お客様になることが難しいところがあります。 いえいえ。 値段が高価すぎて、とか、いちげんさんお断りのお店だからということではなくって、暗黙の作法を知らないと非常に居心地悪く、なんとかやりすごして後ふう~っと額の汗をぬぐう仕草とともにため息をついてしまう、そういうお店です。
例えば、ガソリンスタンド。
私が自分の車を持っていちばん憂鬱だったことは、ガソリンスタンドに立ち寄らなければならないことでした。
まず、ガソリンスタンドでガソリンを、と思ったときに、具体的にどの位置を目指して車を運べばいいかがわからない。
そして、なんとか車をとめるころには緊張の頂点です。
エンジンを停止する。窓を開ける。注文をする。給油口を開ける。といった動作をスムーズかつ迅速にこなさなければなりません。
たいていの場合、注文をしたところで私は「やりとげた・・・・」と安堵して、お兄さんに「給油口を開けてください」と促されます。 また間が抜けたことに、動転した私はそこでトランクを開けてしまうのが常なのです。
ガソリンを入れてもらってお金を支払ってからも気が抜けません。 スマートに退場するというミッションがまだ残っているのです。
おつりや現金カードを手早く財布にいれ、財布をかばんにしまい、エンジンをかけ、夜であればライトもつけるべきでしょう。
お兄さんはかたわらで、私をにこにこと待っています。 「ありがとうございましたー」と声をかけるタイミングをはかりながら。
私はウィンカーを出して、安全確認をしながらも、できるかぎり鷹揚に会釈などを返すべきでしょう。
ミスタードーナツやモスバーガーといったファーストフードチェーンでは、新旧もりだくさんのメニューの中から、瞬時にバランスよくチョイスし、なおかつカタカナいっぱいの名前をつまることなく注文することが求められます。
優柔不断の私は、十分な吟味ができぬまま注文してしまったメニューに後悔します。先
日、初めてスターバックスコーヒーなる所へ行きました。
私は悟りました。
もう、そんな暗黙の所作などくそくらえだと。 こちらの視力を試すかのような拗音だらけのメニュー、まだ半分も見ていないのに即決を促されても無理っす。 のろのろのかみかみでした。
でも、いいんです。 ただ、コーヒーを飲みによっただけなんですから。
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