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凶状(きょうじょう)
2002年10月19日(土)


  聞きなれない山村へと向かうトンネルに車を走らせていた。
  明らかに、トンネルの中央から下りが続き、出ると益々傾斜と気持ちはきつくなってきた。
  立ち込める霧の中、しばらくすると傾斜が緩くなって人家が見えてきた。
  1キロもしない内に聳え立つ緑の山々までが、人の住む範囲のようで、全て北東へ下る斜の上にある。
  その中を灰色の道路が血管のようにウネウネと這いずり回り、紺色の家が細胞核、
  薄い緑の植木がミトコンドリア、赤土の畑が細胞質のように奇麗に区分けされている。
  自然に、傾斜の最下部まで車を寄せていった。
  外に出ると涼しげな空気が、山を越える前までの春を打ち消していった。
  思わず身を屈めて腕を体に巻きつけた。

  立ち止まりながら私達は散策をしていた。
  体が温まると共に視界が上がって行く。
  南西の山はさらに高く、そして日が差し込まれた遥かな緑が、エメラルドグリーンのように光り輝いていた。
  雨の後だったので、光り輝く宝石のような緑一色だった。

  強い風がまた、霧を連れてきたようだ。
  私は、そそくさと車の方へと急いだ。
  影すらも見えなかった人を気にしながら、車へと怪しまれないように辿りついた。
  振り返って北西方向を見ると、今生ではない眩さが足の緊張感を取り除いた。

  エメラルドの山が見え隠れするように覆い被さる雲海から、
  強風で舞い上がった淡いピンクの桜の花びらが雨のように降り注いでいる。
  何百年も自然と苦闘してきた箱庭の世界に、人々の苦悩と餓えの哀しみを現すかのように、乱れ揺れながら。
  降っては北東の壁で舞い上がって、また、雲を伝って行く淡いピンクは、目の前に桜の驟雨を生み出した。
  台風のように吹き付ける花びらは、霧と交じり合い虹のように七色の至宝のグラデーションを享けていた。
  雲海の下に狂い流れる淡い桜色と七色の向こうに、エメラルドの塊が見えていた。
  人と天との地合いが、肉の穢れを洗い流して行くようだった。



付記 
「凶状(きょうじょう)」;凶悪な罪を犯した事実。罪状。
「傾斜(けいしゃ)」 
「聳(そび)え」
「這(は)い」
「屈(かが)めて」
「遥(はる)か」
「辿(たど)り」 
「今生(こんじょう)」;この世。生きている間。「前生(ぜんしょう)」-「今生」-「後生(ごしよう)」
「眩(まばゆ)さ」
「餓(う)え」
「揺(ゆ)れ」
「驟雨(しゅうう)」;急に降り出し、強弱の激しい変化を繰り返しながら、急に降り止む雨。前線または雷雨に伴われたものが多い。夕立。秋の季語。
「享(う)ける」;天から与えられた状態が自然と生ずること。
「地合(じあ)い」;布地の品質、詞(ことば)以外の描写的な部分。
「穢(けが)れ」



執筆者:藤崎 道雪



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