ところで、実はこだまのような返答しかしようとしない清から、 かなりの本音をひっ ぱりだしたのが「問答有用」で彼をゲストにむかえた徳川夢声氏だった。 テレ屋の夢声さんとテレることを知らない清とのかみあわない歯車が、 ギクシャクと音をたてるたびに爆笑がわいたが、 笑いが度重なるにつれて夢声さんのテレようがひどくなり、 まるではにかんでいるようなぐあいだった。すっかり気をゆるした清は、 めずらしく自分の世界の尺度で世間さまと語りあってみたのである。 清にとって、自分の話が地面にしみこむ水のようにじわっと浸透していくということは、 はじめての経験だったろう。 自分よりもナイーブな人間と語りあうなどという機会は、 そんなにあるも のではなかったのだ。 語りおわったとき、清は裸になっている自分に気がついておじけづいた。 いままでいい気になってみては世間からしっぺ返しを食わされつづけてきたこの男は、 このまま楽々すごせるはずはないと思ったのか、 翌々日早朝、自分だけの世界にもど るために宿舎から姿を消してしまった。
★山下清 東海道五十三次/式場俊三★
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