ものかき部

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「 黄身を分離したバター 」(3)
2003年06月19日(木)


関係を持った後、さらにひどくなっていった。
「あれをしたほうがいい、わるい」とただの口うるさい親父と化した。
それが権威の根本なのに・・・・
彼女が甘えてくるのを許さなかったから、関係は甘えたい気持ちが凝縮した。
そういうアンバランスゆえの酷さ。男の残虐性。

「残虐なのよ・・・・」
「関係の前と後で基本的にかわらないもの。」
「軟弱くんは、ころっとくるのにねー♪」
「口うるさくなるだけだし、みんなの前でばらさないのはいいけれど、だから、あのクラブにいてあげる♪」

「・・・そうか? でもな、菜緒子、」
「・・・・(口うるさい言葉を略)・・・・」

「・・・・そういうの残虐っていうの」

話の途中で、まったく論理的には関係なく口をはさんだ。
春に起こった白梅繚乱は終わった。
そして相手へ甘えることが唯一許されているセックスも、一人よがりになっていったからだろう。
 2人はお互いで自分を見つけ出し、そして長続きさせられなかった。

口うるさかったが、ベタベタして拘束するのを俺は好きだったようだ。それは自分が『シニカル』な小心ものだったからだ。前のように彼女が他の男とオモチャをするのが許せなかった。でも言い出せなかった。多分あのまま彼女と続いていたら、包丁を使う本物の血が飛び散る世界に飛躍していただろう。異世界へ飛躍するジャンプ台は日々日常に転がっていたから。自分が恐くてどうして良いか分からず距離をとれず困惑していた。奈緒に擦り寄っていかないで、ゲームや珍しく勉強することで気を紛らわせた。それが彼女には伝わなかった精一杯の努力だった。男性と女性の行動原理を理解できていない自己満足の努力だった。
酒は飲みに行かなかった。1人で酔うだけでも菜緒子を必ず思い出すからだ。何より彼女の話を皆から聞きたくなかった。それは拷問に似ている。飲んでからの菜緒子の話が踏絵だというのが良くわかった。カトリックから見れば偶像崇拝を禁止しているのだから、マリアだろうがイエスだろうが踏んでも全然構わないのに、日本人達が勝手に作った踏絵という拷問の制度。同じように俺らが作った菜緒子の話という制度、それはきつかった。
飲みに行かず勉強をしたから、成績に優が多くついた。
別れた7月に成績が出て、優は彼女のお陰であって、気持ちが成績に還元されてしまって、そういう気がして、何も残っていないからこそ馬鹿にされた、腹が立った。

憤(いきどお)る。
梅雨は終わったと言うのに、梅雨の憂鬱さは頭の中にずーっと残っていた。
ただ、彼女と一緒だった時のバターの感覚は残っていて、ぶつけ合う対象がないからバターが徐々に首を通して降りていった。自分自身の考えがなくて世の中など眼中になくなってしまって、自分の中のどろどろだけになるそういう憂鬱さ。彼女とのベタベタがバターに加わって山芋よりも粘土に近いどろどろになっていた。
 彼女の弱さを初めて受け止めている憂鬱な夏は、ウエイターのバイトで過ぎていった。
「だから貴方とは上手くはいかないの」という菜緒子の言葉の意味を考えて、何度も何度も肯定したり否定したり、否定されたり捨てられたりした夏。
一連の流れをかんのいい奴は気がついたかもしれないが、「勉強がたのしいんだ、学生らしいだろ?」と言って流していた。クラスでも寡黙な方だったし、クラブではシニカルな役回りで助かったと思う。

