Dance日記帳
モクジ|キノウ|ヨクジツ
知らぬうちに58000Hitを超えておりました。 皆様、毎度アクセスありがとうございます。 あと一息で60000Hitに届きます。
さて、昨日の迷惑メールについて、アドバイスくださった皆様、本当にありがとうございます(泣) まったく、いったい、何回この日記に救われていることか。 いや、この日記の読者に救われたことか。
今日もレッスンの時に「わからないことは、どうしようと悩んだりしていないで、とりあえず『教えてください!』って周りに聞いてみて!」とアドバイスしたところ。 大人になると、無知であることが恥ずかしくて、みっともなく思えて、わからないことがあっても知った振りを通したり、適当に誤魔化してすますようになっちゃう。私もよくやる。
例えば、友達。愚痴は言って来る「こんなことがあったのよー!わからなくって困るんだよ〜!」と。でも、そのことについて「わからなくって困るから、もし知っていたら教えてよ〜」とは言ってこない。 そうなると、私がその「わからないこと」を知っていても「知識をひけらかすみたいで格好悪い」とか「余計なお世話かな?」とか考えてしまって、結局何も言わずに過ごし、なんとなく後味が悪い思いをする。
わからないことは聞けば良い。 知っていることは教えれば良い。
ごくシンプルな、そういう部分、大人になると失っていくものだね。
友達と出かけて、ショッピングなどをしていて、お目当てのものが見つからず売り場をウロウロしている時に、その友達が「ちょっと待ってて!」と、販売員のところへサーッと行って、「○○ってありますか?」と聞いている姿を見ると「はっ!!」と思う。私には、それが凄く格好よく見えたりする。知ったかぶって「このあたりにあるんじゃないかなぁ〜」なんて言うよりも、うんとスマートだ。
物事には、それを詳しく知る誰かがいる。自分が知らないことを他人が知っているのは悲しいことなのか?羨望はあったとしても、絶望はない。 だから、その知識を素直にわけてもらう。 私が、私の知っている限りのダンスの知識を皆様に教える代わりと言っては何だが・・・。 知識をひとに伝えることは、自分を豊かにすることである。決して知識は分け与えることで失ったり、すり減ったりすることはない。 それを知っているから、図々しいくらいに、遠慮なく、わからないこと、知らないことは「知っている誰か」に聞くことにしている。 そして、それを教わることでひとつ私は成長できるのだ。 私の知らないことを、そうやって、惜しみなく教えてくれる人に心から感謝したい。ありがとう。
さて、問題の迷惑メール。 教わったとおりに設定してみています。結果は明日あたりわかるかな?
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