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■ 『その花の名前は』Century20編草稿
「じゅーさん、じゅーし、……じゅーごっ!」 15のカウントと同時に、瀬能朔〔せのうはじめ〕は右腕を思い切り薙ぎ払った。その手に握られた、赤光を放つ剣に切り裂かれて、15番目のあやかしが断末魔の悲鳴を上げた。 「31」 少し遅れて背後から落ち着いた涼やかな声が届く。同時に、どんと背中を押されたような感覚があった。振り返るまでもない。相棒である高都匡〔たかつきょう〕の魔法が起こした青色の爆発が、彼の相手取っていた妖魔をまとめて数匹、闇に還したところだった。 「ダブルスコアにされた感想は?」 「おまえの得意技のほうが一対多に向いてんだからあたりまえ。つーか今日なんなんだよ? いくらなんでも大量発生しすぎ」 会話をしながら互いに数歩近づいて、背中合わせになる。弱いが数で勝る相手に対するときは、ひと段落ごとにこのポジションに戻るのが結局最も効率がいい。すでに倒した数は二人あわせて46になっているが、遠巻きに取り囲む妖魔は、少なく見積もってその倍ほどはいるように見えた。 歯をむき出してきききと唸るのは、威嚇の姿勢であるようだった。――この程度の小物は人の言葉をほとんど喋らない。かれらは一様にふくれた腹といびつに曲がった細い手足、異様に大きいまるい頭を持っていた。小型犬ほどの大きさで、力も知能も能力も怖れるにはあたらないが、動きが素早く、なにより数が多いのが厄介だ。田舎では十数年に一度ほどの割合で特定の虫が大発生することが多いが、この現象はどこかそれに似てる気がする。気持ちの悪さではこちらが数倍上ではあるが。 「たまにはこういう日もあるさ。ほら、怠けてないでさっさと行っておいで。そろそろおしまいにしよう」 爽やかすぎる笑顔で促されて、はーあとため息をつきつつ朔は剣の柄〔つか〕を握りなおした。思念で作り出したそれが汗で滑ることもありえないが、癖のようなものだ。 「よっと」 軽い掛け声とともに地を蹴る。常人にはありえない高さの跳躍を、目撃される心配がないのが救いだ。そういう部分、相棒は抜け目がない。住宅街のはずれの人も車もそう通らない一角には、さらに人避〔よ〕けの結界が施されていて、声も姿も外に漏れないようになっている。 そんなことを考えながら妖魔の群れのど真ん中に着地した朔は、間髪をおかずに右手を大きく振った。剣の形が崩れて鞭のように長く伸び、逃げ惑う異形の魔物にからみつく。 「匡、そっち行ったの頼むわ」 「了解」 匡が左手をひらめかせた。その手から放たれたカードは鋭利な刃物以上の切れ味を持つ、匡の愛用の飛び道具である。目の端でその様子をちらりと確認して、朔はさらに敵の密集地帯に突っ込んだ。とりあえず目に付くものから切り伏せていく。気分はほとんどもぐら叩きだ。 「――50ッ」 四半時ほどで、周囲からあらかたの気配がなくなった。息をついて額の汗を拭う。立ち回り以上に手の中の光剣が体力を削ぐのだ。 「朔!」 そこに鋭い声がかかった。同時にざっと、頭上で梢が揺れるのが聞こえた。振り向きざまに、朔は斜め上方に躊躇なく斬りつける。人家の庭から張り出した果樹を足がかりにとびかかってきた妖魔が、耳障りな悲鳴をあげて塵になった。 勢い余った赤刀は果樹に激突して、枝が不穏な音をたてる。 「……げっ」 妖魔に無理やりによじ登られることでずいぶんと負担のかかっていたらしい枝は、思わず硬直して見守る朔の前でめりめりと折れ曲がり、とうとうぽっきりと折れて落ちてきた。やっべぇ、と朔は頭を掻く。平凡な一般人の皆さまには迷惑をかけずに、が、彼らのモットーなのだ。 「あーしかもこれ柿じゃねえか。桃栗3年柿8年つうんだぞ、植えて8年待たねえと食えねえんだぞ? くっそ」 妖魔が消えたあたりをぐりぐりと踏みにじる。半分は自分の責任なだけに許しがたい。 「またずいぶんと面白い観点で怒るね、朔は」 どこか呆れたような声音で、相棒が声をかけてきた。どうやら枝を気にしていた間にすべて片付いていたらしい。両手を叩いて汚れを払うような仕草をする高都匡の両目から、その魔術の具現である青い色が薄れていく。 「実感こもってっからなー」 子供の頃植えた柿を、とうとう食べそこなった経験があるのだ。しみじみと朔は頷く。 「まあ、実感から生まれた言葉だからね」 「ガキの頃知ってりゃ栗植えたぜ俺。桃栗3年と柿8年の違いってでかいぞ」 「だとしたら柚子や梅はなおさらだね。桃栗3年柿8年、柚子は9年でなりかかり、梅は酸い酸い13年――」 「梨の大馬鹿18年」 面白がるようにそらんじる匡につられて、思い出すより先にラストが口をついた。 ――梨の大馬鹿、十八年。 その瞬間、古い面影が脳裏をよぎった。 「……あ――――っ!!」 宙を見上げて絶叫する瀬能朔に、高都匡は冷たい視線をひとつよこして、ぽつりと呟いただけだった。 「そろそろ物忘れが激しくなってきたかい、ご老人」 ――そして例によって、ひとかけらの反論の余地もないのである。
……続く。
最近草稿ばっかりですね。いや、単にふだんは手元に置く書きちらしをどんどん見せてるだけなんですが。 これは近日中にラストまで書き上げて登録する、予定。あくまで予定。
2003年07月27日(日)
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