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■ 必要なもの
「人が人であるために、必要なものは何だろう?」 簡素な真っ白な部屋。その中に唯一ともいえる家具――並べられた三つのアンティークな椅子――に腰掛けた三人の男。その前に立つ一人の少女が問いかけた。 「それは、言葉じゃないの?」 一番右端に座っていた男が答える。 「言葉?」 「そう、人として会話すること」 「じゃあオームは?」 「あれは、人の言葉を真似してるだけだろう、」 「それなら、赤ん坊はどう違うの?」 「……それをきちんと意味を理解して使えるかどうか」 「それじゃあ赤ん坊は人間じゃないの?」 「人から生まれたら人だよ」 「それじゃあ、生まれつき言葉を話せない人は?」 「だから、人から生まれたら……」 「その、人から生まれたってどうして分かるの?」 男は、それきり何も言えずに部屋を出た。
「それは、恋をすることじゃない?」 同じ問いに、今度は真ん中の男が答える。 「恋?」 「うん。それも遊びの恋、もしくは背徳的な恋」 「どういうこと、」 「つまり、本能に反した恋……愛かな?」 「本能に反した行動、想い」 「そう。とは言っても、動物に恋心があるかなんて分からないけど」 「……どうして、分からないのに分かるの?」 「は?」 「動物が背徳的な恋をしないって、どうして分かるの?」 「そんなの、生物学者にでも訊いてくれ」 「私は、あなたに訊いてるの」 男もまた、部屋を後にした。
「ねえ、」 今まで黙っていた左端の男が口を開いた」 「どうしたの?」 「君は自分が自分であるために何が必要なのか分かる?」 逆に問いかけられて、少女は困惑した表情で首を横に振る。 「じゃあ、空が空であるために必要なものは?」 「分からない」 「うん。俺にも分からない。つまり、そういうことじゃないの?」 「……どういうこと?」 「自分のことですら分からないのに、人間なんて大きな範囲のことが分かるわけがないんじゃない?」 「じゃあ、みんな分からないのに答えてたの?」 「そうだね、みんな分からないって認めたくないんだよ」 「どうして?」 「さあ、負けず嫌いなんじゃないの?」 「あなたは、」 「うん?」 「負けてもいいの?」 「そうだね、俺にとってみれば分からないことは負けじゃないから」 「よく、分からないわ」 「それでいいんだよ」 「いいの?」 「いいの。この世から謎が無くなるなんてことはないんだからさ」 「謎は謎のままに?」 「そうだね」 「でも、それじゃあつまらないし、何だか悔しい」 「悔しい?」 「うん」 「きっと、みんなそうなんだよ」 「?」 「みんな悔しいから懸命に答えを出そうとするし、それを認めてもらいたいと思うんじゃないかな?」 「それが、あなたの答え?」 「そうだね、はっきりとした答えじゃないけど、今の段階ではそうだね」 「今の段階では、」 「うん。人も動物も植物も、この世に在る全てのものは変化するから」 「変わらないものなんて無い?」 「それは分からないけど、俺としては在ってほしいよ」 「曖昧なのかはっきりしてるのか微妙。強いて言うなら、あなた自体が曖昧すぎる」 「そうかな? ならきっと、それも俺を作るものの一つなのかもね」 「一つ」 「みんな色んなものが集まってできてるからね」 「単細胞生物も?」 「もちろん。色んな要因や物質が関係してるし」 「そうか」 「うん」 「何となく、分かんないけど分かった」 「そっか、」 「うん、ありがとう」 「どういたしまして」 少女は微笑む。男も笑って部屋から出て行った。
講義中の落書き……(苦笑)
2005年05月25日(水)
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