引き締まった。 黒く夜に沈むアスファルトに、街頭と月の二つの影が落ちている。 ポケットに手を入れて、つるりと冷たくなった水饅頭を握り締めて。 私は会社へ向かって足早に歩き出した。 目指すは、あの裏路地。 2ヶ月ほど前に、水饅頭の苗を買った、あの露天商が店を広げていた裏路地。 出会える保証はどこにもなかったけれども。 なんとなく、この月夜ならあえる気がして、急いだ。 たどり着いた裏路地には、何の気配もなくて。 一本奥の道に入ってみたり、また戻ってみたりしているうちに、あまり見慣れない裏路地に迷い込んで。 そこで、露天商を見つけた。 水饅頭の苗を売っていた、あの帽子をかぶった店主も、ちゃんといた。 走りよって声をかけたら、店主は、「ああ、水色の」とだけ答えた。 店主がそのまま黙ったので、私もつられて黙ってしまった。 実際、声をかけたものの、それからどうするかなんて、何も考えていなかった。 新しい苗を買おうとか、そういう気も起きなかったし、ざっとみたけど、そもそも水饅頭という名札のついた鉢もなかった。 どうにも困って、ポケットに手を入れる。 水饅頭の冷たい感触が指先に触れた。 ゆっくりと取り出して、「これ……」と、店主に見せる。 店主は私の手のひらを覗き込んで、「すごいな。きちんと種になったか」とつぶやくように言った。 「……種?」 「そうだ。これは水饅頭の種だ。たいていは、ここにいたる前に枯れたり力尽きたりするんだが。立派な種にしたな。お嬢さん」 あまり抑揚のない声に、かすかにうれしそうな響きを含ませて、店主は言った。 「寒い季節は水饅頭は育たない。なんてったって、夏の風物詩だからな。梅雨に入る頃に、やわらかい土に植えてやるといいよ。タイミングが合えば、芽がでて、苗になるさ」 また、芽が出て、苗になる……。 「また、水饅頭に、……なる?」 どきどきしながら、聞いてみた。 「うまく芽が出て、苗にさえできれば、もちろんなるさ。苗にするまではちょっと難しいけどな」 うまく育てれば、また、水饅頭ができる。 心の中で、店主の言葉を繰り返して、なんだかすごくうれしくなった。 水饅頭は、死んじゃったのではなくて、種になったのだ。 また来年、会うための手段として。 そう考えたら、うれしくてうれしくて、ちょっとだけ、目が潤んだ。 ごまかすように、適当に話を切り上げて、お礼をいって路地を出た。 手のひらに乗せた、水色の種を見る。 金色の月明かりを受けて、青く光る水饅頭の種。 また、来年会おうね。と、小さく囁いて。私は柔らかな月明かりの下、家に帰った。
水饅頭の種は歌わないけれど。 来年、水饅頭と一緒に歌えたらいいなと。そんなことを思いながら。
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