暮しの手帖の編集会議で、花森がなにかのことで怒りだし、 激して、「ペンと剣」にふれてゆくところが、録音テープに残されている。 録音の日時は、わからない。 以下、その部分を再現する。 花森は、ときに、どなるようにしゃべっている。
「…もうちょっと、文章を上手になれということだ。 ジャーナリストは、言葉を軽視しておったんでは仕事にならんぞ。 自衛隊はどんどん訓練しとるわ。 武器の使い方から、人間の動かし方から。 われわれは、なにを訓練しておるんだ。 われわれの武器は、文字だよ、言葉だよ、文章だよ。 それについて、われわれはどれだけ訓練しているか。 それで言葉はむなしい、文章は力のまえによわい、なんて平気で言うんだ。 ぼくは、そう思わんよ。 ぼくはやはり、ペンは剣に勝つと思うんだ。 思っているだけじゃ、だめだ。 剣が訓練している何倍も、ペンもトレーニングしなくちゃ、だめなんだ。 世間がぜんぶ、もはやペンは無力であると言っても、 ぼくはジャーナリストだから、それを信じないんだ。 一生かかって剣に勝つことができなくても、ぼくはやはり、 剣よりペンを信じるんだ。 信じない人間が、どうして勝つことができるか。 信じていたって、トレーニングしたって、勝つかどうかはわからん。 しかし、われわれは、信じるほかに道はないんだ。 あまっちょろい、きざな文章を書いていて、それで世の中が動くと思うのか。 相手の肺腑をえぐるということは、ピストルにはできんぞ。 言葉はそれができると、ぼくは思う。 その力を諸君が信じなければ、この仕事も無意味だ。 武力は、青春を投入し、欲望も投入し、それひとすじでやっている。 おもしろおかしく世の中を渡って、しかも剣より強いペンを 作ることができると思うのか。…」
(それでは編集会議に入る、という言葉でテープは終わっている)
★花森安治の仕事/酒井寛★
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