はいひらたです。 今日も阪神負けました。
3位転落も鼻の先か。ねばれよぉ。
もうひとつニュース、さっき行ったローソンで
「うまい棒」30本入りパック\300を買っている
大関級の人がいました。びっくらこきました。
明日の日誌は今日のことを書くと昨日宣言してしまったので 今日の日誌は昨日のことを書いたのちに今日のことを書きます。 (意味不明・添削は後で)
↓ここから本題
玉砕した。
小学校の先生たち40人ほどの前で。
事情を話そうか。
今日(19日)は浜松市立蒲小学校の校内研究会に師匠が
参加するついでに、学生も付いていかせてもらえる日。
昨日(18日)、飲んだくれたこともあり、 ぎりぎりまで寝てしまいあわてて学校へ。
参加者は、ナカバヤシモリシタタカノカリヤとヒラタ(句読点必要)
キャロルで向かう。最近やけに安全運転だ。 5月に続いて蒲小訪問は2回目なので、どこかで余裕をかましている
ところがあり、それが後に落とし穴になる。
一年生の生活科と四年生の国語の公開授業を見学する。
まず一年生のほうにいく、別に運動するわけじゃないんだが
体育館である。今回の研究会は「伝える活動」がひとつの
テーマのようで、以前の生活科で行った事のある公園の いいところを皆の前で発表して、それを他の子供が どの公園に行きたくなったか最後に決めるというものだった。
いわゆる「発表」と「相互評価」を体験させて、
教師からも支援を与えて「学び」を起こさせるってことだろか。
しかしこれがまた一年生は、 小せぇ!
声でけぇ! おちつかねぇ! (いいかげん2回目だから慣れりゃいいのだが) 脅威だ。
ついこないだまで幼稚園でお遊戯をしていた子らに
教育を受けさせるというのだから大変だ。
ハードル設定をどうするかとか、動機付けをどうするか
成果をどう評価するか、置いてかれた子をどうするか、とか。
いろいろ考えた。(それが後によくなかったのかも。)
四年生、新聞づくりの作業と言うこともあり、
国語だけど図工室。
もう我々が幼いころの常識は通用しないのかも、
いやぁでも図工室で国語やってみたかったかも。
学校にある「ひょうたん池」という池を掃除したことを
新聞にするらしいのだが。
いや正直驚いた。子供がいろんな視点で書いていて驚いた。 見出しは忘れたけど、 「きれいになったよ」とか「なまずがいたよ」
「ドロがくさかった」「1900日ぶりのそうじ」とか
そういうことを子供がまた工夫して書いている。
「昭和50年の一円玉が出てきた」と言うことを 興奮して書いている子供がいた。いや冷静に考えたら、
昭和50年に落ちたかどうかは怪しいのだから、そんなに
たいしたことじゃないのかしれんが、ごっつう強調していた。
#ひらたがもし子供だったら、意地でも人と違う見だしを
#むりやり書こうとしてただろう、かわいくない子供だった。
さて、もんだいはその後の全体協議会(@理科室)。
師匠のまとめの前、
学生を代表してしゃべることになった、
いろいろネタはあったからなんとかなる、と思ってしまった。
師匠の「いいかげんわかるだろうからなんとかしなさい」
という感じの電波はたくさん出ていたのに・・・。
無視する形になった。
ようするに「子供たちの元気な活動の様子に驚きました」みたいな ただの感想で収めればよかったんだが、内容にツッコンででみよう
と思ってしまった。
普通の質問ならできるんだから、なぜわざわざこの時間を
取るのかとも思い。それなら言うだけ言ってみようじゃないかと、 気も大きくなったのだが。
話まとまんねぇー。
しだいに先生たちの視線が下のほうへ。 意識せずともかってに「えー」が多くなる。 モリシタから「巻き」のサインがはいる。
ついに師匠から「このへんにしときましょう」のストップがかかる。
話し途中。
絵に描いたような玉砕ぶりに、汗がでる。
そして、なぜかすがすがしい気分になり終了。
やばい。
何がやばいって、堀田研的にやばい。
学生が入るのをよしとしない先生もいる(かもしれない)し
こういう事をしていると、君たち何しにきてんのさと思われる
(かもしれない)し。 (爆)マークがふさわしい感じの日だった。自爆デー。
前にも同じようなことをやったことがあるだけに
おれはニワトリかっ!てんだこのやろー、とツッコミたかった。
小学生の「伝える力」を心配する前に、
まず大学生の自分を心配することにしました。
以上。
(添削結果: 「明日の日誌は、今日のことを書くと、昨日宣言してしまったので、 今日の日誌は、昨日のことを書いたのちに、今日のことを書きます。)
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