管理人の想いの付くままに
瑳絵



 偽りの裏側 −2−

 目が覚めて最初に映ったのは薄汚れた天井、腕に刺さった針へ規則的に落ちる水滴を運んでいる管。
 病院か、と思ったが念の為に確認しようと上体を起こしたアワラはめまいと頭痛で枕へと倒れた。頭に触れると丁寧に包帯が巻いてある。
「そう言えば、殴られたんだっけ俺・・・・・・」
 口に出してハッとする。もう一度、さっきよりも勢いを付けて起き上がり、再度の眩暈に耐えゆっくりと周りを見渡す。どうやらこの場所はアワラしか居ないらしく、探し人―スズロ―の姿は見当たらない。アワラの背に嫌な汗が流れる。
 外からは鳥の囀りが聞こえ、閉められたカーテンの隙間から一筋の光が差し込んでいる。太陽の高さから言って午前10時位だろうと予測を立てる。気を失ったのは昨日のことなのか、それとも1日以上経ってしまったのか、それよりもスズロは大丈夫なのだろうか、そう考えると居ても立っても居られず、自分の腕から針を引き抜くと素足のままベッドから降りて覚束ない足取りで出口へと向かう。
 ガラッ
 手を伸ばした瞬間、扉はいきなり横に動き、目の前に意識を失う直前に見たような黒の世界が広がりアワラは身体を硬くする。
「おいおい、お前起きて大丈夫なのか?って、お前勝手に点滴抜いたのかよ」
 驚きとも呆れとも取れない言い方、それでも声は何処か面白がっている感が否めなかった。
 頭の鈍痛を抑えながら上げた視線の先に、よく日焼けした肌を持つ、角ばった人の良い笑みを堪えた見たこともない一人の男の顔があった。
「誰だよ、アンタ」
 冷たく言い放ち、警戒の意も込めてアワラは男を睨みつける。
「そんなに睨むな。俺はルヒト、こんな恰好だからお前が警戒しているのは分かるが怪しい者じゃねぇ、警察だ」
「警察?」
 ルヒトと名乗った男は警戒を一向に解かないアワラに、ほら、と警察手帳を差し出す。そこには確かにルヒトの名前と顔写真があった。刈り上げた亜麻色の髪、黒い瞳、日焼けした肌は目の前に居る人物と同一人物だと言うことを表している。が、人間そんなに人を信用するのは出来ないもので、特にアワラは何者かに襲われそうになった後なぶん、未だ疑わしい瞳をルヒトから外さない。
「お前相当疑い深いな。嘘じゃないから安心しろ、それにココは警察病院だ」
 裏路地で倒れていたのを覚えているか、と訊かれアワラは自分が何をしようとしていたのかを思い出し、ルヒトの襟首に掴みかかる。
「おい、この際アンタが警察の人間だと言うことは信じてやる。それでスズロはどこだ」
「スズロ・・・ってお前の横で血を流して倒れていたあの坊主か?」
 ドキンッ、心臓が大きく鳴る。冷たい汗が一筋背中を流れ、ジワリと湿り気を帯びてくる掌。動悸はいっそう速まり、脳が聴覚にその機能を止めろと訴えかける。聞いてはいけない、耳を塞げ、その先は聞くな、と・・・・・・。
「消えた」
「はぁ?消えたってどう言うことだよ!」
 勢いの良い怒声が室内に響く。
「言葉の通りだ。霊安室から遺体が消えた」
 ピクリ、とある一言にアワラは過剰な反応を示す。
「ちょっと待て、霊安室って・・・、スズロが死んだって言うのかよ!?」
 結局行き当たった最悪の結末。アワラが一番恐れていた答え。アワラの握り締める拳が小刻みに震えていて、ルヒトは居た堪れない気持ちになる。が、慰めの言葉をかけても何の救いにならないことを痛いほどに分かっている。だからこそルヒトはそのまま話を進めた。
「消えたのは今しがた、監視員がほんの数分監視カメラから目を逸らした内に何者かに遺体が持ち去られた。監視カメラは壊されて何の手掛かりも残っておらず、念の為お前の様子を俺が見に来た所だ」
