宿題

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2007年02月08日(木) 眼の哲学/青山二郎
私は小説を書いてみようと思って、しきりに勉強しています。
見えるもの、見えるような姿を外に現わしたものの外は信じられない。
信じたものは形が見える所まで、文章の力で表現出来ないはずはないと思った。
例えば陶器を語るなら、その美と同じ高度な言葉が陶器を眺める様に、
活字の表テに眺められるはずです
(美は人を沈黙させると言いますが、それは感動が人を沈黙させるので)
美は、知らなければ知ることを強要される。
詰り、そういう美を捕えて、言葉を発見することが知るという事であります。
人間は若しかすると一つの波紋を描きながら、その波に乗って、
自分の描いた波紋の上をだれも泳いで逝く様に見えます。
精神自体の性質も恐らくそんなものらしいのだが、
まして実生活になると蛇は蛇のようにしか歩かない。
ここでは親の心配も身に着けた教養も、
見渡したところ、生まれながらのものを殺す助けにしかなりません。


★眼の哲学/青山二郎★

マリ |MAIL






















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