半月の闇夜に、稜線だけが佇んでいる谷津山
眼下からの風に目蓋を閉じていけば、点景の夜景も消え
浮かび上がってくるのは鳴り響いていた君の、黒髪のそよそよと
最後に歩き出した古びたマンションに、ゆったりとした後姿だった
右拳で唇をぬぐうと、嫌いだった君との触れ合いが、ぽと、ぽとと
後頭部後方の、恋情を昇華したポートレートではなくて、暗闇に裏に揺れる小尻の上の黒色
生尽きるまで動かざる山嶺の偉大さが、涙滴を春雨に取り換え
ネオンに照らされた稜線のざわつきに、目頭の豊かな髪は溶けたのだった
注記;「稜線(りょうせん):山の峰と峰を結んで続く線。尾根」、「目蓋(まぶた)」、「唇(くちびる)」、「揺(ゆ)れる」、「山嶺(いただき):物の一番高いところ。山頂」、「春雨(はるさめ):春、静かに降るこまかな雨」
執筆者:藤崎 道雪(H15,6,12校正)