 大事な重要参考人だからな、と続ける。
「そんなこと言われても俺は何も知らねーよ。追って来たヤツ等が一体何者なのかも、その目的も・・・何でスズロが狙われたのかも・・・」
 自分の言葉に苦笑する。愚かで滑稽だと思った。
「CCC(トリプル・シィー)と言う組織を知っているか」
「あぁ、正式名称COCUCA(コクカ)、その頭文字のCを取ってCCC、3年くらい前から急に動き出した組織だろう?」
 いきなりすり替えられた会話。意図をイマイチ掴めないもののアワラは質問に答える。
 CCCと言うのは先程アワラが述べたように正式名称をCOCUCAと言い、この街を裏で支配している組織だ。街で起こる事件の大半に絡んでいると思われ、規模は大きく未だ実態を掴めていない為警察が血眼になって本部と組織のトップを捜している。
「その通り。で、ここからが本題だ。そのCCCの、しかも本部からスズロは何かを盗み出した。なぜスズロは本部の場所を知っている?何か関わりがあったんじゃないか?」
 ルヒトの言葉はアワラから平常心を失わせるには絶大の効果を持っていた。
 アワラの中で何かが切れると同時に、ルヒトの目の前には拳が飛んで来ていた。それを素早く左に顔を背けて避けると、右手でその拳を受け止め、そのまま手首を掴んでひねり上げた。うっ、と小さくアワラがうねる。表情をやや苦しめに歪めルヒトを睨みつけた。
「お前とスズロが襲われた日・・・昨日の午後5時頃、警察に電話があった。電話の主はスズロと名乗り・・・」
 その強い眼力に全く怯みもせず、逆にルヒトの方が強い視線をアワラに向け、淡々と話を続ける。
 偶然にも電話に出たのはルヒトで、その時の様子は鮮明に覚えていた、必死の声で彼は言ったのだ、”町外れの廃ビルの前で待っている人間を保護して欲しい。俺は今追われていてそいつが危ない”始めは悪戯の類かとも疑ったが、その直後聞こえてきた3発の銃声、切る直前に”アワラ”と呟かれた声。
「だからって、何でスズロがCCCから何かを盗んだことになるんだよ!」
「いいから人の話は最後まで聞け。俺たちは行ったんだ、その廃ビルに」
 だが、そこには誰も居らず、やはり悪戯だったのかと、帰ろうとした矢先ルヒトが見つけたのはおびただしい血痕。それに続く数台の車のタイヤの跡。
「じゃぁ・・・・・」
「ああ、捕まえたさ。お前等を襲った奴等を」
「そいつ等は何て言ってるんだ?」
「上からの命令でスズロを殺そうとしたらしい。何を盗んだのかは知らされてないそうだ。スズロを調べたが何も出てこなかった。奴等からも、アワラ、お前からもだ」
「だから言っただろう、俺は何も知らない」
 アワラは口を閉ざし俯く。それを見てルヒトがそっと腕を開放すると、アワラは重力に身を委ね、力なくベッドへと腰を下ろした。
 それ以上の質問は無意味だろうと判断し、最期に1つだけルヒトは問いかけた。
「アワラ、お前にとってスズロの存在は何だ?」
「・・・幼馴染の親友で・・・それで、」
 それで?とルヒトが問いかける前にアワラは動いた。不意を突かれたルヒトは蹴り飛ばされ、アワラは窓へと走り寄ると、純白のカーテンを翻し、ベランダから飛び降りた。
「バッ・・・ここは2階っ・・・・・・」
 慌ててベランダから下を見たルヒトは、1階のベランダに見事に着地し、更に地上へと飛び降りるアワラの姿を目撃し、あまりの身のこなしに一瞬言葉を失う。
 そんなルヒトに気付いたアワラは、不敵な笑みをその顔に滲ませた。







2003年06月06日(金)
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