わたしは過去をうろつきまわるのが大好きです ━━いっしょにうろついてくれるのが幽霊じゃなくてほんものの人間でさえあればね。 知り合いにひとりの産科医がいました。 若いころはひどく貧乏だったのですが、カリフォルニアに行って金持ちになり、 有名になりました。 映画スターばかりを相手の産科医でした。 彼は引退すると中西部にもどり、無名時代にデートをしたあらゆる女を訪ねました。 いまやひとかどの人物になったことを見てもらいたかったのですね。 「さすがきみだけのことはある」とわたしは言ってやりました。 チャーミングな行為だと思いましたね。 わたしは過去を決して忘れない人が好きなんです。
わたし自身、そういう常識外れのことをしたことがあります。 ショートリッジ高校に通っているころ、卒業記念パーティーがあって、 クラスのいろいろな生徒におどけた商品が出された。 このプレゼントを渡す係りはフットボールの監督でした。 その高校にはすごく強いフットボールのチームがあって、 この人はたいへんな名監督で鳴らしたものでした。 で、プレゼントはほかの人たちが用意したのですが、 プレゼントの中身を吹聴しながら各人に渡すのがこの監督だったのです。 そのころわたしはほんとに骨と皮ばかりで、肩幅の狭い少年でした。
やけにひょろ長いフラミンゴってところでした。 ところが、監督がくれたプレゼントというのが、 なんとチャールズ・アトラス(筋肉隆々の漫画広告で有名なボディービル協会) の教則本でしてね、これにはムカムカッときました。 外へ出て監督の車のタイヤを切り裂いてやろうかと思いました。 大人が子供相手にやることにしては、 いたずらにしたって無責任すぎると思ったからです。 しかし、結局はダンスパーティーの会場から抜け出して帰宅するだけでした。 これは絶対に忘れられない屈辱でした。 そこで昨年のある晩、インディアナポリスの電話局を呼び出して、 この監督の電話番号を調べてもらいました。 それから本人に電話をかけてこっちの素性を明かし、 例のプレゼントのことを思い出させてから言ってやりました。 「ぜひお知らせしておきたいのですが、 わたしのからだはご心配に及ばぬくらい丈夫になりました」って。 きれいさっぱり胸のつかえがおりました。 なまじの精神療法なんて完全に顔負けですよ。
★ヴォネガット、大いに語る/カート・ヴォネガット★
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