カンラン 覧|←過|未→ |
自分の成長記録を嬉しげに毎日毎日書き綴っていなくても, 人は毎日の時間の流れに乗って生活してるだけで いろんなものを失い,いろんなものを得る。 たとえ傍から見ればふうわり漂っているだけのようでも。 望んでも望まなくても。 私にはものすごく大切な人がいて, それはもうずっとずっと前からのことであって, 夢らしきものを抱いたことのない私が唯一その人のやうな人間になりたいと思った人であって, それらは揺らぐことのない気持ちだと思っていたんだ。 ずっとそのままでいられたら私はなんてしあわせな人生を送れたんだろうかとさえ思う。 けれど今, 私が私なりにじっくり時間をかけて足しては削り,足しては削ってかたちづくった 26年目になる「私」は その人を間近にして正直戸惑っている。 その人の言葉に眉をひそめずにはおれず, その人の行動に首をかしげそうになり, その人に対してひとこともふたことも言いたいことが増えていく自分がいる。 けれど結局咽喉もとまで上がってきた言葉は外気に触れることなく, その人めがけて飛んでいくこともない。 私は知ってるからだ。 人から言われたことばは消えない。 言った本人の中に残らなくても,言われた人のこころには根を張るんだ。 健全なこころの養分を吸って思いのほか大きく成長し, あたたかな光を遮り,他の大事なものの芽生えを阻止するんだ。 そうしてこころに暗い森がうまれる。 あと4,50年は生きるだろう私でさえ一生傷跡として残るだろうことばがある。 もちろん人から言われたことばだ。 もっと言うならその人から言われたことばだ。 私よりかは長く生きないだろうその人に私が思っていることをぶつけたら 忘れてしまう時間もない上に治らない傷を抱えさせてしまうのは明らかで 忍びない。 そんなことをつらつら考えて 私は目をそむけ,口を噤んでいる。 たとえ間違っていたとしても, それが私の優しさであり,礼儀である。 私は諦めているんだ。
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