 みさきと向かいあったのは翌年の夏だった。
首を通る感覚はまだ残っていた。交通事故で兄が死んだ時に涙を流しても、コンパで松島奈々子似を見つけてドキドキしても無くならなかった感覚だ。回数こそ少なくなったが、集中すると必ず、もたげて来るその感覚は自分を変えたのだと思う。何1つ変わらないと思っているのに、逆に自分が小さくなっていく気がするのに、周りの対応は変わっていった。バイト先から2人から気持ちを打ち明けられたりしたし。
菜緒子のキュッと締まった手首を見ると、必ず頭と首付近以外の感覚がなくなっていた。クラブ上の関係が2人にしか分からないように修復されたのは、数回飲み会をした後で、何人かを寝たと聞いた後の冬だった。
みさきは、そのバターにバニラエッセンスを加えてくれた人という意味で、それまで告白してくれた人とは異質だった。2、3滴落とすことで、硬さや色はまったく変化がないのだが、それまで長く感じた事のない匂いと言う世界を加えてくれたのだ。甘く鼻に食欲を持たせる匂いを嗅いだのだが、香水をつけないみさきの髪の匂いだったかもしれない。菜緒子のパヒューム(鼻)という高級という語彙が着く人工的な匂いではなく、自分自身さえも意識できないほど溌剌とした、食前酒のようなささやかさを持った香り。ベットとタバコの匂いよりもベビーオイルに近い彼女との差。
 弱い菜緒子を抱える重さを持つ前の、淡く期待でしかない自分の中だけに通じる恋愛のエッセンス(本質)。わずらわしいことなど何もないという希望を重ね合わせていたのかもしれない。ただ、今の自分のわずらわしさを受け止めてくれて、相手のわずらわしさを抱え込まなくていいという相手を。彼女にはそれ以上のものがないという薄い意識から生み出される現実離れした期待。矛盾した期待を受け止めてくれそうな菩薩に似た、みさきを選んだ。
 菜緒子がみさきのきっかけになったのは確かなことだった。
しかし、今まで生きてきた経験が自分の性格に影響していないなどと考える人はいないだろう。だから、過去の異性の影響がなくて、そう「純粋に君のことが好きだ。他の人はまったく関係なくて君だけが好きで、君しか見えない」などというのは錯覚なのだ。そして錯覚こそ現実の中で男女を結びつける大きな理由と言える。過去の彼女など関係ないと考えたり、現実に相手のわずらわしさを抱え込まなくいいという錯覚。
 錯覚に引きずられていく現実の恋愛という感情、さらにそれを受け止められないで混乱している俺とこの夜に存在する他の人々。それは愛する人がいるがゆえに生起する鈍い針ようなもの。熱せられた細い金属は、まわりをドロドロにしながら、どこまでもバターの中に入っていける。

 治がみさきと分かれたのは、そういう至極当然のことを言葉にしたからだろう。言葉を超越した面でしかコンタクトが出来なくなっていたみさき菩薩は、それに苦しみながら、ただ微笑みかけることしか出来なかった。治は菜緒子と同じように、一部の違う本質だけしか彼女に認めなかった。そうして2人の波動は「分かれ」という収束値に向かっていった。治の闇がみさきの闇を打ち払い、純粋なみさきの本質である光に昇華させた結果なのだ。彼の抱え込む闇は、すでにシニカルという軽いものではなかった。いや、みさきの強い光が強い闇を生み出したのかもしれない。そういう還元や演繹という因果律ではなく、相補性という因果律の中にあって、「別れへ」収束しようとしていた。

菜緒子あってのみさきが、いつのまにか菜緒子を見るたびにみさきを思い出すようになった。学祭の出し物は武術演技に結局決まった。練習中に菜緒子の仕草を良く気になった。おでこからうなじへと手で黒髪をかきあげるからだった。仕種の先にみさきを見て、自分はまた、演技練習に入っていく。菜緒子を嫉妬から見ないようにして勉強に励んでいた時と同じように、しなければならないことに打ち込んでいたが、今回は深海を流れるような静かで安定したものを感じたのだった。彼は今の状態も悪くはないなと思った。
菜緒子と別れたときとは、確実にポジティブとネガティブで方向性が違っていた。
自分だけの片思いとも、付き合ってどろどろの時にもない深海に到達した重さとでも言い直せるだろうか。

