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普通の日記

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2000年08月23日(水)
電話

しくお弁当作りに急ぐ7時前我が家の電話が鳴り響いた。
早朝の電話は間違い電話か火急な知らせかが相場。
急いで電話口に出ると義父宛に掛かってきた知らない苗字の男の人からの電話。
「お弁当作ってて忙しいからおじいちゃん起こしてきてー」って子供たちに言っても動きなし。
仕方なく義父に伝えて電話口へと誘う。
と、誰かにご不幸があったと見えて義父の様子が見る見る変わってきた。
「うん、6時○分だな」
「段取りは?」
「力がなくて何もできなくて済まない。よろしく頼む」
どうやら最初に私が苗字を一文字聞き違いしたらしく
電話の向こうは義父の甥に当たる人物、つまりは旦那の従兄弟みたい。
義父の2番目の兄が亡くなった知らせだった。
義父の2番目の兄は母方の姓を継いでるから苗字が違う。
5人兄弟で末っ子の義父はすでに長兄と3番目を亡くしている。
今回2番目の兄が亡くなったことは順当と言えば順当、しかも年齢的にもちっとも不思議ではない。
義父が70歳を超してるってことはどう考えても平均寿命を上回っての大往生。
でも当然気落ちしてる義父。
義父の故郷鹿児島に帰省するのは珍しいことじゃないけどご不幸での帰省は足が重いだろう。
25日が友引とあって葬儀の日程もなかなか決まらずヤキモキするばかりの義父。
夜になってようやく25日通夜、26日葬儀と段取りも決まって鹿児島行きの手配。
もちろん航空機の手配から全て甥任せ。
いつもなら私たちが旅行代理店を引き受けるけど今回は頼まれもしないから動かない。
と、兄弟の葬儀だって言うのに義母は行かないんだって。
そのくせ旦那には「日程の都合はつかないのか?」って義父が聞いている。
なんかちょっと違うんじゃない?
年老いた兄弟の葬儀でただでさえ裏寂しい葬儀になっちゃうかもしれないんだから
連れ合いである義母が真っ先に駆けつけるべきだ。
今日だって義父は連絡を待つばかりじゃなく急いで鹿児島に急行すべきだったのにー。
ってことでしばらくの間、我が家は義父不在。
ますます義母と直面することになりそうです。
鹿児島行きを前にして義父の入浴。
恐らく18日に入浴して以来だと思う。
悲しいことに私の直前の入浴だしパンツとステテコの二位一体洗濯物は私たちの籠に入れられてた。
義父は洗濯籠の掟を忘れるほど放心状態ってことでしょうか。
伯父の冥福を祈るばかりです。