前回の日記で書いた聖カタリナという女性について、調べてみました。 すると、あろうことか、「聖カタリナ」という女性は2人いたのです。私がこの名前を曖昧ながら記憶しているのは、ヴァルダス・レアルという画家が描いた美女の生首の絵が印象的だったからで、ということはつまり、私が知っていたのは「アレクサンドリアの聖カタリナ」であったようです。彼女は近代になって、正式な聖人ではなくなりました。
■聖カタリナ(アレクサンドリアの) キリスト教の聖女(その実在は疑わしいとして教会暦から除外)。 4世紀、アレクサンドリアの貴族の娘で、4世紀初頭ローマ皇帝マクセンティウス(在位306-312)の求婚を退け、その怒りにふれ、処刑されたと伝えられる。大釘を打ち付けた車輪で拷問を受けるが、その車輪は雷で粉々になったという。最後に斬首されて殉教。 レアルが描いたのはこの場面、斬首された頭部が地に転がっているところでした。凄惨な美しさでした。うっとり。 さて、私が「痛いファン」と評した「神の花嫁」伝説はこうです。
■聖カタリナの神秘の結婚 (the Mystic Marriage ) ローマ皇帝の求婚を退けた理由はこうである。 キリスト教に改宗したカタリナは聖母子の幻影を見、幼児キリストから結婚の指輪を与えられる。彼女とキリストとの精神的な絆を示す場面として、ルネサンス以降多く描かれた。 「しかもショタかよ・・・」と呟いたのは内緒ですが、それはともかく、彼女の存在が伝説であったにしろ、こうした「神秘の結婚」は、もう一人の聖カタリナも同様に体験しており、他にも宗教的恍惚感(エクスタシー)の中でキリストと出会ったり触れ合ったりしている女性のエピソードは多くあるようです。皆さん、熱烈なイエスファンだったのですね。ちなみに「聖カタリナは若い女の子、学生、聖職者、車大工、壊れた車輪の守護聖人である。」・・・壊れた車輪なんか守護してどないすんねん。
■聖カタリナ(シエナの) 1347頃-80 キリスト教の聖女。シエナ生まれ。16歳でドミニコ修道会に入る。シエナとイタリアの守護聖人。ローマの第二の守護聖人。シエナ派の美術作品に多く描かれる。ドメニコ会修道女の白の衣と黒のマントのいでたちで、手に十字架とユリを持ち、しばしば悪魔を踏みつけている。 アヴィニョンに教皇庁があった、1375年、聖フランチェスコ同様、聖痕(磔刑のキリストと同じ傷跡)を受けたと伝えられる。後にイタリアからアヴィニョンに大使夫人として送られ、ローマに教皇庁を移すことに尽力している。 またアレクサンドリアの聖カタリナと同じく、聖母に抱かれたキリストとの「神秘の結婚」を行う幻影を見る場面が描かれることもある。服装で見分けることができる。
「大使夫人」てのは何ですかね。彼女は独身だった筈なんですが・・・まあいいや。池上俊一氏の「魔女と聖女」(講談社現代新書/1992)によれば、彼女は明らかに拒食症であり(33歳で衰弱死)、上記のような活躍をしたにもかかわらず(あるいは活躍をしたがゆえに)、当時の(恐らくは男性の)人の中には、「ろくに食事もしないのにこれだけ動き回るとは、悪魔から栄養を貰っているのだろう」という見方もあったようで、まさに「聖女と魔女は紙一重」なのですね。 時代は違っても、「家父長制(男性優位)における女性性の否定」としての拒食症、という点は似通っているんだなあ、と思ったり。
http://www.ne.jp/asahi/art/dorian/index.html
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