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■ 空が落ちる日
「昨日ニュースで言ってたけど、空が落ちるんだって」 「あ、私も聞いた」 「でもさ……」 「うん、」 「空が落ちるってさ、どういう意味なんだろうね」 「……そうだね、分からないね」 見上げた空は、それこそ雲ひとつ無い完璧な青天で、この空が落ちてくるのならば、それこそ海よりも鮮やかな青に包まれるのだろうか、なんて考える。 それならば、空が落ちてくることは何も怖くない気がした。
友人とそんな話をした5日後、空は緩やかだが確実に崩れ始め、私達の身に降りかかってきた。 それは、想像していたような穏やかさなどは一片も持たず、ただ恐怖という感情だけを携えていた。
「昨日、田舎のおじいちゃんの所空が落ちたんだ」 哀しい表情で告げた友人に、私は告げる言葉を持たなかった。 どこの空が落ちた、なんて会話は既に日常茶飯事になっていて、実は、その2日前には私の従姉妹の住む地域の空が落ちていた。 もう二度と、従姉妹の声も伯父や伯母の姿を見ることも、声を聞くことすらも出来なくなってしまったのだ、とぼんやりとそんなことを思った。 ”空が落ちた”そんな話を聞くものの、それがどういう意味で、どんな風に落ちてくるのかを知る者は誰も居なかった。 それを知るのは既に空が落ちてしまった地域の人間のみだが、その地域には近付くことが出来ないため、生き物が残っているのかどうかも不明な状況だ。 聞く話によれば、そこに在るのは瞼を閉じたよりも更に深い闇に包まれているらしい。
落ちて来るのは、鮮やかな青天ではなく、星さえも輝くことの出来ないほどの夜の闇色の空だったのだ。
「……なに、してるの?」 乱雑に散らかった部屋。 専業主婦の母は、A型気質だと言われるほどの綺麗好きで、一瞬泥棒にでも入られたのか、と思ってしまった。 ただ、その散乱した物の中心には、必死な、それこそ鬼のような形相でスーツケースに荷物を詰め込む母親の姿があった。 何をしてるかなんて分かったが、それでも、尋ねずにはいられなかった。 「逃げるのよ」 荷物を詰め込む手を止めることなく、普段よりもワントーン低い声で告げられた言葉に、思わず溜息を吐いてしまった。 「逃げるって、どこに?」 「どこって、安全な場所よ」 既に、日本の半分以上の空は落ちてしまっていて、空が落ち始めているのは日本だけではなかった。 「……逃げてどうするの?」 「どうって……」 言葉に詰まる母親。彼女だって分かっているのだ。 「どこに逃げたって、同じよ」 母親の手が止まる。 「もう、誰も逃げられないのよ」 頬を濡らしていたのは、誰だっただろう。
そして、その日はやって来た。
意外に落ち着いている自分に戸惑いすら覚えてしまう。もしかしたら、現実を受け止めきらずにいるのかもしれない。 見上げる空はやっぱり綺麗な青天で、その空に埋もれることを心のどこかで期待しているのかもしれない。 それでも、青い空は徐々に黒へと姿を変えた。 隣に居た友人が闇に包まれた瞬間、全てが黒に染まった。 指に触れるのはただ冷たい感触だけで、耳に入るのは、甲高い悲鳴や、何かに押し潰されたような呻き声。 何も見えない中で、耳を塞いで眼を閉じた。すると、そこには最期に見た青い空が広がっていた。 一つ一つの感覚が失われていく中、確かに空の温もりに包まれたのを感じた。
その直後、全てが消えた―――
天高く、届くはずのない指先が空に触れた刹那、人はそれに溺れ、沈み、漂い続ける。 ほら、空が落ちてきた。
END
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 別サイトで書いた物の原本。 久々なのに、本気で暗いですね……。
2007年10月02日(火)
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