カンラン 覧|←過|未→ |
ここから遠く離れたところで暮らしていた頃のはなし。 エバは私より3つ年上だった。 あの頃の3つ・・・その開きは結構大きくて, 他の同い年の子のようにおもしろいことをやって気に入られようとか, そんなところのなかった私に なぜだかよくしてくれたひと。 エバはいつも黒い服を好んで身にまとっていたので, どう頑張っても,紺・白・黒の3色, あとは古ぼけたデニムの青ぐらいしか私に思い浮かばせない。 寒い季節が来たら網タイツにスエードのロング・ブーツを履いていたり, 真っ黒くてパーマのかかった長い髪の毛をいつも無造作におろしていたり, そんな女の人をそばで実際に見たことのなかった私はどきどきした。 どうでもいいことだけど, ここであえて説明として付け足すとすれば, 酪農,農業,そういった類のイメージの強い あの片田舎の町にはそぐわない存在だったように思う。 学校主催のダンス・パーティでは我を忘れてうねうね踊るし, 私が唯一‘ひざかっくん’ていたずらをしたひとでもある。 「ひゃぁっ!」とかそんな声をあげてくねくねと地面にしりもちついていた。 私がふと口にした言葉がつぼに入ったときなど, 涙を流しながら苦しそうにずっとずっと笑っていて, こっちの方が「もういいでしょエバったら。」って 止めに入らなくてはいけないこともしばしばあった。 そんな彼女が一度だけ泣いていたのを見てしまったことがある。 夕涼みがたまらなくここちよく感じる季節のさくらの木が見えるベンチで 何人かで話し込んでいたときのこと。 ふと気付くと隣で笑っていたはずのエバが泣いていた。 そのとき私は一体何をしていたんだろう。 どれだけの時間,エバから目を離していたんだろう。 すごくすごく悲しそうに泣いていて, 隣には困り顔でなぐさめている男の人がいた。 私はと言えば, 何も出来ないままさくらの木を眺めているふりをしていた。 泣きながらぼそぼそと喋る言葉が聞こえていたはずなのに, 聞いてはいけないような気がして つとめて頭の中を白く塗りたくりながらさくらの木を見ていた。 その後のエバは普段と何ひとつ変わらない様子だったので, 結局その時のことは未だに私の中に謎として残っている。 私が学校を去る少し前,エバの部屋に行ったときのこと。 脱いだら脱ぎっぱなしの散らかったベッドの隅っこに座らせてもらって, 少し話をした。 ○○のようになりたい,とか言ったことのない私が 「エバの髪みたいに,私の髪の毛,長くのばせるかなぁ。」 と言ったら, びっくりした顔をして, 「のびるよ。当たり前じゃん。」 って言って目を細くして笑ってくれた。 あれから10年。 結局私はそこまで髪をのばすことはなく, 今までで一番長くしていた髪も去年の冬に あっさりばっさり切ってしまい, 今はぼさぼさのショートだ。 そんないい加減な私をエバは知ってくれてるような気がしてしょうがない。 あのときだって, のばすつもりのない私を分かった上で笑っていたような気さえする。 そばにはいないけど,忘れられないひと。 そんな存在がこころの中にいることをしあわせに思う。 イヤー・ブックにやたら太くてでかいマジックの文字。 ‘妹君へ!!!’というふにゃふにゃの書き出し。 あんなサイズの文字ではとうてい1ページに入りきるはずもなく, 関係ない人の顔にまで文字があふれていました。 しかも最後は無理な締めくくりで, はみ出してしまったマジックのインクがページの隅っこににじんでるよ。 私のまたいつか会いたいひと。
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