| 2003年01月30日(木) |
「ストーカー」ってギャグだよね? |
(男性ナレーター)「もし、いつもの写真屋のおじさんがあなたの写真を集めていたら、どうしますか・・・?」 こちらに向けてカメラを構えた中年のオジサン(ちょっと頭薄い)が叫ぶ。 「楽しそうにするんだ!」「笑え!」
以上、映画「ストーカー」のTVCMである。私はこれを見て、吹き出した。おかしい。すっげえ、おかしい。笑える。しかし、そのとき一緒に食卓についていた母と弟は、これっぽっちもおかしくなかったらしい。「何がおかしいの」といぶかしむ母。「これ、サスペンスだろ? 笑う映画じゃないだろ?」とクールな弟。彼曰く「主演がロビン・ウィリアムズじゃなかったらギャグだけど」だそうである。 私はロビン・ウィリアムズという俳優をよく知らないので、誰だろうとこんな映画でこんな役やったらギャグだろうと思った。ストーカーという存在は、実際被害に遭ったらそりゃ笑うどころじゃなく、佐藤亜紀に倣って「殴り殺そう」と言いたくもなるが、フィクションの世界ではもう「怖い」を通り越して滑稽である。自分の勘違い(僅か十数秒のCMだったので)かと思い、公式HPまで行ってあらすじを確かめてきたが、やっぱりギャグだと思った。これは、笑う映画だ。自分の孤独な妄想どおりに現実を改変しようとする人間の哀れな真剣さを、笑う映画だ。だって、「笑え!」だよ? 笑った写真が取りたいのに恫喝してるんだよ? おかしいでしょう。「笑いとは構図のズレである」と言ったコメディアンが誰だったか忘れてしまったけど、そういう意味においてこれは正しく「笑い」だと思う。 最近思うのだけれど、泣きどころと笑いどころとは案外、表裏の関係にあるんじゃないだろうか。考えようによっては、これはとっても悲しい映画なのかもしれない。孤独なオジサンの夢が現実によって裏切られ、それを認められずにどうにか完全なる夢の世界として修復しようと足掻いている物語とも解釈できるからだ。そういえば、「笑いとは本質的に残酷なものだ」という言葉もあった。 確かに、公式HPで見たロビン・ウィリアムズは、あのアイスブルーの瞳になかなか存在感があり、浮ついた感じはないと思いはしたものの、それでもやっぱりCMを見る度に笑ってしまう。果たして映画館では爆笑の渦が生まれるのか、ロビン・ウィリアムズ演じるオジサンの悲しさに涙を流すのか、それとも、笑いも涙もないサスペンスとして享受されるのか。ちょっとだけ気になる。
|