ひと月前に、うちの息子が、これまでの生涯のうち最も幸せな日はいつであったか、 とわたしに尋ねました。息子はいわば、わたしの墓穴の中に質問を放ったのです。 この公演はお墓だらけですな。 息子はわたしのことを死んでいるも同然と考えたのです。
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わたしは穴の底から天井を見上げて、こう答えました。 「これまででいちばん幸せを感じた日は一九四五年十月に経験した。 アメリカ合衆国陸軍から除隊されてまもなくだ。 あのウォルト・ディズニー時代には、合衆国陸軍はまだ名誉ある組織だったがね。 その日、私はシカゴ大学の人類学部に入学を許された。 心のなかで叫んだな━━『やっと入れたぞ!これからは人間のことを学ぶんだ』 私は形質人類学から勉強をはじめました。 頭蓋骨に穴をあけ、そこから精米の粒をいっぱいになるまで入れ、 あとでその米粒を計量カップにあける。 これは退屈な作業でした。 そのあと考古学に切り換えまして、とうに知っていたことを教えられました。 人間は歴史のあけぼの以来、陶器を作ったり壊したりしてきたということを。 そこでわたしは学習指導教授のところへ行き、 自然科学にはどうしても興味が持てず、詩の世界に憧れています、 と告白しました。 わたしは落ち込んでいました。もしほんとうに詩の世界に入ったら、 家内も父もきっと私を殺したくなるだろうと思っていましたから。 指導教授はにこやかな顔で言いました、 「自然科学のようなふりをしている詩を学んだらどうかね」 「そんなことが可能なんですか」 指導教授はわたしの手を握って言いました、 「社会人類学ないし文化人類学の領域にきみを歓迎するよ」
★米国芸術協会における公演(1971年)/カート・ヴォネガット★
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