闇を切り裂く伸びやかな躍動感。頬の汗を撫で摂る風。静寂な黒い道路の上を魚のように進んでいく。
朱色の月は朧半月で、多雲が隠しながら遊んでいるように泳いでいく。滝のように激しかった欲情は、自転車の原動力に換えられていく。あては決めているのだけれど、横道の先の漆黒が誘惑してくる。方向感覚が利かなくなってからも心を音楽で撹乱して、攪拌しつづける。迷い道で見る駐車場の白光が、車の回りにテラテラと青い水草を生やしているかのように観える。台風の残り風も、生暖かい闇夜も、パジャマの散歩小父さんさんですら、藍色のフィルター越しに観えている。朧が掛かった半月もオレンジ色が降り注ぐ土手も電車の通らなくなった線路達ですら、妖麗な膜が染み込んでいる。
鮭の出産のように匂いだけで覚えている場所を目指して、揺ら揺らと躍動を滾らせて、世界にその場所しかない処を。妖しい誘惑の膜が近づけない、蛍光灯が集った硬質性の棲みかを。
執筆者:藤崎 道雪