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■ 【その花の名前は・白珠の巫女番外編1】(仮)草稿
【1】
「クリスに、逢いに行くことはできるでしょうか」 向かい合って座った銀髪の巫女は、真摯な目をしてそう言った。
白珠の巫女の守護騎士、クリス=スタインがあるじである巫女のもとを去ってから、2週間が経っている。 辞任はいまだ正式に認められてはいないようだったが、不穏な事件のあったばかりの巫女殿の守りをおろそかにするわけにもいかず、この2週間はフェデリア騎士隊員が交代で警護を務めていた。同輩のユーリグと交代するかたちで、エドマンドがこちらに戻ったのは今日の午後のことだ。挨拶のために一度顔をあわせた巫女から、話がある旨を人づてに告げられたのが日没後、そして深夜にも近い時間になって、エドマンドは白の宝珠の巫女と本日二度目の対面を果たしている。 人払いされた巫女の私室はしんと静かだ。恐縮するエドマンドを制して巫女手ずから淹れられた茶が、2人のあいだであたたかな湯気を上げていた。 エドマンドはあらためて目の前の巫女の美貌をつくづくと眺めた。流れる白銀の髪、透ける肌、濃い影を落とす睫毛、茶器を扱うしなやかな指。白い装束に包まれた巫女のはかなげな空気を、けれども今はその瞳の強さだけが裏切っている。 つねには穏やかな笑みのむこうに隠されている、この瞳を見るのは、エドマンドは2回目だ。 1度目はあの襲撃事件の日。草むらに隠れた伏兵が、巫女の扮装で囮となっていたクリスを矢で狙った。いち早く気づいて駆け出した、そのときに巫女の瞳に宿っていたのが、今と同じ強い光だった。 巫女が隠している真実に、気づいてしまった瞬間だった。 「――逢って」 どうして自分ばかりが、この瞳に出遭わなければならないのだろう。 そんなことを考えながら、エドマンドは巫女の目を見返した。 「それで、どうしますか。戻ってほしいと、頼むのかな」 「いいえ」 白珠の巫女はゆるく首を振る。 そしてふわりと微笑んだ。 「頼む資格なんて、私にはないでしょう。ただ、逢いたくて」 その笑みにエドマンドは一瞬、目を奪われた。透明な綺麗な、けれどもなぜかさみしげな笑み――。 「叶うなら巫女としてではなく、ひとりの人間として、もう一度クリスに私を見てほしくて。もう一度クリスに……伝えたくて。それだけでは理由になりませんか」 「……いえ」 連れ戻すためと言われたなら、断るつもりだった。 なにを犠牲にして、どんな気持ちでクリスが巫女のそばを離れたのか、自分は知っている。 (……だって私じゃ駄目なんだ) うつむいて唇を噛んで、低く絞り出されたクリスの本音。 巫女のそばにいたい。けれども自分では巫女を護れない。そう言って。 望みがないのをわかっていると告げながら、それでも、嫉妬しなかったかといえば嘘だ。自分の前で泣き出す寸前の瞳をして、声を震わせる想いびとを、どれだけ抱きしめてしまいたかっただろう。 けれどあの湖色の瞳をふたたび輝かせることができるのは、けっしてこの腕ではないから。 「その理由が聞きたかった、僕は」 エドマンドはまっすぐに巫女を見据えた。 「わかりました。協力しますよ」 「――ありがとうございます」 深々と下げられた銀色の頭を見つめながら、胸中でエドマンドは嘆息する。 (ほんとうに馬鹿だよ、僕は) 交代に隊に戻っている友人が聞いたら、きっと遠慮もなく大爆笑してくれることだろう。あるいは心の底から呆れられるか、どちらかだ。 けれども、気分は悪くなかった。 この想いが実らないのなら、せめて、想いびとには幸せでいてほしい。そのためにはこの巫女が必要なのだ。絶対に。 (……悔しいからそんなこと、貴方には言ってあげないけどね) 見えないようにこっそりと舌を出して、せめてもの意趣返しにした。
2003年06月19日(木)
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