早瀬の呟き日記

2003年02月24日(月) マイケルと原稿と

プロットを作り、話も最初から最後まで考え、後は書くだけ、という小説の最初の一文がどうしても書き始められなくて、半日迷っていた。書きたい気はある。かなりある。でも、書き始めようとすると殆ど吐き気のように嫌気が差して、開いた原稿用紙を閉じちゃうのだ。これを何回か繰り返した。飛蚊症が悪化すると嫌なので、最近はパソコンと手書きの両方でやっている。
なんだかんだで結局5枚くらい書いたのだが、どうにも勝手がよくない。おかしい。何かおかしい。長編の書き始めは大体苦しいものだが、これはどうも・・・ああ、あれだ。「原始林とペータージーリエ」だ。私は、ガチョウを焼こうとしているんだあ!(※意味がわからない人は高橋源一郎さんの『一億三千万人のための小説教室』を見て下さい。)
で、すっかり嫌になって、ぼうっとテレビを見続けることにした。「マイケル・ジャクソンの真実」とかゆードキュメンタリー番組で、私全然マイケルの曲聴いたことないし好きでもないし、整形してようが顔面崩壊してようがホモだろうが、正直かなりどうでもいいのだけど、どうでもいい番組を2時間見るくらいにはやる気を喪失していたのだった。
見ているうちに、誰かに似ているな、と思った。少年期の劣等感、美貌へのこだわり、妻はいなくてもいいが子供は欲しい、世界中の子供を愛している、自宅の遊園地に恵まれない子供を招待して・・・「子供には愛が必要なんだ」。いたね、こういう人。どっかに(笑)
番組記者は盛んに「44歳の成年男性が、子供と一緒に寝るのは不適切だ」と言っていたが、マイケルは「どうして? 愛のある素晴らしいことだよ」。
「僕はピーターパンなんだ」とのたまう44歳が普通でないことは確かだが、成年男性と呼ぶにはあまりに子供じみた彼を見ていると、同性の子供同士が性と愛着の未分化なスキンシップをするような感じなのかもしれないな、と思った。彼と一緒に暮らしているという12歳の少年の眼差しは、女性のように艶めいていて大人っぽく、彼はマイケルのことを「4歳なんだよ」と言って笑っていた。あの眼差しの落ち着いた不敵さは、既にステディな相手に愛されることを知っている青年のようで、確かにマイケルよりも大人びているようにも見えた。
たとえメンタルな部分ではどうあれ、外見は44歳の成年男性と12歳の少年。「性的虐待」と解釈される余地は、十分にある。しかし私には、そうした健全なパターナリズムは、遊園地併設の豪邸で生活しカメラの前で掌を握り合って微笑む2人の前では酷く無粋に見える。
整形したと本人の口から言わせることに、一体どれほどの意味があるのだろう。
大金で和解が成立した程度の「異常な愛情」の真相に、どれほどの価値があるのだろう。
それよりも、8ヶ月に及ぶドキュメンタリーで全く現在進行形の音楽活動が映らず、登場時に流れる自分の曲が20年も昔のもので、「あんたの最初の曲が好きだよ」とファンに言われるミュージシャンというのは、どうなんだろうか。
そして明日、原稿を書き進めるか破棄するか、どうしよう。


 < 過去  INDEX  未来 >


琳 [MAIL]