[ 天河砂粒-Diary? ]

2004年04月18日(日) 『天使と術師と探偵と』No4(バトル終了コメントつき)

お題No.4 「似合わない顔すんなって」

 後方から、楽しそうな笑い声とおしゃべりが響いてくる。
 キッチンでオムライスの皿洗いをしていたヤヒロは、今、事務所で繰り広げられているだろう光景を想像して、小さく唸った。
「……すみません」
 心中を察してか、隣でぬか漬けの床を混ぜていたイザリが、申し訳なさそうに呟く。
「いや」
 短く答えて首を振る。イザリは悪くない。
 満腹だ、退屈だと言いながら、勝手に事務所の書棚を眺めだしたキタも、悪いとは言い難い。並んで書棚を眺めていたキリエが、どこからか将棋のセットを見つけだしてきたのも、悪い事ではない。なぜヤヒロの事務所にそんなものがあったのか、ヤヒロ自身も思い出せないことではあるのだが。あったものはあったのだ。「これ、何?」と、興味深げに箱を開けてみたキリエを責める理由もないし、「それはね、並べて倒して遊ぶものだよ」と、本来とは全然違う遊び方の説明をしたキタも、どうかとは思うが責める理由にはならい。
 イザリが謝ることではないし、俺が怒ることでもない。と、ヤヒロは思う。
 ただ。そう、ただ。「探偵事務所」で「将棋倒し」という組み合わせが、ヤヒロの心に言い難い悲しみを満たすのだった。
 ハードボイルドは精神論。ハードボイルドは精神論。何度心で唱えてみたところで、あれのどの辺がハードボイルドか。と、まざまざと現実を見せつけられている気分になれる。
 事務所でさえ無ければいいのだ。その証拠に、事務所から十数歩出ただけのキッチンで、ぬか漬けを作っているという事実に対しては、特になにも思わない。事務所で食べようと言われると、お願いだからやめてくれ。と言いたくはなるだろうが。
 食器を洗い終えて顔を上げると、イザリはまだ、申し訳なさそうな顔でこちらを見ていた。
「気にするな。ちょっと現実の厳しさというものを実感しているだけだから」
 ぬかのついた手を洗えるように、流しを明け渡しながらヤヒロが苦笑う。
「そんなことよりも、俺としては、キリエのことを聞かせて欲しい」
「……」
「お前が連れてきたってことは、ネツァフがらみなんだろう?」
 無言で手を洗い続けるイザリの横顔を見つめながら、ヤヒロは言葉を続ける。
「お前の時みたいに、色々と込み入った事情があるんだろうってことで、今まで深くは考えないようにしてたけどな。やっぱり、そろそろマズイだろう。学校のこととか。男ならまだ適当になんとかなるかもしれんが、キリエは女の子だ」
 将来のことなどを考えるなら、もう少しまともな対応をしなければいけない。……今更ではあるが。
「追い出すんですか?」
 洗い終わった手をやや荒っぽく拭きながら、イザリが言う。穏やかな口調ではあったが、手元を見つめたままの表情には、穏やかとは言い難い固さがあった。
「いや、そういうことじゃなく」
「学校とか、将来とか、一般的な未来のことは問題ありません」
 真っ直ぐにヤヒロを見つめて。
「ヤヒロさんには、本当にご迷惑をかけていると思っています。でも、もう少しだけ、何も聞かずにいてもらえませんか。何事もなく終われるなら、それが一番良いんです」
 イザリは苦しそうに言葉を紡ぐ。
「キリエにとって、おそらく、今が一番幸せな時間だと思うから」
 ゆっくりと目をそらして、語れない言葉を隠すように目を閉じる。
 薄暗いキッチンに、無言の時だけが満ちる。
「わかった」
 深く、ひとつ息を吐き出して、吹っ切ったようにヤヒロが言った。
「お前がそう言うなら、もう少しだけ何も聞かないでおく。だからそんな、似合わない顔すんなって。キリエが見たら心配するだろう?」
「……すみません」
 頭を垂れるイザリの頭を、わしわしと撫でながら「気にするな」と、ヤヒロは笑う。
 イザリは、ネツァフの特別幹部だった少年だ。教団が女神と呼んで崇める「天使」の側に、創始者以外で唯一立ち入ることのできた、教団にとっては要とも言うべき存在の一人。その彼が連れてきたという時点で、キリエに何かしら大きな事情があることくらいは、ヤヒロ自身もわかっていたことなのだ。「何事」かが起きる可能性があるらしい。それさえ忘れずにおけば、それなりの対応はできるだろう。
「将棋倒しの行方も気になるし。事務所に戻るか」
 わずかに自虐気味なセリフを吐き出すと、ヤヒロはイザリの背中を押してキッチンを出た。「学校とか、将来とか、一般的な未来のことは問題ありません」というイザリの言葉の、その意味を考えながら……。

No.5 「ホントは、好き」へ続く

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……一週間以内で勝敗が決まるとは思っていましたが。
まさか、4日で決まるとは。さすがです。高月さん。
ありがとう、高月さん! おめでとう、高月さん!
今、橘さんが一番、衝撃を受けているに違いありません。

人生、何があるかわからないものですね(笑)

そんなわけで、お題バトルの勝者は高月さんです。
二位以下は全員が、追加お題。というペナルティですから、
橘さん、秋乃さん、えあさん、私の4人が、追加ですね。

そういう事情により、バトル自体は終了いたしましたが、
目指せ日記連載のまま、『天使と術師と探偵と』は続行予定です。
既に行き当たりバッタリ加減で四苦八苦していたりもしますが。
最後までおつき合いいただければ幸いです。


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