ものかき部

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結婚
2002年10月02日(水)

もし今日が人生最後の日だって言われたら君はどうする?


僕の職場はその話題にランチブレイクを占領された。
くだらない不謹慎なジョークだってみんなわかって言ってるんだ、もちろん。
だって人生最後の日なんて言われて誰が信じる? 信じないだろう?
僕ならサイキックのミス・ぺトラにお前は今日死ぬなんて言われても信じない。


ある者はネヴァダの親戚に会いに飛ぶと答え、
またはマサチューセッツにいるママのクラムチャウダーを食べに行くと言い、
ニューオリンズのゲロ臭いバーボンストリートで酔っ払いながら死ぬと笑い、
また別の者はフロリダの太陽にうたれてくると夢のように語ると
別の誰かがカリフォルニアのヒップなサーフガールも悪くないぜと応酬する。
僕のいちばん仲がいい同僚、ジェレマイアは唇をシニカルな角度に歪め、


「俺だったらそこら辺の女と寝まくるね、死ぬんだったらSTDも怖くないだろ?
ヘルペスなんか糞くらえだ」


そう言って男たちの笑いを誘った。
ジェレマイアはこのあいだ恋人にSTDをうつされたばっかりなんだ。


「で? チャッドは何するんだ?」


ジェレマイアのジョークに腹が攀じれるほどひいひい笑って、
まだ目に涙を浮かべたまま同期のクレイグが僕に水を向ける。


「えぇと、俺は…ワイフと一日一緒にいる、かな」


クソッタレ! お前ら聞いたか? 聞いたよな?
男たちは食べかけのベーグルサンドイッチを置くと一斉に口笛を吹き鳴らし、
オフィス街の小汚いデリはちょっとした式典の場と化した。


「チャッド、ワイフはベッドで尽してくれるか?」
「お前は何回結婚したら気が済むんだ? ルシンダで3人目だろ?」
「そりゃあルシンダは美人だもんなぁ」
「俺だってケイトがルシンダぐらい美人だったらそりゃ一緒にいるさ」


男たちの下劣なジョークにあてられて僕は携帯を片手に席を立つ。
そうだ、ガムも買わなきゃいけないからついでにドラッグストアへ寄ろう。
僕はルシンダが美人と言われたことにすこし気を良くして、
周りをすばやく見回し、道路を渡ろうと車道へ一歩踏み出しながら携帯のスピードダイアル001番を押す。 001番は彼女の永久欠番だ。


結婚して間もない僕のルシンダ。
僕がこうしてルシンダを思い出す時、僕はさぞかし間抜けな顔をしているに違いない。
彼女と結婚してから、僕のシャツはいつもきれいにアイロンがかけられて皺一つないし、トイレットペーパーだって絶対に切らさない。 僕の大好きなベン&ジェリーのアイスクリームは欠かさず冷凍庫に常備だし、僕たちのアパートはとても清潔で、彼女のつくるキャセロールときたら天国みたいに美味いんだ。 彼女は重要な仕事をしていて何人も部下を抱えているし、仕事は絶望的に忙しいのにも関わらず、だ。 まだ29歳なのにちょっとすごいだろう?


呼び出し音が4回鳴って留守電に切り替わる。
ひょっとするとランチ後の恒例会議中かもしれない。
僕は道路を渡りながら携帯を左耳に押し当て、右耳を反対の手で塞ぎながら周りの喧騒に負けない大声で7時には帰れそうだとメッセージを残す。 もちろん、メッセージの最後にアイラブユーと付け加えるのだって忘れない。


ただ、僕は失敗した。
いつだったか、僕が仕事でミスをして8000ドル近くの負債を出してしまったことなんて比べようもないひどい失敗だ。 僕はルシンダの携帯にメッセージを残すのに夢中で、周りを見ていなかったんだ。


携帯の電源を切って、気が付いたら僕は車道の真ん中にいて、3メートルばかり離れた右手に大型トラックが迫っていた。 盛大にクラクションを鳴らして。 ものの1秒が僕には永遠に続くように思えた。 あと10秒、10秒もいらないかもしれない。 僕は安っぽい新聞のように軽く宙へ投げ出され、何億万回と踏み均された冷たいアスファルトの上でリグリーのガムみたいに平べったく押し潰されるんだろう。


ああルシンダ、僕はもう帰れないみたいだ。



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