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■ 親愛なる友へ(2)第2稿
第2稿。すーすーまーねぇー(涙)
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心ゆくまで――といっても、弟妹たちを気遣って年長の二人はかなり馬足を抑えていたようだったが――原を駆け回ったあと、四人は小休止の時間を迎えていた。このあたりは庭も同然のヴィクターが迷いなく皆を導いた場所は、馬をつなぐのにちょうど良いささやかな木立と、腰を下ろしてひとやすみするのに適した草地、そして近くにはせせらぎも備えていた。 馬と自分たちの喉をうるおしてから、一行はスタイン家から持参した軽食をひろげた。スタイン家お抱えの料理長は、年少の二人には甘い焼き菓子を、そろそろ甘いものは卒業した(あるいは、卒業したことにしたがっている)年長の少年たちのためには、鶏のあぶり焼きとピクルスをはさんだ薄いパンを用意してくれており、それらは瞬く間に四人の腹の中におさまった。 「ピート」 「うん?」 「腹ごなしといかないか」 手早くまとめた荷物を元のように馬の鞍にくくりつけたヴィクターが、代わりに別のものをはずして振り返りざま、ピーターのほうに放ってくる。ピーターは慣れたしぐさで片手を差し出すと、宙を飛んできたフルーレ《練習剣》をぱしりと音を立てて掴んだ。 「危ないなあ。受け止め損ねたら大変だよ」 「おまえが落とすわけないだろう。さて、ひと勝負どうだ?」 「僕はかまわないけど――」 気遣うようにピーターがクリスタルに目をやった。黙って聞いていたエドマンドにも、兄の心配がよくわかった。本物の剣ではないといっても、こんな目の前では怖がらせてしまうだろう。そうでなくても剣の勝負なんて、女の子の前でやるものじゃあない。大げさに怖がってきゃあきゃあと悲鳴をあげられては、とてもじゃないがうるさくて集中できないのだ。 ところが友人の視線を追いかけたヴィクターは、ひょいと眉を上げると、いたずらを思いついたような顔つきで妹に笑いかけた。 「クリス」 「はい、兄さま」 「おまえが怖がるといけないから今日はやめたほうがいいんじゃないのかってのがピートのご意見らしいんだが、どう思う?」 兄の台詞に、不思議そうな表情でクリスタルは首をかしげる。 「怖がるって、なにを?」 「おれがこれからピートとやろうとしてること」 「剣の稽古?」 「ああ」 「怖くないよ? いつも見てるもの」 あっさりと少女は答えた。なにを当たり前のことをと言わんばかりの、まるで気負いのない口調だった。 「だよな。ピート、そういうわけなんで遠慮はいらないぞ」 「了解……なんというか、つくづく面白い妹さんだねえ」 「おかげでおれもアレクも毎日ばあやに愚痴られてる」 「ばあやさんに同情するよ、僕は」 苦笑しながら、ピーターは立ち上がるとズボンの草を払った。フルーレの柄を一度くるりと手の中で回して、握りなおす。それがかれの剣を構えるときの癖だと、エドマンド同様ヴィクターもよく知っているようだった。にっと笑いかえすと、自分用のフルーレを取る。口調も身ごなしも大人びたスタイン家の跡取り息子も、そんな表情は年相応だ。 「おれの四十二勝三十八敗だったよな?」 「また勝手に水増しする。きみの四十勝三十九敗一分け、だよ」 「そうだったか?」 軽口をかわしあいながら、少年二人はゆるい弧を両端から辿るように移動した。年少の二人から充分に距離をとり、腕をいっぱいに伸ばせば切っ先同士が触れるかという距離で、足を止める。 「エディ」 ピーターが弟の名を呼んだ。視線は親友に向けたままだ。 「合図して」 「あ、うん」 返事が一拍遅れてしまったのは、兄たちの動きに気をとられていたからだ。あわてて頷いて、声が震えないようにエドマンドは深呼吸をした。かたわらではクリスが大きな目をさらに大きくして、ひとつの動きも見逃すまいとばかりに身を乗り出している。きっと一瞬前の自分も、そっくり同じ様子だっただろう。 男の子の服を着て、乗馬が得意で、剣も好きで。 ほんとうに不思議な女の子だ。 「はじめ!」 精一杯剣術教師を真似てみたエドマンドの合図の声を、剣を構えた二人はぴくりとも動かずに受け止めた。呼吸を読みあうような一瞬の静寂のあと、ヴィクターが先に仕掛ける。いくつかのフェイントを織り交ぜた突きをピーターのフルーレが跳ね上げ、たちまち激しい攻防が始まった。 「……すごいね!」 興奮した声に振り向くと、すぐ隣できらきらと輝くブルーグリーンの瞳が笑いかけてきた。 「エディの兄さま、強いんだね! ヴィク兄さまがお友達と試合するの、何度か見たけど、こんな本気でやってるの見たの初めてだよ」 「僕も――ピーター兄さんがこんなに苦戦してるの見るの、初めてだ」 「すごいねえ……」 頬を真っ赤に上気させて、ため息をつくようにクリスタルが繰り返す。 「うん」 心からの感嘆と同意を込めてエドマンドは頷いた。ピーターもヴィクターも、かれらの年齢からすれば間違いなく超一流の腕前だ。話には聞いていたが、こうして見ると改めてその技量に圧倒される。エドマンド自身は剣を習い始めてまだ二年にもならないが、尊敬する兄とその親友が繰り広げる熱戦に、心が躍らずにはいられない。 レイピア剣術で頂点に立つことは、フェデリア貴族の少年なら誰もが憧れる夢だ。 今の自分にはとても届かないけれど、いつかは――
