「捨て猫を拾ってきたが、家で飼えず、また捨てにいくハメになり、 泣いたことがある。それを文男さんに見られた。文男さんは 『シートン動物記』の「裏町にゃんこ」━━野良猫が豪快に野良暮らしをやり、 まぎれこんだ品評会で入賞してしまう━━ その話の載っている巻をプレゼントしてくれた」
文男さんは元気づけてくれるのもうまかった。 わたしは、忘れっぽく、整理整頓がへたで、皿洗いをさせれば、皿を割るし、 洗濯させても汚れが落ちない。 へまばかりやって、朝晩しかられていた。 (当時は、洗濯機はないのでタライで洗う。 汚れ落しのテクニックが必要な時代である) ある日、洗濯物の汚れが、ちっとも落ちてないと叱られているところに、 文男さんが居あわせた。 すねてふくれていたわたしに、かれはさりげなくいった。 「まず水でもみ洗いして、汚れをざっと落とすのがコツなんだよな。 それから水をかけて石けんで洗うとよく落ちるよ。 …直ちゃんは、まだ、そのこと習ってなかったんだよね」 こういわれると、ふくれてはいられないのである。 なるほどなと、砂に水がしみとおるように素直になれるのである。 (そうだ、へたじゃないのだ。ただ、コツをまだ習っていなかっただけなのだ) と安心して元気が出るのである。
★まるごと好きです/工藤直子★
|