 演技を見に来たのは仲間内だけだったが、それでも大学生としては上出来だったと思う。
打ち上げは、みんなはしゃいだし、泣いている奴もいた。特に安藤!!!
成績が優だった時のように良く出来ても馬鹿にされた感じはなかった。中学高校と成績が良い時、どうしても、こんなもので自分を計れるはずがないとわだかまって、小馬鹿にされたと社会にいる大人に反感していた。そういうものの付かない初めての自分への賞賛。
 
打ち上げで誰よりもはしゃいでいたのは菜緒子だった。「村さ来」の次に8時に「白木屋」、カラオケ、そして安藤の家にいった。金持らしい安藤はマンションの2DKに同棲していて、最後はいつも彼の家にいっていた。俺、安藤、安藤の彼女と、菜緒子、性感帯の話が好きな佐々木、関西人のりでよく喋る小貫、小貫の彼女で同じに喋るなんとかさんと、その友人の渡辺真理奈似のなんでもいい人の8人だ。
佐々木は「4対4でいい感じだねー」と最初に皆で会ったときに言った言葉を繰り返した。やつはまだ緊張しているのかな?など思っていたが、「チビー♪ 面白くないよーー」と菜緒子に言われて照れていた。そうして菜緒子を介してみんなの中に入っていく佐々木。渡辺真理奈好きだった小貫がちょっかいを出していたせいで、真里菜はやけに俺の周りに来た。もうそんなのが皆気にならないくらい酔っ払って、なにもが面白くて笑っていた。
初期のケニー・GのCDを掛けたら菜緒子が急に泣き出して、そうして全てをぶち壊した。今までクラブでは決して見せたことのなかった女としての儚さを見せ、みんなの酔いを凍らせた瞬間、ラブワードと2人の抱擁と接吻で、さらに瞬間冷却をした。
2人がバターとして溶け合っていたときに、朝のラジオから流れた曲だった。

「好き、どうしても好き」
「離れたくない…」
「終わりたくないの……」

彼女の中では終わっていなかったのだろう。
彼女なりに、錯覚に気づきなんとか接点をそうして見出したのだろうと思う。
彼女なりの女らしい結論のつけ方。みんなの前で、そうして周りを巻き込んで、
それをまったく気にしていない女性の簡潔さ。菜緒子の大好きな面。

この2年間で、好きな人には、欠点にも短所にも弱さにも全てにも引かれるという意識の改革があった。大好きな面と、そしてそれに付随しない数多の嫌いな面にも引かれるという意識改革。みさきのことが大好きで、菜緒子のことも理由で大好きである。欠点も長所にも引かれてしまい、2人に優劣の差がなくなってしまった。
全てに引かれる2人の異質な存在者の出現。
長所を比較するという評価の世界は、もう終わってしまったのだ。

菜緒子の放った当たり前のセリフが、首の奥に締まっていたバターを溶け出させた。
バターがバニラエッセンスと別れていく。
みさきと菜緒子の関連が切れていく。
やっと辿り着けた深海の感覚、静かな安定感は、新しい混乱に向かって進みだした。
混沌の先にはまた、新しい深海があるのだろうか・・・・
今、広がる2つの光。
光を吸収するさらなる暗い闇を獲得できるのだろうか・・・・
2つの光をやっと分けられるようになった、その誠実さを備えながら。
「誠実さ」それだけは、これからも失わないようにしようと決意した。
いや、こういうものは失う事がないだろうと、思い直した。
自転車を運転できたら、何十年後でもこぎ出せるように、自分の獲得した機能。
誠実さに対する確信は1つの失うことない自分の機能だと確認した。
 
たとえこの先、みさきと菜緒子の2股になろうと、それでクラブの全ての人間関係を失おうと、将来、他の人と不倫になろうと、「2つの光を分けること」、それはまったく相手の気持ちを考慮しないという残虐性に基づいてナイーブな自分を守る行為でもある。
誠実さを失わず、新しい自分を捜し求めることが菜緒子の簡潔さに対する答えだし、みさきのアルティメットスマイルへの微笑み返すことになるのだからと思い、
 方向性しかない世界を生み出し、突入を決意した。



  平成12年10月30日 学生プロレスを見た日に

執筆者:藤崎 道雪


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