給食を食べていました。 W先生と二人教卓で。 ほんのつかの間の息抜きの時間です。 生徒の聞こえないぐらいの声でちょっした本音トークをしています。
何のゲームをしているとか、最近忙しくて嫌だね、とか、そんな類の雑談です。
「きよこ先生がこんな人だとは思わなかったなあ。」 「そーお?」 「初めはめちゃくちゃしっかりした人だと思ったもん」 「でも、全然違ったねー」 「うーん大物だった」
大物というのは、学年の会議ですぐ居眠りしちゃったり、「眠らないと働けない!」と宣言して帰っちゃったり、頼まれた仕事忘れちゃったりすることを指しているんだろうなあ。
決して褒められたことではないのですが、でも、このW先生の言葉はなんとなく、うれしかったです。
多分私は世の中の先生という人々の中でもかなりだらしがないほうなんです。
だから、生徒の前ではかなり頑張ってしっかりした先生であるように振舞っています。 自分の仕事には責任を持ちたいし、生徒に信用されたいと思うから。
でも、素のだらしない自分よりも、しっかりもののふりの自分でいる時間のほうが長い毎日の中で、時々自分が他人の人生を演じているような気がすることがあります。 自分でさえ自分であるという実感が希薄なんです。
「かくあるべきという自分」になりきっているつもりでも、素の私のことを知っていてくれる人がいる。 素で話しができる人がいる。 それは心強いことです。
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