| 2004年11月25日(木) |
寝耳に水の『助教授の危機』 |
今日の朝メールチェックをしていると、当サイトのお客様でもある友人からメールが届いていました。 何でもお友達からメールが届いたそうです。『助教授の危機』というタイトルで。 そう書いてある以外はURLがひとつ。とりあえず見てくれとのこと。
見てみました。
………何だか言葉が見つかりません。 複雑。ただいろんな意味で複雑。 友達も、そのまた友達も同じ思いでメールを書いたのでしょう。 火村助教授→火村准教授? カッコ悪っ!! と。 そして森先生も『森准教授』かぁ… こちらの場合は何か嫌というだけでなく、教授とあまり仕事が変わらなくなるそうなので大変だなぁ、と。 いや、ぶっちゃけショックですよ。『私の愛する二大助教授』と言えなくなるのは。(笑) でも、そのショックの度合いがドラえもんの声変わりに匹敵しそうになっている(してはいないけど)辺り人としてどうかと思います。何となく。 (もちろんその話題もショックでした。聞いた時しばらく絶句したくらい。日記に書こうと思ったけど、結構みんな書いてたのでやめました。天邪鬼)
もちろんそんな世間一般に容易にわからないような複雑な気持ちだけではないですけどね。 普段から考えているのです。何に対しても「名前変えることに何か意味があるのだろうか」と。 名前を変えて、それを強制して、それで何か変わるのかな? 確かに心構えは変わるかもしれないし、言葉の印象によって物の見方が変わるかもしれないというのはわかります。 でも言葉を変えても実情は全く変わらないことだってあるんです。いくら放送や出版物から差別用語を無くそうと頑張ったって差別そのものは消えないように。 今回の変更が単なる名称変更ではないことを祈るばかりです。
…でないと私が嘆いた意味がないわ!!(結局それかい)
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