老いてきたからだろう、布団に横たわると、ドロリとした肉体が流れるように感じるようになった
硫黄島の英霊の皆様、英霊の皆様、ご先祖様、
皆様のお陰で、今日という二度とない一日を頂けました、有り難う御座います
とことばを続けようにも、何もかも、流れ出してしまったようになる
えーっと・・・何だったか、そうだ、いおうとうの・・・
今日生きていることが奇跡なのだ
生きているのではなく、生かされているのだ
そうやって自分を鼓舞しようとも、こっそりと忍び寄る戦慄(せんりつ)
流れ出したドロリを一瞬で埋めてしまう
この詩を書かせようと、肉体を埋めて、そして私を立たせる
しかしながら、
何時かは人類は滅びる この文字の塊も全くなくなる 私が居た証も、私を覚えている人も、私の血縁も、私の全てが、無くなる
一切が虚無へと落ちる
そのようにこの生命は仕組まれている
だから、いまを、この今を一所懸命活きよう
いつでも同じ結論である
横で寝ている子供達は、あと数年で一緒に寝なくなるでしょう
横で寝息を立てる人も、ある数十年で居なくなるでしょう
それでも、それでも
この詩を書き終えたのなら、寝る前のことばを繰り返し、明日のミニバスの練習試合のために体を横たえよう
何気ない日常が、虚無の恐怖を打ち捨てる希望なのだから
絶望を超える絶望という意味の希望なのだから
なぜなら、何気ない日常の先に、確実に虚無が潜んでいるのだから