2002年11月12日(火) |
早期教育の是非★英語編★パート2 |
そう、うちのハハは団塊の世代にありがちな思想の人で、私に沢山習い事をさせた。
自分でできなかったことを子供に託す、いわゆるイケナイ親の王道でした。
でも、私は習わなかったのよ、英語は。
当時は今ほど「英語教育」が盛んじゃなかったし。
でもね、私は英語が好き。
ぺらぺらじゃないけど。
なんだか、 「小さいうちに色々体験させて、興味を出させてやるんだ!」 みたいな考えが巷に溢れているけれど、そうじゃない場合もあるのよね。
オモチャとおんなじで、「与えすぎ」っていうのもあんまりよくないんじゃないのかな?
アフガンのほうの元少年兵にインタビューして、 「これから何をしたいか?」 と聞くと、 「もっともっと勉強がしたい。」 と口をそろえていう。
戦争で、若い時に満足に勉強できなかったおじさま、おばさま達が、老後に定時制高校に通って勉強しなおしたりしている。
人間ってパッションで生きているから、自分から 「こうやりたい!」 「これがしたい!!」 と思わないと、身につかないものだと思う。
私の高校は一学年に一クラス「留学クラス」があって、一年の夏から約一年語学留学をしてくるのだけど、そうすると、それまではマッタク英語が話せなかった友人たちも、見違えるようにぺらぺ〜らになって帰ってくるの!
そういうのを見ているせいもあるかもしれないな。 私が 「言葉を勉強するのはいつでもできる」 って思っているのは。
確かに子供のころって物事の吸収が早いし、喜んで勉強したり、習い事したりしているようにも見える。
でも、そういう風に見えても、実は自分で本当に喜んで勉強しているんじゃなくて、 「自分が一生懸命やるとお母さん(お父さん)が喜ぶから、そのためにやっている」 らしい。
子供って、親が喜ぶことは自分の喜びであるかのように錯覚しやすいのだとか。 というか、そういう風にできているらしいのだけど。
子供にとって、自分は二の次、イチバンはお父さん、お母さんなのだ。
例えば親に虐待されている子供。
保育施設の先生などに、 「その傷どうしたの?」 と聞かれると、 「転んだの!」 と、自らウソをついて親をかばう。 etc.
どんなに自分に辛くあたる親でも、その子にとってはかけがえのない存在・・・。 親が悪くいわれるのは嫌なんだ・・・。
長くなっちゃいましたが、そういうわけで、私はみのりに早期教育をさせるつもりはこれっぽっちもありません。
みのりが自分で「やりたい」と思えることができれば、それは後押ししますが。
最後まで長々とお付き合いいただき、ありがとうございました! ご意見、ご感想お待ちしております。
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