ぱらやんの撃痛リーマン日記...ぱらやん

 

 

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【物思い】 - 2007年07月21日(土)

生きてるってスバラシイ。






2007年7月21日午後5時51分、心肺停止。

同日午後6時、医師による死亡確認。



5月29日からの入院生活を終え、祖母は戻ってきました。

無言の帰宅ですが、それでも帰ってきました。



自分は丁度、病院から家に戻っていたため、臨終の際に間に合わず、

親父と伯父、伯母の3人で看取ったそうです。






最期、僅かに呼吸が乱れ苦しそうだった、と親父は言っていましたが

大病に苦しむわけでもなく、比較的緩やかに、静かに旅立ったのでは

ないかと思っています。



不思議な物で、朝方見舞ったときには微かに呼吸をしているだけでも

祖母は「生きている」と思っていたしそれが「祖母である」と認識できて

いたのですが、息を引き取り、逝ってしまった祖母の亡骸と対面したとき

それはただの「物」にしか見えなく「祖母ではない」と思えました。

握った手は僅かに温かく、確かに今まで握ってきた祖母の手であるのに

すでにそれは「魂が抜けた空の器」にしか見えなく「祖母ではない、祖母は

もうここにいない」という意識が強烈に飛び込んできました。



亡骸が伯父の家に運ばれ、皆で死に装束を着せたり、化粧をしている時に

それは確実な物になり、喪失感へと繋がりました。






「嗚呼、これはもう『物』なんだ。祖母はもうここにいない。」






それでも亡骸に対して言葉を掛け、伝えきれない礼を深々と頭を下げる事で

伝える努力をしてみました。

もう祖母はいないと感じていても、それしかできない。

週明けには火葬されてしまう。そうすれば祖母を形作った物すら殆どが

失われてしまうし、残った骨は墓の下。自分と親戚を含む色んな人達の

心の中にだけしか祖母は残らない。だからでしょうか。

これからの予定を話し合う人達を遠目に、一人祖母の傍らに腰を下ろして、

納得いくまで祖母に語りかけてみました。言葉に出すと照れくさいので

頭の中で。何となくスッキリできたような気がするから不思議な物です。

人間なんて矛盾の塊ですよね。でもそれで良いのかも。






完全に消化するにはもう少し時間が要るでしょうが、

とりあえず自分は大丈夫そうです。


...

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