「あんなふうに強くなりたい」
少女の唇からこぼれた呟きに、エドマンドはぎょっと目を瞠った。それは今まさに、エドマンドが考えていたことだ。心のうちが読めるほどわかりやすい顔をしていたということか、それとも知らず知らず声にしてしまっていたのだろうか。 「ク――」 「どうして、クリスはレイピアを習っちゃだめなのかなあ……兄さまみたいに、強くなりたいのに」 憧れを瞳に宿して、ため息のようにクリスタルが独りごちる。 その台詞の意味を、エドマンドはすぐには理解できなかった。 頭の中で少女の口にした言葉をなぞってみる。 (兄さまみたいに) (――強くなりたい?) ……それはつまり。 クリスタル本人が剣を取る、ということだ。 少年の奇妙な表情に気づいたのか、クリスタルが兄たちから視線をはずして、怪訝そうに覗き込んでくる。 「なあに? エディ、変な顔になってる」 「変なの、クリスだよ」 反射的にそう答えていた。 「だって、クリスは女の子じゃないか。女の子がレイピア習いたいなんておかしいよ」 そのとたん、クリスタルの表情が変わった。――変わったというより、抜け落ちたと言うほうが近いかもしれない。桃色に染まっていた頬から血の気が失せ、瞳から輝きが消えた。一瞬前とは天と地ほども違う、まるで人形のようなつめたい無表情で、少女はエドマンドをじっと見返した。 「……どうして?」 低く、問う。 「どうして、クリスがレイピアを習いたいって言うのはおかしいの」 「だって。女の子は剣術なんてできないよ」 「どうしてできないの。だれが決めたの?」 「だれがって……」 淡々と問い詰める口調に気圧されて、エドマンドは口ごもった。 クリスタルがなぜ突然様子を変えたのか、なぜこうも執拗に詰め寄られなければならないのか、エドマンドにはまったく理解できなかった。女が剣術をやらないことは、男がスカートをはかないことと同じくらいにエドマンドにとっては常識で、それを疑ってみたことなどただの一度もなかったのだ。 混乱しながら、ひとつ年下の少女を見つめ返す。 少女の変貌の理由はわからない。けれどわかることもあった。クリスタルが、とても真剣だということだ。 ――目を逸らしたのは、クリスタルのほうだった。 「エドマンドも、やっぱり、おんなじだね」 エディという愛称ではなく本名を呼んで、小さな唇には不似合いな、ひどく大人びたため息を漏らす。肩から力を抜いて、先刻までの張り詰めた無表情とも、それより前の生気に溢れた笑顔とも違う、ぎこちない笑みを浮かべた。 「わかった。……ごめんね、変なこと言った」 ずきりと胸が痛んだ。 少女だと知って、それでも話しかけたことを嬉しいと、ありがとうと言ってクリスタルが笑ったのは、ほんの数時間前のことだ。 (ともだちに……なりたいって、僕が、言ったのに) エドマンドは必死に考えていた。これほど真剣に考えたのは生まれて初めてかもしれなかった。 自分がこれまで信じてきた常識に照らしてみれば、クリスタルは明らかに異端だ。貴族の娘としては異常と言っていい。 でもそれは、たった9歳の少女に、こんな表情をさせなければいけないほど間違ったことなのだろうか。 (僕は強くなりたくて) (クリスも、強くなりたいって) (でも、クリスは女の子で――) 「どうした?」 思考に没頭していたところに、ふいに背後から声をかけられて、エドマンドは飛び上がった。いつの間にか剣戟は終わっていたらしい。フルーレを鞘におさめたヴィクターが、かがみこむようにして見下ろしていた。 「静かだと思ったら、えらく暗い顔してるじゃないか。いつも騒ぎながら見てるくせに」 「兄さま。……ううん、なんでもない、です」 「なんでもないって顔か?」 「エディも変な顔してるけど。喧嘩でもした? 弟が、なにか失礼なことでも言ったかな?」 ピーターも心配そうに顔を曇らせ、友人の妹と自分の末弟をかわるがわる見ながら尋ねてくる。口ぶりこそ物柔らかだがその視線にひやりとしたものを感じ取って、エドマンドは身をすくめた。ピーターは決して暴君ではないし、頭ごなしに叱り付けることもないが、外見の与える印象ほど甘い兄でもない。そのピーターが、なによりも嫌うのが言い訳だった。そして、クリスタルにいまの表情をさせているのが、自分であることだけは紛れもない事実だ。 「うん、あの、僕が――」 「エドマンドはわるくないよ」 きっぱりとした少女の声が、エドマンドの台詞を遮った。
------------------------------------------ 前回から30行位しか増えてません。遅筆に磨きがかかってるなぁ……。やっとキャラクターがつかめてきた気はするのですが。
2005年04月11日(月)
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