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■ 四月一日の約束(お題:19)
完全オリジナル 「四月一日の本音」(お題:17)の対になります
四月一日の本音
四月一日、一人の男が死にました。 大嘘吐きで酷い男だったのに、私は未だに男に心を奪われている。 笑い話にしかなりそうもないのに、頬を伝う液体に自身の崩壊を感じて、自然と口元には歪んだ笑みが浮かんだ。 声を出さずに、心の中で笑っていた。
「今度からはずっと一緒に居るよ」 「君だけを愛するから」 何度も浮気されて、責めれば言葉から肉体的なものまで暴力という暴力を振るわれ、泣けば置いて行かれて、縋れば突き放されるのに、壊れる寸前で抱き締められた。 身勝手すぎるほどの男は、もうこの世に居ない。 「約束しよう」 初めて男の口から”約束”という言葉を聞いた。 「信じない……信じられないよ」 そう、先に嘘を吐いたのは私だ。本当は心底嬉しかったし、信じたかったのに、素直に喜ぶことができなかった。 数日前から男の態度が変わっていたのは気付いていたから。 『ただいま』という言葉を聞いたときには涙が出そうなほど嬉しくて、でも夢だったのだと思ってた。 そっと上げられた腕に、また殴られるのかと思い身体を強張らせた私に、男は苦笑しながら私の頭を軽く撫でた。 「そうだな、そう言われても仕方ないよな」 その言葉が哀しみを湛えている気がして、顔を上げれば額に落ちた柔らかい感触。それが彼の唇だと気付いたら、胸が締め付けられる気がした。 涙が溢れた。 そんな私の腕を引いて、今度は胸に顔を押し付けられた。そしてそっと髪を梳かれた。 「約束するから」 信じて。その言葉に、頷く以外の術を持たなかった。 力が強まった彼の腕に、力いっぱい縋りついた。 「証拠を見せるよ」 優しい声色で耳元で囁かれた。 「三十分くらいで戻るから」 ここで待っててほしいという彼に、「私も一緒に行く」と言えなかったことを後悔することになるなんて思わなかった。後悔先に立たず、なんてよく言ったものだ。 私は待った。二人で暮らしたアパートの一室で、痛かったことも辛かったことも哀しかったことも、そして嬉しかったこと全てが懐かしく感じられていた。 たぶん、一生で一番の幸福を抱いていた。
しかし、気付けば時計の長針は一周をとうに周っていた。次第に心の中を不安が埋め尽くす。 騙された、そう思うと涙ではなく笑いが込み上げてきた。 カレンダーは四月一日を示していて、自分の馬鹿らしさに拍車をかけられたようで、とうとう壊れてしまったのだと感じた。 pipipipipi... pipipipipi... 不意に鳴り響いた携帯電話。発信者の番号には見覚えがなくて、でもどこかで見た気がした。 「あ、」 思わず出た声。そうだ、彼の番号だ。 昨日、携帯電話を買い直したと言っていた。番号とメールアドレスをメールで送ってもらった。それをまだ登録していなかったのだ。 恐る恐る、ドキドキと早鐘を打つ心臓を押さえながら通話ボタンを押す。 「もしもし、」 声が震えるのを抑えられなかった。 もう、その後のことは朦朧として記憶が曖昧だ。ただ、私の名前を確認された後に……彼の死亡が告げられた。 思わず取り落としそうになる携帯電話を有りっ丈の力を込めて握り締め、病院の名前をメモした。ほぼ無意識の内の行動だ。自分で自分を褒めてやりたい気分にすらなった。 僅かな希望を胸に抱いてタクシーに乗り込み、到着した病院の霊安室で絶望した。
刺殺だった。 少し脇道に入った所で、血溜まりの中に倒れているのが発見された。右手には携帯電話を握っていて、そのディスプレイには番号が表示されていた。……私の番号だった。
「犯人は?」 「……捕まりました」 男と手を”握り合って”座り込んで微笑んでいたらしい。自供もしているが、精神鑑定を受ける必要があるかもしれないと。 「先日、彼に振られたらしいです」 犯人の女を憎むことはできなかった。たぶん、同じ立場にあったら私も同じことをしたと思うから。殺すことで、せめて彼の命だけでも……最期の瞬間だけでも手に入れたかった。 「被害者の遺留品です」 携帯電話、手帳、小さな箱に封筒。 「携帯電話のアドレスには貴方と、仕事場のものと思われるものだけでした」 買って間もない携帯電話。小さな箱は恐らく”証拠”だ。そして封筒も。手帳のメモには『男』『女』と書かれて数個の名前が並んでいた。 歪みが正されていく。 消えてしまった命と新しい命が、前を見て歩くしかないのだと叱咤している。 男は知っていたのだ、私のお腹に宿る命に。そして、私を受け入れて選んでくれたのだ。そう思うと、漸く止まりかけていた涙が溢れた。 「なんで、……」 婚姻届と名の付いた紙の入った封筒を握り締める。 「約束、守ってよ」 証拠だけあっても意味が無い。 本当に酷い男は、希望という名の絶望と痛すぎるほどの想いを残して、他の女の手を握ったままこの世を去って行った。 「……差し出がましいかもしれませんが、貴方は彼に愛されていますよ」 差し出されたハンカチ。 「彼は貴方を守ったんです」 一切の疑いが貴方に向かないように。警察官は静かに言った。 男の生命保険の受取人が私になっていた。男の暴力について知っている人間も少なからず居た。もし、女の手が握られていたなかったら私は疑われていただろう。 「本当に馬鹿で、酷い男」 四月馬鹿。そう呼ばれる日に死んだ、馬鹿で大嘘吐きな男。でも、そんな男をどうしても憎めず、愛しいとさえ思っている私が一番愚かだ。
男は最期に何を伝えたかったのだろう。携帯電話に私の番号を表示させて何をしたかったのだろう。 二度と繋がることのない真新しい携帯電話。シルバーのそれに付着した紅い血が既に赤黒く変色してこびり付いている。 (でも、……) この携帯電話を捨てることも、この血を拭うことも私にはできないだろう。無意味になってしまったけれど、これも立派な”証拠”なのだ。お腹の子供も同様に。 彼がこの世に居た証拠。もうこの世に居ない証拠。無責任な愛の証。 いつか、私が彼の元へ逝く日が来たら精一杯詰ってやろう。そしてこの証拠たちを並べて今度こそ”約束”を守ってもらおう。 そして聞かせてほしい。聞くことのできなかった言葉を。それから、私が伝えることのできなかった言葉を聞いてほしい。
大嘘吐きな男へ。 ねえ、何で四月一日に約束したの? 嘘を吐いていい日の心からの本音を貴方は信じてくれる? この痛みすら貴方が存在したことの証なら、それは至上の幸福になりうる から。 「愛してるよ」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− お題更新。 19.この痛みすら貴方が存在したことの証なら、それは至上の幸福になりうる 対は男視点になります。
お題13個目。またしても暗い。 対も一緒に更新しようと思いますが……力尽きたorz できたら書きます。
2005年10月11日(火)
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