私のはしゃぐ声が聞こえないことに気づいた父がふと、 私の方を見たときには私の腰まであった髪の毛だけが 海に浮く藻かなんかのように水面で静かにゆられていた。 すっかりあわてた父はゴムのビーチ・サンダルのまま、 プールに飛び込んで私の救出にかかった。 そのとき、きっとユキはクリッシーに 家の中で遊んでもらっていたのかもしれない。 思い出の場面ではいつも私がひとりでプールに沈んでいるから。 ただ、父があまりに慌てたものだから飛び込む瞬間に プールの脇の盛り上がり部分に自分の足の親指をひっかけて 生爪を剥がしてしまう、という事件まで起きてしまった。 水から私を引き上げて咳をさせ、 飲み込んだ水をすっかり吐き出させてしまったあとで、 やっと我に返って父はそのことに気がついた。 無我夢中、とはまさにこのことだろう。 父はつま先から走る稲妻のような気を失いそうなほどの激痛をこらえて、 その後一週間以上包帯をぐるぐる巻きにした情けない姿になった。
★おわらない夏/小澤征良★
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